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上位存在といっしょ  作者: のた。


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 空間自体が歪んだような気がした。俺は、さっきまでいた場所、会社のトイレから、歪んだ空間の狭間に入り込んでしまった。誰かに言われたわけではないが、それが直感的にわかってしまった。もしかすると時空の狭間にいるのかもしれない。

この場所はユラユラと揺らいでいる波のような空間だった。おそらく、四次元、いや、五、六次元の世界に入り込んでしまったのだと思う。とんでもないことだ。

歪んだ空間に入り込んだ男の名前は林修己。二十代後半で、普通のサラリーマンをしていた男だ。なんでもなかったはずの彼の生活は、不意に急変してしまった。

彼がいるのは、やはり、歪んだ空間の狭間だった。他には説明のしようもない、次元と次元の狭間の高次元に閉じ込められてしまったのだ。一人では抜け出せない。

「こんにちは、こんにちは」

「うわぁ!? なんの声!?」

「これは、失礼。自己紹介が遅れたね。私の名前は◆▷○▷◆■▷◆▷(解読不能)だよ」

「え? も、もう一回言ってもらえますか?」

「ん? まあ、いいよ。私の名前は○■▷○◆■▷○■◆(やはり解読不能)だ。もういいかな?」

「ご、ごめんなさい。失礼を承知で言わせてもらうんですけど、やっぱりなんて言ったのか聞き取れなくて。え? 日本語じゃないんですか?」

「ふむ。もしかすると、君の次元が低すぎて、私の名前を認識することができないのかもしれないね。まあ、三次元の生命体に私のことを理解してもらおうなんてはなから無理だったのかな」

俺はどこからともなく聞こえてくる声と会話をしていた。どこから聞こえてくるのかと言えば、空間全体から聞こえていると答えざるを得ないほど、それは、何かの制約から逸脱した音だった。本当に口から発せられているのかすら怪しいほどだ。

当然のように、その声の主がどこにいるのか、そして、どんな姿をしているのかはわからない。しかしながら、その口ぶりや会話の内容から、俺の世界を、上から監視している上位存在だとわかった。同じ言語を用いているのに、分かり合えない。

名前を認識することができない彼の名前を俺が聞いた時、まるで空間全体が波のように変化して、鼓膜へやってきたのかと思った。それほどの力がそこにはあった。

そこに不快さはなく、心地のよいクラシック音楽を聞いた記憶が一度に蘇り、全ての曲が同時に、聴き心地がいいように編曲されながら再生されているようだった。

何が起こっているのかわからない林は呆然とするしかない。圧倒的な存在を目の前にして、存在を体感して、思考をするという当たり前の回路が途切れてしまった。

「話を戻そうかね。まずはすまない」

「どうして謝罪を?」

「間違えて空間の狭間に君を運んでしまったんだ。本当は別のものを君の世界から運ぼうと思っていたんだけど、ついつい、やってしまってね」

「別のものを?」

「まあ、推し活みたいなものだよ。僕たちの世界からすると君たちのいる世界は漫画やアニメの世界のようなものだからね。そこに干渉して、好きなものを現実世界へ持って帰ろうとしたんだ。まあ、現実って言っても君たちがいる世界のことではなくて、僕たちが暮らしている世界のことを指しているんだけども。って、もしかして着いてこれてないかな?」

「なんのことだかさっぱりです。いきなり過ぎて」

「まあ、じゃあ、大事な話だけするとしようか」

上位存在は、彼に話しかける前に一呼吸を置いた。それは、驚いてばかりの彼がこれ以上驚かないようにという配慮だったが、むしろ林は沈黙に緊張するのだった。

「君を行きたい世界に連れていってあげるよ。もう元の世界に戻してあげることはできない。なぜならば、この場所のことを向こうの世界に知られるわけにはいかないんだ」

「ど、どういうことですか?」

「ここは世界と世界の空間の狭間。ここからどんな世界の空間にも行くことができる。だから、どうせなら、君を、君が望む世界へ連れていってあげるってことだよ。もちろん、それは、元の世界を除いた全ての世界だ。どんな世界でもあるよ」

俺はなんとなく今の状況を理解した。これはいわゆる異世界転生、いや、異世界転移というやつだ。異世界の人間に生まれ変わる、転生するのではなくて、この体のままで異世界に転移する、異世界転移。それをすることに俺はなってしまった。

別にこれまでの日常に不満を抱いていたわけではない。もちろん、仕事なんてしたくもなかったが、だからと言ってそこから離れたいわけでもない。なによりも、推しがいない世界なんて、そんな場所に行く意味なんて全く、本当に全くないのだ。

これは断ることはできないみたいだ。元の世界に戻ることができないのであれば、元の世界のような世界に移行してもらおうか、とも考えたが、推しがいないだけの元の世界に行ってもどうしようもない。それならば、また別の世界にでも行くか?

林には推しているアイドルがいた。それがあるから生きていくことを肯定していたのに、それがいない世界になんて興味が持てないのだった。が、それでも、行かなければならなかった。



一旦終了です

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