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070 その錬金術師は無理難題に取り組む

 スラムというのは多かれ少なかれ犯罪者達の温床となりやすい。

 入り組んだ路地は一度に入り込める人の行き来を制限するし、日が暮れれば人気も明かりも無くなる。この為、時には人知れず犯罪行為が行われる事も珍しくは無い場所だ。

 この点に関しては現代でも変わりは無いだろう。概ね、同じのはずである。


 だからって、そういった場所に居る人間というのが、全て悪人というわけじゃ無い。

 当然だろう。だって、何らかの理由で社会から爪弾かれた大人達や、親を失い頼れる者が居なくなった幼い子供、更には重病人だって居るのだ。それらの全てが悪人なわけがない。

 問題となるのは、こういった人々の中に犯罪者達が紛れていても、元々の住民である彼らがそれを何とかしようという意志が無い事にある。


(だからって、彼らを責めるのはお門違いなんだよなぁ。)


 何せ、背景には貧困があるのだ。

 ある程度裕福でさえあれば、人は自分の生活を脅かす者には容赦はしない。閉鎖的な村なんかだと、事が露呈すれば村人全員で叩き潰すくらいはやりかねないくらい、人間というのは凶暴な性質も合わせ持っている。

 故に、食うに困れば、時には犯罪にも手を貸すんだ。場合によっては、そのまま犯罪者の仲間入りだって有り得る事だろう。

 そうでなくとも、目の前に差し迫る問題で手一杯で、貧しい者だととてもじゃないが他人を気にかけいる余裕がない。


 それが貧しい者の特徴であり、そして、今現在のスラムの者達の実情だった。


(だからって放置は無し。無しったら無し。国が崩壊したりすればそのまま難民だ。最悪、暴動を起こして略奪や破壊活動に精を出すようになってしまう。)


 かつての魔導文明時代には、そういったあぶれてしまった者達によって、幾つもの町や村が襲われたとも聞く。出来ればそういった事態は避けておきたい。

 誰だって、最初から犯罪に手を染めるわけじゃないし、大抵は少しずつ、徐々にエスカレートさせていくからな。

 そのエスカレートした先が、たまたま民衆の暴動という結果という事もあるだけなのであって、その大元となるきっかけなんて最初はとても小さなものだ。


(スラムの現状ってのは、せいぜいがその日の食い扶持を稼ぐのがやっとで、貯蓄はおろか、まともな衣類すら無いのが常ってところかね――まぁ、これについてなら、何とか出来ないわけでもないだろ。)


 何せ今は裕福な時代。食に飢えている程、人々の生活は厳しくはない。

 そんな中で、こういった問題というか、悪循環を未然に防ぐにはどうしたらいいのかなんだが、考えられる事は幾つかあった。

 例えば、職業訓練所・職業斡旋所・孤児院の設立と運営だろうか。出来ればこの辺りを慈善事業として取り組めるようにしてしまいたいというのが、今考える一つの構想である。


(ただ問題は、これでまだ下地って点なんだよなぁ。)


 ここから更に利用者達の安全の確保がいる。

 何せ、弱みにつけ込んで搾取しようとする阿呆は必ず出てくるからな。子供に目をつける変態だって少なくは無い。

 そういった連中による被害を未然に防ぐには考える事も多いが、とりあえずは軌道に乗せるのが先だろう。それから、徐々に提案していくしかない。


(しっかし、陛下も無茶振りしやがるぜ。一介の錬金術師に地盤固めしろとか、無理が有り過ぎるだろう、これ。)


 第一王妃と王女、それと公爵家を排除したまではいいんだが、そのせいで一つの派閥に目をつけられてる現状にある。

 王都内ならまずそこまでは問題無いんだが、このまま森に戻った場合、確実に危険だろう。


(うん、潰しにかかる奴らが今後、出てくるだろうしなぁ。)


 暗殺とか暗殺とか暗殺とか。

 既に経験済みだってのに、勘弁して欲しいもんだ。


(まぁ、理由は分からないでもないけどさ。)


 何せ、貴族の面子を丸潰しにしたからな。奴らとしても、必死だろう。

 しかしこれ、ほぼ逆恨みでしかない。こちらにとってはいい迷惑である。


(それでも、プライドばかり高い連中が貴族というのには多いもんな。その中の一部が暴走するのは、むしろ今後としては予想し得る事態か。)


 それを黙らせる為にも、何かしらの形で功績を打ち立てろってのが今回の指示である。

 ちょっと前まで、侍女として間諜の真似事をさせられていたというのに、それが終わったらまた利用されてるところだ。

 拒否権?――正妃様が横に居る状態で逆らうとか、無謀どころかただの自殺行為だよ。謹んでお受けするしかなかったわ!


(あの人怖い。マジで怖い。何で会議中に弓矢打ちまくってくるんだよ!?)


