068 その錬金術師は証拠を提出する
断罪の場面。
居並ぶは国の重役達。それに加えて、有力貴族とされる者達である。
今や彼らが居る綺羅びやかな場所には緊張感が漂い、ピリピリとした空気が満たされていた。
――それもそのはずだろう。
収集されたこの場で、これから起きる展開によっては、彼らの序列もまた変化するのだから。
蹴落とされる側は戦々恐々としているし、蹴落として伸し上がる側にとってはまたと無い機会だ。
今も虎視眈々とその隙きを狙って、目をギラついかせているように見える。
(漁夫の利を狙っても、良い事なんて何も無いんだがな――。)
そうは思ってみても、権力や富の誘惑に耐えられる程、人間は出来ていない。
故の今回の『騒動』でもある。
そんな『騒動』は、国内きっての大貴族だった公爵家が取り潰しにあった事だった。
それが起きてから、早一週間が経っている。
混乱が冷めやらない状況下なんだが、そこで更に元公爵令嬢だった第一王妃に不貞疑惑が浮上している。
何せ、王自ら元王女の血に関しては否定気味だからな。実際に調べてみれば、王との間に血縁関係が無かったという、彼女達にとってみれば最悪の展開だ。
しかし、こうなるともう、いろいろと面倒な事になってくる。
まず第一に、それを貴族や城内で働く者達へ知らせる為の場を整えないとならない。
次に、どうやって調べたかについての証拠を提示して、その説明をしないとならないわけだ。
前者はまぁ良いだろう。場所は別に城の中のどこでもやろうと思えば出来るのだから。
しかし、後者に関しては、前提となる知識を持っていないと、証拠として出しても理解してもらえない事になる。故に、質問されるのは必至だった。
実際に、国王へ結果を報告した際には理解してもらうのに大変だったんだよ。そのおかげで、簡潔化に時間まで有する羽目となったのである。
(更には説明まで丸投げされてるからなぁ。)
結果的にだが、俺以外に適任が居ないという――非常に有り難くない状況が出来上がってしまっていて、すっごく辛い。
集められた者達からすれば、誰だこいつ?状態だろう、きっと。
俺も何でここに連れ込まれるんだ?状態だ。そこは分かって欲しいところが、俺に関する情報規制がされていた為に、誰もそこまで想像が出来無いだろう。
そのせいで、王と王弟と共に姿を見せると、一部からは訝しげな視線が不躾に飛ばされてきた。
正直言って、逃 げ た い で す !
「皆の者、しばしそのままに。」
「陛下のお言葉です。皆様しばらくお待ち下さい。」
ざわつく貴族達を抑えながら、国王が口を開く。尚、俺は王弟に確りと抑えられていた。
それを見て、更に貴族達がざわつく。まさに何が何だか分からない、という感じだ。
「それでは、準備を頼む。」
完全な丸投げの言葉に、俺は一瞬、顔が引きつった。
それでも、この状況下での逃亡は不可能。もしやれば、正妃様との命がけの鬼ごっこが再びだ。あれはやりたくない。
仕方無くとだが、渋々と証拠となる品の設置を行う為に空間魔法を使用した。
「【空間庫】。」
開くのは次元に出来た亀裂。そこを手で引っ張って中へと入る。
どよめきが起きたが、知った事では無い。中に入れて置いた証拠の品を取り出し、さっさと終わらせるべく着々と準備を進めていく。
取り出したのは、一つの魔道具と、特殊な薬液の入った瓶だった。
魔道具は、遺伝情報が詰まった三人の染色体に特殊な工程を加えて、予め長方形の寒天の一辺に埋め込んで電流を流してある物である。
勿論、この三人とは王と第一王妃だった元公爵令嬢、そしてその実の娘であるという王女の事だ。
今回用意したこの魔道具と、結果が現れるようになる薬液を使って、三人の親子関係を今から調べ上げようというのが今回の狙いとなる。
ただ、そこで起きる問題。
――単に結果を見せただけでは、理解は出来ないんだよ、今回の場合だとさ。
何せ、理解に及べるだけの前提が、知識としてさえこの場に居る者の多くには無いんだ。
故に、まずは実験から始める事になったのである。
その為の合図を目で送ると、
「では、始めるとしよう。」
「畏まりました。」
俺の準備が整ったのを見て、王が頷き返して見せた。
