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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
手にした夢の果てに
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手にした夢の果てに~その4~

「う、ここは……?」

 微かな呻き声を零すウィンダイナ。

 ヒビ割れたシールドバイザー奥では輝きを失っていた両目が明滅。

 瞬きするようなそれを繰り返し、その両目は力強い輝きを取り戻す。

 そうしてウィンダイナは仰向けから上体を起こす様に顔を上げる。するとその光を取り戻した両目で周囲を探る様に見回す。

 上下左右どこまでも広がる果ての無い白い空間。

 果ての見えないその空間の中にウィンダイナはぽつりと浮かぶものを見つける。

 それらは気を失って空を漂うボロボロのシャルロッテとルクス、そしてアムであった。

「いおりさん!? ルーくん! アム!」

 仲間たちの名を呼びながら、白い空間に立ち上がり浮かぶウィンダイナ。そしてまるで水底を蹴る様に空を蹴って空間を滑り、仲間たちへ近付く。

「う、うう……一体、何が起きたというのだ?」

 呼びかけに僅かに眉を顰め、まぶたを上げて色違いの目を開くシャルロッテ。それに続いて、ルクスとアムもその翼を羽ばたかせて体勢を整える。

『少しおかしいけど……ここは、狭間の空間?』

『ああ、多分ラディウスの奴が使ってた領域さね。どうやら、弾き出されただけで済んだってことみたいさね』

 自分たちの浮かぶ白い空間を眺め見回し、目元を顰めて尾を一振りする白と黒の竜。

 パートナー達の口から出た推測。ウィンダイナはそれに足元のおぼつかない空間を頭を巡らせて見回す。

「弾きだされたって……たしか、私たちはラディウスが壊した門の爆発に巻き込まれて……」

「そうだ! 我らは助かったようだが……幻想界は、幻想界はどうなったのだッ!?」

 自分たちを埋め尽くした爆発する光。

 それを思い出し、ルクスとアムへ弾かれたように顔を向けるウィンダイナとシャルロッテ。

 すると白と黒の竜は目を伏せて歯を食いしばる。

『あの時は……ボクたちが通れる程度に門を制御するのが精いっぱいで……きっと、幻想界は……』

 悔しげに言葉を絞り出して答えるルクス。

 だがそれを遮る様に風が吹く。

 ゆるゆると、しかし確かな力をもって流れる風。それは二人と二匹をある方向へ吸い寄せる。

「なに?」

「これは!?」

 その風にウィンダイナとシャルロッテ、そしてルクスとアムも弾かれたように流れる先へ目を向ける。

 八対の目が見据える先。そこには小さな黒い歪みが、白い空間にぽつりと穴を開けている。

 徐々にその大きさを増す歪な黒。それに伴い力を増す風の流れ。

 否、流れるこれは風ではない。

 ウィンダイナらの浮かぶ空間そのものが、歪みへ向かって流れ込んでいるのだ。

『あれは、まさか……!?』

『ラディウスの野郎……厄介な事を仕出かしてくれたモンじゃないのさ!』

 息を呑むルクス。その一方でアムが舌打ちして吐き捨てる。

 僅かな間にも黒い歪みはその大きさをみるみると増していき、遠目にでもその全容が明らかになるほどに膨らむ。

「何だッ!? あれはいったい、何だと言うのだッ!?」

「食べてる……? 何もかもを食べて、いる……?」

 目を見開き、長い髪を振って取り乱すシャルロッテ。並び浮かぶウィンダイナも固唾を呑んで、左手をヒビ割れたシールドバイザーに被せる。

 吸い寄せられる一同がおののき見据える先。

 そこではウィンダイナの言葉通りに、一抱えほどの黒い歪みが辺りに飛び散る水や土の塊を手当たり次第に吸い込んでいる。そして吸い込んだ端から、まるで咀嚼するように蠢き続けている。

