076 閑話 その錬金術師は仕返しに走る
奴隷商人視点です。
暗い闇に紛れて動く複数の人影。
指示を出して用意したのは、商品を運び出す為の荷台。乗せられているのは空の樽だけで、それを覆うようにして布をかけられている状態です。
ええ、中身はあってないようなものですとも。それもこれも、今から仕入れに行くのですからね、当然でしょう。
「さぁ、行きますよ。」
意気揚々と私が発した言葉に、声も無く頷いて返す男達。
そう、それでいいのですよ。
余計なお喋りは、奴隷には不要ですからね――。
「――また、ここですか?」
しかし、案内されたのは、以前も連れて来られた場所。
朽ちかけた木造建築の、まぁ、あばら家ですね。
「す、すいやせん。ほ、他に良い場所が見つからなくて。」
「ほう?」
頭を掻きながら喋る男。
これだから貧民街の人間は駄目なんです。危険性を何一つ理解してはいない。
何せ、ここはカモフラージュは出来ても、人目に付きやすい場所です。何度も利用するのには向いていませんから、拠点として他にも作っておくべきなのですよ。
以前、確かにそう伝えたはずなのですがねぇ?
「まぁ、言い訳は結構です。」
これに、何を勘違いしたのか、ホッとした様子を見せたので、私は瞬時に顔から笑みを消しました。
「次からの取引は無しとさせて頂きますので。」
「ま、待ってくれ!」
ピシャリと言いつけてみれば、途端に慌てだす男。
良くある反応ですね。どうせ、自分が組織から切られると慌てているのでしょう。しかし、こちらはその組織ごと切り捨てるつもりなのですよ?もっと状況の不味さに気付くべきでしょう。
そもそもとして、同じ場所を何度も使っていれば、それだけ人目に触れる機会が増えます。その結果として、バレれば足がつくのですから、こちらが警戒するのは当然でしょう。
なのに、
「今回は上玉なんだ!だから――。」
大声で喋りだす、この愚かさ。最早愚者としか言いようがありませんねぇ。
やはり、貧民街の人間は駄目です。駄目なんです。
――馬鹿過ぎて、使い捨ての駒としてもまともに役に立ちはしない。
「お黙りなさい。大声を出すなど、言語道断です。」
「で、でも。」
「後で、この事は上とも相談をさせてもらいますよ?」
「う、うぅ……。」
流石に不味いと理解出来たのか、途端に周囲を伺い始める男。
案内役としてもこれは駄目ですねぇ。もう少し、まとな人間を寄越してもらわないと。これじゃあ、切り捨てるどころか、こちらの手で消えてもらわないとならないかもしれないじゃありませんか。
「分かったなら、早く商品を運んで来なさい。ああ、傷は付けるんじゃありませんよ?丁寧に、静かに、しかし迅速にやるんです。分かってますね?」
「へ、へい。」
私の命令に、渋々とした様子ですが、男が建物に向けて何かの合図を入れて、中に入っていきます。
しばらく待たされましたが――出てきませんね?何かトラブルでしょうか?
「一人、中に入って商品を受け取って来なさい。何かあったようです。」
更に飛ばした命令で、ここまで着いてきた奴隷の片方が建物の中へと入っていきます。
残った片方は私の護衛ですね。きちんと良い食事を食わせてやってるのですから、用心棒としても荷運びとしても、一人いれば十分ですし、何かあっても大丈夫でしょう。
(おや?)
そういえば、扉が開かれたままですね?不用心極まりありませんが、しょせんは貧民街の連中です。どうせ開けっ放しにでもしたのでしょう。
大体、大した物は持っていないでしょうから、盗まれるような事もありませんし、それ以前にオツムも悪いようですから、盗まれる危険性すら頭にも無いのかもしれませんね。
こちらとしては、商品さえきちんと受け渡しが出来れば、跡は彼等がどうなろうとも構いませんし、どうでも良い事です。
ただ、
「――遅いですね。」
奴隷にも命じたにも関わらず、その後も誰も出てきません。
これでは二進も三進もいかないではないですか。
その後も待ちますが、やはり出ては来なくて流石におかしい――と思っていると、思わず身震いしてしまいました。
「気味が悪いですねぇ――というか、なんですか?この寒さは!?」
気付いた時には既に、周囲が真っ白でした。
吐く息も真っ白。全身に痛い程の冷気が突き刺さってきます。
なんなんですか、この異常気象は!?今は夏ですよ!?霜が降りる等、幾ら夜間とはいえ有り得ませんが、一体どうなっているのです!?
