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越えていけ  作者: ぽん酢さわー@サークルなつみかん
13/17

11鞍目 襟をただし

 北海道でも夏は暑い。そりゃ確かに地元で経験したうだるような暑さとは質が違うのだけれど、雲ひとつない空からふりそそぐ陽の光はまるで地面が太陽に近づいたのかと思わせるほどストレートに肌を照らす。朝晩は涼しいし、湿気は少なく感じるし、夏バテなんて無縁の八月なんだけれど、熱いものは熱い。

 四年生たちと聡馬、R学園大学馬術部を代表する人馬たちは北日本学生馬術大会に挑む。障害馬術の二回走行、馬場馬術の学生賞典、総合力を競う総合馬術。全日へつながる三種目の中で我が大学が最も得意とするのは総合馬術だ。総合では三枠以上の全日本への権利を獲得し、団体戦出場を果たす年も珍しくない。反して障害馬術の二回走行では今一歩及ばず団体出場は未踏の領域だ。絶対的エースのアンさんは毎年のように上位入賞を果たすのだけれど、第二・第三の矢をなかなか得ることが出来ずにいた。次期エースと期待される障害センスにあふれたダルタニアンに、聡馬が一年間鍛え上げたフジコンドルも加わったこの年は、わが校の馬術部史上初となる全日二回走行の団体戦出場が現実のものとなるのではという期待が寄せられた。OB達からは激励のニンジンや栄養ドリンクが差し入れられ、部員たちのボルテージも最高潮に達していた。熱いものは熱い。

 そんな高まった期待もあっけなく幕を引いた。二日間に渡る二回走行、字のごとく二回の障害競技の合計点で結果を競う。一日目の前々日、下見となる練習の場フレンドリー競技に出場したダルタニアンは抜群の走行をみせゴールに駆け込んだ直後、地面に足をとられたようにつまずき、体勢を崩した。転倒は免れたものの、馬上の選手は落馬。しまらないゴールだなと選手も観客も、部員たちも苦笑い。ダルもどこか恥ずかしそうにしてるように見えた。異常が現れたのはその日の夜。どこかぎこちなく歩くダルタニアンの左前肢は熱をもっていた。夜を通して患部を冷やし、出来る限りの処置を行ったのだけれど、翌朝の歩様は更にひどくなっており翌日に迫った本番への出場はどんな希望的観測も通用しないほどの有様だった。結局、本番当日も痛がるそぶりは解消されずにダルは棄権。二回走行の出場人馬は主将のアンサンブルと聡馬のフジコンドル二頭となり、団体入賞の目標は朝日が昇ると共に夢に終わった。

「ダルの分まで」と奮闘したのかは定かでないが、残された二頭は上位入賞を果たし全日の権利を獲得した。あと一歩、わずかに及ばないところがわが校らしいと言えばらしいのだけど、神様は意地が悪すぎる。ダルタニアンで出場予定だった先輩は、誰よりも大きな声で二頭と二人を応援し、誰よりも上位入賞を喜んだ。不自然で大きなガッツポーズで喜びを表現する先輩が見せる笑顔は人前だけのはりぼてなのだろうけど、なんだかとてもかっこよかった。

「先輩の分まで」と奮闘したかは定かではないが、聡馬とフジコンドルは総合競技でも上位入賞し、二種目の全日出場権利を見事勝ちとった。


 十月、全日を十日後に控えた頃。すなわち四年生引退の数日前、私たち同期全員は部室に集まってミーティングを行った。議題はもちろん世代交代後の役職についてだ。

 イチは馬の健康状態を管理する馬匹。獣医学部に所属する最上級生の既定路線だ。

 可奈は会計。ウマ馬鹿をこじらせてはいるけれど、人としては一番まともだという皆の意見には私も賛成。お金はまともな人が握らないとね。

 主将は聡馬。「直す気もない毎朝の寝ぐせは下級生たちへの示しがつかへんのちゃうか」どうでもいい話題でイチがひとしきりいじじり自ら爆笑した後「下級生への言葉には気をつけてや。聡馬の一言、自分が思ってる以上に刺さるんやから」と釘を刺した。

