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閑話 とあるギャングの独白

 メアリのお嬢に出会ってから俺の……いや、俺たちの日常は変わった。

 お嬢には妻と娘を救ってくれただけで感謝してもし足りないくらいなのに、スラム街には毎日揚げパンが届いたのだ。


 しかもただの施しというわけではなく、労働の対価としてだ。ただ施しを与えるだけじゃ与えられた側はそのうちそれが当たり前だと思って腐っていく。お嬢にはそれが分かっているから労働の対価として渡すように言ったのだろう。

 労働とそれに対する報酬は自分が役になっているという自信を生むからな。お嬢は俺たちのことを本当に分かっている。


 それにこの揚げパンがまたとんでもなく旨いわけで、おそらく王都なんかで販売したら金貨が飛んでいくような高級品なわけだが、お嬢は魔法一つでそれを大量に作って送りつけてくる。本当に意味が分からないが有り難い限りだ。

 ただし、俺の部屋を油まみれにされるということを除いてだが。


 デズモンド領の治安もどんどん良くなっていった。

 スラムの仕事のない連中もお嬢に雇われて賃金を貰えるようになったし、怪我で仕事のできなかった連中も少額(財産の1割)で治癒をしてもらえて働きに出ることが出来るようになった。


 仕事がもらえて、お金が貰えれば犯罪に走るような連中は減っていくのは当然だな。うちの娘も元気になってお嬢の治療所を手伝っていたりする。

 そんなことをしているうちにうちの娘まで治癒魔法が使えるようになっていた。まったくおとぎ話の中にいるみたいだぜ。


───そんなある日


 お嬢専属の口の悪いメイド、サラが普段にない慌てた様子で街の中を走り回っていた。


「お嬢様ああああああああ!」


 いつも能面を貼り付けているように無表情なのに今日は焦燥感が顔に出ているように見える。どうしたことだろうか。気になって仕方ないので声をかけてみる。


「おい。何があったんだ?」


 サラに詳しく話を聞いたところ、メアリのお嬢が朝から行方不明らしい。治療所に向かっていた途中にいなくなったようで、治療所にいたガキどもが大騒ぎしていたので気づいたとのことだ。


 あの元気と暴虐が服を来て歩いているお嬢をどうこう出来るやつなんてそれほど多くないだろうし、デズモンド領でお嬢に何かしでかそうなんてやつは俺たちの仲間が許さないはずだ。


 ……というかあのお嬢は『治癒費用に格差ある』と反発する大商人や貴族なんか向かってきても、その護衛ごと力ずくでねじ伏せているので俺たちの出番なんてないんだけどな……。


 だとしたらなぜいなくなったのか。人間関係のトラブルではなないとしたらやっぱり事故の線が濃厚だろうと思う。


「俺たちも協力しよう。おい!おまえら!」


 俺はスラムの連中に声をかけて捜索隊を編成する。

 連絡要員を入れた3人体制の班に分け、それぞれ隊長を設けて最終的に俺やサラに情報が集まるように割り振っていく。

 俺たち以外にも既にお嬢の屋敷や治療所、傭兵団なんかからも人が出ているらしく大規模な捜索隊になりそうだ。

 お嬢の人望はやっぱりすげえな。お嬢は全然そんなことは気にしなてないけどこれだけの人数がお嬢のために命だって張ろうと思っている。それだけ恩義に感じているということだ。



 しかし……そんな俺たちの捜索は思うようには進まなかった。



「見つからねえな……」


 これだけの大人数で捜索すればすぐに見つかるだろうという期待はすぐになくなった。どこを探してもお嬢の痕跡がないのだ。

 朝、領主の城から出てから途中までは足跡があったのだが、そこからが分からない。

 夜になるまで捜索したがお嬢の行方はまったく知れない。メイドのサラは無表情を維持しようとしているが、目じりに浮かんでいるのはもしかして涙か?

 だが俺だって泣きたいくらいだ。お嬢にはまだまったく恩を返せていないんだ。絶対に生きててもらわなくちゃならねえ。


 森を探し、平野を探し、街の中を隅々まで探すが全く見つかる気配がないと思っていたところ……。

 

「お嬢!」

「お嬢様!」


 スラムの奥でお嬢が見つかった……と思ったら全身泥だらけで酷い臭いをさせていやがった。何やってんだこのお嬢は!マジで臭え!でも無事でよかったぜ!