「あ、足が――。」
思わず後退ろうとして、靴ごと地面に縫い付けられて凍っているのに気が付きます。
慌てて奴隷の方を向くと、そこには氷で手足を縛り上げられていくのが見えるじゃありませんか!
「ひぃ!?」
ピキピキと音が立つのに気付いて視線を落とせば、奴隷と同じように凍り付いていく自分の手足。
寒さも冷たさも通り越して痛みに変わったその感触は、全身の熱を奪う周囲の凍えた空気よりも尚冷たくて、そのまま体ごと凍り付くかのようにこの身を蝕みます。
「いだっ、いだだだだだだだだ!?」
余りの痛さに尻もちをつけば、今度は夏服の薄い生地越しに凍結した地面の冷気が伝わってきて、身体が震えて止まりません。
わけもわからない状況にパニックに陥りかけていると、突然、周囲に沢山の人影が生まれていました。
思わず、救いを求めようとして、見えたものに目を瞬かせます。
あ、あの、格好は――。
「違法奴隷売買の現行犯で逮捕します。」
「え?」
闇の中で煌めく、月明かりを弾いた硬質的な輝き。
取り囲むようにして佇むのは、国の治安を維持するのに力を注ぐ武装集団です。
間違いがありません。彼らは――騎士と、それに引き従われた兵士達の群れです!
「い、一体どうして――。」
「さ、ご同行願えますね?」
そんな中で唯一人、騎士である人物が、にっこりと微笑みながらも私に語りかけてきます。
――ええ、騎士なのです。有力貴族家の次男坊で、腕も頭も切れると評判で、しかし最近は全く姿を見なかった、騎士団長その人!
(め、滅多に動かないと言われていたはずなのに、何故ここに!?)
この取引は今回で二回目。たったの二回目です。
それなのに、一体、何故――?
(もしや、最初から罠でしたか!?)
その事に考えが至り、最早凍り付く痛みも寒さも忘れて、私は呆然としました。
そこに、
「別に嫌ならば、このまま被害者の手で氷像になって死ぬ事になるだけだが――一応、確認しておこう。連行されるのと、氷漬けになって死ぬのと、どっちがよろしいかな?」
「――は?」
聞き間違いでしょうか?
余りにも無慈悲な宣告が聞こえた気がします。
一体、どこの世界に、犯罪者に捕まっておきながらも刃向かえる人間が居るというのですか?
(――まさか、囮捜査!?)
その事に思い至った私は、兵士達の後方より、誰かが羽交い締めにされたまま運び出されるのを見つけて、一瞬だけ、また呆けました。
何せ美しい。雪の精霊だと言われても、納得してしまえるだけの美貌です。
そんな人物に見惚れかけて――しかし、聞かされた言葉の意味とその者の顔に浮かぶありありとした不機嫌さに気付いて、思わず迷いと戸惑いに口を閉ざしました。
(何故、不機嫌なんですか!?囮じゃないのですか!?)
混乱する私に向けて、騎士がそっと忠告を入れます。
「ああ、今貴方が見ている人物こそ、この異常現象を引き起こしている御方だ。それとね――。」
そこから更に近付いて来て、耳元で小さく囁かれる言葉。
それに、
「えええええええええええええええ!?」
私の絶叫が、夜の静寂を引き裂いて響き渡ったのでした。
更に告げられたのは、男だという事実。
麗しい美人に一瞬見惚れかけ、しかし、性別を見抜けなかったという、商人としてはプライドを粉々にするこの一言によって、私は見事に打ちのめされたのです……。
奴隷には種類がいろいろとありますが、基本的に人権は無いものとして扱われるのが普通かと思います。
たまに見る借金奴隷とかだと、借金を返済したら戻れる設定なんかもあります。けど、その後『奴隷だった事実』を抱えたまま職にありつけるのかは、いつも疑問に思うのです。
何せ一度借金して奴隷落ちしてるわけですから、また何かあれば、その都度借金して奴隷落ちしかねないわけです。それは雇用する側としては、ちょっと信用出来ないんじゃ?と思ったりもするのですよ。
この辺りの設定はどうなってるんでしょう?誰か無理の無い範囲で設定を晒してくれないものかなーと毎回気になってます。
尚、作中の奴隷だと、使い捨ての駒と言われるように完全に人権が無いので、犯罪者だろうが借金が原因だろうが自分を買い戻すとかは一切無く、冤罪とかが発覚するとかでもなければ一生奴隷のままです。
2018/10/28 加筆修正を加えました。
2018/10/29 更に加筆修正を加えました。商人の内面がやや薄いかなと感じたので、文章量を若干増やして継ぎ足しました。




