61、最終話
テレーズは鼻息荒く話をしていたが、鏡を認識すると 無意識に鏡に向かって笑顔を作る。
周りの者はその様子に呆気に取られる。
ボロボロの平民服には黒ずんだ血と真新しい鮮血の跡が生々しく残っている。
だがテレーズにとっては自分の可愛い顔を映し出す鏡は抗えない性とでも言うかのように、角度を変えて自分の顔に夢中であった。
「何故、スタンビーノと結婚したがる? スタンビーノの事が好きなわけではあるまい。」
「好きか嫌いか? そんな問題じゃないわ、だってこれは物語上 メインヒーローのスタンビーノとヒロインのテレーズが結婚してめでたしめでたしとなる話 それが正解なの!
私はいつだって皆から愛され祝福されスタンビーノ王子と幸せになる、それが仕事なの!
ねえ考えてみてよ、絵本には王子様とお姫様それに魔女が出てくる。王子とお姫様は2人で力を合わせて悪い魔女をやっつけてハッピーエンド 幸せになる、この時悪い魔女は悪い魔女としてやっつけられるから勧善懲悪、人々は安心して物語にのめり込めるの、これが悪役が悪役の仕事をしないとどうなる? 面白くないの! 物語が進行しないわけよ! だーかーらー、今回レティシアが悪役の仕事をしなかったが為に物語がおかしな方向へいっちゃったわけ。物語りを元に戻さなくちゃいけないでしょ? だからレティシアと別れて私と結婚して幸せになる、そうすると元平民から皇太子妃を経て王妃へと上り詰めるサクセスストーリーに人々は熱狂するの! 次のキャラクターたちも物語りが変わっちゃったから自分の役割を認識していなかったわ。
ね! これも全部レティシアがちゃんと悪役の仕事をしなかったから!」
自分勝手な主張を繰り返すテレーズに周りの者は辟易としていた。
そしてテレーズの顔は悪役そのものの顔……。
「お前の顔見てみろよ、それのどこがヒロインだって言うんだ。」
誰ともなく囁かれる言葉、大鏡に映る自分を見ると確かにホリイクの元で働いている男たちと変わらない下種い顔をしていた。
「ひっ!」
「お前の自分勝手な主張は終わりか? では、本題に入ろうか。」
パチン
テレーズは王妃かと思うほど美しいドレスを身に纏った。
大きな宝石に豪奢なドレス、ティアラ 鏡に映る自分は世界で一番可愛く 最高のヒロイン。今までの話も忘れ鏡の中の自分に酔いしれ 鼻歌まで飛び出す始末。
満足そうにドレスの裾を揺らす。
鏡の向こうで満面の笑みでうっとりしているテレーズ、鏡に映るテレーズの頬に薄ら赤い筋が浮かび上がる…『アバズレ』
「はっ? 何これ。」
痛みもなく浮かび上がった文字…徐々に濃くなる朱色…皮膚が破れて痛みが走る。
ツツツーーっと血が滴れる。
「ぎゃーーーーーーーー!! 痛―い 痛―い 何よこれ!!」
鏡にへばりつきご自慢の顔を食い入るように見る。
皮膚がどんどん腫れ上がり盛り上がっていく、文字は深く刻まれていく。
1人パニックに陥るテレーズを周りにいる者たちは冷めた目で見ている。
次の瞬間全ての衣服が剥ぎ取られ全裸となった。
だが当のテレーズは羞恥より顔の痛みで気にする余裕がなかった。
腕には『人殺し』『狂人』『淫女』『悪女』『毒婦』次々に浮かび上がる。全身に刻まれる文字から血が流れている。そしてそれを鏡越しに見るテレーズ。
「ぎゃー! 痛い痛い痛い 助けて誰かー!私の体が顔が!! 元に戻して戻して!」
あちこち歩き回るがまた鏡の前に戻ってきてそれを見て発狂している。
「あ…あ… 私の顔……体…… 何でこんな事に…、痛い 痛いのよ。」
頭に中に声が響いた。
『お前は仕切りに物語りが変わったと言っていたな。そうだ、実は変わったのだ。』
テレーズは目を見開いた。
『お前が昔 平民だった頃、仲の良かったロゼッタと言う娘がいただろう? お前たちは仲良くしていたのに 前世の記憶を取り戻した途端 ロゼッタを馬鹿にするようになった。
お前と私では住む世界が違う…だったか? 見下して馬鹿にして男たちを使って弄び奴隷のように扱った。その上、急に優しくしたと思ったら やはり裏があった…散々商売の手伝いをさせておいて、サッサと男爵令嬢に収まると母親もロゼッタも忘れてしまった。
ロゼッタはお前と間違われてお前の母親と一緒に売られたのだ。
だからロゼッタは自分の命と引き換えに禁呪を使った。
『どうか、テレーズ・ダンビルがこの世で最も不幸な死に方をしますように』ってな。
お前がヒロインの物語りを変えたのは他でもないお前自身だ。
おやすみ テレーズ・ダンビル あの世で夢を。』
はっ!? ロゼッタって誰よ! ロゼッタ…ロゼッタ…ロゼッタ!!
