048 その錬金術師は食事の席に招かれる
歓待はまだ終わらない。
俺としては絶賛逃亡したい欲に駆られる話だが、終わらないんだよっ。
朝起きて早々に湯浴みに打ち込まれ、そのまま昼まで磨き上げられた。
一体何時から俺は女になったんだ?あと、貴族でもなんでもないって何度も言ってるんだが!?
「こちらでお過ごしになる服は、既にご用意致しております。」
「折角ですから、お御髪も纏めましょう。こちらのリボン等如何ですか?」
「装飾品は如何致しましょう?お好みのデザインや宝石があれば、それに合わせて見繕いますが。」
「僭越ながら、薔薇茶をお持ち致しました。喉は乾きませんか?良い香りですよ。」
――何だろう、俺は一体、何に向けて磨かれてるんだろうか?
湯を何度も換えてまで、鑢にまでかけられる。おかげで全身ピカピカだ。染み付いた薬草の匂いすらしない。
その上で香油を塗り込まれ、伸び放題だった髪を纏められる。
以前から伸ばしっぱなしだった髪は、肩を超えて背中を覆う程にまで伸びてしまっていた。
「ああ、よくお似合いです。」
「何処から見ても素晴らしいですわ。」
「これなら、どんな貴婦人も一目で心を射抜かれますわね。」
「あ、そう。」
若干不機嫌を抱えつつも、受け答えする俺。
しかし、本番はこの後だった。
「――ようこそお越し下さいました。救世主様。」
食事は庭に用意してあるから、と案内されてみれば、そこにいたのは領主婦人。他にも見た事の無い――否、昨夜の夜会にでも居たのか?とにかく数名が席に着いていた。
領主の姿は無いが、この状況は間違いなく接待席だろう。
俺は本当にどこに向かってるんだろうか……?
「お招き頂き光栄です、メシア様。無作法者ですが、ご同席、お許し頂けましたら幸いです。」
「勿論ですわ。さぁ、どうぞおかけになって?」
「はい。失礼します。」
流れるように言葉は出てくるが、領主婦人との食事の席はこれで二回目だ。あの時にお目溢しいただけていたのなら、今回も何とかなるだろう、多分。
クスクスと笑っているところを見るに、俺の作法がどこかおかしくてツボにでも入ったのだろうか。
何にしろ、機嫌が悪いのよりは良い方が良いのだから、この場では有り難い限りだが。
「では、皆様揃いましたので、お食事とまいりましょう――皆の者、ご用意を。」
領主婦人のその言葉で、この場に居た使用人達が流れるように動き始める。
どうにも、この状況に合わせた服装規定の為に俺は磨かれたらしい。流石に昨日の普段着では不味かったのだろうな。
(だからって、それをどうする事も出来なかったんだが。)
夜会用の服なんて持って無ぇよっ。食事用も茶会用も同様だ。平民でしかも全財産流されてしまった俺が持ってるはずもない。
(かわりに、着せ替え人形になる、と。)
そうして人形にされた後の食事会は、完全なフルコースだった。
アミューズと呼ばれる突き出しが無く、始まりは前菜から。
女性はコルセットで腹部が窮屈になりがちなので、量を出せないというのもあるのかもしれない。そんな配慮が透けて見える献立である。
前菜として出てきたのは、生ハムに包まれた無花果。それにマスカルポーネというクリームチーズが添えられていた。
これは居合わせた面々がいずれも女性ばかりだし、男は俺一人だけなので、女性の好みが優先されているのだろう、きっと。
その次に出てきたのはスープで、多分――塩と僅かな香辛料を使ってあると思う。味は薄めで、パンと一緒に食べる気にはなれない程の薄さだ。
そこから、魚料理、シャーベット、肉料理、サラダと続く。
チーズが出てこなかったのは、前菜で使ったからか、女性陣の胃の許容量を見ての事か。何にしろ飛ばされてる。
そのままデザートへと流れ込み、クレープ、フルーツ、珈琲&焼き菓子となった。
格式高いとされているのは11品も出てくる。減らしているのはその分、作法が複雑化しないようにという配慮もあるのだろう、多分だが。
