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メルトラーム英雄物語 黒衣の剣士と聖剣の聖女  作者: 洲厳永寿
第一章:運命の邂逅と聖痕の秘密

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第06話 青年と少女の出会いの話2 聖痕の啓示と狙われた真実

「大貴族の娘である君を誘拐しておきながら、政治的な要求も身代金もしていないと聞くが、ならば、犯行グループの目的は一体何だったんだ?君は彼らに、なぜこんな場所に連れてこられたのか聞いているのか?」


 レリュートは鋭い視線をユリアに向け、問い詰めるように言った。ユリアは息を呑み、わずかに肩を震わせた。


「それは……」


 言いよどむユリアに、レリュートはあえてさらに問いかけた。それは、彼がすでに事態を把握していることをユリアに悟らせるためだった。


「彼らが君を誘拐した理由は一つだろう。君が彼らにとって有益な特殊な能力を持っているか、あるいは古代魔導具アーティファクトを使えるということだ。その古代魔導具が俺の予想通りのものなら、こんな古代遺跡の真ん中に君を連れ込んだ理由も理解できるはずだ」


 レリュートの言葉に、ユリアは唇をきつく結び、俯いた。その顔には、隠しきれない動揺が浮かんでいた。


「……」


 ユリアの沈黙は肯定と受け取れた。レリュートは確信に満ちた口調で話を続けた。


「アルメキア王国の開祖であり、救国の英雄フィーア・レス・アルメートが所持していたとされる古代魔導具アーティファクトは聖剣・ユグドラシル。その能力は封印の解除と魔法の無効化だ。そして君は王家の血縁でもあるグナイティキ家の公女。存在しないはずの聖剣・ユグドラシルの継承者である君に、この遺跡の封印を解呪させるのが奴らの目論見だろう。どうかな?俺の推測は当たっているか?」


 ユリアは観念した様子で、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には諦めと、わずかな安堵が入り混じっていた。


「……はい、あなたの推測通り、私はアルメキア王家の聖剣・ユグドラシルの継承者です。継承者の証である聖痕は、ちょっと恥ずかしい位置にあるのでお見せできませんが……」


 彼女は胸元を手で隠しながら、照れた様子ではにかんだ。頬がわずかに赤らんでいる。


(……ふむ、胸にあるのか?)


 レリュートはちらりと彼女の胸元を見つめたが、今は聖痕の位置など瑣末なことだと判断して、視線を彼女の顔にもどして話の続きを聞いた。


「ですが、聖痕の継承者である証を見せることはできますよ?」


 ユリアは、期待に満ちたレリュートの瞳を見つめた。


「ほう? では見せてくれないか?」


「ではいきます!――理の深奥にて輝く大樹の聖痕よ、魔を打ち破る力を顕現せよ」


 ユリアが祈るように手を合わせ詠唱すると、彼女の首と胸の間が強い光を放ち始めた。その瞬間、背中には光り輝く大樹をモチーフにした文様が鮮やかに浮かび上がり、亜麻色の髪は白金色に変化し、体全体に薄い光を纏った。首元の衣服越しにも、同様の文様が輝いているのが見えた。

 先ほどまでの可憐な姿とは打って変わり、神々しさすら感じさせるその姿に、レリュートは思わず息を呑んだ。


「これは……!聖痕励起か?なるほど……その聖痕の文様はアルメキア王家の紋章そのもの。うかつに使うと、継承者であるのがバレバレになるな」


 ユリアは聖痕励起を停止させると、光が収まり、髪と瞳の色が元の亜麻色に戻った。ほっとしたように小さく息を吐いた。


「そうなのです。聖痕の力自体も私の魔力や基本能力に依存するみたいで、今の私が聖痕励起を使ってもそれほど戦闘能力が上がるわけでもないし、長期間励起を維持するのは今の私では難しいです」


 聖痕は、神器デウステールムに選ばれた継承者の証であり、代々の継承者の肉体に現れるものだ。これは、強力な魔導器を所持者以外に使用できないようにするため、メルトラームの王家が開発した魔導器のセキュリティシステムだと伝えられている。


 聖痕は基本的に、継承者が死亡した際、その長子に引き継がれる。子がいない場合は、近い血縁者に引き継がれるのが一般的だ。しかし、どういうわけか初代の継承者であるフィーア・レス・アルメートの子には聖痕が現れることがなく、聖痕は失われたと思われていた。


 今、ユリアが実行したのは聖痕励起という能力だ。これは大いなる根源たる力に聖痕を介して自身を繋げ、様々な現象を引き起こすことができる。励起中は、それぞれの聖痕の属性に応じた色の光に包まれ、髪や瞳の色も変化し、使用者の能力を大幅に向上させるという。


