異世界
世界は二つの文明によって支えられている
大地に満ちるマナを力とし精霊やドラゴン天空を巡る魔導城が息づく魔の世界
テクノロジーが発達し科学や兵器が発展、摩天楼が夜空を貫く科学の世界
本来交わるはずのなかった魔法と科学は一つの世界「アルカディア」として繁栄を極めた
その交差には幾多の物語、冒険が生まれ世界に生きる冒険者は伝説へと挑む…
そんな大規模MMOゲームアルカディアのトッププレイヤーの一人ケイオス、一つのイベントを終え普段通りログを流し見ながら次の狩場へと歩を進めていた。
全身を幾重もの重厚な鎧で覆い一歩踏み出すたびに鈍い金属音が静かに響く、その兜の奥から覗く素顔は人間とは異なるものだった。
二本の曲がりくねった角、蛙を思わせる大きな口元、猫のように丸く大きく鋭い瞳孔、大きな頭部と大きな目は何処か愛嬌もある、しかし口を開けば横まで割け鋭い牙が並ぶ様々な生物を詰め込み混ぜ込んだ歪な存在。
「キメラ」と呼ばれる合成種
異なる生物の特徴をその身に宿す種族の一人だった
何百時間いや何千時間と潜り続けたこの世界、マップの隅々、隠しダンジョンの奥、期間限定のイベント、バグ地形に至るまでケイオスが踏破していない場所などほとんど存在しない。
「………………」
いつものなれた日常、慣れた転移ゲート、何気なくそれを潜ろうとしたその瞬間だった。
視界が唐突に歪んだ。
「っ!?」
いつもの読み込み画面とは違うノイズがかったような、光と闇が渦を巻く奇妙な空間、エラーかそれとも新しい演出イベントかそう考える暇もなく、体が重力を失ったように浮き渦の中心へと引きずり込まれていく。
「っ……なんだ、これ……!」
叫び声すら渦の音にかき消され視界が真っ白に染まり、そして
気づけばケイオスは草原の只中に立っていた、風が吹いている草の匂いがする。
「…匂いだと?」
直ぐに違和感に気づく、草の匂いなどあるはずがないと、最新体感型VRMMOのアルカディアは確かにすさまじい臨場感がある、だがそれも感じられるのは見る聞くに過ぎない、匂いがあるなどあり得ない、だがケイオスは目の前の草原の匂いをしっかりと感じていた。
「…………………」
見渡せば見渡す限りの草原、地平線まで続く緑。
空には雲が流れ太陽の光が降り注いでいる、目の前を吹き抜けていく風、触覚、全てを感じる
「……えっと、そうだUI、UIを」
思わずUIを出そうとしたがマップが出ない、指先その人間の手ではない大きく分厚い皮膚と装備に覆われたソレを動かす。
だがどれだけ触っても反応がない、焼き付くほど見たHPゲージもMPゲージもスキルアイコンも何も表示されない。
「おい……おい、なんだこれ」
いつも通りの鎧を身に纏いいつも通りの体でここに立っているはずなのに感覚だけがまるで別物だった、ゲームであるということを裏付けるはずの普段の装備が逆にこの状況の異常さを際立たせている。
「……どういうことだよ、これ」
答えの出ない問いを誰に向けるでもなく呟く、草原には他に誰もいない応答するNPCもいなければ、他のプレイヤーの気配もない、ただ、風の音と遠くの草木が揺れる音だけがあった。
「………………」
ケイオスはしばらくの間その場に立ち尽くしていた、考えても答えは出なかった、どう検討しても全てが想定すら不可能な圧倒的な現実感、目の前の草原はただ静かに広がり続けているだけで何の手がかりも与えてはくれない。
ザッ
やがてケイオスは特に行き先を決めたわけでもなくただ足を前に出した、深く考えることを一旦やめた、いや、やめたというより考えることに耐えられなくなった、というほうが近かったかもしれない。
「はは、知らないマップか…嬉しいな…」
魔の世界の神秘的なフィールドとも違う、科学の世界の人工的に管理された緑地とも違う。
