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メルトラーム英雄物語 黒衣の剣士と聖剣の聖女  作者: 洲厳永寿
第一章:運命の邂逅と聖痕の秘密

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第08話 青年と少女の出会いの話4 夜明けの追撃

 夜が明け、遺跡の石畳には柔らかな朝日が差し込んでいた。しかし、その光も、レリュートとユリアの心に張り詰める不安と緊張感を完全に拭い去るには至らない。レリュートは、ユリアを無事にグナイティキ公爵のもとへ帰還させるという、目前の重責を改めて胸に刻み込み、遺跡の出口に視線を巡らせた。そして、小さく息を吐き、静かに、しかし決意を込めた声で呟いた。


「さて、あまりここに長居はできないな。そろそろ移動を開始しようか」


 蒼清教会カエルラエクレーシアの部隊を一度は退けたとはいえ、追撃は必至だと肌で感じていたからだ。彼の瞳の奥には、常に先を見据える冷静な光が宿っていた。


 ユリアは、昨日の戦闘で目の当たりにしたレリュートの圧倒的な実力を思い出し、彼と一緒なら、もしかしたら本当に無事に帰れるかもしれないという、かすかな希望を胸に抱いていた。座り込んだままの彼女は、そっとレリュートの顔を見上げた。不安げだった表情に、微かな期待の色が浮かぶ。そして、少しはにかむように口を開いた。


「はい、わかりました。いるかどうかも定かではない神様よりも、目の前にいる貴方を信じます。だから……私を守ってくださいね?頼りにしていますよ」


 その声には、わずかながら安堵の色が滲んでいた。レリュートはその真っ直ぐな言葉に意表を突かれたように、一瞬目を見開いた。すぐに表情を和らげ、座り込んでいたユリアの小さな手を取って立たせた。彼の口元には、ふっと柔らかな笑みが浮かぶ。


「ふっ……神云々の話は、ちょっと調子に乗って思ったことを言ってしまっただけなんだがな。年下の女の子にそんな気を使われてしまうとは格好がつかないな」


 ユリアは首をかしげ、少し不思議そうにレリュートを見上げた。


「何のことですか?」


 レリュートは楽しそうに目を細め、ユリアの頭をポンと軽く叩いた。


「小さなお姫様に頼られたからには、俺も君の期待に応えないとな」


 ユリアはくすっと笑い、嬉しそうに頷いた。彼女の顔には、もう不安の色は見えない。


「ふふっ、よろしくお願いしますね、レリュートさん」


 彼らはグナイティキ公爵の領地、アルベルクにあるグナイティキ邸を目指すことになった。だが、その道中には、再び蒼清教会カエルラエクレーシアの追手が迫る危険性が潜んでいる。レリュートは、常に周囲に気を配りながら、安全に移動するための最短ルートと、万が一の際の迎撃計画を頭の中で素早く組み立てていた。


 出発する前に、レリュートはユリアを振り返り、改めて念を押すように言った。彼の目は、真剣な光を宿していた。


「行くぞ。だが、用心は怠るな」


 その言葉には、決意と、わずかながらユリアを気遣う気持ちが込められていた。ユリアも真剣な面持ちで頷き、レリュートの背中に続いて歩き出した。


 レリュートは簡潔に告げると、ユリアに先を促し、遺跡を後にした。朝霧が立ち込める樹海の道を、二人は慎重に進む。レリュートは、愛用の長剣『黒の雷輝(アーテルフルゴル)』に手をかけ、周囲の魔力反応や微かな物音に神経を研ぎ澄ませた。『飛行ウォラートゥス』を使い、樹木の枝から枝へと飛び移り、上空からの警戒も怠らない。時折、ユリアの様子を気遣うように視線を送る。


 数刻後、レリュートの鋭い感覚が、前方から複数の魔力反応を捉えた。それは、彼が先ほど交戦した教会の『執行者エクスキューショナー』たちよりも、明らかに強力で、数も多い集団の気配だった。


「ユリア、隠れているんだ」


 レリュートは即座に指示を出すと、ユリアは素早く木陰に身を隠した。木の陰からそっと様子を窺えば、十数名の黒いローブをまとった男たちが、樹海の道を封鎖するように待ち構えていた。彼らの中心には、ひと際大柄な男が立っていた。そのローブには、『蒼清教会カエルラエクレーシア』の十字の紋章が誇らしげに刺繍されている。