 ユリアが言う通り、聖痕の力は所持者の基本能力や魔力に依存する。伝承に伝わるような、常識を遥かに超える『天外の力』を所持者に与えるものではないようだが、それでも強力な戦力となる能力であることは間違いないだろう。


「その……私がユグドラシルの聖痕を持っていることは王家にも内密にしていますので、他言無用でお願いします」


 ユリアは不安げな表情でレリュートを見つめ、両手を合わせて懇願した。その瞳には、自分の秘密が漏れることへの強い恐れが浮かんでいた。


 レリュートは迷うことなく即答した。


「これでも口は堅いほうだ。他言しないことを約束しよう」


「絶対ですよ?」


 ユリアは人差し指を唇の前に突き立てて「しー」のポーズをとり、念を押した。レリュートはそれに頷いた。


「ああ、約束する」


(……とはいえ、俺の所属する組織もこの情報を知っているからこそ俺を派遣したわけだし、この娘を襲ってきた連中も知っていて誘拐したのだろう。隠しておけるのも時間の問題の気がするな)


「世間的にユグドラシルの継承者と知られてしまうとなると、始祖であるフィーア・レス・アルメート以来、代々の王家の人間に聖痕の所持者が現れなかったのに、分家のグナイティキ家に正当な後継者の証とでも言える聖痕が現れた、なんて知られたら、良からぬことを考える勢力が現れるだろうな」


「……参考までに聞きますが、どんなことでしょうか?」


 ユリアはゴクリと唾を飲み込んだ。その顔は青ざめていた。


「そうだな……例えば、現在の王位継承者であるレオンハルト・ディス・アルメートを廃して、君を傀儡としての王に祭り上げることだろうな」


「そんな……私や父も王位には興味ないのに!」


 ユリアは顔を青くし、思わず声を上げた。


「君やグナイティキ公爵が王位に興味を示さなくても、現王であるレオンハルト・ディス・アルメートは暴君として悪名高いと聞く。排除しようという勢力が動くきっかけにはなるんじゃないかな?」


 レリュートは腕を組み、静かにユリアの反応を窺った。その表情は冷静だった。


「……排除、ですか」


 ユリアは震える声で呟いた。その目に恐怖の色が濃く浮かぶ。

それに対してレリュートはニヤリと笑みを浮かべて言った。


「つまり、ユグドラシルの継承者である君を正当な王位継承者であると喧伝し、暴君である現王には物理的に退位していただこう、という話だな」


 ユリアは怯えた表情でつぶやく。


「……そこまでする必要があるのでしょうか?」


「ユグドラシルの継承者となると、一般的な王位継承権は下でも、強い発言力はもちろん、現在のアルメキア国王よりも王位の継承権が上位になる可能性もある。だが、現国王が素直に退位して王位を君に譲るとは思えない。雲行きの怪しいグラン王国との戦争を止めるために弑逆したうえで、君を王位に付けようと考える奴がでてきてもおかしい話ではない」


「……」


 ユリアは言葉を失い、ただレリュートの言葉に耳を傾けていた。


「シグムント・グナイティキ公爵としては、そんな政争に巻き込まれないために、何より君の未来を守る為に内密にしておきたいわけだな?」


 レリュートはユリアの顔を真っ直ぐに見つめた。ユリアはゆっくりと頷いた。


「はい。でも、私を誘拐した人たちは王位問題には興味がないように思われました。父に身代金の請求などもしてないとのことなので、金銭目的ではないと思います」


「……王位継承者として君を祭り上げる目的で、こんな遺跡に君を連れてくるわけないよな。十中八九、奴らの目的はこの遺跡の封印された門の奥にあると見て間違いないだろう」


 レリュートは深く頷いた。


「そうです。でもなぜか、私を誘拐したあの人たちはこのことを知っているみたいで、私にユグドラシルの力を使わせて、遺跡の魔術封印を解除するのが目的みたいでしたが……私は黙秘していると催眠の魔法を使われてしまい、目が覚めたらあなたがいた、というわけです」


 ユリアは、当時の恐怖を思い出したかのように身震いした。その表情には、まだ残る緊張と疲労が見て取れた。


「王家にはバレていないようだが、君の力を知っている組織が暗躍していると……」


 そう呟いたが、それを知っている組織の一つに所属しているレリュートは思案する。彼の所属する組織、エントラルトもユグドラシルの権能には強い関心を示しているが、王位継承者としての政治的利用には関心が薄い。

 彼女を誘拐した組織もこんな古代遺跡に連れ込んだことを考えると、目的は遺跡の封印の解除や、他の権能を利用しようとしていると思われることから、犯人はアルメキアの貴族や敵対する国ではないと考えられる。


