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077 その錬金術師は圧力をかける

「――あそこまでされたら、私とて叱らぬわけにもいかないではないか。」


 苦笑いしながら言われたのは、ガチの牢屋に入れられた翌日だった。

 人攫いに捕まって入れられていたものとは全く違う。本物の牢屋というのは、臭いしジメジメしてるし地下というだけあって寒いしで最悪な所である。

 生まれて始めてそんな場所に入れられたわけだが、その理由というのが――反省しろだってさ。

 何で俺が反省しなきゃいけないんですかねぇ?マジでイラッときたんですけど?


「人を囮に使ってまでやった事が、牢行きとかとてもとても驚きましたよ。しかも、解決まで導いた相手に、陛下自ら投獄をお命じになるとはね。」


 嫌味たっぷり、しかし顔には笑みを浮かべたままでニッコリと。

 やってる事はなんでもない、言葉での殴り合いと探り合いだ。

 囮を兼ねてやっていた炊き出しだったが、炙り出しに引っかかるどころか、思った結果にはならなかったのである。表向きの作戦としては、やや成功しているが、今後は兵士達が中心となってやっていく事になるだろう。


 反面、裏の計画としては、単に小物が引っかかっただけ。

 しかもその後の情報すら遮断された事がきっかけにより、このガチのトークが始まってしまっていた。


「いやいや、素晴らしいご褒美でしたよ、ええ。」


 そう嫌味を言ってやれば、


「仕方なかろう?命令に逆らえぬとはいえ、奴隷を殺されかけては堪らん。犯人共も揃って首の皮一枚繋がっただけの状態だったしな。」

「正当防衛です。」

「いや、過剰防衛の間違いだろう、あれは。」


 即座にツッコミが返ってきたが、俺は正当防衛を主張したい。

 こっちは素っ裸で転がされた挙げ句、怪我で身動きの取れない相手を護衛しながら戦闘したんだからな。

 それでも、やりすぎだと言いたいのが王の言い分らしく、話は平行線を辿っていた。


 ただな?


 ――そもそもとして過剰に手を加えてしまったのは、ここ一ヶ月ほどの暮らしが原因なんだよ。

 つまり、王様がある意味元凶。

 俺が苛々してるのは、この現状から全く抜け出せないからだし、しかも、それを良い事にあれこれと利用されているんだ。これで腹立たしく思わない方がどうかしてるだろう。


(城に閉じ込められて飼われるとか、俺の望んでる事じゃないんですけど?)


 この城での環境も、ストレスになってる原因の一つだった。

 トイレに行くにも護衛、風呂に入るにも護衛、しかも身体を洗うのも服を着るのも全部誰かにされるのだ。時には、マッサージと称して全身をオイル塗れにされる。全然嬉しくない。

 そんな環境も手伝ってか、ストレスが見事にマッハだ。マジで苛々して、攻撃的になってる自覚がある。あるんだが、それを抑えられそうにもないのが現状だった。


(市井の魔法使いも見た感じ大した事無かったしな。あれで冒険者の中では腕が立つ部類に入るなら、もう大半の人間が余裕で潰せるだろ。)


 こんな物騒な考えが頭をよぎる程である。

 元の臆病な俺、何処行った?慎重に慎重過ぎるくらいの性格だったはずなんだが!?


 とはいえ、実際にこの国の魔法使いで、俺と対抗出来る程の腕を持つ奴は居ない。

 これは自惚れでもなんでもなく、マジで居ないんだよ、本当に。

 何せ、城が凍結し続けた事実をもってして証明しているからな。騎士が凍り付いた際なんて、なかなか氷を解かせずにいたんだし、あれだけでも力量差が十分に分かる事だろう。


 正妃様に関しては――うん、なんていうか、例外です。割りとマジで。

 ただ、この場にその正妃様が居ないので、強気の攻めが出来るとあって俺は攻勢に出ていて、ピリピリとした緊張感がずっと漂っていた。


「だから、やりすぎだと言っているだろう?」


 それに対して宥めるように言葉を投げかけてくるのは、相も変わらずこの国の王様だ。

 心無しか顔色が悪いように見えるが、知った事じゃない。

 俺だって昨日、素っ裸にされたせいでずっと体調がおかしいんだ。自分で調合した薬は飲んだ後だが、それでもすぐに治るわけじゃない。


(少しは同じ目に遭えばいいと思うだよね!どうせなら、このまま風邪でも引いて体調でも崩しやがれってんだ!)