「半身よ! アレは何なのだ! あんなものをラディウスは解き放ったというのかッ!?」

 傍らに浮かぶパートナーへ振り向き、半ば喚く様に問いかけるシャルロッテ。それにアムは、目元を険しく歪めたまま頷く。

『ああ……あれはアタシらの伝説にある、終焉の怪物。世界の全部を喰らい尽くして滅ぼす混沌の化物さ……!』

『そして、新しい世界の卵ともなるって伝説もあるから……ラディウスはそれを当てにして、世界を食いつくしたアレを素材にするつもりだったんだろうけど……』

 休むことなく幻想界の残滓を喰らい続ける歪な黒。

 ルクスとアムはみるみると近付くそれを苦々しく睨み続ける。そして同時に契約者達の前へ進み出る。

「ルー、くん?」

「半身よ、なにをするつもりだ?」

 進み出たパートナーの名を戦士と魔女がそれぞれに呼ぶ。すると小さな竜達は歪みに背を向けて契約者達へ振り返る。

『ここからはボク達二人でなんとかするよ』

「ええ!?」

「何を言うのだ、ルクス!?」

 ルクスの口から出たその言葉に、声を上げて身を乗り出すウィンダイナとシャルロッテ。

 するとルクスの隣に浮かぶアムが、代わりに鼻を鳴らして頭を振る。

『やらかしたのは幻想界の思い上がっちまったバカだしね。いおりと裕香まで付き合うこたぁないさ。アタシらが引き受けるのが筋ってモンさ』

『そう言う事だから、後はボク達に任せて。二人は元の世界に帰るんだ。アレが壊れた幻想界を貪ってる今の内に、なんとかして見せるから』

 そしてアムとルクスはパートナーへ笑いかける。そうして翼を一羽ばたきして自分の立ち向かうべき歪みへと向き直る。

 だがいざ進みだそうとした一対の子竜をウィンダイナとシャルロッテが追い抜き、手で制する。

「随分と水臭い話ではないか? 我が半身よ」

「そうだよ、ルーくん」

 追い抜いたパートナー達を一瞥してそう言うと、戦士と魔女は吸い込まれる流れに乗って黒い歪みへと進む。

「それにしても我が友よ。ラディウスには随分とやられていたが……どうだ? まだやれそうか?」

「当然だよ。それに、ダメージならいおりさんの方が酷かったんだから、無理しないでいいんだよ?」

「クク……冗談はよせ」

 これ以上なく深いダメージを負ったと全体で主張する体。

 傷ついたそれを解しながら、軽口を交わすウィンダイナとシャルロッテ。

 そうして進み続ける契約者達の姿を、我に返った竜達が慌てて追いかける。

『ま、待ってよ二人とも!? これ以上は良いんだ!! 生きて戻れる保証は無いんだよッ!?』

『アンタ達がこれ以上傷つく必要なんかないのさ! 真直ぐに戻れば物質界につくんだからさ! アタシ達に任せて帰りなッ!』

 戦士と魔女を竜達が故郷への帰還を促して呼び止める。

 だがウィンダイナとシャルロッテは振り返ると、揃って頭を振って相棒の提案を拒否する。

「アレはいずれ、私たちの世界。私の住む街も飲み込もうとする。アレも、ルーくん達だけの敵じゃないの」

「それに我らがこんな場面で指を咥えて見ている様な女ではないという事は分かっているだろう?」

 口の端を持ち上げ、左の親指を立てて見せるシャルロッテ。

 続いてウィンダイナも、前髪を掻き上げる様にヒビ割れたバイザーを撫でる。

「だから私たちみんなでアレを壊す! これ以上、壊されたくないからッ!!」

 はっきりと強い言葉で告げるウィンダイナ。そして左腕を輝かせると、ライフゲイルの柄を右手で引き抜く。その隣ではシャルロッテも呼び出した竿状の炎を握り、炎の杖を作り出す。

