21再会と決別
性的表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
王弟は王子妃を抱え、慎重に階段を降りていき、隠し部屋に到着した。
ここには脱出時に必要な保存食と粗末な服、路銀と換金しやすい宝石が入った袋が棚に並んでいた。
王の私室の他に、城の中へ通ずる扉はない。家臣にも秘密の部屋なので、すべて自分が用意していたものだ。
王の呼び出しの際もここを通って行くため、王弟の私物もいくつか並んでいた。
休息のための簡易ベッドにジェシカを寝かせて、王弟は血に濡れた服から着替える。水差しで濡らした布で、顔や手の返り血を拭った。
着替えさせるか迷ったが、ワーズウェントの王子を待つことにした。
どれだけ時間が過ぎただろうか?時計を見ると1時間は経ったようだ。
コツ、コツ、コツ…。壁の奥から小さな足音が聞こえてきた。1人分の音。
単身で来たらしい。無謀にも程がある。
カタンと音がして右端の書棚が横に動き、ロウソクの灯りがこちらを照らした。
「やあ。やっぱり来たなグレン」
王弟はかつての友に、そう声をかけた。
「ロブ…!ジェシカ!!」
ワーズウェントの王子はそこに王弟がいることは予想していなかったのか、驚きに目を見開いていた。彼の妃かそこに横たわっていることも…。
「ここは秘密の通路だって教えてただろ?城の者も誰も知らない。兄と、兄の側近と俺とじいさんだけが知っている場所だ」
王弟は楽しげに説明した。かつて一度だけこっそりとワーズウェントの王子を連れてきた事があった。例外はその時だけだ。
「ああ…。だから誰にも言わず一人で来たよ。彼女を取り戻す為に。無事で良かった。ロブが、助けてくれたんだな」
王子妃である娘が安らかな寝息を立てているのを確認して、ワーズウェントの王子はほっとしている様子だった。
その様子に王弟は胸が傷んだ…。
「すまない…無事じゃない…」
苦しそうに言葉を紡ぐ王弟に、ワーズウェントの王子は顔色を変えた。
「どこかケガでも!?」
「いや……」
王弟は言いにくそうに口ごもったが、やがて覚悟を決めたように淡々と説明しだした。
「兄上に第四王妃だと言われ、俺が抱いてしまったんだ……。妊娠しやすくする薬を飲まされている。身籠ったかも知れない…」
王子は、目を見開き固まっている。王弟が何を言っているか理解できないのだろう。重苦しい沈黙が流れたあと、王子が口を開く。
「な…に…言ってるんだよ…。うそだろう!?なんで、なんでおまえが、ジェシカを!?どうして…なんでだ!!」
ようやく絞り出した言葉はかすれ、悲鳴のような叫びが続いた。
「兄上は、王妃と王女が死んだ暴動の時のケガがもとで、不能なんだよ。だから他の妃達には媚薬と暗示で相手が兄上と思い込ませて俺が抱いていた。世継ぎが残せない王という外聞を出さないために。兄上は、あれからどんどん壊れていった。第二王妃はニ度身籠ったけど、体質なのか、すぐ流れてしまってな…」
王弟は淡々と告げる。昔、友が語った友の兄は真面目で聡明な人だった。一度だけ遠くから見たことがある。穏やかに微笑む姿が印象的だった。
自慢の兄だと誇らしげに語る友と一緒に、ブレイグを支える未来を思い描いていた。
なのに、なぜ。
「第四王妃はつい最近召し上げられたから、顔を知らなかった。金髪の鬘をかぶせ、目隠しされた状態で…お前の嫁さんだって気がつかなかった…。一度、会っていたのにな」
王弟は深い深いため息を吐き、続ける。
「兄上は、王子妃が身籠れば、人知れず俺の子がワーズウェントの世継ぎになるかも知れないからと…。墮胎薬は兄上が全部処分してしまって飲ませられなかった。それに…堕胎薬には子どもができなくなる副作用もあるらしくて…。本当にすまなかった…」
「そ…んな…!」
ジェシカが今まで身籠らなかったのは、避妊効果のあるお茶を薬効をだまってこっそり飲ませていたからだった。
