終章 秋の扇と空
ガタガタガタッ、バンッ!「矢張りここで油を売っていたのか貴様!」
叫ぶなり縁側に片脚を乗せ、俺の胸倉を掴んで目を吊り上げる息子。この父を反面教師に聖族政府のエリートコースに乗ったはいいが、五年前に辞表を出して宝探し屋を始めた超絶変わり者だ。
「やあシャーゼ。駄目だぞ靴を履いたまま縁側に立っちゃ。可愛い女友達のお宅なんだからさ」
「こんなガサツ大女と友人になった覚えなど無い!」
言いつつ、手に持った空の湯呑みを追い掛けて来たリィ君の愛娘に突き出す。
「信じらんない!あんた今に舌火傷するよ!!」
「大きなお世話だ。おい、お前等帰るぞ」
「えー、折角柿剥いてくれたのにか?」
「ネイシェに賛成。遺跡から出て来たばかりだし、少しぐらい休憩させてもらいましょうよ」
赤毛の若い娘と、その肩に器用に乗る同色の毛の狐が湯呑みの茶を啜りながら提案する。が、
「ならお前等だけで勝手にしろ。私はこいつを定期船に乗せ、とっとと鳳凰亭へ戻る」
却下は想定済みだったらしく、「相変わらず呆れる程仕事熱心な奴。二人共、柿はまだ一杯あるからお土産に持って行ってよ。女将さんにも宜しく言っておいてね」天宝商店の看板娘はあっさりそう言った。
「はあい。済みません、いつも貰ってばかりで。今度は何か用意して来ますね」
「お気遣い無く。あんた達はしょっちゅう高い物持ち込んでくれるし、充分お得意様だよ」
「そう?ありがとお姉さん。じゃ遠慮無く頂いていくよ」
一礼した赤狐は、視線を相棒にやる。
「ユアン、いい加減お父さんを放してやれよ。そのままじゃ窒息しちまうぞ」
「うん、良いタイミングだネイシェ君。俺もそろそろそれを言わないとヤバいと思っていたんだ」
一瞬後、首への圧迫感が去る。息子は舌打ちした後、もう十二分に寝ただろう、帰るぞ昼行灯、またな骨董屋、そう言って背を向けた。ああ、親友の熊男は右手を挙げて応えた。
「今回の首尾はどうだった?―――へえ、ダイヤが山盛りか。そりゃ凄い」
賞賛に、現在ユアン・ヴィーと名乗る息子は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。この餓鬼と来たら本当、可愛らしいぐらい喜ぶと言う事を知らないなあ。
「加工して誠君に贈ったらどうだ?きっと似合うぞ」
そして想い人の名を口にした瞬間、無言で睨んできやがった。おまけに素直じゃないとか、どんだけツンツン属性高いんだよ。
「駄目ですよ小父様。ユアンは今機嫌が悪いんです、何時もだけど」
オレンジ色に熟した実が十個近く入ったビニール袋を抱え、ミリカ嬢が忠告する。
「分かってるって。けどあんな美人にこいつじゃ勿体無いなあ―――良し」
携帯を取り出し、暗記済みの番号を押す。発信音が一回、二回……お、繋がった。
「あーもしもし、誠君?俺俺。今度の休み、小父さんとデートしようよ❤」
「!!?貴っ様ぁ、藪から棒に何をしでかしている!!!?」
先程までのムッツリは何処へやら。引っ手繰った携帯を耳に当て、必死に弁解を始める。
「おい小晶!今のは徹頭徹尾こいつの真っ赤な嘘だからな!!ストックの所での眠気がまだ抜けてない―――は?あ、ああ私も馬鹿狐共も至って元気だぞ。お前こそ貧血を起こしてはないだろうな?―――ち、違うぞ!単に倒れるまで無理を重ねるから、社交辞令として一応尋ねただけで……」
真っ青な秋空の下。隣を見ると弟狐はニヤニヤしていた。対し懸想する姉の方は、少し不服そうに師匠を睨んでいる。どうして私の時と全然態度が違うのよ?視線に台詞を付けるとしたらそんな感じか。
あちこちに補修の跡が残る、約三十年来の付き合いの扇子を広げた。額に汗掻きながら、尚も電話の向こうへ言葉を(生憎睦言ではないが)飛ばし続ける息子の顔をそっと扇いでやる。秋扇の立てた風に、初めて会った時と同じ銀髪がふわっ、と靡いた。




