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魔人の喫茶店〜コーヒー好きの女マスターは、しゃかりき天使のせいでスローライフできない〜  作者: 黒倉ばくら


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第20話 スローライフはまだまだこれから

親子連れの客がやってきた。ブレンドを褒められて幸せそうなカプルスは、そのままの表情でいらっしゃいませ、と彼らを迎え入れ、空いているテーブルへ案内する。まだほんの小さな男児......恐らく、小学校というやつに入っているかどうかの年齢......はメニューを開き、様々な料理の名前をためつすがめつして注文するものを選んでいる。極めて真剣な表情の彼の様子を、彼の両親は温かい目で見守っていた。

しばらくして、父親がカプルスを呼んだ。彼女はすぐにそちらへ向かい、にこやかな笑みを浮かべながら注文を取る。

「注文いただきましたーっ!ブレンド2、クリームソーダ1、ナポリタン3、アラモード1です!コーヒーとデザートは後です!」

そう私に言ったカプルスは、そのあと小声で、ねね、ナポリタン私が作ってみてもいい?と尋ねてきた。

カプルスは始め全く料理の心得がなく、決して飲み込みも早いとは言えなかったが......やる気だけは人一倍あった。この半年の猛特訓で、彼女の料理は私とそう違いのないレベルにまで達しつつある。

「ふむ......ええじゃろ。やってみな」

えへへ、頑張るね!とカウンターの中に入ってきたカプルスは、冷蔵庫を開け、朝に切っておいた具材を入れたホテルパンを取り出す。彼女がはかりにピンチボウルを乗せ、真剣なまなざしでケチャップとウスターソースの計量を始めるのを横目に見ながら、私は流しに溜まった食器を洗い始めた。

後ろで具材を炒める音が聞こえ始め、そして、ケチャップの甘酸っぱいにおいが漂ってくる。それは食欲だけでなく、懐かしさをも搔き立てる香りだ。

父と母がいた、あの頃の記憶が脳裏に浮かび......私は思わず、食器を洗う手を止めた。

メニューが減り、客足も途絶え......緩やかに訪れる死を待つばかりだったこの店は今、確かに蘇りつつある。半年前にはこんな事、想像もできなかった。

肩越しに振り向いて、カプルスを見る。この店に祝福をもたらした天使は、三人分の麺と具材の入ったフライパンを軽々と回している。ナポリタンを炒める音に混じって、調子はずれのハミングがかすかに聞こえてきた。

その背中に母の姿を重ねながら、私は手を洗い、クリームソーダの準備を始める。グラスに氷を詰め、冷蔵庫からシロップを取り出し、砂時計のような形のジガーカップにそれを注いで計量すると、グラスに注ぐ。泡立たないよう静かに炭酸水を注ぎ入れ、マドラーで二回だけ撹拌する。冷凍庫からバニラアイスを取り出し、ディッシャーで丸く掬って盛り付けて、最後にそっと太めのストローを差し込む。

私が動き終えるのと同時に、こっちはできたよ、とカプルスが言う。私達は二人で協力し、フォークやスプーン、トレイを用意する。

ナポリタンとクリームソーダ、そしてカトラリーをまとめて入れたラタンの籠を二つのトレイに乗せ、それを両手に持って、彼女は親子連れのもとへと向かった。

目の前にナポリタンとクリームソーダが並べられると、幼い男児は、うおーっ、とかわいらしい歓声を上げた。思わず頬が緩むのを感じる。

ごゆっくりどうぞ、と軽く一礼して、カプルスがこちらに戻ってくる。私は彼女と、それからなぜかまだカウンターに居座っているカツラギと共に、口の周りにべったりとケチャップを付けながら夢中でナポリタンを食べる彼を眺めていた。

「かわいいねえ......」

「うむ......心が和むわい」

喫茶店をやっていてよかったと思うのは、こういう時だ。

カプルスがいなければ......こんな瞬間も、もう訪れることはなかっただろう。

「カプルス、その......お、お主がうちに来てくれて、よかったわい......」

きょとんとした顔でこちらを見た彼女は、花が咲くように笑って、頷きを返してくれた。

「うん!わたしも、ラクちゃんのところに落ちてきてよかった!」

......私がどれだけ感謝しているかを伝えたら、きっと彼女ははしゃぎまくり、これからの仕事が手に付かなくなってしまうだろう。だからこの気持ちは、もうしばらく胸の中にしまっておく。

ところで、と、不意にカツラギが言う。

「お二人は、子供を作らないのですか?」

衝撃の余り、一瞬時が止まったような錯覚を感じる。

「......は、は、は、はあっ!?何をゆうとんじゃカツラギぃ!?」

慌てふためく私をみてかすかに口角を上げながら、白々しい口調で彼は続ける。

「死ぬ前に、マスターの子供の顔が見たいのですがね」

「ざけんな!お主は私のお父さんかっつーの!!」

きらきらと目を輝かせたカプルスが、カツラギに尋ねる。

「わたし、ラクちゃんの子供欲しい!どうやれば作れるの!?」

「カプルスさん、それはですね......」「てめえはっ倒すぞ!」

「あっ、ラクちゃん、どうして止めるの?

......私との赤ちゃん、いらない?」

「い、いや、それはじゃな......。

そ、そう言うのはまだはえーじゃろ、私達は!」

「そうなの?なら、いつになったらいいの?」

「いつ、っつーのはないが......なんつーか、もう少し段階を踏んでじゃな......」

「もうっ、はっきりしてよ!ラクちゃんらしくないよ?」

「そうですよ、マスター。僕ももう老い先短いのですから、はっきりしてください」

「寿命が来る前に天国に送ってやろうか?」

おお怖い、とわざとらしく自分を抱きしめると、彼は飲みかけのブレンドを持って、いつもの席へと逃げていった。

「こりゃーっ!逃げるなクソジジイ!」

「待ってよ、おじいちゃーん!」

「ほほほほほ……」

『ヘブンズ・ドア』での日常は、今日も慌ただしく、そして微笑ましく過ぎてゆく。

私が穏やかな時間を取り戻すのは、当分先の話になりそうだ......。

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