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秘密

女性向け恋愛シュミレーションゲーム「今夜君の騎士(ナイト)に」、略して「コンナイ」。

主人公のとある国の皇女が、自分だけの騎士を見つけ、恋に落ちる物語だ。

共通ルートでは、騎士養成学校の中で攻略対象の異性と触れあい互いを知っていく過程が描かれ、ゲーム開始から約半年過ぎた段階で、校内個別対抗試合で優勝した攻略キャラの個別ルートに入っていく。

個別ルートに入ってからはキャラによってストーリーに差はあるが、共通ルートの穏やかな日常を描いたものとは違い、血生臭いシリアスなストーリーとなっていく。

ある人物では隣国との戦争に発展し、またあるストーリーでは国内の政権争いに巻き込まれてしまう。

前半と後半でギャップがあり、シリアスなストーリーを好まないプレイヤーには受け入れづらいのではないかとかと思われるが、濃密な物語の展開と主人公と攻略キャラとの純愛が胸を打ち、大層な人気を博している。

しかし、爆発的な人気となった要因は他にもある。

美麗なイラスト、人気声優の起用、ユニークに富んだミニゲームの設置は勿論のことであるが、それだけではない。

好感度の上がる適切な選択肢を選んでいくと、攻略キャラの主人公に対する好感度が上がり、彼らは主人公を攻略してくる。

システム上はプレイヤーがキャラを攻略していくのだが、ストーリー上ではどう考えても鈍感な主人公を想いを寄せるキャラたちがあの手この手で振り向かせ、攻略しようとしているのだ。

その部分が、愛に飢えているオタク女子たちに多大な共感を呼び、プレイヤー数を伸ばした。

田中博子もコンナイのプレイヤーだった。

寝る間も惜しんでプレイしたことは、懐かしい思い出である。


ここで、注目しておきたい点が一つ存在する。

物語の舞台となる国の名前は、ミッドランド皇国。

主人公のデフォルト名は、エリューゼ・(中略)・フォン・ミッドランド。





♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


エリューゼには、幼いころから誰にも話したことのない秘密がある。


(私の名前は、田中博子)


彼女には前世の記憶が存在した。

前世の名前は田中博子といい、地球と言う惑星の日本に住む一般庶民。

特に秀でた面もない、ただのオタク少女であった。

特に役にも立たないだろうと思われる前世の記憶であるが、一つ気になることがある。

田中博子としての記憶の中に、「今夜君の騎士に」という乙女ゲームをプレイした記憶があった。

そして気付いた。

あまりにもその世界の設定が、今の自分のいる状況と酷似していることに。

自分のいる世界は、乙女ゲームの世界。

自分は今、主人公としてこの世界に存在しているという事に。

気付いた時、彼女は狂喜した。


(まさか、この世界にこられるだなんて。

彼に会えるなんて・・・!)


コンナイには、四人の正規攻略キャラと一人の隠し攻略キャラクターが存在する。

どの面々も美しく、魅力的なキャラクターだ。

ストーリーも感動的なものであり、一人ひとりにファンがついているほどである。

しかし、エリューゼの求める男性は彼らの中にはいない。


「家は侯爵の位をもつ名門中の名門、物腰柔らかで誰に対しても紳士的な態度を崩さない。

文武両道、彼の右に出る者は誰一人として存在せず、彼もまた、そのことに驕らず努力を続ける。

ほどよく筋肉のついた均整のとれた体は、まるで彫刻のようであり、漆黒の瞳と髪は、夜空よりも美しく深い。」


そんな完璧とも言えるような設定をもった彼は、脇役だ。

騎士養成学校で一番の成績を誇る生徒である。

校内個別対抗試合で彼に勝ち優勝しなければ、個別ルートへの道は開けない。

攻略キャラ達に立ちはだかる、一番最初の壁。

つまり彼―ライオット・バースは、攻略キャラのライバルキャラクターなのだ。


エリューゼは自身が田中博子として生きていた頃から、彼を愛していた。

他のキャラなんて目に入らないほどに。

共通ルートでキャラの好感度を上げないと、一気に終章へと飛び、ライオットが騎士となるエンディングを迎える。

しかしそれはあくまでもバッドエンドの一つ。

小さいころからお互いをしっている二人は仲は良いが、兄妹のような関係で物語は終了する。

しかし彼女はわざと攻略キャラの好感度を上げず、言ってしまえばライオットとの友情エンドを迎え、その後を妄想し悶えていた。

ネットで検索した二次創作を読みあさる程である。

またそれは、なにも田中博子だけが特別な思考をしているわけではなかった。

彼に愛を傾けるプレイヤーは数多く存在したのだ。

そんな多くのプレイヤーから彼を攻略キャラにしてほしいという要望が制作サイドに寄せられたようだが、ファンディスクでも彼は脇役だった。

というより、登場すらしなかった。

泣いた。

田中博子は泣いた。

ライオットの姿を見たいがために、全ルート全シナリオ読破したというのに、まるで初めから存在しないかのような扱い。

そんな捨てキャラにするなら、なんでこんな素敵にしたんだ!

彼女の涙が止まることはなかった。


しかし、この世界ならば彼と恋仲になることが出来る!

その事実に気付くと、エリューゼは早速努力を始めた。

彼女がわずか二歳のときのことである。

物語の設定だと、彼と主人公は幼馴染とされている。

早くから始めないと、間に合わないかもしれない!