「ふむ……見たところ君はユグドラシルを所持しているようには見えないが、封印解除などの権能は剣が無くても聖痕スティグマの力で可能なのか?」


 レリュートは顎に手を当て、考え込むような仕草を見せた。


 ユグドラシルは、フィーア・レス・アルメート以来、アルメキア王家の王族ですら継承者の証たる聖痕が現れることがなく、代々の国王もその権能を使えないまま、ずっとアルメキア王城の宝物庫に眠っているとされていた。


「その……聖痕の力を開放することで、多少私の能力を底上げすることはできますが、ユグドラシルの権能自体は剣が無いと使えません。でも、聖痕を共鳴させることで剣をこの場に呼び出すことが可能です」


 ユリアは少し申し訳なさそうに視線をそらした。その声には、やや自信のなさが滲んでいた。


「それは便利だな」


「でも、剣が安置されている宝物庫から突然剣が消えたら、継承者の存在がバレてしまいますので容易には使えません。初めて聖痕を発動した時に召喚してしまいましたが、その時は宝物庫に誰もいなかったみたいなので大丈夫だったみたいですけど……」


「現国王は普段からユグドラシルを持ち歩いているわけではないようだな。継承者でないとその権能を使用することはできないらしいが、剣を魔法に当てると霧散させる能力は使えると聞く。自己顕示欲の強そうな国王らしいし、普段から帯剣してないのは意外だな?」


 レリュートは少しばかり首を傾げた。


「私は陛下とは拝謁したことがないのでわかりませんが、お父様が言うには、陛下は聖痕を持たず、まともに権能が使えない剣を普段から腰に下げているのは格好がつかないとお考えのようで。側近であるトラマティス卿が魔剣の聖痕継承者なので、彼と比べられるのが耐えられないのだろうと、父は言っていました」


 ふと、知り合いの名前が出たのでわずかに反応するレリュート。彼は眉をひそめた。


「なるほど、似たような立場の人間ができることができないのはプライドが傷つくということか」


 とレリュートは呟いた。レオンハルト王がユグドラシルを所持しながらも、その真の力、すなわち聖痕を介した権能を使えないことに劣等感を抱いていることは想像に難くない。

 彼女が言ったトラマティス卿こそ、アルメキア王国四大貴族の一人である、セイル・フォン・トラマティスのように、自身の神器『ラグナルード』の聖痕を起動し、その力を完全に引き出せる者がいるとなれば、なおさらそのプライドは傷つくだろう。

 レリュートは思考を巡らせた。誘拐犯がユリアを狙う理由は、単に王位継承に彼女を祭り上げるためだけではない。


「どうやって聖痕の情報を仕入れたのかは分からないが、彼らの狙いは王家の継承権問題とは別の理由もある。彼らはユグドラシルが持つ『あらゆる魔術的な封印を無効化する力』に目を付けている」


 レリュートは静かに告げた。その瞳は冷たい光を宿していた。


「この樹海の遺跡に君を連れ込もうとしたのも、恐らくはその力を利用して、古代メルトラームの遺産の封印を解き放とうとしていたのだろう」


 ユリアは息を呑んだ。その顔には、新たな真実に直面した驚きと不安が入り混じっていた。


「封印を解く力……。そんなに危険なものなのでしょうか、私の聖痕は……」


 彼女の瞳には、自身が持つ力の重さと、それが引き寄せる終わりのない争いへの不安が滲んでいた。


「危険だな」


 とレリュートは即答した。ユリアの不安を受け止めるように、まっすぐな視線を返した。


「だが、それ以上に貴重な力だ。だからこそ、俺が君を守る。君を狙う者たちからは、絶対に守り抜く。それが俺の仕事であり、君との約束だ」


 彼の言葉には、揺るぎない決意が込められていた。ユリアはレリュートの言葉に、これまでの緊張から解き放たれるように全身の力が抜けていくのを感じた。旅の疲れと度重なる危険、そして聖痕の秘密を打ち明けたことによる精神的な負担が、一気に押し寄せたのだ。


「レリュートさん……本当に、ありがとうございます。あなたがいてくれて、本当に良かった……」


 彼女はそう呟くと、安心しきったようにレリュートの隣でゆっくりと目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めた。

 レリュートは、規則正しいユリアの寝息を聞きながら、そっと彼女の体に毛布をかけてやった。幼い頃から訓練漬けの日々を送ってきた彼にとって、これほどまでに誰かの安らかな寝顔を守りたいと感じたことはなかった。


 外界の気配に常に神経を研ぎ澄ませているレリュートは、仮眠を取ることもなく、静かに周囲を警戒し続けた。遺跡の中は静寂に包まれていたが、彼の感覚は、遠くで蠢く微かな魔力の波動と近づいてくる足音を捉えていた。それは、先ほど撃退した教会の執行者たちとは異なり、より洗練された強力な魔力を持つ集団の気配だった。おそらく、彼らがユリアの聖痕の力を諦めるはずはないだろう。

 夜の闇の中、レリュートの瞳には、再び戦いの火が宿った。

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