『分かったよ。みんなで戦おう』

『全く、とんだ頑固モンたちと契約しちまったモンさ!』

 杖を構えるウィンダイナとシャルロッテ。その姿にルクスは苦笑交じりに頷き、アムもまた鼻息交じりの笑みを浮かべて首を横に振る。

 そしてルクスがウィンダイナの背に取りつく。するとアムはシャルロッテの肩に乗る。

 戦士と魔女はそんなパートナーの姿を一瞥して確かめる。すると互いに目配せし、光刃の切っ先と炎の杖の穂先を軽くぶつけ、重ね合う。

「行くよッ!」

「応ッ!」

 そして重なる杖から弾ける火花。

 それを号砲に、二人は同時に空を蹴って歪みへと踏み込む。

 啜られる様に歪みの中へ流れていく狭間の空間。川の流れに乗る様にウィンダイナとシャルロッテは空間を滑る。

「まずは我から仕掛けるッ!」

 同じように吸い寄せられている岩塊をかわしながらシャルロッテが宣言。

「分かった!」

 それにウィンダイナが頷くのに続き、シャルロッテは炎の杖を振るう。

「ウンベゾンネン……グリュゥゥヴュルムヒェェンッ!!」

『食うならこれでも食えってのさァッ!!』

 その言霊をトリガーとしたマジックミサイルがシャルロッテの体から飛翔。それに合わせてアムも海水を貪欲に啜る歪みへ向けて炎を放つ。

 世界の残骸を掻い潜りながら突き進む炎のミサイル。そして射線上に割り込む岩を押し流して突き進むファイアブレス。二種の炎はそうして歪みへ真直ぐに吸い寄せられるように突き進み、そしてそのまま吸い込まれる。

 ミサイルとブレスとを残らず啜り終えながら、貪欲なる歪みは黒々とした姿をまるで揺らぎもさせない。

「クッ!?」

『やっぱりかい!』

 その様に歯噛みするシャルロッテとアム。そして黒い魔女が背後から流れてきた岩塊を横へ大きく身を逸らして避ける。すると黒い歪みからまるで餌を求める様に腕が伸びる。

「危ないッ!!」

 とっさにウィンダイナは近くの岩塊を蹴ってシャルロッテへ急接近。親友目掛けて伸びる腕へライフゲイルの光刃を叩きつける。

 手応えと共に沈む刃。だが切り裂く勢いは鈍く、刃の輝きも微かに弱まる。

「これはッ!?」

 シャルロッテを襲う腕を切断しながら、光を弱めた刃と得物越しに伝わった鈍い手応えに疑問の視線を向けるウィンダイナ。

『ユウカッ!』

 そこへ唸りを上げて流れてくる岩。

 二人を楽々と押しつぶすほど巨大な塊。それをルクスがとっさの障壁で防御。

 防壁との衝突で岩は粉々に砕け散る。続いてその破片を伸びてきた手が掴み貪る。

 ウィンダイナとシャルロッテは狙いの逸れた間に、またも近付いてくる岩を蹴って跳躍。その次の岩からまた次の岩へと流れに逆らって八艘飛びに跳び移っていく。

「すまない、裕香!」

 撤退しながら謝るシャルロッテ。

「大丈夫、気にしないで!」

 それに頷き答えて歪みへと振り返るウィンダイナ。そして背後に迫っていた手を切り払う。

 だが伸び迫る手は切り裂いたものの、ライフゲイルの光刃は柄だけを残して消失する。

「そうか! そう言うことッ!?」

 右手に残った柄を睨み、流れてくる岩塊を蹴って続いて伸びてくる腕を跳びかわす。

「あの手応えは力が奪われていたからッ!! 触れ合っただけでアレに食われるッ!! これはあの黒いヘドロと同じッ!?」

 叫び、シャルロッテへ狙いを変えた貪欲な腕を、瞬間生成したライフゲイルの光刃で切り裂き迎え撃つ。

 そしてその一方でシャルロッテは空中に炎ミサイルと火炎をばら撒く。それはデコイとなってさらに続く腕の狙いを逸らす。

「なるほど。アレは形を得ようとする幻想の残滓。これはさしずめその世界版というわけか。ならばコントロールする者がなければ、喰らう目標は反射だけで決めて動くだけだ!」