「なら他に誰かやってくれれば」無気力さ溢れる聡馬の言葉をイチが遮った。

「お前以外にできるかいや。技術は全国トップ。馬に対する姿勢は皆のお手本。そんな奴を差し置いて主将になったら一年間地獄やぞ」表現はさておき皆同じ考えだった。この世代で主将なんて勘弁してほしい。モヤシのように頼りない見た目も、口から吐き出される小さなナイフもかすむ程、自分の技術にかまけず努力する彼の姿を皆見てきたから。

「副将は響やろ。はい、じゃこれで全部決定やな」まるで主将かのように話題の主導権を握るイチ。

 おい、ちょっと待て。なんでそうやって聡馬と私をペアにしたがる。嫌がらせか。「え? 私?」まずは疑問形で拒否の姿勢を示す。

「そら、そやろ」「いやいや、イチが一人で決める事ちゃうやん」

「めんどい奴やな。副将は響で賛成のひとー」全員がスッと手を上げた。えー、嘘やん。出来レース? それとも皆そんな認識で固まってたん?

「な?」これ以上ないドヤ顔で私を見つめるイチ。

――副将になる事にも言いたいことは沢山あるんやけどさ。全員がそんな風に思ってるなんて全然気づかんかった。イチがさも当たり前のようにそんなん言ったら、私が空気読めてなかったみたいになるやん。空気読めんのはイチの専売特許やん。やば、恥ずかし……。

「じゃミーティング終了でええな? 最後に主将から一言」「特にないけど、よろしく」「はい、かいさーん」

 顔が熱い。きっと真っ赤になってる。私は頬を覆い隠すようにポロシャツの襟を立て、女子部室に逃げ込んだ。


 数日後、聡馬と私は主将に話をしに行った。主将は全日を終えるまで活動を続けるが他の四年生は明日引退となる。ミーティングで決まった私たち学年の役職を伝えるためだ。

「自分が主将やります。副将は西宮です」「頑張ります」簡潔にミーティングの結果を伝えると

「やっぱりお前たち二人か」予想には自信があったと言わんばかりの余裕に満ちた表情の現主将。「俺がこんな事いうのもなんだけど、R学園を盛り上げてけ。頼んだぞ。頑張れよ」一年間の重責から解放されることへの安心感と、次世代への期待が見て取れる。

 今更ながら少しだけ重責を感じる。少しだけ。残りのほとんどは彼とうまく部を運営できるのかという不安だ。

「新主将、新副将。四年のミーティングも終わっててな。新たな世代の馬配はすでに決まってる。揉めたぞー」

 一年後、自分たちが新たな馬配を決める事を想像すると、少なくともスムーズにいくとは思えない。揉める事は容易にイメージできる。それほど馬配とは馬術部における重要な決定事項だ。

「確認しておきたいんだけど、お前たち世代の目標はなんだ?」

「北日二回走行、団体優勝です」聡馬が先のミーティングで決定した来年の目標を口にする。

「やっぱりか」再び余裕に満ちた表情を浮かべる主将。この予想も自信があったのだろうか。

「なら、お前たち二人には馬配を先に伝えておきたいんだけど、いいか?」

 なぜ今なんですか? と質問した私に対し、主将は「みんな戸惑うかもしれないからな」と続けた。そんな風に言われると今聞くしかないじゃないか。主将の話の進め方に導かれてるな、少しずるいな、とは思いつつ私たち二人は「では、お願いします」と聞く態勢に入る。聡馬はアンサンブルを含めた二頭か三頭だろう。私には担当馬がまわってくるのだろうか。最後の年だし、部の中で上手い方ではあると思うし、きっと大丈夫。受け止める準備は出来ている。反面、うまくいかなかった練習や試合が頭を駆け巡り不安になる程にはネガティブなんだ。相反する思いが自分の中で錯綜するとき、周囲に悟られまいと平静を装ってしまうのはなぜだろう。無意識にポロシャツの襟をただした。


 檜の香りがただよう自宅の浴槽につかりながら、あと数時間で引退する主将の話を振り返る。思考で膨らむ脳を静めようといい香りの入浴剤まで入れたのに頭の中に駆け巡るのは、話の中で押し寄せた感情と反応だ。

 聡馬の担当馬はダルタニアンとシラナミ、私はアンサンブルとパルプンテ。主将から伝えられた馬配に「えっ、なんで……?」とついタメ口で聞き返した。口から率直な気持ちがあふれたのだ。まず初めに訪れたのは驚きだった。

