その21:回想
『シングマス五世は腐っている。自分たちがどれだけ苦しんだか、分かっていないんだ』
ふと、頭の中に、故郷がよぎる。ディバイナルよりはるか北に位置する、小さな集落。そこがフィメイル=レジスタンスの本拠地だった。
もっとも、レジスタンスという名前をつけたのは最近である。最初は王都に仕えていた夫を、戦争で失った妻が集った。お互いが協力して生きていくことを約束し、集落を作った。
幼い子どもを抱える親も多く、自分達の身を守るために日々、鍛錬を重ねた。そのおかげで、いつしか皆が夫を越えるほど強くなっていった。
もちろん、どこかに攻め込むつもりも、王都に反逆するつもりもない。ただ、自分達に降り注ぐ火の粉を払いのけるだけ。それだけで十分だった。
だが、事件はある日突然に襲い掛かってくる。子ども達の体に赤い斑点が現れだし、高熱にうなされるようになっていった。
外部からの攻撃には耐えうるレティシアたちも、これにはさすがに頭を痛めた。医学を学んだ女性はおらず、原因も治療法も不明だった。しかも子ども達にばかり伝染し、次々に病へと倒れていく。
夫を失い、今度は子どもまで失うのか――絶望に身を埋めるレティシアたちに、その時救世主は現れていた。たまたま近くを医者が通りかかったのだ。
医者の診断によると、この病気は『赤斑病』と呼ばれるものだと判明した。放っておくと一ヶ月で死を迎えるという。
幸運にも、その医者はわずかながら薬を持っていた。最初に発病した子どもへと処方箋を施すと、二日後には完治するという素晴らしい効き目だった。
だが、その薬は高価なもので、集落の子ども二十人を救おうとすれば、合計で二千万バッツかかるらしい。自給自足で生活しているレティシアらに、そんなたくわえはなかった。
途方にくれるレティシアたちに、医者は首をかしげる。彼の話では、戦争で家族を失った場合は、それ相応の恩給がもらえるはずだという。
そんな話をはじめて聞いたレティシアは、急いで王都へと使者を送る――わらにもすがる思いで。
だが、王都の返事はノーだった。レティシアたちは、夫を亡くしてから五年は経過している。もはや時効だというのだ。
その報告を聞いて、がっくりとうな垂れるレティシア。その耳元で、医者がぼそりと告げる。
「わたしも今の王都は腐っていると思います。それもこれも、シングマス五世の悪政のせいだ。あなたの夫が死んだのも、恩給が支払われないのも、全てはシングマス五世の決断からきている。そんな王が指揮を取る政治など、壊してしまったほうが世の中のためではありませんかね?」
レティシアが驚き目を丸くしていると、医者はシングマス五世の悪行を、次々と並べていった。レティシアたちと同じように、難癖をつけられて恩給をもらえなかった人々、無理な重税を課されている街など、後を絶たないと医者は語った。
「わたしの知り合いに王都の上層部がいましてね。彼ならこの世界をよくしていける。シングマス五世には、まだ後継ぎがいない。先代が若くして亡くなりましたからね。そうなると、わたしの知り合いが次の王になる可能性も高い。それに協力してくれれば、あなたたちも世の中を変えていけるし、子どもたちの病気を治す資金も出来る。どうですかね?」
それは悪魔のささやきだった。苦しむ子どもたちを前にした状況で、レティシアに選択肢は他になかった。
レティシアは集落の中でも、指折りの猛者たちを集めた。特殊部隊の試験に残り、会食に参加できる上限でもある十六人を選び、残りは子ども達の看病へと勤めさせた。
医者は薬の材料を集めてくるといって、旅立っていった。帰ってきた時に一千万バッツさえ準備できていれば、子どもたちは皆、助かる――そういい残して。
さすがに腕に覚えのある連中が集まる大会で、十六人全員が残るというのは無理があった。それでも四分の三である十二人が残ったのだから、まずまずだろう。
そして今、計画は着々と進んでいる。これで子どもたちは助かるのだ。