「見つけたぞ、ユグドラシルの継承者!」


 大柄な男が声を上げると、教会の兵士たちが一斉に彼らが隠れていた場所へと迫ってきた。


「ちっ……嗅ぎつけられたか……何人いるんだよ……」


 レリュートは敵の数の多さに辟易し、小さく舌打ちした。視線でユリアに短く告げる。


「ここで奴らを排除する。俺の後ろから離れるな」


「レリュートさん……!」


 ユリアの顔に不安がよぎったが、レリュートの決意に満ちた背中を見て、小さく頷いた。レリュートは『黒の雷輝(アーテルフルゴル)』を抜き放ち、その黒い刀身に雷光を纏わせて威圧する。鋭い視線が、敵の隊列を射抜いた。


「来い!……お前らの大好きな蒼神とやらの元に全員送りつけてやる。送料は着払いだからしっかり払えって神様に伝えるのを忘れるなよ」


 レリュートの挑発的な言葉に、大柄な男はワナワナと体を震わせ、怒りを露わにした。


「世迷い事を……!」


 レリュートは地面を強く蹴り、まさに雷光と見紛うばかりの速さで敵陣へ飛び込んだ。同時に教会の魔導師の一人が地面に片手を強く押し当てた。その瞬間、足元から地響きが轟き、細かな亀裂が蜘蛛の巣状に広がる。


「―――大地爆裂フムス・エールプラティオー!」


 大地へと流れ込んだ魔力が瞬く間に土を震わせ、緑色の輝きを帯びた魔力が地表に溢れ出した。地底から響くような鈍い轟音と共に、亀裂は見る間に大きく太くなり、周囲の土や岩が大きくせり上がった。しかし、レリュートはそれを瞬時に見切り、まるで風に舞う木の葉のように身を翻し、危なげなく回避する。


「その程度の魔法で俺が止まるとでも思ったか!―――『閃衝雷光剣《ウィース・トニトルス・フルゴル・グラディウス》!」


 回避と同時に、彼は手にした剣を閃かせ、雷を纏った斬撃、『閃衝雷光剣《ウィース・トニトルス・フルゴル・グラディウス》』を放った。雷光を纏った衝撃波は雷鳴を轟かせ、敵兵の隊列を貫いた。複数のローブの男たちが雷撃に打たれ、次々に倒れ伏す。


 その間にも、大柄なローブの男が剣を構え、レリュートに襲いかかった。金属が激しくぶつかり合う轟音が響き渡り、火花が激しく散る。レリュートは巧みに相手の攻撃を受け流し、その一瞬の隙を突き、懐に飛び込んだ。身体強化フォルティスで強化された彼の拳が、男の腹部にずしりとめり込んだ。


「ぐあっ!」


 男は苦悶の声を上げ、よろめいた。その隙を狙い、次のターゲットを探すと、他の魔導師がユリア目掛けて魔法を放とうとしていた。ユリアが攻撃されそうになっているのに気づくと、レリュートは電光石火の速さで大柄な男との距離を詰める。


「させるか!―――迅雷跳躍トニトルス・サリーレ!」


 次の瞬間、レリュートの全身から稲妻が迸り、その姿は光の塊と化した。まるで雷光が跳ねるかのような驚異的な跳躍で、ユリアたちに迫る敵兵たちへと肉薄した。


「――――閃衝風刃ウィース・ヴェント・ラーミナ!」


 彼の剣から放たれた風の刃は、目に見えない衝撃波となって敵兵たちを吹き飛ばし、その勢いを削いで足止めした。


「しつこい奴らだ!」


 レリュートはそう呟きながら、教会の増援が来る前に、この場で決着をつけることを決意した。彼はユリアの安全を確保しつつ、一切の容赦なく敵を追い詰める。


 まず、レリュートはローブの魔導師に狙いを定めた。彼は一瞬で距離を詰め、地を這うような低い体勢から剣を突き出す。兵士が辛うじて剣で受け止めようとするが、その切っ先は兵士の剣を軽々と弾き、喉元に突き立てられた。


 次に、複数の短剣を持つ男たちがレリュートを取り囲もうと迫る。彼は冷静に状況を見極め、左手で空を切るように一閃。風の刃が生まれ、短剣を持つ男たちに強烈な疾風を浴びせた。男たちは体勢を崩し、よろめいた瞬間にレリュートは彼らの懐に飛び込み、身体強化フォルティスで尋常でない威力に強化された蹴りを次々と叩き込む。鈍い衝撃音が響き渡り、男たちは次々に地面に倒れ伏す。


 残るは、大柄な男を含む数名のローブの男たちのみとなった。彼らは互いに顔を見合わせ、最後の抵抗を試みるかのように一斉に魔法を放つ。炎、氷、そして雷。様々な属性の魔法がレリュート目掛けて降り注ぐ。それに対しレリュートは、天に突き立てるように剣を構えた。その黒い刀身に、まばゆいばかりの光が集束していく。刀身からは神々しい輝きが放たれ、周囲の闇を払った。