 

 お嬢に話を聞くと地下にある川に落ちてどんぶらこっこと地の底まで流されていたということだった。まったくよく生きてたもんだぜ。しかし一つ問題があった。

 そこで地下住民(アングラー)を拾ってきたと言うのだ。地下住民、街の皆が迷惑している鼻つまみ者。地下住民は人であって人でないというのが俺たちの認識だ。

 

 その理由は見た目、怪我、障害と色々あるだろうが、人前で生活できずに地下に逃げ込んだ連中。地上にたまに現れては残飯を荒らしてく獣のような存在なので、俺たちは人間とみなしていない。それをそのままお嬢に教えてやったところ……。


「はぁ!?なんて言った!?もしかして地下に住んでるから人間扱いしないって言うの!?フレン!あんた私に言ったわよね!『貴族は平民を人間扱いしていない』って!『人間扱いされずに死んでいくなんて許せない』って!あんたが!あんたがこの子の対してしてることと貴族がしていることの何が違うの!」

「いや、あの……」


 お嬢の言葉に返事が出てこない。俺たちと貴族……俺たちと地下住民の関係。それは俺たちが糞貴族どもと同じような差別をやっていた……だと……?言われたことを反芻して自分の行動を思い返す。


「……」


 ぐうの音もでねぇ……。確かに俺たちがやっていることは貴族の理不尽なそれと何一つ変わらない。思わずお嬢から目を逸らすと……。


「目を逸らすな!」


 無理やりお嬢に目線を合わせられた。その真っ赤な目はまるで炎のように輝き、お嬢の髪はチリチリと逆立ってまるで炎の化身のようだ。怖ぇえ……普段は飄々としているお嬢が本気で怒っている。

 

 物を盗まれようが、毒舌を浴びようが、誰かから襲い掛かられようが、反撃して人をぶん殴ることはあってもむしろ楽しそうしているお嬢が後ろに背負った子供のために本気で怒っていると思うと身震いが走る。

 

「私あんたに言ったわよね!死にそうな人がいたら教えなさいって!食べ物に困っている人がいたらパンを渡しなさいって!見損なったわ!フレン!今のあんたとあんたの嫌いな糞貴族とやってることのなにが違うって言うの!」


 お嬢の言うとおりだ。

 俺は糞貴族と同じことをしていた。お嬢から食料を渡されても地下住民に渡そうなんて欠片も思っちゃいなかった。むしろ俺たちはお嬢に選ばれた特別な存在なんだとか思っていた。

 ちょっと考えれば地下でもっと人が飢えて死んで行っているなんてことは分かっていたのにお嬢に教えようともしなかった。俺はくそ野郎だ……。見損なわれて当然だな。


 お嬢は子供を背負って帰っていった。明日から地下を捜索して人を助けるつもりらしい。

 お嬢に蹴られた脛が痛む……。結構な勢いで蹴られたがそれでも女の子の蹴りだ。大して痛くないはずなのに痛み以上に足だけじゃなく胸まで痛くなってきやがった。


「くそう!俺はなんて馬鹿なんだ!お嬢になんて言い訳すりゃあいいんだ!」


 女房と娘を助けてもらって……あれだけの恩を受けておきながら……あれだけ調子のいいことを言いながら……俺はどうすればいいんだ。


「ボス……ボスだけのせいじゃねえ!俺たちも……俺たちも最低だった」

「ああ、お嬢はこの領地のすべての人間を救おうとしてたのに……俺たちは自分たちだけお嬢に選ばれたなんて浮かれてたんだ……」

「くそ……!お嬢、マジ聖女じゃねえか……そこまで考えていたなんて……」


 お嬢の叫びを聞いていた男たちが次々と懺悔の言葉を吐いていく。それほどお嬢の言葉が身に染みたということだろう。こいつらも同じ気持ちだったんだな……そう思った瞬間。


 パァン!