 そんな一幕があったのである。故に、拒否れないのが現状だ。


 とりあえずと色々考えてみた結果、俺が目を付けたのはスラムだった。

 何せ、スラムという場所に居る者達を放置するとか勿体無いんだよ。利用方法は幾らでもあるんだからさ。


 例えば大人ならば、何かしらの技術所持者が多い。鍛冶や彫金、調理と様々だ。それが、一度社会から弾かれたからって、ただそこで終わらせるのは勿体無い。勿体無さ過ぎるだろう。

 仮に技術を持たなくても、職業訓練で身に付けさせれば良いんだからな。即戦力とまではいかなくとも、多少は使えるはずだ。

 大体、元々が悪党でも無ければ、職を失わない限りは犯罪に走らずに済むはずである。一度どん底を味わった後なら、必死にしがみついたりするだろう、きっと。


 子供達に関しては孤児院へ強制収容すればいい。

 ついでにそこで勉強も教えてやれば、将来手に職が就かないという事態を減らせて、スラムへ逆戻りという事も防げる。

 後、飯食わせて確りと育ててやれば、こちらは職によっては即戦力としても使えるようになるだろうしな。


 怪我人と病人に関してだけは、流石に誰にでも出来る事じゃなかったので、俺が一手に引き受ける事にしたけど。

 適切な治療がいるのは分かりきった話だし、これに関してだけは、まぁ致し方の無い事だろうと思ってる。


(薬は【空間庫】に大量にあるし、包帯や布は掻き集めて貰った古着を洗浄済みだ。添え木関係は薪を代用すりゃいいだろ。後は――炊き出しだな。)


 炊き出しで困るのは、とにかく金がかかる事にある。継続するには、そこが頭の痛い問題となりやすいのだ。

 何せ、炊き出しに並ぶ人間の数が多ければその分、配る量も増える。配る量が増えれば、それに必要となる材料等が増えて、そこにかかる代金もまた増えるわけだ。

 だからってケチれば、今度は食い損ねた者が暴れだしかねない。

 なので、この辺りは確実にこなす必要性があると思う。食い物の恨みというのは、それくらいには怖いのだ。


(んー、でもなぁ。このまま運営するにしても、国が傾いたりしたらそこで切られるのがオチだろ?それ以前に、無駄金だって騒いで突き上げしてくる奴も出るだろうだし。)


 費用ばかりがかさめば、そこをネチネチやられるのは目に見えている。

 大体、タダ飯食らいを養う気は誰にだって無いからな。この辺りは当然の事だろう。


(となれば、スラムの連中だけで自力で何とか出来るようにするのがいいんだよなぁ。)


 食い物の問題だけは、季節関係なく生命に直結する為に無視は出来ない。

 しかし、食える物と食えない物を見分けられない奴だと、そもそもとして残飯漁ったり薄給でこき使われるだけだろう。

 そんな状況下にあって尚働こうとしているのだから――既に肉体的にも精神的にもガタがきていると思われる。

 そういった事情を考えると、なるべく早くから食材の入手手段を教え込む必要があった。


(畑は駄目だろ?何せ現状が既に不法入居とか不法占拠状態だからな。仮にその状態で畑なんて作れば、即座に取り上げられちまうはずだ。仮に取り上げられないようにしても、収穫間際で盗まれるのがオチだな。)


 なので、畑は無し。問題が多すぎる。

 他に上げられるとしたら、どこででも手軽に手に入る物だろうか。例えば――野草の類とか。

 それをどうやって入手するかを考えていたら、丁度庭師達が精を出して刈り取った雑草の中に豊富にあった。聞けばこれ、廃棄する物らしい。


「――捨てるのは勿体無くないか?」


 そこから交渉して、王まで話を持っていき、直談判である。

 地盤固めなんて面倒な事を強要するなら、少しくらい手を貸せってな。


(何せ、本来は保護するはずだったらしいし?)


 少しくらい、我儘を言っても良いだろう。

 大体にして、元王女との血縁関係が無い事を暴いたのは俺だしな。この点に関しては、完全に俺の功績のはずだ。

 その報酬も何も貰ってない現状、それを盾に使うくらいは当然の権利である。これで協力も何も無く丸投げするなら――この国を出て行くだけだった。


 そうして、結果的に許可が降りたのが、昨日の事。

 一応は可能という判断も下されたし、これなら文句も出ないだろう、多分。


(とりあえずは、野草を軽く湯がくくらいならスラムの連中でも出来るだろ。子供ならそれこそそのままスープにでもしてしまえばいいし。)


 野草や山菜の多くは灰汁あくがある為に嫌厭けんえんされているだけで、きちんと火を通して灰汁抜きすれば、野菜とほとんど変わらない物が多い。

 栄養価としても悪くは無いし、何よりもビタミン類は病気への抵抗力を上げてくれる。疫病対策にも一石二鳥だ。


 そんなわけで、昨日は一日中庭師達とその家族まで巻き込んでの調理三昧だった。

 ついでに、兵士達にもその調理法等を叩き込んでもらってある。場合によっては、今後も必要となるだろうからな。レシピをメモするのも合わせて、彼らに行ってもらった。

 後は作った料理をスラムへと持ち込み、連中に配りながら時間をかけて説いて行くだけだ。

 強制的にやると、怯えたり萎縮して逃走する奴が出るだろうし、多少時間がかかっても自主的に動くように促すのが良い。


(そこを悪用する奴は、まぁ、多分、何とかなるだろうし。)


 何せ、中心人物として俺がいるのだ。

 城での生活の間で、十二分に囮としての効果を発揮するって、嫌でも分かってしまっている。

 なので、何かあって狙われるなら、多分俺で間違いは無いだろう。良い具合に作用すれば、敵視している貴族の派閥まで纏めて潰せる可能性も出てくるかもしれない。


(さて、後は行動に移すだけか。)


 そうして、荷車に乗せられた料理の数々を見ながら、俺は気合を入れ直していた。


 2018/10/24 加筆修正を加えました。

 2018/10/25 指摘頂いた誤字を修正しました。嫌煙→嫌厭


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