 なので、


「むしろ、このくらいが丁度良いのでしょう?」


 グイグイと切り込んで行くのは勿論、ここで引くつもりなんてサラサラ無かった。

 ただ、不敬罪にならないラインというのが難しいのがネックだなと思う。やりすぎにならないよう細心の注意は払うが、一体どこに話の終着点を持っていけばいいのだろうか、これ?


「――おっと。」


 その後も一進一退の攻防(?)を続けていたのだが、ガチで苛々していた為に、ついうっかりと、カップの中身を凍らせてしまったらしい。

 口を付けようとして感じ取った冷気に対して、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「凍ってしまいました――いけませんね、どうにも魔力の抑えがきかない。」


 逆さに振ってみれば、凍り付いたままの紅茶なんて落ちてくるわけも無く、やや引きつった顔のメイドが新しいお茶を用意してくれた。

 それに口を付け直しつつ、半眼で正面の陛下を見据える。

 相変わらず、ムカつくくらいにポーカーフェイスだな、クソっ。


「で、結局、繋がりは見つかったのですか?」


 何の成果も無しという事は無いだろう、きっと。

 違法奴隷を売り込む先は、決まって貴族や大富豪だ。そこを漁れば更なる不正の一つや二つ出てきても、何らおかしくはない。

 実際その通りなんだろうが、ムカつく事にポーカーフェイスが一切崩れない王様。顔色が悪い事を除けば、まともに判断も出来ないくらい、上辺を整えるのを得手としてらっしゃる。

 何とか一発入れられねぇかなぁ?


「見つかったとしても、そなたには教えられぬよ――そのまま、乗り込みそうだからな。」

「別に、そこまでは私もしませんよ?兵達の手柄を横から掠めるつもりはありませんし。」

「そうしてくれると助かるのだがな――。」


 何か俺、嫌な奴って思われてる?もしかして評判だだ下がりしちゃってる?別に構わないけどさ。

 チラリと護衛の兵士?騎士?に目を向ければ、一瞬ビクッとされた。その瞬間、身に付けている甲冑が派手な音を立てて、室内の注目を集める。


「どうした?」

「いえ、なんでもありません。」

「――そうか。」


 何かに気付いたのか、陛下の目に憐憫の色が浮かんだのが見えた。

 やはり怖がられてるらしい。俺は思わず溜息を零す。


「無差別に攻撃したりはしませんから、そこは安心して下さい。」

「その割には、非常に寒いんだが?」

「さぁ?一体誰のせいでしょう?」


 ニコニコニコニコニコニコ。

 笑いながらも冷気は収まらない。

 ――あ、またカップの中身が凍った。


「はぁ――次の話に移りたいのだが、構わないかね?」


 再び、新しいお茶に取り替えられているタイミングで、陛下が口を開く。

 狙ってやがったな。絶対にこれ、狙ってやがったなっ。

 まぁ、平行線を辿っている会話に、少なからず自分も辟易としていたからいいんだが、それでも口からは嫌味が飛び出していった。

 冗談抜きに攻撃的になってるらしい。ここでの暮らし、あと何日持つかなぁ?


「――嫌と言っても、話を進めるおつもりでしょうに?」

「おや、バレてしまったか。」


 俺の返しに、悪びれもなくあっさりと白状する陛下。

 思わず、再び息を吐き出してしまった。


「サイモン殿は大変ですね。」

「一体どういう意味だ?」


 一瞬、ピクリと頬が引き攣ったのを見て、話題を促す。

 自覚はあるらしいが、あるだけっぽい。これは、マジでサイモン殿が大変そうだ。


「ええと、それで、次のお話というのは?」

「誤魔化したな――まぁいい。元第一王妃と、その娘についてだ。」

「ああ、段取りが決まりましたか。」

「うむ。」


 やっとって感じなんだが、元第一王妃から引き出せる情報は少なくは無いだろう。

 何せ、王の妃になるという事は、時には王の代理を努める事もある為に、それ相応の教育が施される。その辺の令嬢とは違って、小さい頃から色々と叩き込まれるのだ。


 この為に、妃というのは国の内外にそれなりに精通しているものである。


 もしも、それを良い事に国益を損なう取引や、権力を盾にした言動等があれば――更なる罪の加算は免れないだろう。

 ある意味、王を利用したって事になるからな、当然だ。

 それに、既に彼女は後ろ盾も何も無い罪人として投獄されている。これは、王の怒りを買ったものとして扱われてるから、残ってる派閥の連中が救おうなんて行動に走るわけも無いし、ましてやそんな旨味も無いので、このまま処刑コースになるだろう。


