ファーストコンタクト一
国立騎士養成学校は、皇都の外れに存在する。
馬車を走らせて一時間。
周りから建物が消え、田畑が目立ってきた頃に忽然と現れる堅牢な建物がそれだ。
周りを柵で囲み、ねずみ一匹たりとも逃がさない構えは、学校と言うよりもむしろ監獄に近いものがある。
しかし、学生たちからしてみれば、ここ本当に監獄なのかもしれない。
入学してしまえば一年間、外に出ることを出来ず、外部との接触を一切断たれる。
青春を謳歌する年齢の男子にしてみれば、辛いものだ。
さて、そんな騎士養成学校の隣には、皇家の別荘が構えられている。
エリューゼは一年間そこで暮らし、騎士学生たちと交流を深める。
言ってしまえば、エリューゼの訪問が彼らにとっては癒しとなるのだろう。
「エリ、そろそろいこうか」
レイモンドに声をかけられ、その大きな校門を眺めていたエリューゼは我にかえる。
ここからは馬車を降りて、歩いて校内に入る。
馬車なんて有用な脱走手段、校内にいれるわけにはいかないのだ。
(はぁぁあ。ついに始まってしまうぅぅ。攻略キャラとは極力接触しないで、会ったとしてもライオット様の好感度に影響ないくらいには冷たくあしらおう。誰にでも優しい人が好みって・・・!最終的には「僕だけに君の優しさを向けて?」とかいって嫉妬してくれるんでしょー?わかってます、メシウマ)
彼女の脳内はいつだってお花畑だ。
「さあ、行こう」
「はい」
兄と手を携えて、最初の一歩を踏み出す。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
(迷った)
エリューゼはスキル、どんな道でも必ず迷子になってみせるよ、を発動させた。
レイモンドと手を握って門を通り過ぎた所までは覚えている。
しかし、いつの間にか兄の手は離れていて、自分がどこにいるかもわからない始末だ。
(どうしてこうなった・・・っ!)
田中博子の記憶が正しければ、このままだとキャラナンバー一番との接触が待っているはずだ。
迷子の主人公を見つけ、案内してくれるのが最初のイベントである。
それを避ける為に、手を握ってきた兄の手を振り払わずにいたのに。
エリューゼは自分でも、致命的な方向音痴だという事は気付いている。
だから最善策をとったというのに・・・!
(こんなことならお兄様と手錠でつながっておけばよかった! あのシスコンのことだから、「お兄様と離れたくないの」とかでも言っておけばごまかせたのに!!)
それはさすがに無理だろう。
そもそもどこから手錠を用意するというのだろうか。
不測の事態に頭がついて行かない様である。
(あぁぁぁぁあ。来ちゃうよー、俺様がぁぁぁああ)
そう、その瞬間は間近に迫っていた。
おたおたと慌てているエリューゼは、気付かなかった。
背後から近づく、男の影に。
「おい」
「ひゃぁあ!」
肩を叩かれ、エリューゼは悲鳴を上げる。
身体がびくりと震えた。
「こんなとこでなにをやっている、エリ」
「カールフリードリヒ様・・・」
(うわぁぁぁああん。来ちゃったよー。てゆーかお前に「エリ」呼ばわりを許可した覚えはないわ!ライオット様でさえ、「エリューゼ様」と呼んでいるのに! でもぉ、最終的には「エリ」「ライン」って呼び合う仲になってやるんだから)
「何を言っている。カールでいいと言っただろう」
「あ、はい・・・」
(だ・か・ら、言いたくねーからそう呼んでるんだろ!)
エリューゼを呼びとめた男、名をカールフリードリヒ・ベルギウスという。
ベルギウス公爵家の二男坊で、ライオットと同じくエリューゼの幼馴染だ。
性格は俺様で、昔からエリューゼを気に入り、どこにでも彼女を連れまわそうとする困ったお坊ちゃんだ。
しかもライオットにとんでもなくライバル心を燃やしている。
エリューゼとしてみれば、できれば今後一生関わり合いになりたくない人物だ。
しかしこの男、先ほどからエリューゼが警戒していたキャラナンバー一番の攻略キャラである。
関わりたくなかった、ここのフラグは何としても折っておきたかった。
「それにしても、久しぶりだな。エリ」
「え、ええ」
(顔を近づけるな―!!!)
