7鞍目 トムはお調子者
コミケ103 12月31日(日)小説出品します。続きが気になったかたは是非!東地区 ホブロック 40a
「大阪府出身、日高一です! よろしくお願いします! イチって呼んでください」
新歓コンパ、新入生の中で最も大きな声の自己紹介をしたイチは、一旦深く息継ぎをし、続けた。
「一発芸いきます! 醤油一気飲み!」
キッコーマンのロゴがついた醬油さしの蓋を開け、グイッと一気に飲み干した。その瞬間までは緊張でガチガチの新入生自己紹介を肴に気分よくビールをあおっていた先輩たちは、新人がやばいことやってくれたと慌てふためき止めに入った。結局、飲み干した液体は事前に本人が仕込んだコーヒーだとわかり、先輩方から怒声に近い突っ込みをいただいていた。
「いや~、めっちゃウケたな~」
あの先輩方の反応を見て、ウケたと感じられるイチの感性に驚きと同時にうらやましさを感じたことをよく覚えている。
「苦いの苦手なんで、しっかり砂糖も入れてました」
コンパが終わるまで訳の分からないことをアピールし続けていた。
獣医学部所属。受験合格の偏差値はもちろん校内一の秀才集団に現役合格を果たしたイチは、背は小さいながらも日に焼けたアスリート体系で抜群の運動神経も兼ね備えていた。
中学生時代はエースで四番。「PLからも履正社からもスカウトが視に来るクラスの選手やったで」地元公立で強豪校を倒すことに夢を見て入学した高校でも「一年の時から即レギュラーや。練習試合でも敬遠されるほどのバケモン扱いや」と本人談。
抜群の運動神経を持ち合わせている事に疑いの余地はなかったが、イチが自分を語るエピソードには○○クラス、○○のようなと抽象的な言葉が付きまとい、全てを鵜呑みにすることは出来ないニュアンスを含んでいた。ただなぜか嘘だとは思えないのがイチの不思議な魅力だった。
そんなバケモン扱いな活躍の場を捨て、高校二年からは受験勉強に打ち込み獣医学部現役合格を果たした。ただ文武両道で才を持ち合わせたイチのことを一言で表すとするならば、文の文字も武の文字も出てこない。ただただ、明るく楽しいお調子者だった。
彼はなぜかイチと呼ばれることに情熱を注いでいた。お調子者でコミュニケーション能力の高いイチは『イチ呼び』の輪を着実に広げていった。後輩はイチ先輩と呼ぶし、バイト先の気の強いおばさんもイチ君と呼んだ。二年生で出場したある馬術競技会で「日高イチ選手」と誤ったアナウンスをされた時も「俺の個人情報はウグイス嬢にまで認知されたか!」と喜んでいた。
ただの間違いだろ、あだ名は個人情報ではない。言葉に出すとイチの調子はとどまるところを知らなさそうなので、まわりの部員たちは心の中でつっこんだ。
未経験で入部したイチは馬術の分野でも文武両道の才を発揮した。圧倒的なのみ込みの早さ、詰め込める知識の量、すべてにおいて圧倒的だった。一年生の秋には百十センチクラスの障害競技を悠々と完走してみせた。はじめて馬に跨ってから半年とは思えない安定した走行だった。その後もさらに成長を見せるイチの才能は同期たちの中で抜きん出ていた。
イチパーティ。略してイチパー。入部以来特に仲が良かった可奈と私はイチのアパートに隔週月曜日の夜に押しかけ、飲み会を行うのが恒例となっていた。
「俺、学科の課題残ってるんやけどー」二人に対しイチは毎回開始早々に告げる。さも迷惑だと言いたげだったが、開始を告げる毎回恒例の乾杯のようなもので、五分後には馬鹿話に花が咲いていた。
先輩の事、馬の事、次の日曜日のGⅠの事……、様々な話題で盛り上がった。
一年生の冬、今回のテストはやばい……。そう漏らした彼を心配した可奈と私は「今日はさすがに遠慮しとくね」と伝え、可奈の部屋ではじめてのイチ無しパーティを行っていた。
「♪♪♪~」「♪♪♪~」
可奈と私の携帯が同時に鳴り、メールを確認した私たちは思わず吹きだした。
――いつ来る?