ゲームをやり込んで幾年、全てを制覇したとは言わないが、それでもほとんどマップを見てきたあらゆるイベントに参加してきたとアルカディアの事のほとんどをケイオスは把握していた。
だからこそここが全くの道の場所だと解らざるを得なかった。
草を踏む感触がやけに鮮明に足の裏へ伝わってくる、その足は人の物ではない、巨大で鋼のような皮膚と重厚なブーツに覆われている。
「………………っ」
ケイオスはもはや何も考えないようにしながらただ草原の中を歩き続けた。
※
どれくらい歩いただろうか、考えることをやめたまま進んでいたケイオスの足がふと止まった。
視界の先、草むらの一角が小さく盛り上がり、ぼこり、ぼこりと小刻みに震えている、土の塊がまるで意思を持っているかのように蠢き、やがて丸っこい石の姿が地面から顔を出した。
「……ペブルモールか」
思わず声が漏れる、土中の小石が意思を持って動き出したような鈍重な鉱物モンスター、動きは緩慢で攻撃パターンも単調そのもの、序盤も序盤、初心者が最初に叩いてレベルを上げるような下級中の下級モンスターだった。
次いで頭上でパサパサと羽音がする、見上げると小型の鳥が二羽草原の上空を旋回している、素早く飛び回る割に体力は紙のように薄く回避行動を覚えたての初心者がよく相手にするモンスターだ、あれもまた見慣れた顔だった。
「……フェザーピックまでいるのか」
見たこともない草原、消えたUI、生々しすぎる感触、わけのわからないことだらけの中で目の前にいるのは何百回何千回と見かけた雑魚モンスターたちだった、それだけで強張っていた肩から少しだけ力が抜けていく。
「ここはアルカディアなのか…?」
少なくとも何もかもが未知数の草原の中で初めて知っていると言えるものに出会えた、冷静さがわずかにだが戻ってくる、ケイオスがペブルモールへ向かって足を踏み出した瞬間だった。
ペブルモールがびくりと体を震わせた次の瞬間すごい速さで地面に潜り逃げ去っていく、頭上のフェザーピックたちもけたたましく羽ばたきながら一斉に飛び去り、あっという間に空の彼方へと消えていった。
「……………」
ケイオスは呆気にとられていた、アルカディアならば彼らが逃げ出すことなどあり得ない挙動だった、最下級モンスターの行動は何も反応しないかあるいは真っすぐ襲ってくるかのどちらかだ。
「いや、そうか」
自分の巨体、纏っている鎧、こんな化け物を前にした生物としての本能的な反応だとすれば、話は違ってくる逃げるのはむしろ当然の反応だった。
「…は、はは、モンスターもリアルになったもんだなアルカディア」
そう自嘲気味に呟く、またここが自分が居た世界と違う事を突き付けられた巨体からは乾いた笑いがこぼれていた。
※
未だケイオスは途方にくれてはいるがアルカディアのモンスターを見て少しだけ落ち着いたようであった、一度立ち止まり自身の身体を観察し始めていた。
「アルカディアのモンスターが居るなら…スキル魔法はどうなんだ?」
UIは使えないが使えなくなったとは限らないはずだと考え付く、そして何千、何万と使い馴染んできた事を試す。
「…………これはっ」
ケイオスは右手を軽く掲げた、システムメニューは開けない、ステータス画面もスキル一覧も表示されない、それでもスキルを発動する事を今考えてみた。
途端、喋ったり歩いたりすると同じくらいに、それがどうすればいいのかを自然と理解していた
「下級キメラ召喚、鳥《Summon Lesser Chimera: Feather》》」
低く唱えると、掲げた手のひらの前に淡い光が集まった
光は歪に渦を巻き、黒く澱み、やがて小さな塊へと収束していく
次の瞬間そこには小型のキメラが姿を現していた。
動物の断片を継ぎ接ぎしたようないびつな体つき、鳥の形ではあるが鳥ではない無い、だが間違いなくケイオスが見て来たいつも通りのキメラ(混成獣)だった。
「出た、な」
安堵と困惑が入り混じった声が漏れる。
