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20罠   ※9/23ラフ画追加

性的・暴力的なテーマに触れています。苦手な方はご注意ください。


*初稿より改稿してます



 いつものように、兄である王に呼び出されたロバートは、薄暗く媚薬の香が漂う部屋で、寝台の上に薄い羽織を着た金髪の娘が横たわっているのを見た。三人目…か。


   挿絵(By みてみん)



 最近娶った第四王妃だと王は言った。

 目隠しをされているが、今日はそういう趣向なのだろう。ロバートは上衣を脱ぎ、寝台へと向かった。

 その様子を王は隣室から薄い笑みを浮かべて眺めている。不能となった兄王になりすまし、妃を抱くのはいつもの事だ。媚薬と暗示で、妃たちは兄王に抱かれていると思い込んでいる。

 横たわる娘の羽織の紐をとき、肌に指を這わせると娘はぴくりと身じろぎし声をもらした。


「う…んん…」


 切り傷や擦り傷、打撲の青痣が、腕や足の至る所にあった。

 この娘も、すでに王から暴力を振るわれたらしい。憐れだった…。




 どれほどの時間が過ぎただろうか。

 荒い呼吸を繰り返す娘の額をいたわるように撫でてやると、娘はロバートの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめてきた。 


「あぁ…グレン……」


 目隠しをされたまま、娘がうっとりと呟く。そのまま、脱力し、すぅっと眠りに落ちたようだった。

 しかしロバートは、娘の口から出た名前に目を見開いた。


「グ…レン?」


 それは、あの友の名だ。だが、珍しい名前ではない。娘の恋人がそんな名前だったのだろうか。…きっとそうだ。第四王妃がワーズウェントの王子と懇意であるはずがない。ロバートは混乱する頭でそう思った。


「はは、ははははは!」


 王は突然、狂ったように笑い出した。


「兄…上?」


 戸惑いを隠せず、ロバートは弾む息を抑えて呻いた。


「お前がいま抱いた娘、誰だと思う?」


 王は、ニヤニヤと笑いながら続ける。


「ワーズウェントの王子妃だよ」


 ロバートは、兄王の信じられない言葉に耳を疑った。


「何、を……」


 ロバートは、自分の下に組み敷かれていた娘を見る。

 震える手で目隠しを取り髪を引っ張ると、下から茶色の髪がのぞいた。目隠しは鬘を抑えるためのものだったようだ。

 そこにいたのは、数日前にグレンを迎えに来た娘だった。


「王子妃…!この娘が!?」


「そうだ。身ごもりやすい薬も飲ませている。この娘をこのまま返せば、産まれてくるのは、お前の子かもしれないな。そうとも知らずに、ワーズウェントの王子は子どもを育てたら…。ははは!このままブレイグが滅びても、ワーズウェントとブレイグを支配するのはお前の子だ!」


 可笑しくて堪らないように、王は高らかに告げた。あまりの内容にロバートは衝撃を受けた。

 兄王の妄想であって欲しい。だが……この娘がグレンと一緒に居たのは事実だ。


「兄…上…何てことをっ!!早く墮胎薬を飲ませなくては…!」


「お前がそう言うと思って、墮胎薬はすべて処分したよ。皆、滅茶苦茶になってしまえば良い。お前も、その娘も、ワーズウェントの王子も!あーはっはっはっは!」


 王は狂ったように嘲笑した。


「お前は私を裏切って、ワーズウェントの王子と懇意にしていたらしいな。これだから、妾腹は穢らわしい」


 王の言葉が、頭の中でこだまする。

 ロバートはようやく、昔の兄はもうどこにもいない事を理解した。

 妾腹である事を、事あるごとに気にしていた自分に、気にせず、堂々とすれば良いと優しく言ってくれた兄だったのに。

 ここにいるのはただすべてを呪う、可哀想な屍だ。昔の、高潔な魂はもうどこにも存在しない。


「兄上、俺がもっと早く決断すべきでした。ずっと、辛かったでしょう…」


 ロバートは娘に薄布を纏わせ、自分の衣服を整えながら、兄王に、近づいた。

 これ以上罪を重ねさせてはいけない…。


「うん?何だと?辛いことなどもう何もない」


 王は、弟が自分に従順な駒であることを知っている。何をしても、何を言っても、ただ黙って従ってきたから。


「この国はもう終わりです。もうすぐそこまで、ワーズウェント軍が迫っている。間もなくこの城にもやって来る事はご存知でしょう。俺が昔、ワーズウェントの王子にこの国の地形や、国中に巡る地下通路の存在を教えました」


 丘の上で、声を殺して泣いていた少年。

 最初は、互いに王の血筋とは知らなかった。

 自分の家来にしてやると言ったら、とても嬉しそうに慕ってきた。

 片親で、必要以上に周りに気遣い、ビクビクしていた子を、自分に重ねた。

 ワーズウェントの王子は、自身の出自も知らされていなかった。和平交渉のためブレイグにおとずれた、ワーズウェント王の側近に見出されるまでは。

 将来は二人で一緒にこの国を守ろうと…知りうる数々の秘密を、ワーズウェントの王子に教えてしまった。

 だが、開戦から王子の出陣まで、その知識が利用されたと思われる事は無かった。

 忘れてしまったのかと思っていたが、自らが出陣の折はまっすぐそのルートを辿ってきた。

 小競り合いも最小限でここまで来た。

 自分には今までできなかった覚悟を決め、ここまで来てくれた…。

 それなのに…友の大事な人を穢してしまった…!!