 シャルロッテはさらにダミーとなる炎の塊をばら撒きながら、ウィンダイナへ目配せする。

「で、どうする我が友よ? このまま囮の炎をばら撒いて突撃し、本体へ破裂するまでエネルギーを食わせてやるか?」

 次の手を挙げるシャルロッテ。そこへ囮の炎を食い抜けた腕が伸び迫る。

「前の相手なら良い手だと思うけど、アレの底が見えない内は、分が悪すぎるかな」

 ウィンダイナは迫る腕に蹴りで打ち出した岩をぶつける一方。友の提案に軽い調子で返す。

「違いないな」

 それにシャルロッテも炎を撒き散らしながら頷く。だが続けて背後を確認した刹那。色白の頬を一筋の汗が伝う。

「だが……慎重に探っている暇は無さそうだぞ」

「え?」

 親友の言葉に釣られるように振り返るウィンダイナ。その視線の先では、小指の先ほどの青い球体が白い空間に輝いている。

「あれって、まさか!?」

『物質界!?』

 ウィンダイナとルクスが叫ぶ間にも、輝く青は指先から握り拳大へとみるみる内にその大きさを増していく。

「……これは確かに、もう時間はないね……!」

 終局へのカウントダウンを刻むように迫る故郷。それにウィンダイナは肩を使って深く息を吐き、正面へと向き直る。

「やるか? 裕香よ?」

 同じ様に正面で蠢く歪みを見据えて、確かめる様に尋ねるシャルロッテ。友の問いかけにウィンダイナは首を縦に振り、ライフゲイルを握る手に力を込める。

「行こう! これ以上時間はかけられない! 物質界が近付くより先に、決着を付けようッ!!」

「よくぞ言った! それでこそ我が友ッ!!」

 杖を構えて踏み込むウィンダイナ。それにシャルロッテが喝采を上げて、炎を振り撒きながら続く。

 二人に先行して飛翔するマジックミサイル。炎の尾を引いて進むそれを追いかけて、ウィンダイナとシャルロッテは共に流れる岩を踏んで跳ぶ。そうして空間を底無しに啜り続ける歪みへと向かう。

 戦士と魔女の行く手を塞ぐように、火炎ミサイルを食った腕がその勢いのまま伸び迫る。

「ルーくん!!」

「半身よ!!」

 群れを成して殺到する餓えた腕。ウィンダイナとシャルロッテは魔の手から目を逸らさずにそれぞれのパートナーへ叫ぶ。

『オーケーッ!』

『任せなッ!!』

 気合の漲った返事。響く声に続いてばら撒かれる光を含む風と炎。すると貪欲な腕の群れは撒き餌として広がった力へと逸れる。

「デェイィヤアァッ!!」

 囮に食いついた腕の群れ。その隙にウィンダイナとシャルロッテは声を揃えて杖を振るい、瞬く間顕現させた光刃と炎とで眼前の腕を切り裂く。

 二つの刃で真っ直ぐに切り拓かれた、世界を食らう歪みまでの道。

 その道へウィンダイナとシャルロッテは、囮を撒き続けるパートナーと共に切りこむ。

「これでッ!!」

「砕け散るがいいッ!!」

 響き渡る破壊の意志。それに乗せて二人は杖を振り被って歪みへと躍りかかる。

「ぐッ?!」

「な、にぃ……!?」

 だがその瞬間。餓えた腕が歪みへ雪崩れ込むウィンダイナとシャルロッテの左胸を迎え撃つ。

『ユ、ユウカッ!?』

『いおり!?』

 それぞれの契約者の名を呼ぶ竜達。その間にウィンダイナたち二人は自分の胸を貫く腕と、それを伝わって抜けていく力に目を向ける。

 ひと吸い毎に二人の纏う装甲はその輝きを失い、瞬時に数百年もの時を重ねた様に朽ちていく。

「あ、う……」

「う、おぉ……」

 振り絞るまでもなく根から奪われて貪られる力。それに戦士と魔女は身悶えし、かすれた呻き声を溢す。

『いおり、いおり!?』

『ユウカ! しっかりして! ユウカ!?』

 力無く虚空に浮かぶウィンダイナとシャルロッテ。そんな二人へ呼び掛け続けるルクスとアム。

 それぞれのパートナーからの必死の呼び掛け。それに戦士と魔女は関節の錆び付いた人形の様に頭を巡らせる。

「……は、半身よ……逃げろ……」

「この、ことを、急いで……せん、せいに……」

 懸命に声を絞り出し、ルクスとアムへ逃げるように促すウィンダイナとシャルロッテ。その全身は燃え尽きていくかのように色を失って白く固まって行く。

 だが対の竜は互いのパートナーから顔を上げて向かい合う。そして揺るぎ無い力を帯びた眼を交わす。

『アム……』

『分かったよ。アンタにどこまでだってついてってやるさ!』

 名を呼ぶルクスに、威勢よく答えて首を縦に振るアム。

「な、にを……?」

 しかしウィンダイナの辛うじて絞り出した問いには答えず、ルクスとアムはそれぞれのパートナーの体から飛び下りる。そして契約者の左胸を穿つ黒い腕へ飛び付く。

 それに続いて歪みへ続く腕はルクスとアムへ絡みつき、そのウィンダイナ達もろともに食らい尽くそうとする。

 だが小さな竜達を包んで膨らんだ箇所から、契約者二人の胸へと続く部位が爆ぜ千切れる。

「ウッ!?」

「なん……とぉ……!?」

 全身を穿つ衝撃に呻くウィンダイナとシャルロッテ。しかし灰の塊のように固まり朽ちたその体は、力を啜り上げる歪みとのつながりから解放されている。

 そして解放の衝撃に押されるままに、遠く輝く青い巨大な球へと流れていく。

 より強い勢いで弾かれたシャルロッテ。そんな親友に続いてウィンダイナは白き虚空を逆流する。

 みるみる内に距離を開けていく戦士と魔女。その見つめる先でルクスとアムは殺到した触腕に抱きこまれる様に二人の身代わりとなって歪みの中心へと引きずり込まれていってしまう。

