第8話 大天使だと、彼は言った
終わりの無い迷宮、と呼ぶに相応しい。
ユフ強制実験施設の地下階層は、どれだけ空間階段を使って上に上がっても、地上へ出られる兆しが見えなかった。
「ユドラ、あなたの願いを叶えると共に、ボクは、ボクの願いをあなたへ託したい」
肉眼で直視できないほどに眩い光を放つ魔法陣。
レモネアの発現させたそれは、明らかに通常の人間が持つ基本魔法属性とは一線を画した特別なもので。
色彩の無い俺の魔法陣や、ナシャラの持つ藍色の魔法陣と似た種類のものだと、なんとなく理解できた。
「お前は何者だ、レモネア?」
レモネアは、光り輝く魔法陣を拡大させ、自分と俺を取り囲む。
何をするつもりなのかはわからないが、奴は星の煌めきのような光が浮かぶ瞳とその目尻を下げ、微笑みながら「パチン!」と勢いよく指を鳴らしてみせた。
辺りの景色はまるで消え去り、眩い光と共に白一色へ変化した。まるで空間そのものがレモネアによって変えられたような、そんな現象だ。
「先ほども言ったけれど、ボクのことを完全に話すには、いささか今のこの状況は望ましくない。時間もかかるし、それに君は恐らく大切な方に怒られるはずなんだ」
「大切な方……? えらくかしこまった言い方だな。俺にとっての大切な存在っていうのは――」
「心臓と、右目が神鎖に覆われた、ユドラにとって大切な方。名を『ナシャラ』という少女でしょう?」
正解、だ。
しかし、なぜレモネアがナシャラのことを、俺たちのことを知っているのか。
そこに対しても大いに疑問を抱く。
聞きたいことだらけだが、レモネアの言うとおりだ。
今はゆっくりなどしていられない。
現実世界と遮断されたような、真白のこの空間は何だ。
一刻も早くナシャラのいるところへ辿り着かなければならないのに。
「加えてさらに特徴を言うと、金色の髪の毛をさらりと流してらっしゃっていて、右目の神鎖というより、正確には顔の右半分、頬にかけて、その瞳を覆うように神鎖が巻き付けられている、そんな方だよね?」
「……そうだな。まさに、それがナシャラの見た目だ」
言葉を返す俺だが、急かすようにこの場所が何なのか、レモネアに問い詰めた。
お前はいったい何をしたのか。
特に一番知りたいのはそれだった。俺の足止めをするための敵なんじゃないか、とも言って詰め寄る。
すると、レモネアは笑い飛ばして手を横に振った。
「安心してくださいよ、ユドラ。何度も言う。ボクはあなたへ願いを託したい。つまり、あなたの見据えている先に、ボクの願いもあるんだ」
「なら、それを具体的に早く話せ。ちんたらしていられない。こうしているうちにもナシャラは――」
「だから、今ボクたちは地上階層へ向かっている。こう、二人で立ち止まっているように見えて、次元の階段を上がっている最中でね」
次元の階段。
聞いたこともないワードだ。
ユフ内で構成されているのは空間階段ではないのか。
「次元階段は、陽光魔法の使い手でないと上がることができない代物でね。知っているかい、陽光魔法って?」
「ここの連中が狂ったように求めている力のことだろう?」
すぐに答えると、レモネアはクスリと笑って、
「ここの、というより、大天使たちを信仰する世界のほとんどの人間が求めている力、という答え方が正しいのだろうね」
大天使。
その言葉を聞くと、腹の奥底が強引に混ぜられるような不快感を抱く。
理由はわからない。とにかく、本能的に不快だった。
「世界は今、女神に太陽を隠されている。人々はその女神を大いに恨んでいるよ。自分たちがどれだけ愛され、どれだけの恩恵を授かっていたか、それを全く知らずに」
「……なぜ女神が太陽を隠す? 気まぐれか? それとも、人類の滅亡を望んでいるからか?」
俺の問いかけを受けて、レモネアはまた楽しそうに笑った。
「珍しいなぁ。ユドラがそうやって質問してくるのは」
「珍しい、と言われるほど長く付き合ってはいない。その言葉の使い方は誤りだ」
俺のセリフに間違いは無いはずなのに、レモネアは「そういうことにしといてあげます」と遠い目をし始めた。
「答えるならば、女神は気まぐれに太陽を隠したわけでも、人類の滅亡を望んでいるわけでもない」
「……?」
「――守るためだったんだよ。この世界の、哀れな人々をね」
ピンとは、こない。
守るために太陽を隠し、その影響から世界は闇に包まれることとなった。
「おかしな話だな。守るも何も、そのせいでこの世界の人間たちは陽光魔法の使い手を増やすのに躍起になっている。本来、人が使えるはずもない属性魔法なのに――」
俺の視線の矛先は、揺らぐことなくレモネアに注がれる。
この言葉の意味は、言わずとも伝わっているはずだ。
なぜお前は陽光魔法を使える? レモネア?
