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二〇二四年四月二十六日金曜日 午前七時二十二分

 キレた深夜テンションと見切り発車で完成させた作品とは、得てしてどこかしら欠けているものである。



(そんなこと、身に染みて理解してた。そのはずだったのに……)



 心に至言を刻み込みながら、私は染みひとつない天井を仰ぐ。

 そもそもこの現象自体が初めての経験なわけでもなし。まったく、いつから人は自惚れてしまったのだろう。こうして直面すると、涙と辛い経験が人を強くするなどといったお菓子のように甘い精神論はファンタジーにしてドリームだ。辛いものはどうしたって辛いし、ピーマンはごま油で炒めようがひき肉を詰めて焼こうが調理方法を変えようが、苦いという現実は変化しない。もはや食べ物に例えるのもおこがましい、やはり粗大ごみで十分だ。誰が語って誰が歌った。神罰を執行せよ。現世に別れを告げ、人を惑わす言葉を生み出したことを心から悔いながら死ねばよろしい。



「…………」



 あれこれと理解に苦しむ言い訳を脳内でまくし立てているが、結論から言うと。



「…………失敗した」



 私は腫れぼったい両目を擦って、カッスカスの枯れた声帯とともに朝日に照らされた残酷な現実を直視する。

 あらゆる意味で痛い。今この瞬間、可哀想なのは絶対に私ではなく、生み出された作品(かれら)だ。



「チッ……あ゛あ゛あ゛あ゛私の馬鹿野郎──!! ふざけろなんだこのサイズ感!! これ大人の鴉の原型留めてないじゃん!! こんなのふわっふわな赤ちゃんじゃん!! アッ、シマエナガより可愛い最高!! ってどこにこだわってんだバーカッ!! もっと優先すること他にあっただろいつからバグった私の脳味噌!!? 待って何時間前から!!? 誰かァ──!! 誰でもいいから時を戻してェ──!! うおおおおああああああああっ……」



 我ながらきついセルフツッコミも混ぜながら、ベッドの上を喧しく転がり絶叫する私を叱る者はこの部屋には存在しない。

 しかしながら、このようなよわよわミジンコ精神のままでは将来的に近所迷惑で怒られるのが精々だ。自罰発言もいい加減自制しよう。

 叫びで痛みを(うった)える喉を落ち着かせながら立ち上がろうとしたそのとき、武骨なノックの音が響く。



「んえ?」


「おはよう茉楠。ってうおおっ!?」


「……オハヨウ、ゴザイマス」


「……こりゃア、ずいぶン荒れたじゃないか」


「……」



 明らかに気を遣われた祖母の言葉がいたたまれなくて、視線を壁へと逸らす。

 祖母が驚くのも無理はない。机は完成品と開きっぱなしの魔導書や作業道具で占領され、床は昨夜の面影もなく材料の跡が散乱している。昨晩の心境のようにぐちゃぐちゃだった。目も当てられないとはこのことである。

 正直、後のことなんて何も考えていなかった。何もできない、不甲斐ない自分がただただ許せそうになくて。誰の慰めにもならないまま作業に没頭し、それで自己満足した気になっているだけだ。

 罪から目を背けたいのではない。(あがな)えるなどと(おご)りたいわけでもない。この作業は、私のための(いまし)めだ。だから、やはりこれは自己満足の域を出ない。

 かといって、私は目の前のこの子を自己満足の道具にする気は、一切ない。



「そンで、荒れてた理由は机の()()かい?」


「……うん」


「そうか。初めてひとりで作ったにしちゃア、いい出来じゃないか」



 ヤマトが生まれた経緯を唯一知る祖母は、過去の名残りを懐かしむように目を(すが)める。



「まァ、アイツもこうなるとは想定してなかったとは思うがね。二度あることは三度もあンだ。記憶のバックアップさえ別にしときゃ、機体はいくらでも替えが利く。次があっても今回みたいにゃならン、そうだろ?」


