悪魔は世界を終わらせる
「ハロー!そしてグッバイ世界!!」
その声は、どこまでも美しくて、どこまでも儚くて、どこまでも淡泊で。
そして、世界は終わりを迎えた。
◇
「しかし、終わりを迎えた世界に現れた英雄が世界を蘇らせたのです!」
ルーワ先生が本から顔を上げ大声で叫んだ。歴史の授業は嫌いではないけれど、この先生はどうにも苦手である。正確に言うと、先生の大声が苦手なのだ。1度、耳が痛くなるので止めてほしいと言ったことはあるのだけど、どう待っても変化はない。諦めたのはもう随分前のこと。
「今日の授業はここまでです。レポートの提出は明後日までですからね。皆さん忘れないように!」
ルーワ先生の話を聞きながらノートを見返す。今日の授業で習ったのは「世界の終わり」という歴史。いや、物語とも言えるだろう。終わりをもたらした悪魔と、世界を蘇らせた英雄の話。私は物語として読んでいるけれど、ルーワ先生は歴史として英雄を崇拝している。ちょっと怖いぐらいに。私も英雄は凄いと思うけれど、男か女かもわからない曖昧な人物を崇拝する気には全くなれない。やはりそこは価値観の違いなのだろう。ノートを閉じたと同時に掛けられた声に顔をあげると、サーナが私の額を弾く。デコピンなるものを喰らった私は何事かとサーナを睨みつけるが、何事もなかったかのように次の授業に行こうと言ってのけるサーナに腹が立った。
「弾きたくなるおでこを持ってるよね、ユキメって」
「どういうことなの」
「というか、魔法で防御出来なかったユキメが悪いよね!」
「サーナは1回逝けばいいと思うよ」
「ひどい言い様!?」
魔法で防ぐもなにも、顔を上げた瞬間にくらったデコピンに反応出来るような反射神経はあいにく私には備わっていない。大きく溜め息を吐き出すと教科書、ノート、そして忘れてはいけない杖を持ち、サーナを置いて教室を出る。後から慌てて着いて来たサーナの謝罪を受け取るとすぐに仲直り。元々そこまで怒ってなどいなかったし、デコピンも痛くは無かったのだ。第一にデコピンほどの痛さなら、魔法を使えばすぐに退くだろう。
ここルノアール学校は他の学校とは少し違い、授業以外にも魔法を使っていいことになっている。ただし魔法を使えるのは校内だけであり、外で使用した場合は警察にご厄介になることになる。子供、つまり19才未満の人間は普段の生活での魔法の使用を禁ずる。これは法律にもなっているのだ。魔法は便利な反面、危険なものでもある。学校でしっかり学習し終えていないと大変なことになるのだろう。その証拠に、成人、つまり19才以上の人間でも、学校卒業証明書を持たずに魔法を使用した場合は逮捕となる。運転免許証と同じようなものだ。
「でさ、昨日私がお風呂に入っているときにね、妹が私のアイスクリーム食べちゃったんだよね。すごい派手な喧嘩しちゃって、家めちゃくちゃ。お母さんに魔法で片付けてもらったからすぐに元通りだけど、アイスクリームのことはまだ許せないんだよね!」
私はふと、向こう側からこちらに歩いて来ている人物を見ながら、サーナに小さく呟いた。
「…噂をすれば影、みたいだね」
渡り廊下に差し掛かったとき、向こうから歩いて来たのはサーナの、顔。違うところといえば、髪飾りの色ぐらいだろうか。
「メーナちゃんこんにちは」
「ユキメちゃんこんにちは!」
サーナの双子の妹メーナちゃん。性格こそ違えど顔は全くの瓜二つである。長年の付き合いである私でも声でしか区別がつかないほどだ。
「メーナちゃんは次の時間は何の授業?」
「生物なんだ。苦手だから、頑張らないと!」
サーナと違いすごく真面目ないい子である。生物の教科書を睨みつけながら「今日こそ苦手克服!!ファイアー!」と叫んでいるメーナちゃんはいい子である。周りの注目を浴びながらも全く気にしないメーナちゃんは、もはや勇者である。
「ユキメちゃん達はどこの授業に行くの?」