赤髪、紅眼の美形は目に毒である。
しかもこの男、エリューゼが照れているとわかってこのような行動を仕掛けてくる。
困ったお坊ちゃんだ。
「十三歳の誕生日おめでとう。そうか、エリは騎士を探しに来たんだな」
「あ、ありがとうございます。カール様はなぜこちらに?」
「俺は、今年ここに入学する」
「え」
(知ってましたけどねー。ホントにそうなって欲しくはなかった)
家の家督争いの波にのまれ、騎士になることをきめたカールフリードリヒ。
その目はどこか悲しげだ。
その後、ゲームならば悲しみを受入れ笑顔を与えてくれたエリューゼに恋をし、ライバルであるライオットに負けないように努力をして、見事校内個別対抗試合で優勝するのだが、そんなことはありえないとエリューゼは固く心に誓っている。
「そうなのですね、では今年一年よろしくお願いします」
「ああ」
「では、私はこれで失礼します」
そそくさとカールフリードリヒから離れようとするが、エリューゼを掴んだ腕はなかなか離れてくれない。
「あの、カール様・・・」
(手を離せぼけぇえ!)
「お前、ここからどうやって戻るつもりだ?」
「えっと・・・」
「大方、迷子にでもなったんだろう。ここは学生の寄宿舎だ。お前が関係してるのは本館だろう」
「あ・・・はい・・・」
「俺が、案内してやるよ」
「や、いいです。迷惑になりますから」
(やだよ、ホントに。こういう接触から断わっていくことが、ライオット様とのエンディングを迎えるためには必要なのよ!)
「いいから、ほら、こい」
「え」
業を煮やしたのか、ついにカールフリードリヒはエリューゼの腕を掴んで歩きだした。
「良いですって、本当に」
「うるさい、ついて来い」
(話を聞けぇぇぇぇぇい、俺様!)
こういう時に限って、見て欲しくない人にその光景を見られてしまうもので。
「あれ? カールに・・・エリューゼ様?」
見事ライオット様に、見られてしまいました。
(あぁぁぁぁぁああ! なんてことぉぉぉおお! この俺様のせいで!! このこの)
「よお、ライオット」
「カール。エリューゼ様の手を離せ、不敬だろう」
(あぁぁぁああ。ライオット様、もっと言っちゃって!)
「俺とエリの仲なら問題ない」
「いえ、あの・・・」
(何言ってくれちゃってんの?)
「エリューゼ様も戸惑われている。離せ」
「ふん。こい、エリ」
「え」
「あ」
(にゃぁぁぁああ、ライオット様ぁぁぁああ)
走り出したカールフリードリヒに、、エリューゼはついて行くしかなかった。
「なんてことをするんですか、カール様!」
「なにを怒っている?」
「ライオット様とお話中に走り出すなんて失礼でしょう」
「ふん、あいつはそんなこと気にしないさ」
「・・・」
(そうですけどね! 私が違う男と去っていってもきっと気にしないんでしょうけどね! でも大丈夫、私はそんなことじゃくじけない)
「そんなことより、エリ。お前に伝えておきたいことがある」
「・・・何ですか?」
おもむろにカールフリードリヒはエリューゼの左手を握り、胸の前にもって来させた。
「俺は」
「エリ!」
カールフリードリヒが何かを告げようとした時、エリューゼの名が呼ばれた。
離れ離れになっていた兄のレイモンドである。
焦った様にこちらへ駆け寄り、エリューゼを抱きしめた。
その時の反動で、繋がれていた手は解かれている。
「よかったエリ。いきなりいなくなってしまった時はどうしようかと思ったよ」
「ごめんなさい、お兄様。・・・カール様がここまで案内してくれたの」
「ん、カール?・・・ああ、カールじゃないか。わざわざありがとうね」
「いえ、皇太子殿下。当然のことをしたまでです」
「そうか、でもありがとう。さあ、エリ行こうか」
「はい、でもあの」
エリューゼは躊躇いがちにカールフリードリヒを見つめた。
話が気になって、去ることを躊躇っているように見えるが内心は、彼から離れられることに歓喜しているので、どこまでも抜け目のない女である。
ライオットに好かれる為に被った鉄壁の仮面は、今日も健在だ。
「いや、いい。エリ。また今度」
「はい」
「さあ、行こう」
兄に手を引かれ、エリューゼはカールフリードリヒの前から消えた。
あの時言おうとした言葉は何だったのだろう、なんて一つも考えないまま。
カールフリードリヒはその去っていく背中を見つめ、
「エリ」
と呟いて、彼女の左手を握った手を、そっと包み込んだ。