03生まれた土地しか知らない
♪前回までのあらすじ♪
隠れ里に住んでいた双子の姉妹は、ある日決別してしまう。
里を出たランゼン(姉)をアイゼン(妹)は追いかけ、
十歳の少女としゃべる剣(他の武器にもなれるらしい)の旅が始まる。
アイゼンは旅慣れていた。数日かかる遠出を経験しており、雑事や野宿にも眉をひそめず、当然だとこなす姿に感情はこもっていなかった。
狩りも正確無比。このまま生まれ故郷で存分に腕を振るえば、近いうちに村の一番手になっていただろう。
『ほら、しゃきっとして。村が見えてきたよ。準備はいい?』
心菜の問いに、「ん」とアイゼンは頷く。ちょうど水浴びをしたばかりなので全身がさっぱりしている。洗った衣服も魔法で乾燥させた。
一泊程度の硬貨は念のためブーツの中にも入れておく。
ランゼンの手がかりがないか期待と不安を織り交ぜながら、アイゼンは他村を訪れた。
村の入り口であろう門の下で、鎧を着た二人組の男が検問している。
『あそこで村に入る人や物を調べてるんだ。質問されたら素直に答えて。ボクは人前で話す気はないから、全部アルジ一人でどうにかするんだよ』
どうやらアイゼン以外に入村希望者はいないようだ。商人などの荷馬車に隠れ潜むこともできず、一人で立ち回らなくてはならない。
門へ続く一本道は長く、殺風景だ。障害物や植物さえもなく、今からすでに門番と目が合っている。早く来いと鋭い視線が告げているような気がする。
心菜の忠告を胸に刻んで門の前に立つと、声をかけられた。
「お嬢ちゃん。お父さんとお母さんはどこかな?」
「……いない。一人」
「一人? 家出か? どこから来たんだ?」
頭二つ分ほど背の高い男性に顔をのぞき込まれ、アイゼンはびくっと肩を震わせた。思わず腰の剣に手を伸ばしそうになるのを理性で押し止めた。
「……姉がいなくなって、探しに」
「保護者は一緒じゃないのか?」
一人ならば村の出入りを許可しない、と彼は言外に匂わせた。眉間にしわを寄せる姿には猜疑心が滲んでいる。
普段ランゼンはこういう人に対してどう対応していただろう。アイゼンは奥底に眠る記憶を引き上げる。
「…………ん」
結果としてアイゼンは無視を決め込んだ。構っていたら埒が明かないのだ。言葉を濁したらつけ込まれる。ランゼンのように舌が上手ければまだしも、口下手なアイゼンにとっては沈黙は金であった。
口を閉ざしたアイゼンに、門番はお手上げである。荷物を検めてみるも危険なものは見つからず、護身用かつ狩猟用である剣を強制的に取り上げるわけにもいかない。もう一人の門番はそのまま警備にあたっているため、この場は先に声をかけた門番一人での対処を迫られていた。
「おい、何があった」
門の奥から壮年の男が現れて、二人の門番と一人の少女の顔を見比べる。
救世主まではいかなくても、道連れにできる人物が増えて門番はため息をついた。
「それがさ、この嬢ちゃん、他の村から来たみたいなんだ。なんでもお姉さんを探してるんだって。なぁお前、人探しの依頼状、新しいのあったか?」
「いや、ここ一ヶ月は見てないな。しかし、こんな子供がなぁ……お姉さんも君を探しているんじゃないか? 家で待ってた方が確実だろう」
「戻って……きっと、戻ってこない。探す」
脳裏に別離の情景が思い起こされ、険しい表情でアイゼンが告げると、事態の深刻さはようやく門番らに伝わったようだった。
「でもなあ、子供一人泊められるところもここにはないんだ。他をあたんな」
視界を覆うようにして立ちふさがる門番の隙間から、アイゼンは村の様子を盗み見た。
雑草は伸び放題で、道も十分には整備されていない。家屋も状態がよいとはいえず、風に吹かれたら飛んでしまいそうだ。雨漏りも日常茶飯事そうで、寝室が浸水しないか不安だ。
そしてなによりも、痩せこけた村人らがこちらを胡乱な瞳でうかがっていた。来訪者を拒絶する排他的な瞳というよりは、誰もが一対の瞳に化け物を飼っていた。物珍しさでもなく、暴れそうになる力を理性で必死に抑えつけているようで、アイゼンは底知れぬ恐怖に歯を鳴らしていた。
「お嬢ちゃん、どうした? 大丈夫か?」
「……やっ」
何気なく近付いてきた大きな手をアイゼンは叩き落し、高めのサイドテールが揺れる。
そしてアイゼンが後ずさった瞬間、風切り音とともに一房の赤い髪が宙に舞った。
「ああ、ごめん。急に動いたから」
アイゼンの手の平にも長い髪が数本落ちてきた。その色は赤。炎の色。太陽の色。赤を宿して生まれた人間がもち、アイゼンが探していた色と同じ。この髪が誰の物であるのか、考える間もなく察する。
アイゼンはおそるおそる右手を伸ばし、右耳の上でくくっているサイドテールに触れる。手を下へすべらせていくと、毛先がある一点でざっくばらんに切られていた。
「――行きなさい。二度とやってきてはいけないよ」
男の優しいささやきがアイゼンを狂わせる。子供でも手加減しないと固い表情をしているくせに、声音はひどく温かい。視界から得た情報と肌で感じた情報の差に頭が追いつけなくなり、一刻も早くここから抜け出したくて駆け出していた。手の中には依然として己の髪が収まっていた。
身のすくむような恐れに、アイゼンは今まで直面したことがなかった。勘というのだろう、悪い予感は何度かあった。しかし声や思考や身体の動きまで制限されるような圧倒的威圧や強敵に出くわしたことはなかった。
――いや、炎に囲まれて笑う姉が初めてだった。
村が見えないところまで引き返し、アイゼンは木陰で仰向けになって深呼吸を繰り返した。こぶしで地面を叩き、声にならない叫びを発し、一匹の獣になり果てた。
『……時間は何も解決しなかったよ、みんな……』
心菜の呟きが淡く溶けていった。
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次話は捨てる神あれば拾う神あり?