そこで彼女は田中博子の記憶を探り、彼の好みが表記されている場面がないか探ってみた。

すると、あった。

ゲームのファンブックに載っていた、彼の好みの女性。

そのファンブックは細かいところまで設定が載っており、ファンならばマストアイテムと言われるほど素晴らしい本である。


「美しく、誰にでも優しく穏やかで、笑顔を絶やさず、淑やかで、努力を惜しまず、自らを律し、学問を修め、いつも正しい選択を選ぼうとする、儚げな、守ってあげたいと思わせる女性(リアルに女神レベルの人間)」


・・・そんな人間は本当に存在するのか。

その記載を見たとき田中博子は、何この無理ゲー、と本気で思ったものだ。

彼の理想は高い。

他のキャラなんて、「胸の大きい子」ぐらいの表記しかされていないのに。

しかし、これを乗り越えなければ彼との未来はない。

言葉づかい、動作、表情、体型、学問、裁縫、歌、楽器、絵画、乗馬・・・その他もろもろ。

数えつくせないぐらいの努力をして、彼女は「皇国の華」と呼ばれるくらいまで成長した。

八歳の時のことである。

そしてそれからすぐ、彼女は運命の出会いを果たす。


―五年前。

その日、エリューゼは自分でもおかしいと感じるくらい、胸が逸っていた。

ドキドキと、胸が鼓動を打つ。

しかし不快な感じはしない。

それよりも、早く早くと心が高ぶるように感じていた。


「エリューゼ様? いかがなされましたか?」

 

様子のおかしな主の姿をみて、エイミーは心配そうに声をかける。

まさかどこか体調が優れないのではないか。

胸に手を当て、深く息を吐き出している姿を見ると、心配もしてしまう。


「大丈夫よ」

「ですが」

「違うの。そうね、なんていうか、私、わくわくしているのよ」

「わくわく?」

「そう、なんでかわからないけれど」


わくわく。

それが自分を表す正しい気持ちかもしれない。

この気持ちの赴くまま、叫び声をあげてかけ出してしまいたい気持ちを抑えるのは大変だ。

胸に手を当て、深呼吸をする。


「そう、ですか。ですが、体調がお悪いようでしたら、早めに申してくださいね」

「わかっているわ。・・・あ、そうだわ。私今日薔薇園に顔を出す約束をしていたのだった」

「ああ、庭師のベンゼルとですね」

「そう。彼、新しい薔薇を手に入れたから私に一番に見せてくれると言ったの」

「エリューゼ様は薔薇がお好きですから、ベンゼルもエリューゼ様に喜んでいただきたいのでしょう」

「本当に、ありがたいことだわ」

「ですが、本当に大丈夫ですか? 外にでて」

「何言ってるの。体調は頗る万全よ。もう駆け出してしまいたいくらい」

「やめてください」


二人はどちらともなく笑い合った。


「わかりました。もう、お出かけになられるのですか?」

「ええ。そろそろ約束の時間だもの」

「薔薇園までお供いたします」

「あら、ありがとう。では行きましょうか」


城の丁度南側に位置する薔薇園は、広大な敷地面積を有する、国内最大級の花園である。

「薔薇園」と銘打たれているが、そこに存在するのは薔薇だけにあらず、年中通して様々な花が咲き乱れている。

城に登城することがあるならば、見ておかなくてはいけない景色ナンバーワンに君臨し続ける名園である。

この庭園を管理するのが、庭師のベンゼルという男だ。

歳は六十を到に過ぎているが、いまだ矍鑠と働いている元気なおじいちゃんである。

無口で厳つい顔をしているため人々から敬遠されているが、心根の優しい男で、皇家からの信頼も厚い。

実はこの男、とある攻略キャラの祖父なのだがそれはまた別の機会に語るとしよう。


「ベンゼル? どこ?」


薔薇園の入り口でエイミーと別れ、エリューゼは一人で薔薇園の中央に設置されている東屋へとやってきた。

ベンゼルと会う時は大抵この東屋で待ち合わせることになっている。

いつもは彼が東屋で作業をしながらエリューゼの来訪を待っているのだが、今回は彼の姿が見えない。

どこかで花の手入れをしているのだろう。

そう判断して、エリューゼは東屋の椅子に腰かけた。


「きれい」


ここから見通せる庭園の風景は絶景で、今この瞬間世界中の宝物を独り占めしている気持ちになれた。

こんな綺麗な風景をライオットと見ることが出来たら、どんなに素敵なことだろう。


「そうですね」


きっと彼ならこんな風に優しい声で、微笑みながら言ってくれるに違いない。

って


「えっ?」


恋しく思うあまりついに幻聴でも聞いてしまったのか。

記憶にある彼の声より幾分幼い、けれど優しく凛々しい声が耳朶に届く。

驚いて振り返ると、そこには夢にまで見た彼の姿があった。


「驚かせてしまいましたか。申し訳ありません」


そういって微笑む姿は、やはり幾分幼いが、記憶の中の彼と相違なかった。

ついに、

ついにこの日が・・・




(よっしゃー! きたぁぁぁぁあああああああ! ああ、かっこいいぃぃぃぃ! なにその笑顔、可愛すぎるでしょ! 子供特有のふわふわの髪にシュッとした輪郭。ちょこんとした桜色の唇! はぁぁぁああん。ぺろぺろしたい!)





エリューゼ・(中略)・フォン・ミッドランド。

彼女には秘密があった。

誰にも知られてはいけない秘密があった。

前世の記憶云々はどうでもいい。

ライオットと恋仲になるためには、一生隠しておかなければいけない秘密があった。


彼女は、変態である。

変態です。

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