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18探し物はここに

♪前回までのあらすじ♪

急遽予定を変えて、アイゼンは資料館の片付けの手伝いに行った。

老師より許可を得られ、片付けに集中していると、様々なものが掘り出された。

その中には探し物が……。

 作業の終わりが見えた頃にはテーブルの上にいくつもの山ができていた。老師の手間も考え、分類ごとにまとめてみたところ、書籍に綴本とじほんに書状に、前回気付かなかったものも多く発見した。

 初代陽と陰の絵画――白い髪と黒い髪の子供の絵――は幸いにも傷一つついておらず、まるで何かに守られているようだった。


『そういえば地図はあった? この前は地図を探しに来たんだよね』


 心菜こころなに指摘され、アイゼンはテーブルの上を眺めた。書状の中にまぎれているかもしれないと探してみれば、あっけなく見つかった。

 上下に伸びる形。ほぼ真ん中に噴水が置かれ、空き地や畑や牧場に続く道も描かれている。

 アイゼンは地図のあちらこちらを指でなぞりながら、町の名前が記載されていないか確認する。

 目がしばしばするほど細かい文字まで見ても、それらしき記載がなくて肩を落としていると。


『――ああ、そもそも町じゃなかったか。左上の端に『碧水へきすい基地』ってあるでしょ? それがこの町の名前っていうより識別番号だろうね』

「基地……?」

『わかってると思うけど、秘密基地じゃないよ。軍事基地とか観測基地とか行動拠点のことだね』

「基地じゃない。人が住んでるから町」

『基地にだって人はいるし、寝泊りだってするって。その中でも前線基地だったら……襲い襲われる恐怖から抜けられなくなって、越えた夜を指折り数えた』

「……心菜? 昔、基地にいた?」


 実感がこもっており、アイゼンは思わず聞いてしまった。

 返ってきた『二十一日目は数えられなかった』という呟きが答えであった。


 もやもやする胸を抑え、アイゼンが呼び鈴を鳴らすと、間もなく疲れた顔の老師がやってきた。


「誠にありがとうございます。この恩をどうお返しすればよいか……何かご希望はございますか。できることならば尽力しましょう」

「なら聞いていい?」


 アイゼンは静かな炎を身に宿しながら、老師を射抜くほど見つめた。


「この町は基地?」


 普段ならば奥に隠すような資料も地震のせいで露呈ろていしてしまった。

 いや、手伝いを依頼した時点で気付いてほしいという気持ちが老師の中に少なからずあったのかもしれない。

 広げられた地図が逃げ場を失わせ、重ねた年齢が何倍も違うのに立ち向かおうとするアイゼンの毅然きぜんな態度がなんとも好ましい。


「はい、おっしゃる通りです」


 老師はさわやかに言い切った。




 基地についての説明はアイゼンの想像を凌駕りょうがしていた。

 陽と陰は戦い続けていること。この町は陽陣営の基地の一つであること。管理者はソルで、先日のようにふらっと立ち寄っては気ままに壊し、人や物を奪っていくこと。

 戦争の話は隠れ里にまで伝わっておらず、実際に見たソルの存在は信じられても、陽と陰の争いまでは現実感がなかった。


「この基地は定期的に貢物みつぎものをしているのでましな方です。要請を拒んだ町や村は毎日怯えながら細々(ほそぼそ)と暮らしています」

「……そんな」


 ふとアイゼンの脳裏に、初めて着いた村がよぎった。

 荒れた土地にすがりついて生きる人々。身なりは粗末で眼光だけは鋭く、生き馬の目を抜くようなただならぬ緊張感があった。加えて門番の言動のちぐはぐさは幼心に爪跡を残していた。

 それら全てあの村に関わってはならないという警告だとしたら、なんて優しい人たちだったのだろう。


 熱くなる目頭をよそに、心はだんだん冷たくなっていく。

 果たしてこの町の判断は正しいものであったのかと。


『ふうん、そういうこと。アイゼンを見る目がみんな気持ち悪いなあって思ったのは正解だったみたいだね。ムインもオーロラもぐ(・)る(・)だったなんて笑っちゃうなあ!』


 心菜のぼやきに耳を傾けながら、アイゼンは知らぬ間に老師の後ろに立っている人物に気付いた。

 漆黒のローブに同色のフードとマスクまでつけた謎の人物は、怪しい者だと全身が語っている。

 逃げなければと全身が警報を発しているのに、資料室には窓がなくて扉も一つしかなく、その扉も老師と謎の人物によって封じられている。逃げ場はない。


『アイゼン。キミは生けにえなんだ』


 決定的な台詞が心菜から出た瞬間、アイゼンはフードの人物と目が合ってしまった。

 紺色のような水色のような瞳に不思議な模様が描かれている。その瞳から目が離せなくなり、アイゼンはとらわれた。




 ♪ ♪ ♪ ♪ ♪




 鳥の声と聞き慣れた少女の声。毛布の手触りはふわふわで、背中は若干痛い。それでも起きられず、二度寝しようとしたら毛布をはぎ取られた。


「アイゼンってば、いつまで寝てるの」


 呆れた声に、げんこつを食らったかのように眠気が吹き飛び、頭を動かして見えたのは揺れる赤い髪。


「…………ランゼン?」

「そうだよ、ねぼすけさん。もしかしてわたしの名前も夢の中に置いてきちゃった?」

「ううん。夢の続きかと思っただけ」

「きみの夢に出られるなんて光栄だね。……おっとムインさんとオーロラさんが下で待ってるから、早く下りてくるんだよ。ねぼすけさんでも着替えは一人でできるよね」

「当たり前。先に行ってていいから」

「了解」


 ランゼンが軽やかに階段を下りていく。

 一人になって一息ついて、窓の外をみやってみると、雨が降りそうなどんよりとした天気だった。


 着替えを終えてダイニングに下りたら、すでにランゼンとムインとオーロラが食卓を囲んでいた。

 できたての料理を前にしてランゼンは「遅い」と口を尖らせ、ムインは食前のコーヒーを飲みながら町の回覧に目を通し、オーロラは笑顔を絶やさずに待っていた。

 ようやく四人全員が集まり、食事となる。テーブルの上にはパンやスープだけでなく、新鮮な野菜が並べられていた。里での食事はたいていが茶色まみれだったので、緑色が増えると色鮮やかに見えた。

 食事中の会話は主にランゼンとオーロラが進めていく。

 アイゼンとムインはたまに相づちを打つだけで、口をはさまなかった。ムインについては知らないが、アイゼンは食べ物のおいしさに胸がいっぱいになっていた。


 朝食を終え、アイゼンとランゼンは学びで勉強した。教科書を読み上げたり紙の端切れにメモを取ったりした。二人ともたいていのことは何でもできたので、座学も運動も音楽も芸術(絵画や刺繍)も花丸をもらった。


 午後は町の子供たちと遊んだり、町の大人たちに稽古をつけてもらった。

 まだ町に来て日が浅いのに、双子の姉妹は快く迎え入れられた。




お読みくださり、ありがとうございます。


謎の人物と目が合い、囚われたアイゼンが見る夢は幸せか否か。

ランゼンと町で過ごす。そんなもしもを叶えた夢は。

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