022 その錬金術師は後処理を引き受ける
前回で主人公がとった行動。
①探索魔法で被害者達の場所を突き止める。
②同じく探索魔法でゴブリン達を捕捉→氷魔法で遠隔【凍結】し全滅させる。
③被害者達の手当てを済ませて領主婦人率いる衛生兵へ引き渡す。
④取り零しが無いよう念を入れて集落ごと【凍結】。
以上でまるっと駆除完了です。
草原の中を金属の鎧で身を固めた者達が突き進む。
一部は馬に乗り、中でも一際豪華な鞍が取り付けられた馬の上で揺れるのは、貿易都市領主代理の領主婦人その人だ。
先回りして壊滅させたゴブリンの巣の中、捕らえられていた女性達へと適切な処置と手当てを施した後、彼女達を眠らせて引き渡したのは俺である。起きたら全部夢でした――くらいな状況が望ましいだろうという浅はかな配慮からだった。
勿論、こんな回りくどい事をしたのには、それなりの理由がある。
俺は籠の鳥は望んじゃいない。ましてや、領主婦人との間によからぬ噂を立てられる等真っ平御免だ。そんなの下手したら勘違いされたまま、戻ってきた領主に首を跳ねられかねん。
故に、あの都市に身を置くのを選択肢から外した。そうせざるを得なかったのである。
代わりとして、ゴブリンの巣を殲滅させたという手柄は彼女のものとなり、その引き換えに、俺は多少の金銭と自らの情報への箝口令を敷いてもらって、これ以上の拡散を防止する案を飲み込ませた。
苦渋の決断?いやいや、むしろなるようにしてなった結果だし、納得の上の交渉なので、持ち込んだこちらとしては飲んでいただけて助かると言えるくらいだ。
「ま、後はなるようになるだろ。」
そんな彼らを都市へと戻って行くのを見送りつつ、俺だけは別のルートを進む。ここから先はほぼ俺の単独行動だ。仮に、新たな被害者が見つかったなら、それらは開拓村に預けて知らせを届けてもらう事となってる。
ゴブリンの巣は確認されてるだけでも、既に十を超えているらしく、かなり数が多い。それらを潰して回るのに必要になる物を融通してもらい、更なる契約を結んであるが、これが俺の今後の命綱となるだろう。
何せ後ろ盾を間接的に得られたのだ。場合によっては、魔物の対処であれば裁量権も任せてもらえる事となる。
それに、見つけた被害者の救助ないし弔いは俺が適任っぽいしな。攫われた女性達を助けるのは勿論だが、食料にされてしまった者達の弔い方にも口出しをせざるを得なかった。
何せ、
彼らはアンデッドへの対策を何も施していなかったのである。
アンデッドというのは、一種の魔法生物だ。空気中に漂う魔素と、死者の遺した怨念や残留思念等が結びつき、知能が衰えた状態で中途半端に蘇生してしまった者の状態を指すのだ。
肉体込みならば、ゾンビとかスケルトンと呼ばれる。肉体無しの霊体化であるならば、ゴーストやファントムが有名だろうか。
これらの場合、人を襲うかどうかは生前のやり残しと、性質によって決まるらしい。良くは知らんが、死者蘇生を何とかものにしようとした者達の検証結果によって、そういった事が判明している。どういう検証を重ねたのかは――まぁ、推して知るべし。
で、そういう事実が前提にある状態で、無念を遺したまま非業の死を遂げた者達は――どうなるか。
答えは簡単。近くに居る生命体を襲うだけの獣と変わらんアンデッドの誕生である。
こういうアンデッドはとにかく危険だ。生きとし生けるものならば何でも敵と認識して襲いかかってくる。それが例え、かつての家族だろうとも――知能が衰えた状態では識別が出来ず、迎え入れようとした家族の殺人へと至ってしまうのだ。
こうなるともう、不幸以外の何ものでもない。蘇ってしまった方も、それを招き入れてしまった方も、最早殺すか殺されるかになるのだから。
「可哀想って思うからこそ、未然に防ぐ為の手段は講じておくべきなんだよな。出来れば、骨も無くなるまで燃やし尽くすか、聖水をかけるかしとくべきだ。」
この聖水っていうのは、アンデッドの発生を防ぐだけでなく、邪な思いとか邪念とか言われるものを浄化する性質がある劇物だ。
故に、生きた人間に直接ぶっかけるのは危険だ。下手をすると、生存本能である食欲とか睡眠欲までまとめて失わせてしまうからな。あれは使い方を間違えたらただの毒にしかならん。
尚、作れるのは聖職者を名乗る連中だけだと思われがちだが、別に錬金術師でも作れる。製法知ってさえいれば、魔力を練り込める者なら製造はほぼ可能だからな。別に奴らの専売特許ではない。
「俺の場合、手元に聖水も材料も無いから今は燃やすしかないんだが――まぁ、魔力量上がってるし、問題なく出来るだろうなぁ。」
前ならせっせと薪を継ぎ足しながら燃やして、粉になるまで砕く事になった事だろう。それこそ、物凄く時間がかかったはずだ。
そう思ってみると、ある意味、魔力量が上がっていて良かったかもしれん。
「――さて、と。」
ゴブリン共々腹の中に収められた彼らも供養して、俺は伸びをする。
陰鬱とした空気を払うように、一陣の風が吹き抜けていって、未だ残っていた冷気を掻っ攫っていった。
その風を目で追ってみれば、最早米粒程にまで小さくなってしまった兵士達の後ろ姿が見える。大分時間がかかってしまったようだと、俺はそれをなんとなく眺めた。
「ま、魔術での宣誓だから、破ろうにも破れんだろうし、裏で解除したなら、俺に筒抜けになるし大丈夫だろう。」
特に心配はしていない。
彼らが俺の事を言いふらすという事態も、領主に告げ口する事も、だ。
何せ、宣誓により魔術によって結んだ契約というのは、一定レベルの技量を持つ魔術師ならば当然扱う代物である。魔術で言動を縛り付けるそれは、魔術師であれば常識といって良い契約方法だ。
何故か?