「なんだと…王族のみが知る機密を!貴様!!」


「最期の責任は取ってほしかった。俺も、一緒に責任を取るつもりでした。でも…。貴方は、俺が大切にしていたモノを踏みにじった!!」


 自分勝手な民も臣下も、報いを受けるのは当然だ。

 だが、ワーズウェントの王子や王子妃は違う。報いるべき科は何も無いというのに!

 ロバートは、ゆっくりと王座に座る王に向かって歩みだした。

 無表情に、静かな怒気をまといまっすぐ見つめる目に、王は怯んだ。この時になり初めて弟の逆鱗に触れてしまった事を悟ったようだ。


「…っ!」


 王はロバートの気迫にゴクリと息を呑んだ。


「責任は俺一人で取ります。貴方はもうこの重圧から逃れて良い。これ以上、罪を重ねてはいけない」


 そう言うと、王座の横に飾られた宝剣を掴み、スラリと抜く。

 ロバートは、兄の首を躊躇いもなく深く切り払った。

 おびただしい血を首から吹き出し、王が王座から倒れそうになった。


 叫び声を聞きつけ女剣士ジルが王のそばにかけよる。


「………王!」


 部屋の何処かで控えていたのだろう。

 ゆっくりと倒れる王を、ジルが支える。

 口からは血の泡を拭き、真っ赤に染まる王は、しばらくもがいていたが、最期に澄んだ目でロバートを見上げた。


「もう、逃げて…い…いのだ…な?」


「ええ、あなたの罪は俺が精算します。さようなら、兄上……」


 その言葉に安堵したのか…王は昔のように柔らかく笑って、震える手でジルの手を撫でた。


「王…!」


 ジルがその手を固く握り返す。


「……がはっ」


 ゴボリっと大量の血を吐き出したあとバタリと手が落ち、そのまま事切れた。

 数刻前には予想もしていなかったあっけない幕切れだった。

 本当は、開戦前にこうするべきだったのに…。

 ロバートは、今の今までその覚悟ができず逃げていた事を後悔した。


 

 ジルは、しばらく唇を噛み締めていたが、すぐに平静な顔を取り戻し、王座にうずくまるように事切れた王の身をおこし、ロバートの手から宝剣を取ると王に握らせる。


「ロバート様。辛いお役目を引き受けて下さりありがとうございました。私もこの方が狂っていって尚、お諌めすることはできなかった…。」


 ジルは複雑な色をたたえた瞳で王を見つめたあと、ロバートに振り返った。


「でも王は、最期は立派にご自害されたのです。そうでしょう?」


 ジルは、兄王の乳兄弟だった。兄王がお忍びで会いに来てくれたときは、いつも傍らにジルがいて、3人で笑いあった事もよくあった。

 確かに、王弟に謀反を起こされたより、自害としたほうが、名誉ある死だろう。誰も信じはしないだろうが…。

 何故、こんな結末しか迎えられなかったのだろう…。


「王子妃が着ていた服をお持ちしています。早くお連れしてあげて下さい。私の暗示で、夜伽の相手は、その者がもっとも慕うものに見えているはずです」


 ロバートは、王妃たちに暗示を与えたのがジルと知り、一瞬怒りが込み上げた。

 だが、兄王の言いなりだったのは自分とて一緒なのだ。


「王子妃は媚薬の効果もあり、夢現の状態。今のうちにワーズウェント側に引き渡せば、自身に起こった事も気がつかずにすむでしょう。本当は墮胎薬を飲ませて差し上げたいところですが……」


 王がすべて燃やしてしまったので、と…、ジルは呟いた。先ほど兄王から聞いた話だった。

 どちらにしろ、堕胎薬は強い副作用を伴い、半分の確率でその後子を産めなくなるので……。と、ジルが続けた。

 その事実を知らなかったロバートは、安易に堕胎を考えた事を後悔した。


 ロバートは、複雑な思いで娘を見下ろした。幸せそうにまどろんでいる姿を見て、胸が傷んだ。


 その時、チリンと鈴がなった。それは秘密通路の入口が開かれた合図だった。

 今では、ここにいる3人以外に通路の存在を知るものは、ただ1人。

 地下通路は、この部屋の隅にある隠し階段の五階下の隠し部屋に繋がっている。川から城へ水を引き上げる水車の裏に位置しており、誰にも知られていない部屋だ。


「あいつ…来たのか…」


 おそらくあと小一時間もしないうちに、ワーズウェントの王子はここに来るだろう。王子妃を救い出すために。


 ロバートはジルの言葉に頷き、王子妃を敷布でくるんで抱き上げた。

 王子妃の服はジルが荷袋に詰めロバートの肩に担がせた。


「私はここにおります。子細を語るものが必要でしょうから。ロバート様は各軍へお知らせし統制を。もう戦を望む民はおりますまい。」


「すまない、ジル…」


「貴方が我が王の罪を背負うと言うなら、私が貴方の名誉を守るのも当然のことです。私にも多分に責任があります…」


 ジルは馬車が襲撃された日、休暇を取っており、王妃と幼い姫を守ることができなかった事をとても悔いていた…。

 彼女が側にいれば、二人が死ぬことも、王が狂うことも無かったかもしれない。

 だが、それは仮定の話で、どうにもなることではないと、誰もが解っていた。


 ロバートは、このあとジルが王の後を追うであろう事も解っていた。それが彼女の望みであることも。

 自分も同じだ。すべてを引き受け、最後にはケジメをつけるつもりだ。


 ロバートはジルに別れをつげ、隠し階段を降りていった。

 鬼畜っぷりが酷いブレイグ王。

 どんな過去があったとしても、許される範疇を超えています。

 でも何だろう。彼に関しては徹底的に非道にしなくてはという思いに操られていた気がします。

 彼はまさにキャラが勝手に動く典型です。


 そして…悲劇の始まりです。

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