「元第一王妃に関しては、一貫して不貞を働いた事を否定しておるが、お前はどう思う?」

「否定ですか。」


 そんな元第一王妃について尋ねられたが、既に予想の範疇の事だ。

 淡々と、それに対しての見解を返しながらも、紅茶を胃に収める。


「有り得るとしたら、私の実験結果が偽りのものだとして根拠無しという事にしたい、というものでしょう。あるいは――。」


 そこまで言ってから、一瞬、言葉を途切れさせる。

 何せ寒い。寒いから、紅茶が進む進む。

 いい加減、この冷気に関しては解除したいところなんだが、この王様に一発入れないと気が済まなくて意地になっていた。

 最早、どっちが先にダウンするか勝負といった感じである。まぁ、行き着くところまでは、やってやるつもりだ。


「――本当に、当人の預かり知らぬところで種を植え付けられていた、といったところでしょうかね?」


 あの元公爵なら、実の娘に手を出すとかは予想の範囲内だろう、きっと。

 しかし、これに王は訝しげな表情を浮かべた。

 おや?と思ったが、演技かもしれないので流しておく。


「前者は私も考えたが、後者は可能なのか?後宮へ入れる者は、かなり限られているぞ?」

「そうですね。」


 安易に城の防衛力不足を指摘しているようなものだが、そもそもとして身内に敵がいれば防衛もクソも無い話だ。

 幾ら見張っていても、見張らせている者が寝返っていたのがこの城の実情だったしな。王族専用の隠し通路なんて、元王女のみならず、元公爵家全員にまで知られていたのだから、幾らでも手はあっただろう。

 実際、暗殺者の手引きも出来ているし、城内に部外者を呼び込むくらい幾らでも可能な事だ。それに気付かない程、愚かでもないだろう。


「抜け道がいくらでもありますでしょうに。」


 故に、俺は分かってて言ってやがるんだろうコイツとばかりに、目を半眼にする。

 それでも上辺が剥がれるのが嫌なのか、王がしつこく食い下がってきた。

 最早茶番だな、と思考を飛ばす。


「それは私も分かっているとも。」

「では、何故?」

「事に及ぶには、流石に侍女達が黙っては居ないだろう?」

「ええ、そうですね。部外者がやってくれば、それこそ騒ぎ立てるでしょうね。」

「だったら、何故――。」

「お気付きになりませんか?」


 敢えて気付かない振りを続けたいようだが、こちらとしてはこんな茶番に何時までも付き合うつもりは毛頭ない。

 カップをソーサーへと戻しつつ、口を開く。


「二人きりになっても、別段怪しまれずに出入り出来ていた人物がおりましたでしょう?」

「――一体誰だ?」


 考えても思いつかなかったと言いたげに、惚けた様子を見せる王に対して、俺はそっと溜息を吐き出す。

 成る程、この人はある意味においては善良な、そして普通な人間を装っていたいらしい。

 しかし、この人の性格からして、最初から無理だと思うんだが――何か意地でもあるのかね?


