047 その錬金術師は疲れ果てる
人間、慣れない事はしない方が良い。
夜も遅くなり、ようやく解散した夜会から解放されて、充てがわれた一室で倒れ込むように寝台にダイブする。
大量に詰め込まれた綿がクッション材となって、身体がポンッと軽く跳ね上がった。
絹の感触は、布団のカバーだろう。繊細なレースまで施されたそれは、布団カバーにするには流石に贅沢過ぎる一品だ。
しかしそれすら愉しむ余裕も無く、俺はグッタリと横たわっていた。
あれだ。死んだ魚の気分だ。
「――疲れた。」
ああ、本当に疲れたとも。
何が悲しくて、貴族共の世界に放り込まれた挙げ句、近付いて来ようとする奴らを牽制しないといけないというのか。
商人のアレキサンドラ殿が貼り付いてくれてなかったら、多分対応しきれなくてアウトだったぞ。
「これが後二日も続くのか……。」
それなんて拷問?
届けられた手紙には、三日三晩続く、とあった。この夜会が、である。
適当なところで抜け出したいところだが、主賓と言われたんだ。早々上手くは行かない事だろう、きっと。
「何か、良い方法は無いかね?」
いっその事、毒薬でも飲み干すか?弱めの毒なら体調不良で誤魔化しくらいはきくだろう。
問題は、同業者や専門の医療従事者を派遣されてきた場合だ。確実にバレる。
「あー、リスクが高いなぁ。」
俺としてはこういった歓待の仕方は勘弁願いたかった。
何かあるだろうと思ったが、とりあえず現時点まででは特に無い。油断したところを狙ってるのだろうか?
何にしろ、現状は苦痛だ。
「俺は貴族でも何でも無いんだが……。」
母は侍従だっただけあって、その立ち居振る舞いは洗練されたものだった。
俺もそういった礼儀作法を叩き込まれたので、粗野というわけではない。
しかし、それは昔の事。現代でも通用するかどうかは――あの広間での視線が全てを物語っている。
(多分、作法も違うんだろうな。だから、食事中でも話しかけられたのだろうし。)
母の教えでは、食事中に話しかけるのはマナー違反。少なくとも、取り皿の料理が無くなるまでは話しかけてはいけないと教わっている。
だが、貴族に呼ばれる程の伝手を持つ商人が、そのマナーを知らなかったというのは無いだろう。
確実に、その辺りのマナーは変わってると見た方が良い。
(どうすっかねぇ?)
初日はなんとか乗り切った。
しかし、まだまだ序盤で疲れ切ってる有様だ。残り二日、持つかどうかも分からない。
何よりも、呼び出された意図が探れてもいないのが痛かった。
(俺、生きて帰れるんだろうか――?)
手柄は領主婦人へ渡してある。魔術での宣誓で多くの者は、俺の事を他者に話す事は出来ないだろう。
――あ、そういえば、他者を『未だ知らない者』に設定してたな。知ってる者同士なら普通に会話にも上るか?この設定だと。
「ミスったか?」
宣誓や制約の設定での問題は幾つか有る。その内の一つが、対象を選んだ際の『抜け』だ。
この『抜け』は、今回の場合だと『未だ知らない者』へ『話す・教える・知らせる』というのが出来ないのを逆手に取り、たまたま『未だ知らない者』が聞いてしまう、という状況を作り出すだけでも制約の効果から抜け出せる可能性がある。
仮にこの『たまたま』が起きたのだとしたら――領主婦人へ手柄を譲渡したのが、ただの横取りと他者には思えるかもしれん。
(ヤバイかも?)
しかし、それなら歓待はしないだろう、きっと。
表面上は少なくとも、一応の歓待の席だった。なら、最悪の展開は免れているはずである。
(代わりに、戦力として協力を取り付けておく、は十分に有り得るな――。)
こっちはこっちで最悪だ。どんな無理難題吹っかけられるか分かったものじゃない。
思考が悪い方へ突っ走ってるが、だからって楽観的になれるかと言うとなれるわけもない話だ。
よくよく考えて、言質を取られないよう気を付けないと。
「明日――また、明日だ。それまで、身体を休めて――。」
思考が鈍る。
どうやら、疲労で眠気がピークのようだった。
(ああ、マジで疲れてたんだな。)
ゆっくりと落ちていく意識に、俺は飲み込まれるようにして目を閉じた。
貴族の場合、パーティーの席では挨拶回りとかで主人公とも話をしています。
しかし、大半は主賓だからというのが理由でしょう。どうかすると、どうでも良いとさえ思ってますね、一部は。
作中では描いていませんが、中には利用しようとして延々話をしようと留まり、商人と背後に控えた他の挨拶待ちの貴族にバッサリ切られています。
そういった連中に絡まれかけて疲れ切ったのです。あと、馬車での移動が堪えた。
ちょっとした貴族の『闇』の部分を垣間見ただけで、ぐったりしてしまった主人公でした。




