失敗だって立派な人生だ
宇宙の果て。
そこには何もなかった。
銀河も。
恒星も。
時間さえも。
ただ一つだけ。
小さな図書室があった。
古い木の机。
積み上げられた本。
窓から差し込む静かな光。
そして。
椅子に座る一人の青年。
年齢は分からない。
老人にも見える。
少年にも見える。
彼は一冊の本を閉じた。
パタン。
その音だけが宇宙に響く。
藤井壮馬はゆっくり近づいた。
能力は使わない。
武器も持たない。
ただ歩く。
その後ろには、
諏訪貴信。
黒崎エディター。
所長。
ナマちゃん。
銀河十三人卿。
そして運営。
誰も言葉を発しない。
青年は本から顔を上げた。
「初めてだ」
静かな声だった。
「ここまで来た主人公は」
壮馬は笑う。
「そうなんですか」
「みんな途中で戦おうとした」
「なるほど」
「君は違う」
「たぶん」
最後の読者は少しだけ微笑んだ。
どこか寂しそうだった。
机の上には本が並んでいる。
何万冊も。
何億冊も。
壮馬は気づいた。
その背表紙には、
見覚えのある名前が並んでいる。
藤井壮馬。
分離王ギルバート。
没王アーカイブ。
銀河十三人卿。
諏訪貴信。
黒崎。
所長。
ナマちゃん。
全員の物語だった。
「全部読んだんですか」
「何度も」
最後の読者は答えた。
「君が木星と土星をくっつけた時も」
「恥ずかしいのでやめてください」
「東京タワーと富士山も」
「もっとやめてください」
後ろで所長が笑いをこらえていた。
少しだけ空気が和らぐ。
しかし。
壮馬は聞かなければならなかった。
「どうして世界を繋げようとしたんですか」
最後の読者は黙る。
長い沈黙。
やがて本棚を見上げた。
「終わるからだ」
静かな声。
「好きだった物語が終わる」
「好きだった人が消える」
「その先は空白になる」
一冊の本を手に取る。
最後のページ。
そこには。
完
たった一文字。
「私はこれが嫌いだった」
諏訪は目を閉じる。
黒崎も何も言わない。
作者も編集者も。
その気持ちは分かるからだ。
最後の読者は続ける。
「だから思った」
「全部繋げれば終わらない」
「誰もいなくならない」
「永遠に続く」
図書室が揺れる。
外の宇宙も揺れる。
亀裂が広がる。
最後の読者の感情に呼応するように。
その時。
藤井壮馬は一冊の本を手に取った。
自分の物語だった。
ページをめくる。
失敗。
失敗。
失敗。
また失敗。
「ひどいですね」
「読んでいて面白かった」
「複雑です」
そして最後のページへ辿り着く。
そこにはまだ何も書かれていなかった。
白紙だった。
壮馬はそのページを見つめる。
そして静かに言った。
「終わるから価値があるんじゃないですか」
最後の読者が顔を上げる。
「……」
「終わらない夏休みって」
「途中で飽きません?」
沈黙。
所長が吹き出しそうになる。
諏訪が額を押さえる。
運営がメモを取る。
ナマちゃんが「ぎゃお」と鳴く。
壮馬は真面目だった。
本当に真面目だった。
「終わるから次がある」
「別れるから会いたくなる」
「完結するから覚えていられる」
最後の読者の瞳が揺れる。
初めてだった。
誰かが物語の終わりを肯定したのは。
図書室の窓の向こうで、
無数の宇宙が静かに輝いていた。
そして最後の読者は、
閉じていた本をもう一度開く。
何千年ぶりかに。
続きを読んでみようと思った。