あっ! 所詮モブだから 私の役に立ちなさいってこきつかってた子だ!
「ぎゃーーーーーーーーーー!」
テレーズはバタリと崩れ落ちた。体は動かなくなったが意識の中では何度も殺されては生き返らされてなぶり殺されていた。
ロゼッタの仕掛けた地獄へと道連れになったのだ。
「さて、殺しても殺し足りないほど頭のおかしい女だったが、やっと片付いたな。
後は任せたぞ。 さあ、レティ部屋に戻ろう。」
「はい、あっ!」
「どうかした?」
耳元で
「うふ、今お腹の中で赤ちゃんが動いたの。ふふ 無事で良かった。」
「うん、そうだね。」
イーザックの父パードックが治ったのはレティシアが持ってきた薬のお陰。
実はトラビスタ様からご紹介いただいたのだが、樹氷果を砕いてアクアが作り出してくれた聖水と合わせたものだ。王宮内の者もおかしくなった者にはレティシアが作った薬を飲ませた事で皆 回復した。今も事前にチェックをして混入していないか確認をしている。
それからすぐ裁判になったのは、地下都市を処分したかったからだ。
証拠がなければ言い逃れされる、だから現場にホリイクを呼び出し現行犯で逮捕しすぐに裁判に持ち込んだのだ。即日 関係者は処刑されて行った。そして夢花も危険な毒物として焼き払い、栽培させないようにした。
幸いにも幻夢に気付いても栽培方法を確立させる事はかなり難しかったのだ、幻夢は人間界では生息する事が難しい植物、それが容易に人間界に生息すれば幻獣たちが入り込んでしまうから 神々は敢えて栽培できないようにしていたのだ。それを地下都市を作って栽培させたホリイクは凄まじい執念と胆力があったといえる。
悪用されないように封鎖ではなく燃やし埋めて潰した。
教会の汚染も進んでいたのでそこにも捜査が入り、ゲーリックの管理下にあった者たちは処分された。シスターなども夢花の影響を受けている者が多くいたので樹氷果水で治療を施した。地下都市から救出した子供たちの中にも影響を受けている者が多くいた、まだ使用停止されていない状態だったので洗脳されていると気づく者は少なかったが、小さな体に長く夢花を使用されていた者たちは治療に時間がかかったが無事親元に帰れた子もいる。勿論 天涯孤独の子供たちもいるので、国の運営する養護院で引き取った。
奴隷関係はホリイクの奴隷生産業は基本的にラビエラやイーザック、パードックを守るために作られていた。ケイトランから守るための金や権力に媚びない人間を欲した結果だった。だから売られた先はオルデバ公爵関係だった、薬の影響を受けない状況でも公爵家での雇用を希望したためそのままの採用となった。
そう、結局イーザックはハッシュ伯爵家とオルデバ公爵家でオルデバ公爵家を存続させた。
勿論、イーザックの意思だけではない。
やはりガーランド国との問題があるからだ。
ラビエラがガーランド国人を皆殺しにしたのはまだ記憶に残っている。
対外的にはイザベラ王女殿下が亡くなった後 守るべき主君がいなくなったので全員帰国すると家を出た事になっている きっと途中で何かあったのだろうと。知らぬ存ぜぬを通しているところにオルデバ公爵家を取り潰すとなれば、ガーランド国に対して何かあると思わせてしまう事になる。
それに元はと言えばジュードラス王弟殿下の事は伏せられている関係で公には出来ない。
存続させたまま、気持ち的に戻りたくないと言うのであればハッシュ伯爵家も並行で存続させていてもいい、と言う話になり 結果オルデバ公爵家を選んだ。
あの後、オルデバ公爵家に捜査が入り 徹底的に捜索した結果 ラビエラの母 バネッサとラビエラの手記が見つかった。2人の苦悩と凄惨な状況がまざまざと分かり慄いた。
2人ともイザベラと言う脅威を前に必死に戦っていた事がわかる。そして 何も持たない2人には抗う術もなくどうにもならなかった事も、王家に叛意を持っていない事も、徐々に壊れていく様も見てとれ、知って仕舞えば簡単に悪と断ずる事も出来なくなった。
本当に自分は知らなかっただけで守られていたのだ。想像以上にイザベラと言う人間は狂っていた。自分の娘に言うことを聞かせるために男をけしかけるなど信じ難いことだった。
オルデバ公爵家守りたいと言う心情ではなく、こうまでしてここで生きてきた人たちを踏み躙って自分だけ逃げ出していいのか? そう何度も自分に問いただした。やはり自分と言う人間はイザベラ、バネッサ、ラビエラ、ケイトランがいてここに存在できているのだ、そしてレティシア様のお陰で最愛の父パードックを取り戻す事ができた。これからは自分が誰かの助けになれるように精進するべきだと痛感し決断した。