 頬を張られた。


「あなた!いつまでウジウジしてるの!」


 妻のローザだった。

 病弱でもう助からないと思った妻がこんなに強烈なビンタを張れるほど元気になったのもお嬢のおかげだ。それを俺は無下にしちまった……。


「悩んでても仕方ないでしょう!やることなんて決まっているのだから!ほらっ!立って!」

「やること……?」

「間違ったことをやったなら謝ってやり直せばいいじゃない!ほらっ!しゃんとしてケジメつけな!」

「そうだよ!パパ!」


 妻のローザに続いて娘のターニャまで背中を叩いてくる。叩かれた背中が結構痛てぇ……こんなに元気になりやがって……。


「ああ……そうだ……そうだな」


 確かに二人の言う通りだ。こんなところで後悔して俯いている場合じゃない。もしあのお嬢なら何かがあったとしても後悔なんてすることもなく前に進み続けるだろう。教えてくれた二人には感謝だな。


「ありがとうよ……よし!俺がケジメを付けてくる!」

「ボス、俺もいくぞ」

「俺もだ!俺だってお嬢に謝りてえ!」


 スラムの野郎どもが口々に言ってくれるが……。


「馬鹿野郎!てめえらのボスは俺だろうが!俺が行ってくるからお前らは大人しくしてやがれ!」


 これでもスラムを背負ってるボスなんて呼ばれてるんだ。この責任、俺が背負わないで誰が背負うっていうんだ。

 俺は準備を済ませるとお嬢のいる屋敷へと向かった。まだ夜中だがそんなことは関係ねえ。今がその時だ。

 領主の屋敷の前まで来た俺はそこで正座をしてお嬢を待つ。夜中に押しかけるようなことはする気はねえし、お嬢に許しを得るまでここを動く気はない。


 屋敷の門を睨み続けること数刻。屋敷の使用人が門を開けると思っていたらお嬢と毒舌メイドが朝一番に顔を出してきた。きっとそれだけ地下住民たちを早く救いたいと思っているのだろう。


「サラ!今日はランニングにしながら治療所に行くわよ。捜索隊を組まないとね」

「はい、お嬢様。今日は周回遅れになる心配がなくてよろしかったですね」

「ふふんっ、今日こそサラを追い抜いて見せるわよ!」


 二人はまるで昨日の俺たちへの怒りなんてなかったように呑気に話をしている。いや、そんなはずはねぇ!きっとお嬢は俺たちに怒っているはずだ。


「お嬢!」

「あら、フレンじゃない。ごきげんよう」

「ご、ごきげん……じゃねえです!お嬢!昨日はすんませんでした!!ケジメつけさせていただきますんで!地下の捜索!俺らにも手伝わせてください!!」


 俺は左手を地面にバンッと置くと右手に持ったナイフを小指に突き立てた。途端に鮮血と俺の小指が飛び、痛みが走る。


「ぐっ……小指じゃ足りねえっていうなら他の指も……へっ!?」


 痛みが無くなっていた。そしていつの間にかケジメのために飛ばした小指がもとに戻っていた。


「あんた馬鹿なの?そんなことしなくてもついて来たければついて来なさいよ。それよりあんたが指を無くす方が私は困るんだからね!」

「……へ?」


 朝日を背にしたお嬢の指先が煌めいている。それは治癒魔法に光か?もしかして俺の指を一瞬で治したのか?お嬢の気持ちも知らずにヘタをこいた俺を?まさかお嬢は昨日のことを忘れてるんじゃねえだろうな。


「じゃあ治療所まで走るわよ!♪王都の貴族はくそったれー!」

「♪王都の貴族はくそったれー」


 お嬢に続いて毒舌メイドが歌いながら走り出すので慌てて追いかける。


「ちょっとあなたも声出しなさいよ。せーの!」

「お、王都の貴族はくそったれ……」

「もっと大きい声で!」

「王都の貴族はくそったれーー!!!」

「いいわね!じゃあ走るわよ!」

「ちょっ、待てよ!」


 お嬢と毒舌メイドが朝日に向かって走っていくのを追いかける。まったくお嬢にはかなわねえな。言いたいことを言ってやりたいことをやりたい時にやる。後ろなんて振り返ったりしない。

 俺はお嬢の後に続いて喉を枯らすほど声を張り上げながら走り続けるのだった。


これで第1部完になります。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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