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079 閑話 その錬金術師は痕を残す⑤

 人死にのシーンが出ます。

 ざまぁとはちょっと違う。処分の方向。←

 苦手な方は読み飛ばすかブラウザバック推奨です。


 刻一刻と、死へのカウントダウンが進んで行く。

 粗末な荷台に乗せられて、時折、石を投げつけられるは、元王妃だった女性である。

 身に着けているのは、到底ドレスとは呼べない粗末な麻の寝巻きで、今まできっちりと巻かれていた金の髪は解れて輝きを失い、薄汚れていた。


 最早そこには、見る影も無いだろう。


 たった数日。

 その数日で転がり落ちた彼女は、今は罵倒と憎悪の視線だけを向けられる罪人でしかない。

 更には、逃亡を防ぐ為か、手足は戒められたまま。

 口には猿ぐつわが噛まされている有様で、何一つ自由になる事は無かった。


 かつては、王妃という地位にあったはずの女性。


 しかし、その地位から転げ落ちた者の末路としては、ある意味相応しいと言える姿なのだろうか。

 王を欺き、謀り、国を乗っ取ろうとした悪女だと、数々の罵倒が投げかけられる。

 それらはすべて、無慈悲に彼女へと突き刺さっていった。


 ――不貞を働いた女。

 ――王位簒奪を目論んだ簒奪者。


 誰もが、女の恥、貴族の恥、国の恥だと罵っては白い目を向ける。

 そうして、時折、石が飛ぶのだ。


 そんな、石が投げられる荷馬車が進んで行くのは、とりわけ広さのある大通り。

 晒し者としての女囚人を見送る市民にとっては、最早何が本当で、何が嘘か等どうでも良いのだろう。

 ただ、この出来事が一時の気休めとして、または一時の娯楽として、見世物となるのを期待するだけのようだった。

 それは、異様な熱気によって膨れ上がって、辺りを包み込む様子からも分かる程の醜悪な人の内面を表していた。


「――馬鹿馬鹿しい。」


 そんな中でぽつりと呟かれた言葉は、しかし、周囲の声に掻き消されて、誰の耳にも届かないで消えていく。

 それ程の熱狂ぶりが、既に王都を支配していた。


 例え囚人である女性に身に覚えが無くとも、不貞を働いたのは事実であり、最早逃れられぬ事態である。

 何せ、彼女が唯一産んだとされる王女は、王の血が流れぬばかりか、父親さえ知れない子供だと暴かれているのだ。

 それにも関わらず、産み落として王女として育てようとしてきた、その罪。

 例え知らずとも、王の信頼を損なうには、それは十分過ぎた。


「ほら、こっちだ。」

「さっさと来い!」


 そうして、王を騙した悪女として、王位を掠め取ろうとした簒奪者として、長らく語り継がれる事になるだろうと、誰もが思い描く程の悪事によって、処刑台へと上って行く。

 処刑台の上、束の間、彼女が視線を彷徨わせた群衆の中には、同情する者はほとんど居なかった。

 あるのは冷たい視線と、嫌悪感ばかり。

 唯一人、違う瞳を向けたのは――まだ幼い子供だけだった。

 それも、彼女の実の子である、偽りの王女だけである。


「――頭を下げろ。」


 何故ここに――と、目を見開いた彼女に、それでも無慈悲にその時はやって来る。

 断頭台へと上げられた女性は、無理矢理に処刑台へと押し込められて、下された命令によってその生命を摘み取られる瞬間を待つ。


 それは、後顧の憂いを断つ為の儀式。


 王の代理人として、その場に居合わせる人物の声だけが、明瞭に周囲へと響いていった。


「やれ。」


 一言告げられたそれに、


 ザンッと。


 高い位置にあった刃を留めていた縄が、何の躊躇いも無く切り落とされて、刑が執行された。

 瞬間、真っ直ぐに落ちた刃は、女囚人の手首と頭部を切り落とす。

 それと共に、周囲に真っ赤な鮮血を散らせていった。


「「うぉおおおおおおおおおおおお!」」


 その途端に上がる、多くの叫び声。

 一部は顔をしかめたりもするが、大半は国を腐敗させた元凶が断たれたと喜び、更なる熱狂を見せる。


 だがしかし、

 死者へ更に投げつけられた石礫いしつぶても、

 罵詈雑言ばりぞうごんも、


 直接関係した者でもなければ、それはどこにも正義の無い、ただの憂さ晴らしでしかないものだった。