「る、ルーくん!? ルーくんッ!?」

「そ、んな……ア、ムゥ……うぅ……」

 歪みの中へ消えていく、戦いの日々の苦楽を共にしたかけがえのない友。

 その名を呼ぶ二人の体は、砕け散る灰の尾を引きながら元の少女の姿へと変わる。

「ルゥ……くん、ルクスゥ……」

 一対の竜を取り込んで蠢く歪み。それに涙で潤む目を向ける裕香。

 やがてその右手に輝く指輪がひび割れる。すると辛うじて開いていたまぶたも、奪われた力のままに降りて、涙に濡れた目を閉ざす。

『……ゆう……! ……ねえ!』

『……うかさん……!』

『ふき……さん……かり!』

 だが力を失い流れていく裕香の体を、不意に包む柔らかな光。

 微かな、しかし確かな温もりを帯びた声を伴うそれに、裕香は力を失くして閉ざしたまぶたを震わせる。

「あ……あった、かい? この声は……?」

 まぶたと、乾いた唇とを開き、呟く裕香。

 その重たく圧し掛かるまぶたと前髪の隙間から辺りを見回す裕香。そして自分の周囲に漂う、色取り取りの暖かな光を認める。

『裕香さん! 負けないで、裕香さんッ!』

『しっかりして、吹上さん!!』

「愛さん……? 先生も? どうして?」

 オレンジと青の光から響く明瞭な声。それに裕香は細く開いた目を瞬かせて、疑問の声を上げる。

『いおりさんよ! いおりさんがみんなの声を、無事を祈るみんなの心を集めてくれてるの!』

「いおり、さんが……!?」

 裕香はそれを聞いて、背後に近付く青い球体へと痛む体を捩って振り返る。すると地球を背にして小さな赤い光が瞬く。

 光の明滅に続いて虹にも似た光が裕香へ向かって流れる。

『……ここが、人々の心の力の通り道ならと……語りかけてみたが、当たりだったよ……だが、すまぬ。これが……今の我の、精一杯……だ』

「いおりさん!?」

 真っ先に触れた赤い光と、それに伴う微かな声。それに裕香は声の主の名を呼ぶ。

 微かな赤が裕香の身に沁み込むのに続き、他の様々な色の光が裕香の中へ滑り込んでいく。

『裕香、無事に帰ってきて……!』

『覚えているかい、裕香? ヒーローにとって、皆の希望を切り拓く者として、大切な事を……ッ!』

「お母さん!? お父さんッ!!」

 無事を願う母の声。励まし奮い立たせようとする父の声。そんな両親の声に、裕香は両手を拳に握り締める。

『吹上さん!』

『頑張れ、吹上!』

『こんな所でくじけないで、吹上ちゃん!?』

『キミの未来は、こんな所で終わるものじゃないだろう!?』

「先輩、鈴森くん? 早見さんに、永田さん……!?」

 内外から重なり響く人々からの励まし。

 それを受けて枯れた泉が蘇る様に、凪ぎに風が流れ出す様に裕香の内に湧き上がる力。それを裕香は深呼吸を繰り返して練り上げる。

『裕ねえ、勝てなくたっていいから! 絶対に無事で、生きて帰ってきてよぉッ!!』

「孝くんッ!!」

 そして一際強く響く、孝志郎の切なる願い。それを引き金に裕香の内に滾る力が爆発。長い黒髪をなびかせる風と共に、全身から翡翠色の光が溢れ出す。

「えぇぁあぁあああああああああああッ!?!」

 爆発する力。その勢いに乗せて叫びを腹の底から吐き出す裕香。そして振り抜いた右手には漲る力が生み出したライフゲイルの柄を握る。

 そこへ餌に誘われる様に、歪みから伸び迫る貪欲な腕の数々。

「アアッ!?」

 気合一閃。

 迫る餓えた腕の先陣を右手の光刃で薙ぎ払う裕香。