「……そうだね。後でもう一度見直しとくよ」



 祖母の言う通りだ。祖母らしからぬ技術的な金言を前頭葉に叩き込みながら、私は頷く。

 そう、二度目なんて許されない。あまねく神が許そうと私が許さない。



「励むのはいいが、休むタイミングは間違えンなよ」


「重々承知しておりまーす……」


「……学校には欠席連絡しとくから、寝るだけ寝ときな。今日のところはその出不精(でぶしょう)も見逃してやらァ」


「ありがとうございまーす……」



 力のない私の返事を聞いてひとまず納得したらしい。いつもよりずっと柔らかな声音を最後に、ゆっくりとドアが閉じられる。

 再び、朝の静寂が訪れた。暖かな日差しと外から鳩の鳴き声が窓越しに聞こえてきて、それがまた自然と眠りに誘ってくれる。



(あ、そうだ)



 すべてを放り出して眠りにつく前に、重要なことを失念していた。

 私は重くなりつつある頭を持ち上げて、机に鎮座する完成品に手を伸ばし、小さな頭に指を置いた。



「────()()()()



 私が声をかけた次の瞬間、小さな機体から駆動音が響く。

 今のところ、ヤマトの頭部に搭載されていた人工の魔力炉心の破損はない。機体の内側に刻んだ術式が起動し、全身に魔力が循環しはじめる。垂れていた頭を徐々に上げて、閉じられた翼を数回羽ばたかせながら、丁寧に折り畳まれた両足で立ち上がってみせた。

 いつか見た、幼かった過去の記憶が蘇ってくるようだ。



「おはよう、ございます。現在時刻、二〇二四年四月二十六日金曜日、午前七時二十七分、です」



 第一関門はクリア、起動は無事成功したらしい。

 安堵の息がやけに長く感じ、肩も下がった。



「おはよう。私のこと、分かる?」


「鈴木茉楠。ワタシの設計者、です」


「術式に異常はありそう? おかしなところはない?」


「状態確認。視界、良好。動作、良好。機能、良好。──損傷、なし。問題、ありません」



 短い問答を交わしながら、参考にした魔導書の項目を確認していく。

 九割は勢いで製作したので言葉遣いからも多少の(あら)が見えるが、基本項目はおおむねクリアしたとみなしていいだろう。機能の改善をするにしても追加するにしても、今後微調整を繰り返していくしかなさそうだ。

 指を魔導書から白い羽毛に移し、手慰みに撫でつけながら口を開く。



「ねえ──」



 目の前の子に声をかけようとして、言葉に詰まる。

 次世代の機体を完成させることに躍起になって、一番肝心なことを忘れていたことに気づいた。



「名前、どうしよっか」



 出来栄えはともかく、新しい家族になるこの子には新しい名前が必要だ。

 ヤマトと同じ、雪のように白くて綺麗な機体。体が小さくてもヤマトにだって負けない、賢くて、思いやりがあって、頼もしい子に。胸を張って自慢できる子に育てるのだ。

 大事なことは、もう間違えない。



(そんな子にふさわしい名前……鴉に所縁があって、ユニークで、愛嬌があって、口に出して言いたくなるような……)



 怠くなった右腕を伸ばし、手に取ったスマートフォンで検索をかける。

 私は、先生のように世界各地の神話や伝承にさほど詳しいわけではない。大和(ヤマト)という名前だって、当時の生活で一番身近な名前だったから名付けただけのはずだ。日本であればどこにいても聞くような、ありきたりで、けれど耳によく馴染む名前と言っていい。

 だからこそ、私は考えたい。目の前のこの子には、ある意味ヤマトとは正反対の生き方ができるように。

 できるだけ長く、なるべく悔いなく、可能なかぎり多く「生きていてよかった」と思えるように。



「そうだな……」



 硬い画面から、指先が離れる。(まぶた)が、落ちかける。

 不意に、意識が目の前から遠ざかっていく。



「君の名前は──……」



 降って湧いた眠気と疲労に襲われ、私の記憶はそこで途切れる。

 ──この日、私は生まれて初めて仮病を使って学校を休んだ。忘れたくても忘れられない一日だった。

次回更新:2026/1/17、23:00予定

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