時間は指定してあったので、遅刻でも無ければ人は揃っているはずだ。後から来るような者も居ないだろう、多分だが。
「それでは皆様、まずはこちらをご覧下さい。」
魔道具の見た目は、金属製の箱に入った寒天といったところである。
はっきり言って、電流を流せる魔石が無ければ魔道具ですらない、そんなお粗末な代物だ。
ただ、これに電流を流すと――30分程で染色体が移動する。この移動距離には人によって個人差があり、親子間の場合では両親の中間の移動距離に子供はなる事が分かっている。
その結果から、親子か否かを判断しようという実験がこれ。それを説明していくわけだ。
――まぁ、流石にそのままでは見えないので、肉眼でも遺伝情報が見えるように先に手を加えてあるんだが、この点については言わなくても良いだろう。
後は薬液によって染める事で、誰の目にも見えるようにする。
説明としては、とりあえずはこれだけでも十分だろう。
「それとは別に、もう一つ。こちらは国王陛下と正妃様、それに第一王子殿下の物です。」
別途、取り出したのは、正妃となった元第二王妃と王、その二人の間に生まれた王子の物である。
こちらも、難癖をつけられないように予め用意しておいた。
間違える事が無いようにと、どの染色体が誰の物であるかも明確な状態だ。
流石にこれで失敗等しようものなら目も当てられないが、先に一度検証してから持ち込んでいるので、失敗の恐れはそもそもとして無い。
おかげでサクサクと実験は進み、幾つかの質問に答えた後、未だ『結果』が見えなかった魔道具の中へと薬液を垂らして暴いていく。
「それでは、結果です。」
一つの魔道具を掲げて、その場に居合わせた面々に見えるようにする。
「正妃様と陛下、そして第一王子殿下との血縁関係は証明出来るものとしてここに上げます。」
未だに上手く理解が出来無いのか、まばらに起こる拍手。
その中で、もう一つの結果を素早く掲げる。
こちらは当然、疑惑のある二人の母子だ。その二人へと、敢えて見えるようにしながら、俺は口を開いた。
「元第一王妃とその娘の王女殿下、そして国王陛下との間には血縁関係が見られない事をここに明言致します。」
どよめきに、突き刺さるような幾つもの視線。
向けられる先は、兵に囲まれている母子がほとんどだろう。
それは、第一王妃であった女性と、その娘たる幼い王女。
一瞬、怯んだ様子を見せた二人は、しかし実験結果へ抗議しようとしてか口を開いた。
その瞬間、左右の兵から強かに殴られ、崩れ落ちて行く。
「静粛に。」
「お前達には発言は許可されていない。」
小さな声だったが、兵士の二人が口にした声は鋭い。
殴った時も結構な音がしたしな。ありゃ、手加減とか余りしてなさそうだ。
「簒奪者だ!」
しばし遅れて、誰かから上がった声に、一気に貴族達の間に動揺が広がっていく。
戸惑う者、怒りを露わにして誰かに突っかかっていく者、母子のように崩れ落ちて座り込む者と、実に様々な反応だ。
その中に響いた決定的な言葉に、だが、誰もが興奮冷めやらない様子でざわめき続ける。
「現時点をもってして、王妃と王女の地位を剥奪、並びに、王に不貞を働いた者とその娘としてこの二人を牢へ投獄せよ!沙汰は追って知らせる事とする!」
「「はっ。」」
「では、これにて閉幕とする!」
王と王弟に着いて行きながら、兵士に引きずり出される二人をチラリと見る。
その時見えた二人の顔にあったのは、反省でも後悔でも無く――憎悪の眼差しだった。
遺伝子関連の話はとある作家さんを参考にさせていただいています。
いろいろ調べて見ましたが、参考にさせていただいたところ以外は作者の頭には難し過ぎたっていう……。
理系はどうにも苦手です。生物学とか科学の話とかもうちんぷんかんぷんだよ!
これでホムンクルスなんて作ろうとするなら、現代だと体外受精させた卵子を使えばいいのか?それともIPS細胞みたいに細胞単位からやるべきか?ってなっちゃう。
作者の頭ではどっちも無理なんですがね。魔法ゴリ押しで「なんじゃこりゃ?」になる事請け合い。
うん、やめとこう(キッパリ)。出来ない事はするもんじゃない。そして、知らない事にはやっぱり手を出すべきじゃないですね。
2018/10/23 加筆修正しました。