「――それでも、これで残り一つだ。」


 呟かれた言葉は、熱狂する叫びによって掻き消えて。

 僅かに上がった母を呼ぶ声と共に、呑まれて誰にも届かなかった。


 この舞台を整えた者達からすれば、これは一つの区切りである。

 故に、次なる行動へと速やかに移っていく。


「「うぉおおおおおおおお!」」

「「おおおおおおおおおお!」」


 未だ熱狂する人々。

 そんな彼等に気づかれないままに、ひっそりと過ぎ去った彼等は、次の段取りへと移って行った。



 ズタ袋を担いで移動する、数名の兵士達と、一人の騎士。

 普段なら少人数で街の外へ出る事等ほとんど無い彼等だが、この時ばかりは少し違っていた。

 黙々と歩き、王都を離れて、街道沿いに北東へと進む事、約数時間。

 辿り着いたのは、深い森の入り口だった。


「――この辺りで良いだろう。」


 先頭を歩いていた騎士が振り返って、後方の兵士達へと声を掛ける。

 それに迅速に動き出した彼等は――ズタ袋を置いて、騎士がその場に留まるのも気にせずに、王都へ向けて来た道を戻って行く。

 それとは真逆の方向へと、兵士達が担いでいたズタ袋を肩に乗せて、騎士は一人、街道を逸れて森の中へと足を踏み入れる。


 森は鬱蒼としていて、薄暗い。

 ほとんどが光の差し込まない場所だったが、騎士の歩みに迷いは全く無く、どこかへと向けて、ただひたすらに奥へ奥へと進む。

 そうして彼は、ほどなくして、森の出口が見えない奥地まで辿り着いた。


「――どうか、お静かに願います。」


 ようやく担いできた袋を下ろして息を吐きだす。

 それから、中の『荷』を取り出すと、手足の戒め等を解いて語りかけた。


「ここより先は、自力で生きていただきます。」


 淡々と告げられる言葉。

 それに対して、


「――何よ。」


 猿ぐつわを外した瞬間に睨みあげてきたのは、元王女とされていた幼女が唯一人だった。

 涙の跡が残る頬で、しかし、去勢にしか見えない表情を浮かべている。

 ここまで自身を運んできた相手に対しても、強気な姿勢で牽制けんせいしようとしてなのか、その口を大きく開いた。


「あんた達、全員騙だまされぅがっ!?」

「一度しか言いません。」


 そんな大声を片手で押さえ込みながら、騎士がかぶとの向こうの瞳を鋭くし、塞いでいる手に力を籠める。

 それだけで、もがもがと何かを喋ろうとしていた幼女は黙り込んだ。

 そこに、騎士の淡々とした言葉が紡がれていく。


「貴方がどう思っていようとも、既にこれは王が決定した事。くつがえる事もなければ、私はただ決定に従うだけです。」


 暗に幼女が何を言おうとも、それはどうでも良いのだと告げている。

 だが、それに気付ける程、彼女は賢くも無ければ頭が回るわけでもなかった。

 故に、その後に続く騎士の温情とも言える言葉に返ってきたのは、ただの怒りだけだった。


「それでも騒ぐのならば、魔物が寄ってくるだけです。もしも死にたくないのならば、せめて大人しくして、大声を出さない方が身の為です。」

「――っ。」

「念押ししますが、これは一度だけですからね?二度は言いません。」


 拳を握って震える子供の顔が、みるみる赤くなっていく。

 それを見て、呆れたような嘆息を騎士が吐き出した。


「よくよくお考えになってから、行動して下さい。」


 そうして、そっと、口を塞いでいた手を離す。

 その瞬間、子供の口からは、大きな声が飛び出していった。


「うるさい!この無礼者!」


 未だに王女のつもりでいる駄々っ子に、相手をしてやる存在等居ないだろう。

 元より、彼女の一族は纏めて処分された後だ。

 一応、幼い彼女とて勘付いているのかもしれないが、それと現状を結び付けられる程の知恵までは働かないようで、更に大声をあげようとしてその口を咄嗟とっさに塞がれた。

 最早騎士の行動には思いやりの欠片も無くなっている。


「むぐー!」

「そうかそうか。そうまでして騒ぎたいか。ならば、今から魔物の所にでも行って、食い殺されてみるか?」

「――っ、――っ。」

「生きたままに食われるのはさぞかし苦痛だろう。味わいたいというのなら、幾らでも騒げば良い――助けはどこにも無いがな。」