 次に押し寄せたのは喜び。わが校だけでなく北日本、全国にも誇るスーパーホースを担当できる。この上なく幸せな馬配。喜びに誇らしさが入り混じる。馬術への取り組みが認められたのだと頑張った自分を誇りたかったんだと思う。

 しかし、ポジティブな感情に支配されたのはここまでで、続いて頭に飛び込んできたのは不安。私で大丈夫なのだろうか、期待に応えられるのだろうか、結果がついてくるのだろうか、未熟な私の技術ではたしてアンさんは動いてくれるのだろうか……。思考の根っこはネガティブなんだろうな。一つの不安が新たな不安を呼び、連鎖はとまらなかった。さっきまで驚きや喜び、誇らしさで高い空にむかっていた風船はみるみるしぼみ、もう宙を浮くことすら出来ず地面を這いずった。


「北日二回走行の団体優勝と全日本学生への団体出場。R学園の悲願、お前たちなら叶えられると思っている」

 戸惑いを隠せない私たちが声を発するよりも先に主将が意図を語った。

「響とアンさんは間違いなく上位入賞できる。ダルタニアンは今年あんなことになってしまったけど、アンさんの次を担う素質がある。聡馬ならもう一段階上へ、わが校のエースにまで引き上げられる」

「あと一頭は?」聡馬の質問にはフジコンドルには誰が? という意味が含まれていたと思う。自身がこの一年で全日出場まで引き上げた馬だから。団体優勝には欠かせないピース。

「フジコンドルはイチに任せる」

 このペアは賭けだな。私はそう思った。フジコンドルは気性が激しく、とにかくアジャストする事が難しい。聡馬だからこそ結果が出せた馬だ。実際に過去の成績は輝かしいものではなかった。いかにイチの乗馬センスには光るモノがあるとはいえ、人馬の相性は人の経験がモノをいう世界でもある。乗馬をはじめて三年の者が結果を出すにはかなり高い壁だと感じた。

 一方でこの賭けはうっすらではあるものの、勝ち筋が見えるものだとも思った。フジコンドルは肢元が丈夫だ。ケガのリスクを恐れずハードワークに打ち込める。これは少しでも多くの経験が必要となるこのペアにはうってつけの条件だ。そしてフジコンドルを完全に手の内に入れ、引き上げた聡馬が常に近くでフォローできる。信じられないスピードで成長を続けるイチなら、このどちらにも転びえるギャンブルで勝ちをつかむかもしれない。

「やります。俺たち優勝できます」

 主将にむかって、聡馬はそう答えた。


 お風呂から出た私はドライヤーで髪を乾かした。好きでそうしているとは言え、こんなに疲れた日は長い髪を煩わしく思う。冷たい空気に体温を奪われる前に早く布団に潜り込みたい。

 翌朝の目覚まし時計が間違いなくセットされているかを確認した後、やっと私はベッドへたどり着いた。両目を閉じた後、最後に押し寄せたものは、焦燥と罪悪感が混ざったような言い表しがたい感情だった。

 ――私が聡馬からアンサンブルを奪ってしまったのだろうか。

 同期全員が疑いもしなかったアンサンブルと聡馬のペア。彼も口には出さなかったけれど、そうなると思っていたはずだ。私たちが掲げた団体優勝の目標は一人と一頭の全国制覇への現実味あるチャレンジを摘んでまで目指すべきものなんだろうか。私の数倍の時間を馬に捧げてきた聡馬は納得しているのだろうか。

 馬配を決めたのは私たちの一つ上の世代、四年生たちだ。私が自らアンさんにすり寄ったのではない。いや、もちろんアンさんを担当できることはとても嬉しいのだけど。私は馬配に影響を及ぼせない、決定をただ受け止める立場なんだけど、どうしても自分が奪ってしまったのかという思いは拭えない。思考がひと固まりになって、私の頭の中をピンボールのように跳ね回り続けているうちに目覚まし時計が鳴った。


 全部員が集合し、四年生たちが最後の挨拶と世代交代後の馬配を発表した。驚きの結果につい声を上げてしまった後輩とふと目が合うと、その子は申し訳なさそうに目を伏せた。私が気を悪くするような意味合いなんて一切なくて、ただ驚きが溢れてしまったんだよねと伝えてあげたかったけど、その後目が合う事はなかった。

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