ジェシカに非があり子ができないのではないのだ。ただ、行軍中はそれができなかった。だから……。
「謝っても許される事じゃないな。でも、お前の嫁さんはお前に抱かれていると思いこんでたよ。幸せそうにお前の名前を呼んでた」
「…っ!」
ジェシカが、あまりにも痛ましい…。
守れなかった…。それどころか逆に護ってもらい彼女は捕縛されたのだから。
「なあ、今すぐ嫁さん抱いてやらないか?俺が抱いたのはついさっきだ。今なら間に合うかも知れない。お前の子を身籠れるかも知れない。他の男に抱かれたなんて知らないほうが良い」
王弟は苦い表情で告げた。
あまりのその告白に、ワーズウェントの王子は言葉を紡ぐことができなかった。
怒りも悲しみも絶望もすべてが胸のうちで混沌としていた。
「兄上は俺が殺した。早くそうしていればこんなことにはならなかったのに」
王弟は更に驚愕の告白を続ける。
「ブレイグ王を殺したのか…!?おまえが!?…そんな事しておまえはどうなるんだ…!?」
「兄上のやった事、責任取らなきゃなぁ。許されない事いっぱいやってたのに、止めなかったもんなぁ。俺一人の首で、何とかおさめてくれないか?」
事もなげに、自分の命を投げ出すかつての友に、王子は怒りがこみあげた。
「ふざけるなよ!」
「最期に兄上に約束したんだ。俺が責任取るから、もう重圧から逃げて良いって。みんなの恨みは俺が全部持ってく。だから、お前に後を頼みたい。この国を、明るい方へ導いてほしい」
だが王弟は澄み切った表情で、後始末を放り投げてきた。
「なんでおまえ一人の責任になるんだよ!立て直しは自分でやれ!僕はそんな役割ごめんだ!」
悟ったように淡々と語るかつての友に、やるせない気持ちと怒りがこみ上げてくる。
「ごめんな。でもわかってるだろ?この国はもう単独でやっていける力はないんだよ。なら不要な王族は滅びて、ワーズウェントに併合される方が良いんだ。内心、民もそう望んでいる。はは、役立たずは辛いなぁ」
ワーズウェントの王子も、それが一番収まりが良いことはわかっていた。挙兵したときから最悪の事態の覚悟は決めていたはずなのに、相手から打診を受けることになろうとは…。
「戦争の指示は王が行い、周りのものはほとんど関わっていない。軍部は進軍先を告げられ、勝つまで帰ることを許されない。妃たちも政務に関わるどころか、王の玩具でしかなかったんだ」
王弟は、ここで一呼吸置いた。
「王妃達は酷い虐待を受けてた。第二王妃は身体中傷だらけだ。第三王妃は精神を病んでいる。第四王妃はまだ召し上げられて間もないから、わからないが」
王妃達に言及し王弟は辛そうに顔を歪ませる。
「やっぱり俺が早く王位を簒奪していれば、これほどたくさんの人が苦しまずに済んだんだ」
それは。結果論だ。だが、おそらく正しい。
「僕も同じだ…。もっと早く僕が決断していればしていれば…」
王子自身ももっと早く出陣していれば、犠牲者は減らせただろう。
いつか誰かが良くしてくれるではなく、お互いが、決断するのが遅すぎた。
「いや、おまえは俺にできなかった事をしてくれたから、ここで終えることができたんだ。でなきゃ、もっと悲惨な事になってたよ。ありがとな」
王弟は王子の髪を昔のようにクシャクシャになで、無言で抱擁した。王子も複雑な思いで背中に手を回した。
思い返すのは楽しかったあの頃。
貧しくても、寒くても、ただ、ただ、二人で楽しい未来を思い描いた。
一緒に叡明な王の元で、この国をより良くしようと思い描いていた。それなのに!
「俺はもう行く。5日後、あの丘の上に来てほしい。そこでケジメをつけよう」
王子から離れ王弟はいっそ清々しい顔で、王子が出てきた通路に消えていった。
残されたのは王子とその妃だけだった。
懐かしい友が最愛の人を救ってくれた。
その感動が奈落の底へ。
誰かが良くしてくれるのを待つのでは無く、お互いがもっと早く決断していれば。
それは日常でも常に身近にある課題です。
救いがなくてほんとすみません。




