補助役
翌朝、俺は、王妃に呼び出された。
謁見の間ではなく、城の奥まった、小さな一室。
人払いの、された部屋だった。
「結城楓、と言ったか」
王妃は、思いのほか、穏やかな口調で、切り出した。
昨夜、玉座の隣で、一瞬だけ目を伏せた、あの女だ。
間近で見ると、思っていたより、若い。
そして、その目の奥に、隠しきれない、疲れのようなものがあった。
「昨日は、災難だったな。あなたにだけ、力が宿らなかった」
「いえ。仕方のないことです」
俺は、神妙に、頭を下げた。
昨夜、邪神から力を得たことは、おくびにも出さない。
手の内は、見せないに限る。
とくに、こういう、こちらを値踏みしてくる相手には。
「本来であれば、相応の、補償を考えるところだ」
補償、と来たか。
俺は、内心で、この女の腹を、読む。
厄介払いを、したいわけじゃない。
かといって、本気で、気の毒がっているわけでも、ない。
能力なしの巻き添えを、どう転がせば、いちばん都合がいいか。
それを、測っている。
そして――その裏に、ちらりと、別の感情が見えた。
後ろめたさ、のような、何か。
昨夜の、あの目の伏せ方と、同じ色だ。
この女は、何かを、隠している。
俺たちに対して、後ろめたい、何かを。
……覚えておこう。
「補償など、とんでもない」
俺は、欲のない若者の顔で、答えた。
「こうして、異世界で、生かしていただけるだけで、ありがたいことです。何か、私にできることがあれば、お役に立ちたいのですが」
王妃の目が、わずかに、和らいだ。
欲のない、健気な若者。
そう見えるように、言葉を、選んだ。
欲は、隠す。
腹のなかは、絶対に、見せない。
「殊勝なことだ」
王妃は、うなずいた。
「では、こうしよう。あなたには、勇者たちの、補助役を務めてもらう。戦う力はなくとも、できることはある。物資の管理、雑務、調整。そういった、裏方の仕事だ」
「謹んで、お受けします」
俺は、深々と、頭を下げた。
補助役。
雑用係に、毛が生えた立場だ。
昨日までの俺なら、屈辱に、はらわたを煮やしていただろう。
だが、今は、違う。
俺には、力がある。
この立場は、ただの、隠れ蓑だ。
目立たない、害のない、補助役。
その仮面の下で、俺は、好きに動ける。
頭を下げながら、俺は、口の端が、緩みそうになるのを、こらえていた。
◇
ここで、ひとつ、考えておかなければ、ならないことがあった。
俺の、力のことだ。
能力創造。
何でも、創り出せる、この力。
これを、どう、扱うか。
昨夜、邪神に言われたとおり、隠蔽で、隠した。
それは、いい。
だが――ただ、隠すだけでは、まずいのだ。
考えてみろ。
俺は、昨日、衆人環視のなかで、「能力なし」と、判定された。
このまま、何の力もない居候として、過ごすのか?
冗談じゃない。
哀れまれるのも、無能と侮られるのも、まっぴらだ。
それに、ずっと「能力なし」を、装い続けるのも、危うい。
いざ、力を使う場面で、ボロが出る。
「能力なしのはずが、なぜ?」と、怪しまれる。
かといって、本物の力を、晒すわけにはいかない。
能力創造なんてものが、バレたら、おしまいだ。
王国は、俺を、放っておかない。
便利な道具として、飼い殺すか。
危険分子として、消すか。
邪神の、言ったとおりだ。
ろくなことに、ならない。
だから――ちょうどいい、嘘を、用意する。
遅れて、スキルが、発現した。
そういうことに、しておく。
ただし、本物とは、似ても似つかない、無害な何かに、見せかけて。
俺は、意識を、集中した。
隠蔽で、本物を隠す。
その上に、偽の表示を、でっち上げる。
ありもしない、ハリボテのステータスを。
すとん、と。
新しい力が、形になった。
【偽造】。
偽の情報を、本物に見せかけて、作り出す力。
俺は、ステータスを開き、偽の表示を、組み上げていく。
クラスは、何にするか。
戦闘職は、駄目だ。主戦力と見なされる。
生産職も、専門性が出すぎる。
もっと、漠然とした、何の役にも立たなそうな、無害なもの。
――スキルホルダー。
スキルを、宿すだけの、器。
それらしくて、何の専門性もない、結構な響きだ。
能力は。
これが、肝心だ。
俺は、少し考えて、決めた。
――ランダムスキル。
何が出るか、決まっていない。
自分でも、制御できない。
不安定で、当てにならない、能力。
そういうことに、しておく。
これなら、完璧だ。
どんな力を使っても、「ランダムだから、たまたま出た」で、押し通せる。
複製を使おうが、何をしようが、「今日は、これが出たみたいで」と、とぼければいい。
本物の力は、その下に、隠したまま。
無能でもなく、脅威でもない。
器用だが、当てにならない、気の毒な奴。
それくらいの位置が、いちばん、動きやすい。
俺は、偽造したステータスを、もう一度、確認した。
────────────────
名前 :結城 楓
クラス :スキルホルダー
能力 :ランダムスキル
────────────────
