046 その錬金術師は歓待を受ける
綺羅びやかな世界には闇もある。
“歓待したい”。
そう綴られていた内容通りに、少なくとも表面上は友好的に連れ出された俺。そこは、見るからに豪華絢爛といった様子だった。
天井で光を降り注ぐシャンデリア。硝子細工の傑作とも言えるそれは、光源を複雑で魅力的なパターンで散乱させる為に、わざわざその為のカットがなされた硝子を多数配列している物だ。権力の象徴でもあるが、それが光を放つ上も下もまた凄い。
描かれた天井画は、鮮やかな赤や黄色、白で飾り立てられており、そこに描かれた植物や人物の姿を調和の中に溶け込ませている。ところどころを縁取る輝きは多分黄金だろう。金がかかってるのは間違いなかった。
そんな天井画が描かれ、シャンデリアによって照らし出される室内はとても広い。ダンスホールとかに使われるような大広間で、しかし多くの者が綺羅びやかな衣装を纏って犇めいている。
(ああ、言葉に偽りは無いな――しかし。)
紅色の絨毯が敷かれた床の上、白いレースが美しいテーブルの上に、これでもかという程に料理が並んでいる。それらはきっと、平民では一生味わう事も無いご馳走だろう。
ただ、そんなご馳走や酒や綺羅びやかな場所が、一体、何を目的として、俺を呼び出す場所となるんだ?
都市の内部では何故か救世主とまで呼ばれていた程の歓待ぶりである。
だがしかし、俺はそこまでの事はしていないはずだ。
(やったのはゴブリンとブラッディー・スライムの討伐だけだよな?それだって、領主婦人の手柄にするように伝えてあるし。)
宣誓によって課せられた制約は、破りたくても早々破れるものじゃない。無理矢理破れば罰として電流だって流れるんだ。多分、こっそりとですら破れた者は居ないはずである。
だというのに、
(どうやって、領主は俺の存在を知ったんだ?)
何故か、俺の居場所までもがバレたのである。
考えられるのは、宣誓をかけられていない者が、事情をなんらかの形で情報として得たケース、だろうか。
しかし、それは果たして、可能だろうか?
(有り得るとしたら――助けた女性陣か?あとは、配達員としてやってきた妖精種が、何らかの形で魔術抵抗に成功した?)
人間なら不可能な事でも、長い時を生きる妖精種ならば可能かもしれない。
何より、配達としてやって来た者は俺の膝くらいまでの身長をした、着ぐるみ姿の幼児だった。あれはただの幼児ではないはずである。
魔術へ抵抗出来たとしても、種が違うのならば何らおかしい話ではないだろうし、そういった存在ならば森が危険でも探索も可能だろう、きっと。
(他は――そもそもとして、俺の知識や常識が当てはまっていない可能性か。現時点でも知られないままに宣誓が解除されてるケースとか。)
こちらも有り得ないとは言い切れない話である。
ただそうなると、現代は凄く厄介な世界と化している事だろう。
(魔術対策はしておいて正解だったな。)
何があるか分からなかった為に、身を護る手段は多く施してある。
魔力そのものが封じられるような事態にさえ陥らなければ、多分大丈夫だろう。
俺はそっと、吐息を吐き出した。
「ああ、あちらが本日の主賓だ。どうぞ、こちらへ。」
そんな綺羅びやかなホールの中、案内を断り、目立たぬように壁の方へと移動しておいたのだが、どうやら無駄だったらしい。
一際豪華な衣装を纏う男性に声を掛けられて、俺はそっと息を吐き出す。
なんでこうなった。
(面倒事があちらから来やがったよ――。)
口には出来ないが、内心ではそんな思いしか沸かない。
そんな俺に大して、にこやかな笑みを浮かべて対応しようとする主催者らしき男性。年の頃は――三十路手前くらいだろうか。随分と若い。
しかし、そんな相手に声を掛けられた俺は、場違いなまでの格好なのもあってか、動く程に視線が突き刺さってきていて、非常に居心地が悪かった。
「名をお聞きしてもよろしいか?」
「――ルークと申します。本日はお招きいただき、光栄です。領主殿。」
当たり障りなく、言葉を返す。
一部から何やら溜息が聞こえてきたが、呆れられたのだろうか。
それなりに教育は受けて来たが、残念ながら今は時代が違う。作法もかつてのものとは違うと見た方が良いのだろう。
「今宵はそなたの功績を讃えた前祝いだ。どうか、ゆるりと愉しまれてくれ。」
「勿体無きお言葉です――。」
その後も数言、言葉を交わして主催者の男性は離れていった。
ホッとしそうになるが、ここで溜息でもつこうものならあちこちから突付き回されかねない。
近くで飲み物を配っていた給仕から飲み物を受け取り、料理の並ぶテーブル席へと向かう。
流石に食事中に話しかけてくるような無作法者は居ないだろう、きっと。その辺りは、時代が変わってもそうそう変化はしないはずだ。
そう思って、適当な料理を皿へと取り分けていった時だった。