――破りたくても破れなくなるからだ。
勿論、その辺りは説明もしてある。
俺は錬金術師だが、魔術には造詣も深い。故に、魔術師としての技量がある程度あるので、そういった手法も取れた。
勿論これは、師匠に叩き込まれたのと、錬金術に精通する為だが、変に役に立ってる。何が使えるか本当よく分からん世の中だ。
「以前なら使う事も無かったんだけどなぁ。」
困った事に、今においてはそれに頼らざるを得ない状況だ。
ただ、そのせいで余り無茶な要求が出来なかったのが悔やまれるな。
魔術による契約の類いには、魔道具を使うのが前提なのだ。しかしながらも、その魔道具は流石に俺の手元には無い。故に、今回は急拵えで作るしかなかった。
そこで問題となるのが材料だ。割りとこの辺りが死活問題で――ありあわせで作りましたとも。おかげで、一度限りの使用に耐えられるだけの粗悪品になってしまったが、まぁいいだろう。結果が重要だ。
「十分に効果を発揮したのは幸いだったな。」
思えば、どう考えても無茶振りだった。作った代物が代物なら、籠められる事になった魔力量も量だった。途中で壊れなかったのが最早奇跡である。
そんな苦労をしてまで行った制約を破って、もしも情報を広めようとするならば――それは行おうとした者の言動が、その場で止まる事になるだろう、きっと。そしてそれは、しばし身動きが取れないだけでなく、当分一言も発せなくするよう設定されている為に、実質不可能となるのだ。
また、悪質な考えから行おうとすれば、直ちに罰が下るようにしてある。それこそ、その身に電流が走って気を失うレベルで。なので、痺れるどころの話じゃない。
魔道具の類は便利であると同時に、非常に危険な代物でもあるのだ。そこに付け加えた宣誓というのは、破ればただでは済まない。命を取られる程ではないにしろ、悪意を持つ人間にはそれこそ恐怖となりえるくらいには、痛い目に遭う事だろう。
「まぁ、せいぜい言いつけを守って暮らしてくれ。そうすりゃ、痛い目に遭わずに済むんだしな。」
この制約は、あの都市にいた者全員へ一度に行ってある。
その反動で俺は一度ぶっ倒れたんだが、良くも悪くもなんとか意識が保てたので、割りと自身がしぶとくなってるというのを実感したものである。
――嬉しいかどうかは微妙だ。
「流石に、あれにはびっくりしたけど。」
思わず苦笑いが浮かびあがってくる。
遠くなっていく人々を見送りつつも、俺はただ、自嘲気味に口の端を引き上げた。
これで煩わしい干渉から逃れられたと言えるんだ、良かったとしようじゃないか。その代わりに、彼らを脅かしているゴブリンと森の中のブラッディー・スライムの討伐が待ってるが。
「あははっ、まぁそれも、大して時間はかからんだろうしな――いっそ、森の中に家でも建ててみるかねぇ?」
魔力量が上がってる現状、時間さえかければゴブリンもブラッディー・スライムも駆除出来ない事ではない。
幸い、森の植生だって豊かだ。錬金術師からすると、それこそ最高の環境でさえある。繁殖している魔物も弱いので、環境的には薄い魔素濃度で済んでいるのだろう、きっと。
ただ、獣や鳥の姿がないのが痛かった。主に繁殖した魔物によって狩りつくされたせいなので、おそらくはほぼ全滅だろう。家畜はそのうち何とかせねばなるまい。
そんな中で、虫だけが生き残っていたのは、地中に蛹として残っていたのが孵化したり、繁殖力が強いからに他ならなかった。魔物が幾ら殺しても、多分意味は無いと思われる。おそらくは焼け石に水だ。数の暴力質より勝るって事だな。ちょっと違うが。
幸い、そんな魔物も俺の手に負えないようなものは今の所感知していない。なので、討伐済みの森の中に住み着くというこの選択肢はこの際有りだった。後は、適度に必要な物を買い揃えられる状況さえあればいいだろう。
「布団は流石に持ち運べなかったが、代わりに寝袋が手に入れられたし――小さい鍋とか乳鉢とか、料理にも錬金術にも使える道具は揃ったからな。」
最低限、ではあるものの、これだけあれば、森でしばらくは暮らしていけるだろう。着替えだって手に入れてある。最早、サバイバルって程酷い状況にはならないはずだ、きっと。
後は引き受けたこの仕事をさっさと終わらせて、領主が戻って来る頃には森の中にトンズラしておけばいい。しばらく籠もってりゃ、噂も無くなってまた動けるようになるさ、多分。
「よし、やるか。」
そう楽観的に考えた俺は、貿易都市周辺に散らばる開拓村を回りながら、そこで寝泊まりしつつ、ゴブリンの巣を根こそぎ駆除してまわったのだった。
後に、その事が噂として広まるとは考えもしていなかった俺である。
詰めが甘い主人公。脳天気過ぎて後々バレる。
でもそれで物語が進む事となります。ある意味伏線ですね。
2018/10/16 ご指摘頂いた誤字発見!修正しましたっ。
2018/10/25 更にご指摘頂いた誤字修正しました!何度間違えるんだろう自分orz