藁をも掴むつもりで必死だったが、父パードックの ケルスターク陛下が皇太子殿下だった時に助けを求めその縁で、イーザックも15歳で父が狂ってからケルスタークに庇護されてきた、あれから9年お側に仕えさせて頂いている、これからも微力ながらご恩を返したいと思っている。
こうしてやっと平穏が戻ってきた。膿を出し切った感がある…これも神々の助力のお陰か。
スタンビーノとレティシアの間に珠のような可愛い王子が生まれた。
名をデュランドール 神々の愛も両親の愛も受けて健やかに育っている。
竜神様は昔の神の姿を取り戻し神としての力を取り戻した、現在は『竜妃』の必要もない、生贄としても守護するための竜神様の竜気も、だが今後も名前だけは続けていく…本来の意味とは離れて形骸化したものとしての存続、本来の意味を知るのも直系の王位を継ぐ者と竜妃だけ、『竜妃』は周知されているため残すこととなった。
創造の神、豊穣の神、安寧の神がバックについているのだ。ヴァルモア王国は過去比類なき繁栄を齎した。スタンビーノとレティシアの世はヴァルモア王国建国以来の発展と安寧をみせた。レティシアは相変わらず近しい者以外は無表情だったが、スタンビーノと一緒の時は柔らかい表情を見せ かなり甘えるので 仲睦まじさは有名だった。
両陛下の良好な関係を国民も喜び、歓迎した。そして今も王位を継ぐ者は妻はただ1人の原則を守っている。そしてもう一つ直系第1子男児継承も守られている。今となっては必要ない約束だが、1000年守ってきたものをそのまま継承している。
だが、竜妃はもうタネを飲んではいない。よって今後は竜神様の竜気による特別な力を竜妃が持つことはない。
ノーマン、グレッグ、アシュトンは相変わらずレティシアの密偵となっている、勿論 直属の上司はシエル。そうシエルは消えずにずっとレティシアの傍にあり続けた、勿論アクアも。
スタンビーノとレティシアは3人の子供に恵まれた、スタンビーノは60歳の時にデュランドールに王位を譲位した。譲位してからスタンビーノとレティシアは離れた宮殿で仲睦まじく過ごした、69歳の時にスタンビーノは病でこの世を去った。そしてレティシアも後を追うように静かにこの世を去った。
レティシアは兼ねてからの約束通り体を離れると魂となってレクトル様 フェルティア様 オルシィミ様 シエル アクアと魂が消えるまで共に過ごした。そしてヴァルモア王国を陰から支えていた。
『レティシアよ、そなたは魂の輪廻に戻らずとも良いのか?』
『はい、私は愛するものを失うことがとても恐ろしいのです。1人取り残されることが恐ろしい。スタンビーノは私に初めて長い間、温かい家族を与えてくれた人でした。
スタンビーノとは69の歳まで共に過ごすことができましたが、やはり別れは辛いものでした。ですがいかなる時もシエルは傍に寄り添い私と共にいてくれました。シエルだけは絶対に傍にいてくれると信じております。ですから自ら選べるのであればこれからも魂が消えるその時までシエルの傍に居たいと思います。』
『スタンビーノではなく良いのか?』
『人の理に背く行為に巻き込むわけにはいきません。スタンビーノはきっと人の世に生まれまた愛するものを見つけ懸命に守る人生を歩むと思います。』
『そうか、渇愛もまた愛。魂の姿では形も取り難いであろう、どれ。 今後は愛と名乗るが良い、そして己の愛するものを心ゆくまで愛すが良い。』
人の形を与えられたレティシア、顔は以前のままだが髪が肩ぐらいまで短くなった。
いつの間にか横にはシエルがいる。
シエルは少し眉を下げて困った顔をしながら
「…おかえり。」
そう言ってくれた。
「ただいまシエル!」
そう言って抱きつくと優しく抱きしめてくれた。
「これで本当に良かったの? ずっとこのままだよ?」
「うん、でもシエルはいてくれるんでしょう? それならいい、ずっとシエルは傍にいてくれたんですもの、シエルを1人には出来ないわ。」
「ふふ…、嬉しい。」
あの日の約束 覚えてくれてたんだな…。
レティシアもシエルと出逢った頃の姿に戻っていた。
「ティア…そっか、これからはマナ…か。」
「どちらでもいいわ、シエルが知っていてくれるならどちらでも。」
「うん、永遠に愛しているよ、ティア ちゅう。」
レティシアはマナとなってレクトル様たちと共にヴァルモア王国の未来を見守って行った。
おしまい
長い間お読み頂き有難うございました。
新しい『王弟殿下は初恋相手を溺愛中』始めました。
良かったら読んでくださいね。
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