……上出来だ。
これが、表の、俺。
本物の【能力創造】は、隠蔽の、ずっと奥。
誰にも、見えない場所に、ある。
あとは、頃合いを見て、「遅れてスキルが出たようだ」と、周りに、告げればいい。
俺は、自分の用意した嘘に、ひとり、満足していた。
◇
午後、俺は、補助役としての、最初の仕事を、言いつけられた。
書類を、城の文官に、届けるだけの、雑用。
だが、俺にとっては、好都合だった。
城のなかを、堂々と、歩き回れる。
昨夜から、ずっと、気になっていたことが、あった。
あの、王妃の、目の伏せ方。
「送り返そう」と王が言った、あの瞬間の。
あれが、何を、意味するのか。
確かめておきたかった。
俺は、書類を届けた帰り道、わざと、遠回りをした。
王の、執務室の、近くを通る道だ。
扉の、隙間。
わずかに、開いている。
中から、声が、漏れていた。
王と、あの老神官の、声だ。
俺は、足を止め、壁に、背を寄せた。
補助役が、廊下で、書類を整理している。
そう見えるように、装いながら。
耳を、澄ます。
「……して、送還の儀式の、準備は」
王の、声。
神官が、答える。
「は……それが、陛下。何度、申し上げれば、よろしいか。送還の術など、ございません。最初から」
俺は、息を、殺した。
「女神は、勇者を、こちらへ召喚する術は、お授けくださった。だが、元の世界へ、送り返す術は――ついぞ、与えてくださらなかった。あの者たちを、帰す方法は、この世界の、どこにも、ないのです」
「……分かっておる。分かっておるが」
王の声が、苦々しげに、低くなる。
「では、魔王を倒したあと、あの者たちには、どう、説明する。帰れると、信じて、戦っておるのだぞ」
「そのときは……まあ、適当に、引き延ばすしか。儀式には、長い準備が要る、とでも。あるいは、新たな、務めを与えて」
俺は、壁際で、ひとり、口の端を、吊り上げた。
やはり、か。
送還の術なんて、最初から、ない。
帰る道は、どこにも、ない。
王国は、それを承知で、俺たちに、嘘をついた。
魔王を倒せば帰れる、と。
勇者を、ただ働きさせるための、餌だ。
昨夜の、王妃の、目の伏せ方。
あれは、後ろめたさだ。
帰れもしない約束を、子どもたちに、ぶら下げている、後ろめたさ。
なるほど。
全部、繋がった。
◇
その夜、俺は、自分の部屋で、ひとり、考えていた。
帰れない。
俺たちは、もう、元の世界には、戻れない。
それが、はっきりした。
……まあ、いい。
不思議と、絶望は、なかった。
怒りも、わかなかった。
怒ったところで、帰れるように、なるわけじゃない。
喚いても、告発しても、結果は、同じだ。
帰り道は、どこにも、ない。
なら、考えることは、ひとつだけだ。
この状況を、どう、最大限に、利用するか。
帰れないなら、ここで、生きるしかない。
ここで生きるなら、いちばん、上で、生きてやる。
誰の下にも、つかず。
誰にも、哀れまれず。
それに――この嘘は、いつか、必ず、皆の知るところに、なる。
魔王を倒して、帰れると思っていた連中が、裏切られたと知る、その日が、来る。
そのとき。
俺が、どう、動くか。
今から、考えておいて、損はない。
慌てふためく連中の前で、ただ一人、冷静でいられる男が。
どれだけの、信頼を、集めるか。
……まあ、それは、その日が来てから、だ。
今は、せいぜい、いい奴を、演じておこう。
知らないふりは、得意だ。
俺は、ステータスを、開いた。
偽造の、ハリボテの下、隠蔽のさらに奥に、本物が、ある。
────────────────
名前 :結城 楓
能力 :能力創造
罪業値 :7
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罪業値が、増えていた。
昨夜は、3だった。
隠蔽を創り、偽造を創り、人を欺くための力を、重ねた。
そのぶんが、積まれたのだろう。
人を、騙すための力ほど、この数字を、多く食う。
なんとなく、そういう、見当はついた。
まあ、どうでもいい。
減るわけでもなし、気にしても、仕方がない。
俺は、もうひとつ、力を、試すことにした。
昼間、文官の机で見かけた、立派な、装飾の万年筆。
あの形を、頭のなかで、再現する。
手のひらに、意識を、集中する。
光が、集まり――まったく同じ万年筆が、手のなかに、現れた。
【複製生成】。
ものを、完璧に、複製する力。
ステータスの罪業値が、ひとつ、増えて、8になった。
偽物を、作る力。
これも、それなりに、罪、ということらしい。
「……は」
乾いた笑いが、漏れた。
これがあれば、金になるものも、武具も、いくらでも、生み出せる。
使い道は、無限だ。
俺は、複製した万年筆を、指先で、もてあそびながら。
暗い部屋で、ひとり、これからのことを、考えていた。
帰れない、異世界。
力を隠した、偽りの、補助役。
ここから、どう、這い上がるか。
窓の外の、赤い月だけが、その算段を、静かに、見下ろしていた。