「そうだね。ふふふっ。愚かな人間たちは、使えるはずもない陽光魔法を人工的に使おうとし、その使用者を増やそうとしている。本来それは……神の導きを得た、天使のみが使える技なのにも関わらず」
微笑みの表情で言うレモネアは、そのまま冗談っぽく口元に手をかざして続ける。
「ユドラ、ここだけの話、ボクは大天使なんだ」
……は?
身体が固まる。
ただ、それと同時に辺りの景色に色味が出てきた。
微笑むレモネアは、それを確認して周りをキョロキョロ見回しだした。俺の驚きはまるで無視して。
「大天使……? 大天使って、お前それは――」
「秘密だよ? 誰にも話してはダメだ。それに――」
神聖な雰囲気すら漂わせていた白の空間。
それを切り裂き、視界に映るは物々しい景色そのものだ。
「――さっそく戦わなくちゃならない。陽光魔法崩れの敵がたーくさんいる」
笑うレモネアと俺の前には、待っていたかのように身構える、半人半獣の怪物――元人間たちの解放者が何十、いや、何百と立っていた。
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「――いやぁー、長かった。ごめんね、ユドラ様? おかげでここに来るまでにかなりのケガをさせちゃった。昔だったら処刑ものだよ、しょけーもの」
「レモネア、お前の話はどこまで信じていいのかわからなくなる……が、会話するのもいったんここまでだ」
いつでもどこでもテンションが高く、飄々とした態度を貫くレモネアとやり取りしながら、俺は地上階層の一階から、ナシャラの気配を感じた場所まで一気に神鎖で破壊した。
俺の身体を起点に伸びる極太の神鎖たちは強烈な威力を誇り、このユフ研究施設塔の各階層を次々と貫き、壁や床、そのほか外壁などに巻き付いて侵食していく。
そこら中にいた研究員共、いわゆる人間崩れの解放者たちは、悲鳴を上げながら逃げ惑い、しかしそれもむなしく鎖に身体を貫かれて死んでいった。
「さてと、ここだね。ほうら、お出ましだ。あなたの大切な少女を蹂躙しようとするバカ者たちが複数人」
身体の重い俺は、自分の力で空けた穴へ飛び上がれない。
レモネアの魔法陣によって運ばれ、目にした光景。
パラパラと舞う砂塵や瓦礫の中で、俺はナシャラに手を出そうとしているジオドリたちを確認した。
「っ……」
身体中の血液が即座に沸き立つ。
台座で仰向けにさせられたナシャラは、神鎖に覆われた顔の右半分から血を流していたのだ。
「……ナシャラ、待たせたな。今助けるぞ」
静かに語気を強め、気を奮い立たせる。
神鎖と神鎖が結びつき、その一つ一つが太い柱のように、床と天井を何本も貫いていく。
レモネアには傍で心配された。
そんなに鎖を発現させて大丈夫か、と。
心配はいらなかった。
溜まり溜まった疲労も何もかも、この状況を前にすれば一瞬で忘れられる。
自分のことはどうでもいい。
ジオドリを含む、腐れたユフの研究幹部共に冷ややかな視線を投げかけ、俺は早くも攻撃の準備を自らの中で行った。
――が、そんな矢先だ。
「これはこれは、実験対象ゼロと……レモネア様ではありませぬか。お二人とも、血相を変えていったいどうされましたかな?」
殺しても構わない。
そんな一撃を、奴の身体の横へ打ち込んだ。
太く、重い、銀の鎖の一閃。
それは激しい音と共に壁を貫き、この場に轟音を奏でる。
ギリギリのところで、ジオドリにはそれが当たらなかった。
しかし、調子よく喋り始めた奴は、俺の唐突な攻撃を見てすぐに黙り込む。
俺は、怒りの滲む声音で静かに口を開いた。