「薬学だよ」
「わあ、すごい!私、薬学苦手だから授業に参加したこと最初の1回しかないんだ。よければまた今度、薬学教えてほしいな」
「私でよければ」
「ありがとうユキメちゃん!」
「ふん、ユキメに勉強を教えてほしくば、私にアイスクリームを献上しなさい!」
「サーナは黙ってよ」
「私はまだアイスクリームのこと怒ってんのよ。わかってる?」
「食べられたくなかったら、名前書いときゃ良かったでしょう」
なんだかんだ言っていても二人はやっぱり仲良しなのだ。今もこうして仲睦まじく頬を引っ張りあっている。どちらとも目に涙を貯めているように見えるが、きっと私の錯覚だろう。放送できないような用語が飛び交っているように聞こえるが、これはきっと私の幻聴だろう。
「…サーナ、あと2分しかないけれど、まだじゃれ合う?」
「じゃれてない!」
「そう見えるのはユキメちゃんの錯覚!」
二人は時間のことを思い出したのか頬の抓り合いを止めると睨み合い、メーナちゃんは頬を抑えながら怒って行ってしまった。サーナも頬を抑えて杖を振っている。表情が和らいだことから魔法は成功したのだろう。しかし、時間と言うのは非常に残酷なもので、そうこうしている間にも秒針は止まってはくれず。
「よしユキメ、行こ行こー!」
――キーンコーンカーンコーン……
「…………」
「…………」
そして授業開始のチャイムが全力ダッシュの合図となる。息を切らせついた教室は薬品臭く、深い呼吸を繰り返す私にその臭いは辛かったが、それはサーナも同じだったようで、眉を寄せながら手で口元を抑えていた。
「遅刻ですよ、お二人共」
「ごめんなさい、アルサーマ先生」
「まあ、今日も普段と変わらず生徒はごく僅か…遅刻は大目に見てあげましょう」
「わあい先生大好き!」
「サーナさんは現金ですね」
「私も先生大好きです」
「ユキメさんは素直ですね」
「私と反応が違うのはどうしてだろう!?」
「さあ早く席に着いてください」
最前列に腰をおろすと、先生は黒板の前に移動して白衣のポケットからチョークケースを取り出した。教室全体を一瞥するとすぐに背を向け黒板に文字を書き込んだあと、またこちらに顔を見せる。
「さて、今日は体力を回復する薬品の勉強をしたいと思います。覚えておいて損はない内容なので、作り方は覚えて帰ってもらいます。次の時間に手順のテスト、合格点に届かなかった生徒は補習です」
体力を回復する薬品、そういった類の内容は難しいとトーナ先輩が言っていた。補習は嫌なので解らないところはエル先輩に教えてもらおう。隣ではサーナが補習についての文句を先生に叫んでいた。アルサーマ先生はそれらを一切受け流し準備室へ行ってしまった。
「コラー!!生徒の悲痛の叫びを無視するなー!」
「うるさいですよサーナさん。授業中ぐらい静かにしてください」
アルサーマ先生は眉をひそめながら準備室から出てきた。先ほどまでは持っていなかった草やら何やらを抱え、教卓にそれらを置くと生徒を一瞥。
「では説明をしていきます。後から黒板にすべて書くので、今は話を聞いているだけで結構です。まずサルソーナ草。これは非常に苦い薬草です。次にアルカル豆。味は大豆に似ていますが、生で食べると最悪の場合死に至ります。最後にビスカン木の葉。これは校庭にも生えてますね」
あの木のことか、と一人教科書の写真を見て納得する。昨日サーナがビスカン木の葉を食べていたのだ。効果の一つに胃の働きを助けると書いてあるので、食べても問題は全くないようだ。思わず安堵のため息を洩らす私にサーナは不思議そうな顔をしていた。無性に殴りたくなった。
「手順は教科書に書いてある通りです。理解できない箇所があれば言ってください。では、まず必要なものを取りに来てもらいます」
最前列に座っていたため、先生の元へはすぐに辿り着いた。必要な材料を受け取ると、サーナと共に作業に取りかかる。