「如何でしたか?当地の食材を使った料理は。」
「美味しゅうございました。」
にこやかに尋ねられて、こちらもにこやかに返す。
全体的に味付けは薄かったが、昨日の真っ赤なスープに比べたら遥かにマシだ。
昨夜は話しかけられないよう、なるべく食事の時間を多くとったせいもあり、朝起きてからも胃の中が空いていなかった。この為に、朝食を断ったくらいである。
(食べ過ぎたからなぁ。)
しかも、食べてすぐに寝たので、消化速度自体が遅かったのだろう。今朝は若干、腸の方へ血液がいってしまったようで、貧血のような症状があった。
そこに出された昼食は全体的に味付けが軽めで、チーズなどの重いものも工夫されているのか、意外と胃がもたれていない。
そこまで考えてから、あれ?これ何か配慮されてね?と気付く。
実際その通りだったようで、領主婦人は茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せた。
「フフッ。朝食をお断りになられたと聞いて、料理人になるべく軽くするようにと伝えましたの。お気に召していただけたようで何よりですわ。」
やはり配慮されていたらしい。
着せ替え人形にされていた時から、まだ頭がぼんやりしてるなと思っていたのだが、どうやらそのせいで気付くのにも遅れたようだ。
「お気遣い、感謝します、ネメア様。」
最後に出てきた焼き菓子は、俺の好きな苺ジャムのクッキーだった。これまで知られてるとは思えないので、ただの偶然だろう。
しかし、やはり甘い物は別腹なのか、胃の空きは無くなっていたというのに、珈琲を飲んで落ち着いている内に空いてくる。おかげで、ついつい手が伸びてしまった。
他の女性陣も同じ菓子を摘みつつ、キャイキャイと次のドレスのデザインについてか、話をしている。どうやらこちらに話しかけるつもりは無いらしい。
「これくらい、当然ですわ――ご予定が無ければ、このままここに居る者達だけでお茶会をしたいのですが、よろしいかしら?」
「身に余る光栄です――。」
咄嗟に断ろうとしたんだが、
「是非、お受けになって下さいまし。殿方の酒の席よりは楽しいはずですわっ。」
その言葉で口を噤んでしまった。
酒の席。つまりは思考能力が低下する。しかも、相手は貴族だらけの席だろう、きっと。
――それはなんて地獄だ?
「ええと、酒は余り好まない質ですので、そのお誘い、謹んでお受けさせて頂きます。」
「では、決まりですわね!」
パンッと、両手を打ち鳴らして、微笑みを浮かべ続ける領主婦人、ネメア様。
お茶会ならば、他の貴族も同席する事になるだろうが、まぁ酒の席よりかは遥かにマシだろう。
それに、ここに居る者達だけでと先程領主婦人は口にした。となると、新しい顔ぶれが混ざって、無作法だと咎められる心配も余り無いはずだ。
「では、準備を整えたらお呼びしますので、後程、またお会いしましょう。」
「はい――それでは後程また、お伺い致します。」
「それまでごゆっくりなさって下さい。」
見送られて、部屋まで案内するという使用人に連れられて元の部屋まで戻る。
とりあえず、食事の席は無難に乗り切ったようだ。お目溢しもあったかもしれないが、平民でしかない俺としては上々だろう。
「次は茶会か――。」
なんて呟いていたら、
「失礼します。着替えの準備が整いましたので、こちらへどうぞ。」
「……。」
まさかの着せ替え人形、再びだった。
またやるのかよ……。
催事の類は、時間帯、催しの種類によって服装規定が変わります。
よって、その都度着替える必要があるという。
男はそこまで見た目は変わらないんですが、主人公は無駄に見た目が整ってるので着せ替え人形として遊ばれてます。
おかげであれ着てこれ着て状態。
しかも、薄々と勘付いていても、指摘したり拒否したりできないという。
貴族なら慣れてるでしょうが、平民でましてや男性では辛い所ですね、きっと。