「呆けるのもいい加減にしろ。お前はこれから俺の手で殺される。ユフも何もかも全滅だ。レイアード国から実験施設が一つ消える」
レモネアが傍で口笛を吹く。
「可能だろうね、ユドラなら。ごめんね、君たち? 大人しく死んでもらおう。ボクも拷問の日々にはもう飽き飽きしていたんだ。身体の細胞を取られ続けるのも案外きついし、退屈だったんでね」
その言葉に何か返してくるのはジオドリだとばかり思っていた。
が、実際には違って、
「……ふ、ふっ、ふはははっ! 馬鹿め! そんなことはあり得ない! ユフが消える? 消滅させる、だと? 寝言はほどほどにしておけよ、鎖の獣がァ!」
ジオドリの傍にいた研究幹部。
名前は知らないが、顔は見たことがある。
俺の鎖を何度も引きちぎり、拷問に快楽を見出す変態という認識だ。
先日、俺は奴からの神鎖採取を逃れるために腹をえぐってやったのだが、その傷は見る影もない。
やはり神鎖実験の最先端を行く幹部連中は、独自の研究を重ねて、それを人体の異常回復にも応用させているのだろう。
気持ちの悪い連中だ。虫唾が走る。
「わからないのか!? 我々はレイアード国の第一研究機関だ! 愚かな神が人の力を抑制するために課した神鎖、それを貴様やこの小娘のように攻撃と回復へ能力変化させることを既に可能とさせている! 自分だけが特別だとのぼせ上がるんじゃない! ひ、ひひっ、ヒヒヒヒヒィィィッ!」
言って、その研究幹部は自らの白衣を脱ぎ捨て、内側に来ていた衣服すらも破り去った。
露わになった奴の上半身。
ただ、その胸辺りにはドス黒い点が一つ存在している。
違和感だった。アレは普通ではない。
「失礼しますよ、所長……! ワタシから先に行かせていただきます……!」
「お好きにしなさい。私はゼロになど興味がない。ワンの右目を、神鎖を充分に堪能させてもらうよ」
させるわけがないだろうが、バカが。
俺の名前を叫ぶナシャラ。
手加減など、もはやするつもりはなかった。
発現させた鎖で、真正面からジオドリの身体をねじ切ってやろうとする――
――が、
「ワタシのことを無視するなァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
胸にある黒点。
そこから漆黒の棒を取り出し、男は俺の一撃を跳ね返す。
「……!」
煩わしさを覚えた。
驚きだったのだ。
まさか自分の一撃を跳ね返してくる奴がいるとは思わなかった。
「グフゥ……フゥゥ……ブファァァ……!!!」
そして、驚きなのは、男の反撃能力だけではない。
人間のようだった体は、みるみるうちに異形へと化していき、脂肪の無くなった骸骨のような存在へと変わり果てた。
「ロス……コロス……! コロスゥゥ……!!! ユフをオビヤかすモノ……!!! れいあーどヲブジョクするモノ……!!! ネーショラを蔑ロにするモッの……!!! ゴロズゥゥゥゥ!!!」
漆黒のオーラを展開させ、奴は自らの体全体に魔法陣を発現させながら猛スピードでこちらへ突っ込んできた。
理性を半分失った化け物。
奴もまた、解放者の成れの果て。
哀れだった。
くだらない。
「……ナシャラ、すぐそこへ行く」
呟いた後の刹那。
俺は、瞬間移動のごとく移動し、突っ込んでくる男を無視してジオドリの傍――
いや、ナシャラの傍に立つ。
「――っ!?」
何が起こったのかわからない。
そんな顔で恐れおののく研究幹部とジオドリ。
「き、貴様ぁァァァ!」
その中の一人が咄嗟に俺へ攻撃を仕掛けたきたが――
「――遅すぎるな」
まさに同じ要領の回避。そして移動。
ナシャラを抱えたまま、俺はレモネアの傍に戻るのだった。