「これで終わりだ!―――― 閃衝光破剣《ウィース・ルクス・デストルークティオ・グラディウス》!」


 レリュートが剣を振り下ろすと同時に、刀身に集約された光の力が巨大な光の奔流となって解き放たれた。それはまるで、空から降り注ぐ一条の光の柱のようであり、ローブの男たちの放った魔法を真正面から打ち砕いた。光の奔流が通過した後には、深々と抉られた地面と、塵と化した教会の兵士たちの残骸が残るのみだった。大柄な男は、光に焼かれながらも辛うじて意識を保っていたが、レリュートの冷徹な眼差しに射抜かれ、完全に無力化された。


 指導者を倒された他の教会の兵士たちは、瞬く間に戦意を喪失し、散り散りに逃げ去った。


 戦いの後、レリュートは軽く息を整え、ユリアの元へ戻った。森の奥深く、夜明け前の静寂が剣戟と魔力の閃光によって切り裂かれ、折れた木々や焦げ付いた地面に激しい戦いの痕跡が残されていた。


「レリュートさん……!」


 ユリアは安堵の表情でレリュートに駆け寄り、思わず彼の腕に抱きついた。その小さな体からは、戦いの緊張と恐怖から解放された安堵の震えが伝わる。ユリアは、彼の背中に身を寄せ、未だ微かに震えをこぼしていた。


「もう大丈夫だ、ユリア。これだけ一掃してやればさすがにもう追手は来ないだろう。安心していいぞ」


 レリュートは『黒の雷輝(アーテルフルゴル)』を鞘に収めながら、落ち着いた声でそう告げた。その言葉に、ユリアは大きく安堵の息を漏らした。強張っていた体がようやく弛緩し、張り詰めていた心がゆっくりと解けていくのを感じた。


「レリュートさん……本当にありがとうございます」


 ユリアの声は、まだ震えが残っていた。誘拐されてから、そして追われる中で、幾度となくレリュートの圧倒的な力に守られてきた彼女だが、年端のいかない少女には耐え難い状況だったろうに、ユリアは気丈に振る舞っていた。安堵と共に、ここまで守ってくれたレリュートへの深い感謝の念が込み上げてくる。


「疲れただろう。もう少しだけ我慢してくれ、ユリア」


 レリュートは、ユリアの頭をそっと撫でながら、彼女と視線を合わせるように腰を下ろした。その優しい眼差しに、ユリアはそっと顔を上げた。


「私は大丈夫です。守ってもらってるだけですから!レリュートさんこそ、疲れていないのですか?あれだけの連戦をした上に、最後の攻撃魔法は相当に魔力を消費したと思いますが……?」


 ユリアは、自分のことよりもレリュートの身を案じ、心配そうに尋ねた。彼の顔には疲れは見えないものの、無理をしているのではないかと不安になったのだ。


 レリュートは疲れを感じさせないような表情で答えた。


「そうだな……多少疲れはあるが、任務に……いや、君の護衛をするのに影響はない。魔力も相応に消費したが、魔力量には自信があってね。上級魔法スプラ・マギアを30発ぐらい撃てるぐらいの余裕がある」


 実際にレリュートの魔力量は並みはずれており、先ほどの戦闘での魔法の行使程度であれば、問題ないレベルである。その言葉に、ユリアは改めて彼の規格外の強さを実感し、少しばかり呆れたような表情を浮かべた。


「そうなんですか?でしたら怪我とかはしていませんか?私、治療魔法は得意なんですよ!」


 守ってもらうだけでは申し訳ないと感じたユリアは、少しでもレリュートの役に立ちたいと考えて、自分のできることを精一杯申し出た。


「いや……特に怪我はしてないから大丈夫だよ。していても自分で治療魔法を使うから気にしなくてもいい。俺に守られることに気後れする必要はないよ」


 レリュートはくすりと笑い、ユリアの頭をもう一度優しく撫でた。その言葉は、ユリアの遠慮する気持ちを察してのことだった。


「でも……」


 ユリアはまだ何か言いたげに口を開いたが、レリュートはそれを遮るように続けた。


「それに、樹海の出口も近い。そこまで気張る必要はないだろう。もうすぐ帰れるぞ」


 そうユリアに告げたとき、レリュートは遠くから響く馬蹄がこちらに近づいてくるのを、ぴくりと耳を動かして聞き取るのだった。彼は表情を変えることなく、来るべき新たな戦いに静かに備えるのだった。




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