 流石に、騎士の言動から現状の危うさを感じ取ったのだろう。

 嫌だとばかりに、必死に首を左右に振る幼い子供。

 何せここは、森の奥深くだ。

 それも、魔物が跋扈ばっこしている危険な場所で、そこで大声を上げればどうなるか等、分かりきった事だった。


「では、母親同様に死ねば良い。断頭台で首を落とされて死ね。」


 それでも突き付けられるのは、非情なまでの言葉ばかり。

 しかもそれは、つい先程見たばかりの、母の死を彷彿とさせる言葉だった。


「お、お母様は、お母様は……。」


 そうして、ようやく大人しくなった様子に、子供の口から騎士の手が離れていく。

 その頃には、最早正常な思考は残ってはいなかった。

 母を繰り返す幼女は虚ろに言葉を繰り返しては、まるで壊れたようにして母を呼び続ける。


「お母様、お母様ぁっ。」


 それでも騎士の反応はひたすらに冷たく、そこには憐憫の欠片も伺えない。


「どうせ、見ていたんだろう?お前の母親が、死ぬ瞬間を。」

「っ。」


 息を呑んだ幼女へとわざと告げられたのは、連れて来られる前に彼女が見たであろう、実の母が処刑される現場。

 それを思い起こさせる為に、非情にもその情景が思い浮かぶ言葉ばかりを次々と投げかけていく。


「首がねられたその時を。その首に向けて、幾つもの石が投げつけられる様を。民が憎しみの目を向けるのを。」

「い、嫌!やめて!」


 情け容赦の無い騎士の言葉に、王女として育った子供は涙を零すと、慌てたようにして耳をふさいでうずくまった。

 まるで聞きたくないとでも言いたげな態度だったが、目の前の騎士が同情する事は無い。

 更に淡々と、言葉を持ってして追い詰めていく。


「お前が王の子じゃなかった為に、お前の母親は死んだんだ。」

「違っ。違う、違う違う違う!私は、私は王女だもん。お父様の子供だもん!」

「いいや、お前は王の子じゃない。何故なら――。」


 騎士に扮していた者が、冑の面当てを引き上げ、素顔を晒す。


「お前の祖父が、母親を騙して植え付けた種だからだよ。下手したら、祖父が父親かもしれんな?」

「――!?」


 だから、ここで死ね――と、無情にも告げられる言葉。

 それを発したのは、ただの騎士ではない。

 騎士でなかっただけでなく、それはこの騒動へと巻き込まれて、被害者となった王の賓客だった。


「さぁ、これで終わりだ。」


 そうして周囲へと響いた、金属の擦れる音色。

 抜き放たれてすぐに、確りと突き立てられた鈍色の刃が、僅かな光を受けて森の中を微かに反射して、消えていった。


「あ、ぁ――。」


 呆然とした表情を浮かべて、反動で反り返る、幼い身体。

 瞬間、痛みに顔を歪めて、急所へとしっかりとじ込まれた刃が、彼女の左胸の心臓を突き刺してえぐった。

 そうして、しっかりと息の根を止めてから埋まっていた刃が引き抜かれ、グラリと傾いで崩れ落ちていく。


「ま、種を仕込まれて気付かないなんて、女としてもお前の母親は致命的だったんだけどな。」


 命を奪って尚、語り続けたのは、ルークその人だ。

 幼い子供を今殺したばかりとは思えない、何の表情も浮かべずに佇んでいた白髪の麗人は、取り出した小瓶に入っていた液体を小さな遺体に振りかけると、やがて森の奥へと消えていった。


 王都での後日談を閑話で挟み、寄り道(買い物)をしたら、ようやく錬金術師らしい話へと戻ります。

 つまり、採取ヒャッホーの調合ヒャッホーです。作者のストレス要素が無い話が来る事になる。これだけで俄然やる気が起きる。←

 師匠や兄弟子達が残したメッセージに関してはまだ少し先になりますが、その為の準備期間を設けてから冒険&交易編にも突入予定です。

 故に、まだまだ続きます。

 練習作だしね。仕方無いね。腕落ちすぎてて、前書いていた小説の修正とかできそうに無くて辛い。


 2018/10/30 加筆修正を加えました。

 書き上げて修正してアップしてから毎回だわ、これ。安定過ぎる……orz

 2018/11/14 ご指摘頂いた脱字の修正をしました。


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