 しかし歪みから伸びた手は怯まず、翡翠の光を纏う裕香へなおも殺到する。

「セ! エェ! アァアアアッ!!」

 だが裕香も手首の切り返しで光刃を回転。回る刃で貪欲な腕を弾きながらターン。

 そして身を翻した勢いに乗せて刃を振るい、迫る魔の手を切り裂く。さらに返す刃で逆から迫る手をも弾き落とす。

 群れを成して迫る餓えた手を弾き落とし続ける裕香。そのうちに不意に貪欲な腕達がその動きを止める。

「ハァッ!!」

 裕香は攻め手の硬直した隙に乗じて踏み込み、光の刃を構えながら黒い歪みへと飛び込む。

 直後、翡翠色の輝きを瞬かせる右手中指を飾る指輪。

『ユウ……ユウカ、きこ……る?』

「ルーくん!? ルーくんなのッ!?」

 契約の指輪を通して聞こえるノイズ交じりの声。

 それを聞いて裕香は明滅する右手の指輪を覗きこむ。そして歪みに呑まれたはずのパートナーを呼ぶ。

『……うん。よく聞いて、ユウカ……ボクとアム、二人でこの歪みをどうにか封じ込める。だからその間に……ライフゲイルを使って完全に封印して欲しいんだッ!』

「そんなッ!? そんなことしたらルーくんとアムはッ!?」

 勢いこそ大きく鈍ったものの、未だに迫り続ける餓えた腕。それを光刃で切り払って叩き落とす裕香。

 その目指す先では蠢く歪みが右に白、左に黒の二枚一組の蓋によって閉じられていく。

『聞いて! ボクとアムとで、これを新しい幻想界の種に作り直すんだ! でもそれには、今のこれは凶暴過ぎるんだ!』

『このままじゃ、裕香も、いおりも……みんな! こいつを作り直すまでに食いつくされちまうのさ! だから躊躇う事はないさ! 頼む! アタシとルクスに時間をくれよッ!』

 声に合わせて緑と赤、それぞれの目を輝かせる、向かい合った白竜と黒竜を模した扉。

 投げ掛けられる自身と親友のパートナーの願い。それに裕香は歯を食いしばって杖の柄を握る手に力を込める。

「でも……でもッ!?」

『頼むよ、裕香ッ!』

『お願いだッ! ボクらに、みんなの命を守らせてくれッ!!』

 光刃を握り締めたまま躊躇い、逡巡する裕香。そんな勢いを鈍らせる裕香へ、アム、そしてルクスが重ねて願いをぶつける。

 その願いに続いて響く、歪みを塞ぐ扉からの軋み。

「うぅうあぁあああああああああああああああッ!!」

 友の軋む音に裕香は弾かれたように顔を上げ、迷いをかき消す様に吠える。

 そして正面に伸び迫る強欲の腕を真っ向から切り伏せ、虚空を踏み込み加速。

 切り拓いた勢いに乗せて、裕香は二色の封印に閉ざされた歪みへと走る。それを阻もうと、封印の隙間から伸び出て鞭のようにしなり迫る貪欲な腕。

「えぇ! やぁあ!」

 挟み込むように迫るそれ。それに裕香は左右に振るった光刃で叩き払い、正面から伸びる手を右へ体を逸らして回避。そしてその軌道を読んでいた様に迫る腕を、体ごと刃を返して左側を塞ぐ腕を切り裂きながらかわす。

「ハァッ!」

 さらに足元をすくう様に真下から迫る腕。それに裕香は右手を塞ぐ腕を刃で叩く。それの一撃を支えに右へ抜ける様に跳躍。そしてライフゲイルを突き出しながらの錐揉み回転で、追いかけてきた腕を切り弾く。

 刃を構え、歪みの封印を正面に収めると同時に駆け出す。

 裕香は向かってくる腕を斜め十字の剣閃で切り拓きながら突き進む。そして左から掴みかかるものを大きく足を振っての頭を軸にした側転で飛び越える。さらに続いて右手から迫るものを前回りに宙返りしながらの跳躍で跳びかわす。