「――おや、珍しい物を食されるのですね。」
「はい?」
誰にも話しかけられない確率が高そうな行動を選んだというのに、まさかのお声がかり。
思わず固まる俺に、隣で笑うのは見るからに貴族然とした格好の――いや、成金みたいな姿の恰幅が良い男だった。
「失礼、商人のアレキサンドラと申します。主に食料品を扱っていましてな。」
「はぁ。」
「今取られたそのお肉――鰐肉なんですよ、実は。」
「成る程?」
鰐と言えば、暖かい地方に生息する爬虫類の事だったか。
確か二種類いて、人を襲うタイプと襲わないタイプがいたはずだ。
しかし、それがどうしたというのだろうか?確かに、冬にはドカ雪が降るこの辺りでは珍しそうだが。
「いえ、人によられては余り好まれませんからね。」
「ああ、ご注意下さったのですね。有難うございます――しかし、私は気にしませんから、大丈夫ですよ。」
「おや、そうでしたか。」
貴族じゃないだけまだ相手はしやすい。何が目的かは分からんが。
情報というのは商人なら金になる話だという事は理解してるはずだ。それをただで教えるようなこの状況は、何かを期待して見返りを求めてるとも取れる。
(全然気が休まらんな。)
話しかけるのを避ける為に食事に手をつけたというのに、これじゃあ意味が無い。
しかしながら、この男性。何気に女性の名前をお持ちだ。
アレキサンドラは女性につけられるもので、男性ならばアレクサンダーとかアレクサンドルが男性的な名前である。
親が間違えたのか、あるいはそう名乗る事で覚えてもらいやすくしているのか、はてさてどっちなのやら。
「こちらの料理は辛くてですね、ご賞味される前に少しだけ味見されてからがよろしいですよ。」
「それは助かります。辛いものは苦手でして。」
「おや、そうでしたか。では、こちらの料理も注意なされた方がいいですね。」
紹介されたのは、見るからに辛そうな赤い色をしたスープ。
なんでも唐辛子を煮出して作るスープらしい。
初めから避けていた料理の一つだった。
(香辛料の無駄遣いか――?大昔の貴族にありがちだった事が、今の流行りなんかね?)
貴族というのは流行にも敏感でないと舐められる、そんな職業だ。
その地位を維持するのにこうした『見栄』を全面に押し出した夜会を開く事も珍しくは無い。
ただ、
(復興へは手を回されているんだろうか?)
思い起こすのは開拓村。メルシーちゃんの居る村だ。
焼き払った村は今は建物も建てられ、作物も畑で実っている。死者が出たという話も無かった。
概ね、復興を果たしたと言えるのだろうか?
(飢える程酷い有様ってわけでもないし、多少生活は向上したとも言ってたか。なら、ここの領主は無能って程じゃないのかもしれんな。)
入場税を課すくらいにはがめついのかもしれないが、少なくとも還元はしているようだ。
その証拠が、
「それでですね、領主様は小豆を使われた蒸しパンを特にお好みになるんですよ。ですからほら、あそこに山盛りに。」
「ほほう。」
この商人みたいな、一般の者を祝いの席に呼んでいるのだろうから。
貴族らしき者達は顔を顰めているが、この商人が傍にいるおかげで寄り付かないようだ。
俺はじっくりと、彼の話に耳を傾ける振りを続けて時間を潰した。
商 人 は 擦 り 寄 り を 発 動 し た !
貴 族 達 は 動 け な い !
なんて冗談はおいておいて。
上手く取り込もうと蠢いていた貴族達は、事前に手を回しておいた領主により、手先として動いた商人の行動で近付く事も出来なかったという。
その後、主人公を勝手に呼び出そうとした彼らは、領主によって睨まれる事となります。ちな、裏話。
2018/10/14 加筆修正しました。難しい漢字多数になっていたので読みを入れています。
パーティーと言えば、ダンスとかワインとか豪華な料理とか、とにかく庶民の夢が詰まったようなイメージが強いです。
ですが、実情はどうなんですかね?見た目ばかりを気にした料理に、年代物ばかり気にする酒類、ダンスだって流行りがあったりと大変そうです。
松茸が椎茸よりも旨味成分が少ないように、本当に味だけをみて「美味しい!」って思えるものは余り並ばない気がするんですよ。
高級なお肉だって、誰かが決めたランクで格付けされているだけのものです。和牛とか。
個人的には脂ばかりの和牛よりも安物なオーストラリア産のお肉のほうが好きなんですよね。赤身>脂身なもんで、霜降りがどうとかどうでも良いんです。
ワインとかのお酒も、古い物の方が癖があって飲み難い傾向にあります。年代が若い方が飲みやすいですね、多分。
好みは人それぞれですが『高級』の二文字があっても「あれ?あんまり美味しくない?」って思う事ばかりだったので、パーティーには夢も何も感じられない作者です。
日常的なご飯の方が美味しいよ?美味しい食堂の賄い飯とかって最高だよね!




