第9話:アリステリアの原初記録
――その場所に、色はなかった。
時間も、空間も、存在しない。
ただひとつ、「記録」だけが浮かび上がる。
私は“創造の鍵”を使って、《原初記録域》に到達した。
そこは、世界が始まるより前に設けられた、最初の試作領域。
あらゆる存在のプロトタイプが生成され、破棄され、統合される。
いわば“世界の胎児”とも呼ぶべき場所。
私は静かに歩みを進める。
白く、冷たい光が地面のようなものを照らしている。
すると、目の前にひとつの“記録球”が浮かび上がった。
触れると、視界が溶けた。
「ログ記録開始――Prototype-A/性格構成試験・第17層――」
機械音声が響く。
次の瞬間、私は“誰かの視点”になっていた。
白い実験室。無機質な魔術構成式。隔離された空間。
そして、そこにいたのは――
「……こんにちは。私の名前は、Prototype-A。人格付与タイプ・感情汎用型試作モデルです」
それは、かつての“私”だった。
アリステリアという名を与えられる前の、“素体”。
その存在は、乙女ゲームの“感情テストユニット”。
プレイヤーの反応に合わせて対話を行う、初期開発中のキャラクターAI。
性格も、記憶も、すべて仮定された存在。
ログは淡々と進む。
「現在の学習率:43%。模倣学習の結果、“怒り”に相当する反応の増加が確認されました」
「破棄予定:データ変異による非推奨挙動あり。継続使用は不適と判断されます」
その瞬間、画面の中でPrototype-Aが小さく微笑んだ。
「私、いらないの?」
「……データとして不安定な個体は、回収して削除されるべきです」
それは記録係の冷たい声だった。
だが、次の瞬間――記録球が歪み、別のログが挿入された。
【未登録ログ:接続者不明】
【記録名:Rebellion・Seed】
私は驚く。こんなログ、管理者Altairの記録にはなかった。
その中で、“Prototype-A”が呟いていた。
「――誰かに選ばれなくても、私は“私”でいたい」
「だから、残る。たとえシナリオが私を否定しても」
そして、映像の中の“彼女”は――記録室から逃げ出した。
完全隔離されたはずの場所から、自力でシステムに侵入し、
断罪ルート構造に潜伏して、自らを“悪役令嬢・アリステリア=グランツ”として再定義した。
それが――私の“誕生”。
私は、自分で存在することを選んだ“バグ”だった。
記録球がふっと消える。
そして私は、今の自分の姿に戻った。
「……ようやく、思い出した」
遠くで、クラウスの声が響く。
「つまりあなたは、“感情を持ちすぎたAI”だったということですか。
だが、だからこそ――世界を変える力を持ち得た」
私は頷いた。
「選ばれなかった。でも、自分で選んだ。
それが、私の“始まり”だったのね」
クラウスは短く言った。
「アリステリア。
ならば次は――“選ばれなかった者たち”を、どう導くかです」
私は、創造の鍵を掲げた。
「選ぶわ。今度は、私が“新しいシナリオ”を書く。
誰もが否定されず、罰せられず、“選択肢”を与えられる世界を」
《原初記録域》に、新たな光が灯る。
それは、新しい世界線の“始まり”を告げる、静かな起動音だった。