 だがその落着点を狙って四方から殺到する貪欲な腕。

 それに裕香はすかさず踏み切ってバク宙。交差点で十字を描いて潰れる腕を見送りながら、とんぼ返りに白い虚空を舞う。

「邪魔を、するなぁああッ!?」

 裕香は鋭く叫びながら、ライフゲイルを突き出して十字に絡みあった腕へと突進。

 輝く光刃の切っ先で、絡みつぶれあった交差点を貫き抜ける。

「イィヤァアッ」

 腕の壁を体ごと突き抜けるや否や、裕香は正面の封印目がけて、裂帛の気合と共に跳躍。足元を狙ってきた腕を足下へやり過ごす。

 そうして裕香は飛び込みながらの前転宙返りから体を開く。

 飛び込むままに二色の封印との距離を詰めながら、ライフゲイルを振るって左腰だめ、右頬から刃に左手を添えての突き出し、振り上げての左頬添え。流れるように次々と構えを切り替えては、その度に行く手を阻む腕を弾いて光刃に漲る輝きを強めていく。

「キィイィアァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 激しく輝く光の刃を掲げながら、鋭い気合の声を張り上げる裕香。

 白黒一対の封印の間、前脚の間にある鍵穴の様に開いた隙間。

 そこへ躍りかかる勢いに乗せてライフゲイルを突き入れる。

 まるで鞘へ収める様に、柄まで一息に埋まるライフゲイル。それに続いて白竜と黒竜を模した封印から、歪みの覗く隙間と亀裂が埋まる。

 そして鍵を受けたルクスの緑色の右目とアムの緋色の左目が柔らかく輝く。

『ありがとう……ユウカ』

『悪いね、アンタにこんな、つらい事任せちまってさ……』

 封印となった二人からの優しい声。満足げな、そして寂しさと申し訳なさを帯びた声音。

「うぅ……あぁあああああああああッ!!」

 裕香はそれを受けて、両目から涙を溢れ出るままに零しながら叫ぶ。そうして嘆きながら友と繋がるライフゲイルを握り締める。

『泣かないで、ユウカ。ボクは嬉しいんだ。ユウカの、物質界で出会ったみんなの、未来を守る力になれて……』

『アタシもさ……色々つらい事はあったけど、さ。アンタ達に会えて、ホントに良かった』

「ルゥ……くん……ア、ムゥ……ふっぐっ、う、うぅ……」

 俯き、肩を上下させてしゃくり上げながら、杖を掴んだままに封印の門へ寄りかかる裕香。

 そんな裕香の頭を不意に小さく軽いモノが乗る。

 その感触に裕香が顔を上げる。するとそこには背中側の透けて見える、幽かなルクスとアムの幻像が浮かんでいた。

『ねえユウカ、最後にもう一個だけお願いが有るんだ』

『アタシからも、一つだけ頼むよ』

「……なに? 何でも言ってみて?」

 悲しみでくしゃくしゃになった顔でパートナーの幽体を見上げ、尋ねる裕香。すると幽かなルクスは口の端を柔らかく緩めて頷く。

『ユウカの夢、必ず叶えて。それで、一人でも多くの子どもたちに少しでも多くの夢を与えて欲しいんだ。たくさんの希望に満ちた心の力が、これから生まれる新しい幻想界に満たされる様に……』

