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09 アイドルとの遭遇



 部活動発表もおわり、交流会がお開きになり、生徒たちは一斉に体育館から教室へと移動していく。



「あっ……ぁっ……」



 那己は言葉を失った。


 知らない奴が、自分を騙っている。「英雄マン」はわたしなのに、「英雄マン」を名乗る奴がいる。

 そんな事実に。

 


「おぉい、那己ちゃん。顔色わるいで?大丈夫か?」



 曜が心配そうに顔を覗き込む。



「え、『英雄マン』……」


「あっ!!それな!!いやあすごいでぇ!?まさかあたしの目標がおんなじ学校にいるなんてなぁ!?そいであんなに可愛い見た目なんてなぁ!?しかもあんな有名人で……」


「違う」


「んえ?」


「違うよ……」


「違う?わ?どう言う意味なん?那己ちゃん?」


「違う、違う違う」


「あっ!?おーい!?どこいくねーん!!」



(どうしよう!?わたしのニセモノがリアルの学校で出てくるなんて聞いてないよっ……!!ネットなら通報すれば1発だけどリアルはダメだよっ!!これっ、どうすればいいのっ!?)



 頭を抱えた。流石にこんなトラブル初めてだ。



(けど、メアって人も、ネットで有名人だよね……とりあえずツウィッター見よう。それでブロックして、英雄マン=メアって言ってるフォロワーさんに『違います』って弁明してああああっ……やることが多────



「いてっ!?」



 前を見ずに考えていたせいで、那己は何かとぶつかった。押し返されて、体勢を崩し、尻餅をついてしまう。



「……ぁあ」


「ごめんね!!大丈夫??」


 くらくらと。那己が目を瞬かせてる間に、ぶつかられた相手の方が先に謝る。明るい声の人だった。良い人でよかった。

 安心しながら、那己は申し訳なさそうに顔を上げて、改めて謝罪をしようとした。小声だが。



「ごっ……」



 しかし顔を上げてその言葉は引っ込んだ。





 鐘望メアが、そこにいた。



「……えーと。どうかした?」


「ぁ……あっ……」



 言わなきゃ。

 あなたは英雄マンじゃないですよね、と。名前を騙るのはやめてください、と。

 しかし声が出ない。


 普段の会話ですらままならないのに、どうして口論の種になりかねない発言をできようか。


 しかし、自分の積み重ねてきたことをどこぞの知らない馬の骨に横取りされるのを黙っていられない。

 言うんだ、那己。言わなきゃ、きっと後悔する。



「あっ……あの────」



「メアちゃーん!!写真撮ろう!!」

「サイン!!サインちょうだいサイン!!」

「メアさん可愛い!!」


 しかしそれは、人気者に集まる人々の声によってかき消されてしまう。

 黄色い声援はたちまち廊下中を響き、クラスの、いや、世間のアイドルが生み出す空気一色に染まり上がる。

 メアは「ごめん、ちょっと手が離せなくて」と会釈すると、この場から立ち去ってしまった。



(い、言えなかった……)



 那己は落胆した。自分にもっと、度胸があれば。こんなことにはならなかったのに。



「あー、いたいた、那己ちゃん急にどこいくねん。心配したでー?」



 駆け寄ってきた曜が、肩を叩く。那己はそれに返事はしなかった。振り向くこともなかった。ただ、一言。質問するのみだった。



「曜さんは……鐘望メアって人が本当に英雄マンだと、思いますか……?」


「ほあ?ちゃうんか?」


「ち、違います」


「……それは、あれか。部活勧誘のために嘘ついてるかもしれんてこと?」



 こくりと。小さく頷いた。

 正確には"かもしれない"ではなく、"絶対に"嘘だけど。

 それを言うと、インターネットの住人である「英雄マン」が自分だと身バレしてしまうので、口が裂けても言えない。

 しかも曜はフォロワーなのでなおさら。だからあくまで他人行儀なふうに言う。



「わ、わたしたちは、英雄マンのファン」


「おぉ?せやんな」


「だだっ……だから。あの人が本当に、英雄マンかどうか。はっきりさせる必要が、ある、でしょう」


「ん?それってぇ」



 那己の意図がわかった曜が、怪訝な面持ちとなり、眉を顰めて、声を小さくして聞き返す。



「まさか、カチコミ行くんか?」



 那己は返事をしないで歩き出す。進むペースが早くなる。その横で、慌てふためき、不安そうな顔をするのは曜だ。



「おいおい、待ってや、相手は……その、ごっつ有名な人やで……?んな喧嘩売るような真似しはったら、どーなるか……」


「……」


「それにほんまに『英雄マン』やったら、失礼なんてもんじゃ」


「絶対に『英雄マン』じゃないよ……!!」


「っ……!?」

 


 曜は意外にも、小心者だった。那己はそれと反対に豪胆……なんてことはない。なけなしの勇気をそれでも振り絞って、この件をなんとかしなければと焦っているだけだ。

 その証拠に、胸に手を当てるその右手の震えが止まらない。



「待って」


「っ!?」



 包帯が巻かれた大きな手が、細い腕を掴む。



「それやったら、あたしも一緒に行く」


「……え」




 那己は依然として目を合わせることはない。真っ直ぐ、廊下の先を見つめるだけだ。

 しかし、瞼を瞬かせる。曜の声は聞こえてる。そのまま返事をする。「なんで?」と。



「那己ちゃんは、あの女、ニセモノだって思うんやろ?あたしもな、そういうつまらん嘘つく奴はいっちゃん嫌いやねん」

 


 曜は「それに」と、付け加えて、肩を組む。



「友達が、そーんな、ガッタガタんに震えてるの見て、ほっとけるわけないやろ」



 顔を上げた。那己は目があった。そこには、明るくはにかむ、桃色髪の友達がいた。






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