「えーと、なになに?サルソーナ草を140度のお湯で12分煮込んだあと、マイナス6度の氷水に一分浸す…面倒すぎる」
「文句を言わないの」
手を動かしながらサーナを睨むと、しぶしぶといった風にビーカーを手に取る。面倒だと言うなら授業に来なければいいのに、と思うが、サーナはどうやらアルサーマ先生目的で授業に参加しているようだ。確かにアルサーマ先生はかっこよく、その上性格も良いので生徒からの評判も良い。しかし薬学の授業参加人数はこの通りである。まあ確かに内容が内容なだけに、ただアルサーマ先生が好きだという理由だけでは参加する気にはなれないのだろう。そう言った意味では、サーナは凄いと思う。
「調子はどうですか?」
「アルサーマ先生!実は全然理解が出来ません!」
「でしょうね」
「なんだと」
アルサーマ先生は小さく笑うと、私の方を向いた。私は今のところは特に問題なく大丈夫なので、サーナの方を見て欲しいと頼むとアルサーマ先生は優しく微笑んだ後、私に一言「解らない箇所があればすぐに言ってくださいね」と声をかけてくれた。先生が人気なのもよく解る。とても優しい人だ。サーナに一つ一つ丁寧に教えている先生を横目に私も作業に戻る。少し頬を赤らめているサーナは、やはり女の子なんだと少し微笑ましくなった。
「…やっぱりさっぱりです先生!」
「………………」
「…アルサーマ先生、この子は1からではなく、0から教えなければ理解してくれません」
「なるほど。どおりで」
ああ、先生ものすごく苦労するだろうなとは思ったのだが、同情の眼差しを向けたはずはない。しかし、先生は「大丈夫です、教えるのが私の仕事ですから」と私に微笑んだので、先生が鋭いのか、それとも私がわかりやすいのか、果たしてどっちなのだろう。後半でないことを祈りたい。
「ですから、ここは葉の筋に合わせて切るんですよ」
「こうですか?わかりません!」
「合ってますよ」
先生の教え方が上手なのだろう。完成まであと少しというところまで来ていたサーナを温かく見守る。私はもう完成しており、あとは先生から評価をもらうだけなのでこうしてじっとしていても問題はないのだ。しかし問題なのは他の生徒。アルサーマ先生がサーナにつきっきりな為に、解らない箇所があったとしても声をかけづらい状況のはず。周りを見渡すと、案の定数人の生徒がサーナを睨みつけていた、ような気がしたがきっと私の幻覚。私は何も見ていない。窓から見える校庭に咲いている花が綺麗だなあ。
「あとはアルカル豆を入れ、このまま3分間煮込めば完成です」
「先生ありがとうございました!」
「いえ」
教卓に戻って行った先生に、先ほどサーナを睨みつけていたような気がする生徒がすかさず先生の元へ向かい質問をしようとするが、これは残念。チャイムが学校に鳴り響く。やはり時間は残酷である。私はサーナと共に完成した薬品を提出し、先生に挨拶をした後さっさと教室を出て行った。次は飛行術の授業だ。また今度トーナ先輩に飛行術のコツを教えてもらおう。トーナ先輩は飛行術で学年トップの実力の持ち主なのだ。風使いと言っても過言ではないだろうあの箒捌きは美しくすらある。しかし私は自分が乗る場合は絨毯派だ。箒ははっきり言って、苦手である。
「ようし、飛行術頑張ろうね!」
「サーナも私も、飛行術苦手だけどね」
「大丈夫、大丈夫!箒にさえしっかり捕まっていれば何とかなるし、落ちても死ななきゃなんとかなるよね!」
「……………」
サーナのポジティブさがちょっとだけ羨ましくなった。
◇
「ふふ…ははは…あっはっはっはっ!!」
狂ったような笑い声が、死んだ世界に響き渡る。泣き叫ぶように笑い続ける声を聞くものは、誰もいない。
「やってやったわ…世界を、殺してやったわ……ふ、ふっ…」
透明な雫が、後に悪魔と呼ばれる女の頬を伝っていくのを見るものも、誰もいない。