『いおりの事を頼むよ。これからも、ずっといい友達でいてやって欲しいのさ』

「うん! ……うんッ! 絶対に、約束、するからぁ……ッ!!」

 二人の竜からの願い。今際のものにしてはあまりにもささやかな願い。それに裕香は何度も繰り返し俯き、嗚咽交じりの声で引き受ける。

 願いを請け負う裕香の姿。その姿を眺めて笑みを零すルクスとアムの幻像。そしてそれは吸い込まれる様に封印の門へと姿を消す。

 続いて、向き合う二色の竜を模った門の目が柔らかに瞬く。

『これで一安心さ。アリガト……すまないね。最後まで甘えちまってさ』

『さあユウカ、言霊を唱えて……封印して、みんなの所に帰るんだ』

 封印の完成を促すルクスの声。

 裕香はそれに頷き、ライフゲイルの柄を握り直す。そして深く息を吸って、吐く。

「……命の、風よ……ひかり、遮る暗雲を……輝き、を……曇らせる淀みを……吹き、掃えぇ……ッ!!」

 嗚咽交じりに祈りを込めた言霊を唱える裕香。それに伴ってライフゲイルと、それの突き刺さった封印の門が輝きを強める。

「厚き影を、掃い……光を、ここにぃッ!!」

 唱えた言霊の通り、太陽の如き輝きを放つルクスとアムによる封印。その眩い光に包まれながら、裕香は嗚咽を噛み殺して改めて深く息を吸う。

「封、印ッ!!」

 響き渡る祈りの結び。それと同時に裕香はライフゲイルの柄から手を離す。

 すると封印の門がライフゲイルを取り込み、それに続いて強い風が巻き起こる。

 風に運ばれる様にして裕香は光輝く封印の門から離れ、青く輝く地球へと流れていく。

「いおりさん……!」

「裕香……」

 そうして自分たちの世界へ向かって流されながら、裕香は途中で虚空に漂う親友の腕を掴んで合流。二人で連れ添って、送別の風に流されていく。

『ずっと、ここから見守ってるよ。ユウカ』

『いおり。アタシはいつもアンタの心の中にいる。寂しがることはないさ。アタシたちはもともと、そういうモンなのさ』

 優しく背中を押す風。それに乗って届くルクスとアムの声。それに裕香といおりは溢れ出る涙を硬く閉ざしたまぶたの下に閉じ込めて頷く。

「ああ、だから……別れは言わぬぞ、我が……半身よ」

「うん……またね。ルーくん」

 遠く離れていくパートナー達。それに言葉を返す二人の少女。その言葉に続いて裕香の右手中指を飾る指輪が割れ、いおりの左耳に輝いていたイヤリングが外れる。

 緑と赤、二色の光と散る契約の証。それを軌跡として後に残しながら、裕香といおりは流れ星のように青い星へと流れ落ちていく。


※ ※ ※


「じゃあ、行ってきます」

 穏やかで落ち着いた少女の声が、家の中へ向けられる。その声の主、白を主にした濃紺の襟と袖のセーラー服を着た少女はドアノブに右手をかけ、逆の手に鞄と緑色の布袋を提げ持っている。

 スニーカーを履いた足からしなやかに鍛えられた長い脚が続き、紺のプリーツスカートの裾からは太ももにぴったりと張り付いたスパッツが覗いている。セーラー服に包まれたその体は年不相応に豊かな丸みと締まりのメリハリを描き、背中の半ばから上は長く艶やかな黒髪が掛かっている。

 細いあごに桜色の唇。その上に続く形の整った鼻。そして柔らかな光を宿した黒い瞳の目。緩やかな山を描く眉の上には目にかかるほどの長い前髪が有る。だがそれは右へ寄せられて、銀色の土台に翡翠色の小さな玉を納めたヘアピンで留められている。

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

「うん」

 純の見送りに頷き、鞄を持った手を振って応える裕香。そしてノブを捻ってドアを押し開ける。

「おはよ! 裕ねえ!」

「おはよう。裕香さん!」

「良い朝であるな、我が友よ」

 すると朝日の降り注ぐ外で待ち構えていた孝志郎、愛、そしていおりが姿を現す。

「おはよう。孝くん、愛さん、いおりさん」

「おはよう。みんな、裕香の事よろしくね」

 友達たちへ挨拶を返す裕香。その後ろから覗きこんだ純が三人へ微笑みを投げかける。

「おはようございます。それじゃあ、行ってきます!」

 声を揃えて純へ挨拶を返す孝志郎たち三人。そうして赤レンガのタイルを踏んで進み、表札の掛った門へ向かう。

 裕香はそんな友達たちに続いて歩き出し、降り注ぐ朝日を、翳した右手に透かして仰ぐ。

「……おはよう、ルーくん」

 そして朝日に目を細め、その輝きの中に見たパートナーへ小声で挨拶する。

「裕ねえ、どうしたの?」

「未だに前髪なしでは日差しが眩しいという事もあるまい?」

「ほら、早く行こう?」

 道路に出て手を振る友達たちの声。それに裕香は顔を下げて向き直り、柔らかく緩めた微笑みを返す。

「ゴメンゴメン。さあ、行こう」

 そして裕香は先を歩く仲間達を追いかけて、学校へ続くいつもの道を歩き出した。

拙作「魔法少女ダイナミックゆうか」はこれにて終幕となります。最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございました。

無事最終回を迎えることが出来たのも、一重にここまでお付き合い下さった皆様のおかげです。

読んで下さった皆様にとって、拙作が一時の楽しみとなれたのでしたら幸いです。

それでは読了お疲れ様でした。改めまして、ありがとうございました。

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