042 閑話 その錬金術師は安否を気遣われる
以前課した宣誓の魔術により、制約が領民達を縛っています。
そして若奥様再び。
王都へ向かった夫が戻ってきたのは、ルーク様が姿を消してから実に一ヶ月も経ってからの事でした。
「変わりないか?」
「はい。」
何も知らずに戻られた夫に罪はありません。ルーク様の安否が分からなくても、責めるのはお門違いでしょう。
そもそも、知らせなかったのは私ですもの。
例え、知らせを送っても間違いなく間に合わなかった事でしょうからね。致し方ありません。
王都まではここから片道を馬車で二ヶ月。遥か遠い地にあります。間に合わなくて当然だと言えるのです……。
「では、これより私は会議に入る。お前はしばし休んでいるが良い。」
戻ってこられた夫は、多くの兵を連れていました。
その中にはローブを身に付けた魔法使いの出で立ちの者も数名おります。
国は嘆願を聞き届けて下さったようですが――現状、彼らの出番は多分無いでしょうね。
「あ、あの――。」
「何だ?」
「……。」
それを言いたくて、伝えたくて口を開く。
けれども――言えませんでした。
どうやら、あの方が施した魔術は、確かに私を縛っているようです。
その後、硬直した口に、手足まで動かなくなります。
瞬間的に俯いてしまった私に「大丈夫だ。私が何とかする。」と言ってあの人は立ち去ってしまいました。
その後も私はしばらく――本当に長く感じる間、身動き一つとれませんでした。
「あ、あの、奥様?」
「如何がなさいました?」
侍女達が騒ぎ出します。
しかし、私は動けません。動けないったら動けないのです。そして苦しいんです!何故!?
「ああ――大変です、奥様が!」
そんな私を見かねてか、侍女の一人が慌てた様子で駆け出します。
それに何とか声をかけようとしたところで――ようやく硬直が解けたのか、私の身体が動き出しました。
それと同時に、止まっていた呼吸も再開し、勢い良く息が出ていきます。
「ぷはぁっ!」
「「息を吹き返したあ!?」」
なんですか、その慌てようは。
私は息を吹き返したのではなく、身体の硬直が解けたのです。そこ、違うのですよ!?
「私の事は構いませんから、出ていった侍女を止めてきなさい!」
「は、はい!ただいま!」
バタバタと駆け出す年若い侍女を見送って、ほうっと息を吐きます。
これが魔術。これが制約の効果なのですね?
――なんて凄まじい威力でしょうか。
「だ、大丈夫ですか?奥様?」
「ええ、心配かけましたね。もう大丈夫ですわ。」
「「――はぁぁぁっ。」」
揃って溜息を吐かれます。駄目ですね、もう少し確りしないと。
ああ、そうでしたわ、会議は必要無いとお伝えせねばなりません。
ですが――どう伝えたものでしょう?
「あの、紙に書いてしまうというのは?」
「駄目ですわ。以前そうしようとして、隊長のルドリックは固まってましたもの。」
「では、あの時都市に居なかった者に説明をさせる方法は?」
「どうやってその者に教え込みますの?口も身体も固まりますのに。」
「では、一人ずつ文字を書いていくとか。」
「やろうとした時点で固まりましたわ。多分、一文字も書けないまま頓挫するでしょうね。」
「それでは、お伝えする方法が無いのでは――?」
「ですから困ってるのですわっ。」
ああ、やっぱり侍女では駄目ですわ。けれども、兵士達でもこの問題は解決出来ない事でしょう、きっと。
なんて思っておりましたが、
「――中止?」
「ああ。兵を連れて行く必要性は無いそうだ。理由はどうしても言えないとの事だが、農村を回って情報を収集してくる。」
「そ、そうですか。」
「出来るだけすぐに戻ってくる。また待たせてしまうが、それまで待っていてくれ。」
「はい。」
待てと言われたなら何時までも待ちますとも。それが淑女の作法ですから。
とはいえ、心配は致しておりません。
既に開拓村に滞在している斥候から、ゴブリンの掃討は終わってると情報が上がってきていますからね。
森にさえ近付かなければ――多分大丈夫でしょう。
「気をつけていってらっしゃいませ。」
「ああ、行ってくる。」
長旅からそのまますぐにまた、領地を回る事となる夫を見送ります。
出来ましたら、その最中にでもルーク様の無事が確認出来ればと、私は祈るのでした。
姿を晦ましたルーク、若奥様に安否を気遣われる。
この時点ではまだ森が安全だとは開拓村にも伝わっていません。
なので、先に出した交易編はこの時間よりも後の話となります。
前後してますが、閑話や○○編はこういった事がありますので、面倒だなという方は本筋だけを追われて見て下さい。
完結した後にでも時間軸は修正するかもですが、現状ではその辺りは行いません。
だって、気ままに書きたいんだもの。モチベにも直結するから書き上げ目指す方向で突き進むよ!