召喚は成功した。少なくともスキルという機能自体は、この世界でも生きているらしい。
だがゲームとは違う圧倒的な存在感が目の前のキメラにはあった。
「……………」
キメラはじっとケイオスを見る、それは指示を待つかのような態度だとケイオスは感じる。
「…お前この辺り見て来れるか?目ぼしいものがあれば戻ってきて知らせたりとかできるか?」
こんな指示は本来出せない、こういった抽象的な指示はシステムが受け付けるコマンドの範疇を大きく超えている、敵を攻撃させるか、その場に留まらせるか、連れて歩くか、それくらいしかできない。
だが小型キメラはくるりと体を巡らせると、迷う素振りも見せずに草原の奥へと駆け出していった、まるで命令の意味を正しく理解したかのように。
「…そりゃこれだけ意思が通じるのに…命令が全然できない方が不自然だしな、くはっ」
ゲームで見てきた事でありながらやはり違う、何処までもリアルな形に昇華している、ケイオスはもはや驚く事も止めそれを受け入れていた。
※
そのまましばらく待っていると草を掻き分ける小さな音が近づいてきた。
先ほど偵察に出した小型キメラが戻って来た。
いびつな体をひょこひょこと揺らしながら戻ってきたそのキメラは、ケイオスの前まで来るとくるりと体の向きを変えそして動き出す。
「…案内してくれるってことか?」
キメラは答えない、ただ、示した方向から一歩、また一歩と歩き出しては、ケイオスの反応を確かめるように振り返る、その仕草だけで十分すぎるほど意図は伝わってくる。
「はは、こいつですらこれだけ仕事やってくれる訳か」
ゲームではありえない複雑な指示をこなすその姿にまた乾いた笑いを零しながらキメラに付いて行くのだった。
※
草原は緩やかに起伏を描き進むにつれて草丈も高くなっていく。
風の音に混じって遠くから何か別の音が届き始めたのはしばらく歩いた頃だった。
金属のぶつかる音地面を叩く重い音。
そして人のものらしき声でケイオスの足が自然と止まる、ケイオスはそれ以上進む前に周囲の草むらへと体を沈めた。
丘の向こう側少し開けた窪地のような場所に、複数の人影、距離があるためはっきりとは見えないが穏やかな光景でないことだけは疑いようもなかった。
「…戦闘か」
何が原因で争いになっているのかどちらが正しいか、そんなことはケイオスには関係のないことだ、肩入れする理由など何一つない。
だが同時に数少ない手掛かりでもある、目の前で起きていることから何かを掴んだ方がいいかもしれない。
窪地の争いは一方的だった、捕らわれている側が嬲られている、文字通り手も足も出ないと言った所だ、その有様を見てケイオスが少し顔をしかめる
「…戻ってこい、仕事は終わりだ」
小声でキメラへ指示を出すキメラは素直に身を翻し、ケイオスのもとへと戻り黒い光に包まれ泥のように溶けてその姿を消す、流れるようにケイオスは次の呪文を試し始める。
「中級キメラ召喚、ゴーレム《Summon Intermediate Chimera: Golem》」
黒い光が渦を巻き、赤い光で幾何学的な魔方陣が描かれる、その地面から迫り上がるようにして大きな影が姿を現した。
頭部を持たない人型の巨躯、継ぎ接ぎだらけの皮膚と筋肉が幾重にも縫い合わされ異形の巨体を形作っていた、刺青の様に光る赤い文様が胸もとに刻まれている。
先ほどのキメラとは比較にならない威圧感がその場に満ちていた、ケイオスは自身以上のその巨躯を見上げながら静かに告げる。
「行け、あそこに割り込んで優勢な方を襲え、あんな初心者狩りみたいなの見てて面白くないからな」
一拍置いて付け加える。
「だが加減して相手を測れ、もし向こうの方が強そうなら撤退だ」
頭のない巨躯が応じるように身を屈めた、そして次の瞬間草を蹴散らしながら窪地へ向けて、猛然と駆け出していった。
ストックがあるのでしばらくは更新が早いです