「何も抜け道というのは、隠し通路の事を指してるだけではありませんよ。」

「それはどういう意味だ?今の話とどう繋がる?」


 あくまで茶番を続けたいらしい。

 そんな王に、俺は焼き菓子を一つ摘みつつ、口を開く。


「最初から後宮に出入りする事が許されていて、尚且、元第一王妃と二人きりになっても怪しまれない点も含まれますので。」

「――だから、そんな人物、居たか?」


 どこまで恍けるんだよ、この人は……。

 若干面倒に思いつつも、話を合わせながら切り込んで行く。

 どうも、答えを俺に言わせたいらしい。


「ええ、おりましたよ。おりましたとも。それも、陛下も良ーくご存知で、既に処刑済みとなった人物に、です。」

「な!?それは、まさか――。」


 ようやく考えに至ったとでも言いたげな様子を見せたが、普段ポーカーフェイスの彼がわざわざこんな顔をするわけがないだろう。

 完全に、茶番だと決めつけて、俺は続きを口にした。


「元公爵家当主御本人の事ですよ。それも、実の娘に手を出してもおかしくはない程の腐りっぷりを見せていた、破廉恥はれんち極まりない人間の事です。」

「……。」


 まさしく、絶句状態の王様。

 それを見て、演技上手いなーなんて、眺めていたのだが、どうせ茶番だしと菓子を摘むのに勤しむ。

 城で出される品は贅沢極まりないものばかりだ。この焼き菓子一つとっても、バターたっぷり、砂糖もたっぷり、その上ジャムまで使われててめっちゃくちゃに甘い。

 おかげで飲んでる紅茶はずっとストレート。砂糖もミルクも足さずに口にしてる状態で、甘くなりすぎた口の中をリセットするのに使っている。

 そんな中で、


「それでは――。」


 ようやく再起動したかに見せた王が、続けて口を開くのが見えた。


「あの女の子供は、祖父が父親という可能性もあったのか!?」

「――は?」


 あったのかじゃなく、最初から有り得た話だろうに、今更何を――と思ったのだが、続けて叫ばれた言葉で、思わず目が点になってしまった。


「邪魔が入る前にと奴を処刑したのは悪手だったか!ええい、ままならぬものよ!」


 怒りも露わに騒ぎ出す王様と、呆然として手が止まって固まる俺。

 まさかの気付いてなかったパターンに、嘘だろ?と思いつつ眺めるも、どうやらガチの気付いていないパターンだったっぽい。

 なんか、演技だなんて思ってすみません。

 まぁ、


「どうせ口を割らせようとしても邪魔が入ったでしょうし、あの判断は間違いでは無いでしょう。何より、元公爵が父親でないのならば、派閥の中に居るという話になるでしょうしね。」

「うん――?それもそうか。」


 俺の言葉で、陛下もご納得いただけたようで、クールダウン。

 そこからは残党処理に向けて、これまで以上の協力関係を結ぶ事で話が纏まっていったが、元王女の処罰には待ったを掛けさせてもらった。


「――元第一王妃の処刑は免れないが、元王女に関しては追放せよ、と?流石にそれは甘くは無いか?」

「単に追放で済ませるなら、そうですね。」

「という事は、何か考えがあるという事か。」

「ええ。」


 ここで提示するのは、あくまで追放。

 既に王女としての身分は剥奪されてるし、国民としても扱われない流浪の民として、王都からも追い出されるという案である。

 ただ、追い出された直後を狙って悪党に捕まるのは流石にどうかと思うので、王都に程近い森の中まで連れて行き、そこで放置する。後はご自由にどうぞ、というものだ。

 ――まぁ、森を生きて出られるのなら、の話だがな。


「やはり、第一王妃ともども処刑した方が良いと思うのだが――。」


 それでもこの案に渋り出す王様。メリットとデメリットで考えてるのだろうが、案外この人、目先の欲に囚われやすいタイプなのかもしれない。

 後々の禍根を潰しておきたいという気持ちは重々分かる。分かるんだが、だからって安易な方法はそう何度も取るものではないんだよ。

 何せ、既に元公爵を一般人の手で処刑するなんて事をやらかしてるからな。それだけの事を元公爵自身が成していて、適任が自分だったとはいえ、流石にこれ以上は悪法を残しかねん。


「いくらなんでも幼い子供までギロチンに掛けるのは、如何なものかと思いますよ。国民の中には同情する者も出るやもしれませんし、そうでなくとも王位継承等で争いあった末に、冤罪で身内殺しが出る可能性も今後として有り得るでしょう。」

「ふむ。別にそのくらいは普段からあるものだが、確かに冤罪を増長させるような話は良く無いな。」

「普段からあるんですか……。」


 王族の世界にちょっぴりげんなりした。

 王弟とは仲が良いと思ってたんだが、サイモン殿だけが例外なのか?他の王族の話も聞かないし、相当血みどろな展開があったとも伺える。


(まぁ、俺には関係無いだろ。既にその展開も終わってそうだし。)


 流石にその辺りをいい加減なままにして、玉座には着いていまい。

 もしやってたら、これ幸いと元公爵が突いてただろうしな。


「とりあえず、元王女だったあの娘に関しては、処刑するのは反対です。」

「お前の言い分には一理あるが――後顧の憂いをきちんと断てるだけの根拠があるのだな?」

「まぁ、そんなところですね。」

「ふむ。」


 思考に耽る王様と、それを眺める俺。

 別室で二人きり、話し合いという流れになったのは言うまでも無いだろう。


 王弟がセットで出てきていないですが、実は主人公が怒り狂って暴走しないかと戦々恐々だった王様陣営が遠ざけました。

 最悪、彼が国を背負う事になる可能性を考慮した結果ですね。一度城を凍らせたりしてるので、戦力的に考えてもある意味妥当な判断でしょう、きっと。

 尚、別室でのやり取りは、結果とて後日閑話へと記載します。


 2018/10/29 加筆修正を加えました。主人公が苛々してる原因を書き足しました。


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