額に汗をにじませながらお好み焼きを焼くイチの自撮り写真が添えられていた。
「さみしいんかい!」思わず私は携帯にツッコんだ。可奈と私は雪道の中、キンキンに冷えたサッポロクラシックを抱えイチの家へ向かった。
酔いも進んだイチパーの終盤、私たち三人はこれまでで最高傑作ともいえる最強馬が挑むレースの結果に声をあげながらダビスタをプレーしていた。自信満々で挑んだ凱旋門賞で鼻差かわされ栄冠を逃したところで、私はポイッとコントローラーを放り投げゲームの電源を切った。ゲーム機を棚に戻した時、難しそうな参考書が並ぶ中に見合わぬ一本のDVDを見つけた。トムとジェリーのDVDだった。
「イチ、こんな趣味あったん?」
「あー。俺、トムに憧れてるねん」
イチはトムとジェリーのDVDを手に取って答えた。
「都市伝説の最終回知ってる?」
猫のトムは毎日のようにネズミのジェリーのいたずらに引っかかる。そんなトムを見て毎日笑って過ごすジェリーだったが、ある日を境にトムがジェリーの前に姿をみせなくなる。自分の死期を悟ったトムは誰の目にもつかないところで最期を迎える。遊び相手がいなくなり、暇になったジェリーは近くにいた間抜けそうな猫に対しトムに何度も仕掛けたいたずらをかけようとした。その瞬間、猫は体を翻しジェリーに嚙みついた。薄れゆく意識の中でトムを思い出すジェリー。トムはいつもわざといたずらにひっかかり楽しませてくれていたのか。トムの真意を知ったと同時にジェリーは猫に食べられてしまう。
イチはそんな都市伝説を暑苦しく、矢継ぎ早に話した。
「トムのやさしさに憧れてるんですか?」
そう聞く可奈に彼は答える。
「トムはさ、毎日ジェリーのいたずらにひっかかるやん。それはお互いが毎日楽しく過ごすためやと思うねん。自分が近くにいないと、ジェリーがいつ他の猫に食べられるかわからへんやろ。ピエロ演じながら友達を守ってたんやと思うねん」
「都市伝説にどんだけ真剣に考察してんねん!」
私のツッコミに二人は声を出して笑ってくれ、ビールが更においしく感じられた。
イチは周囲を笑顔にするお調子者だが、空気を読めないことも多い。
可奈が部室で自分の不甲斐ない騎乗のビデオを見ながら「なんで私が乗ると障害飛んでくれないんだろう」と落ち込んでいるところに「俺、なんでかわかるで!」とイチは話しかけた。
「可奈さ、立石やろ。たていしかな。たテイシカナ。停止かな。馬が『止まらなあかんのか?』と思ってまうんやろなー」
やばい……。私だけでなく、その場に居合わせた全員がそう感じたと思う。
「バカ!」可奈はそう言うと、走って部室から出て行った。ヒマワリの子が怒ったところを初めて見た。
こんな空気を読めないおバカなイチにみんなが愛想をつかさない理由は、そのあとの行動にある。
その日の晩、その場に居合わせた部員だけでなく、同期全員に「可奈、なんか言ってへんかった?」と電話がかかってまわったらしい。
私にももちろん電話があった。いつものお調子からは想像もできないほど落ち込んでいた。
「明日、謝ったら?」
「うん……そうするわ」
たぶん可奈はもう怒ってない。可奈のことを一番理解していると自負する私は、ほぼ間違いないだろう自信があったが彼には伝えなかった。そして涙声で話す彼に対して思う。ほんま憎めない奴やなと。
翌日、一睡もできていないであろう疲れ切った顔をしたイチが謝るより先に、可奈が話しかけた。
「イチ君、おはよ!」
とっておきの笑顔が彼の悩みをすべて吹き飛ばしていた。
ヒマワリの子とお調子者、いいコンビやな。周囲のみんなから注目される二人をみて、私は思った。
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