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21st lap あの人たち

 アルマの目に動揺が走る。椅子から立ち上がり、身体を縮こませながら、一歩、二歩と下がった。それだけで、『あの人たち』が彼女にしてきた仕打ちを思うには十分すぎる。

 クルスも立ち上がり、アルマの肩を掴んだ。小さな身体が痙攣したように跳ねる。だが、クルスは、アルマの顔を正面から見た。


「俺の目を見ろ、アルマ」

「あ……ぅ……」

「大丈夫だ。あいつらはここには来ない。王子はその為にこの部屋を貸してくれた」

「は……い……」


 何度も、何度もうなずくアルマ。だが、それはこちらの言葉を理解したというよりも、自分を落ち着かせるための仕草に見えた。


「(まさか、ここまでとはな)」


 アルマの反応を見て、クルスは思う。


「ま、おまえにいろいろ事情があるのは察している」


 アルマが落ち着いて、椅子に座ったあたりで、クルスはそう切り出した。


「500年後の世界まできて、いろいろ調べたり聞いたりしたけど、やっぱり人間に化けられる竜なんていないし、他にも不自然な点が多すぎるよ。ただ、そんなことはまぁ、正直どうでも良かった」

「どうでも……ですか?」


 椅子に腰かけたまま、アルマはクルスを見上げる。


「俺はおまえと一緒にレースに出る。もちろん、最初はレジエッタに会うためで、それは今も目標だ。だが、レースを単なる手段と割り切っていたことなんか、俺には一度もない」


 クルスは、自分たちには不釣り合いなほど豪華な部屋の、窓辺に立った。眼下には、このリュートシティの人々の生活が、夜景となって広がっている。夜を照らす街明かりは、クルスの目にはひどく新鮮なものとして映った。


「レースは楽しかった。今後も続けていきたい。それができりゃあ、アルマが竜としてちょっと変わってるくらい、本当にどうでも良いことだ」

「クルスさん……」

「だから、おまえが何か事情を抱えているにしても、それはおまえが話すのを待てばいいとは思っていた。最初はね」


 だが、そうも言っていられなくなってきた。


 アルマは、彼女の古巣である何者かに狙われている。彼女の持つ秘密がそこに関係をしているのは明らかだ。これ以上、話を聞かずにいることなんてできやしない。その結果、アルマが傷つくことになろうとも、だ。


「人間の寿命は短いが、それでも傷が塞がるまで付き合える程度の暇は、俺は持ってるつもりだ」


 クルスは振り返る。アルマはまだ、椅子に腰かけ、小さく俯いていた。


「アルマ、連中はなんなんだ。連中が、いまさらおまえを狙うことに何の意味がある」

「それは……」


 口をひらき、こきゅん、とつばを飲み込むアルマ。


「……少し、話を整理する時間をもらっても、いいですか」

「いいよ」

「その、必ずお話はするので……えっ、いいんですか!?」

「いいよ。そういうの大事だからね」


 アルマがびっくりしたように目を見開き、尋ね返してくるが、クルスの胸中にはむしろ幾つもの安堵があった。


 彼女が話す気になっている、という安堵。

 思いのほか、気をしっかり持っていてくれている、という安堵。


 それに、おそらく彼女は自身の秘密に関してなんらかの自覚がある、という安堵。


「で、でも、わたし、今までクルスさんにこのこと黙っていて……」

「なんだ、秘密を抱えて生きているのが自分だけだと思っているのか? 俺にだってそんなもんたくさんあるよ。12歳まで寝小便してたとか」

「さ、さすがにそれは同列じゃないと思うんですけど……!」


 アルマは『はぁ』とため息をついて、ようやく顔をあげてくれた。


「……わかりました。わたしも、おねしょを告白する程度の心づもりで、この秘密をクルスさんにお話しします。でも、もうちょっと整理する時間ください」

「いいよ。でもおねしょの告白に?」

「おねしょはおねしょで結構告白するのに勇気がいるんです!」

「ごめんごめん」


 どうやら、アルマが抱えていた過度な緊張は解けたらしい。


 アルマが話す覚悟を決めた以上、クルスはそれ以上急かすつもりはない。


 ホテルのルームサービスで夜食を頼み、二人でそれを食べたあとは、クルスは窓際で夜景を眺めながら、静かにアルマが話し出すのを待つ。彼女は、少し俯いたり、暗い顔になったりしながらも、少しずつ表情を引き締めていき、やがて夜も更け、明け方が近づくころになって、クルスに向けて切り出した。


「お待たせしました、クルスさん」

「ん、もう話せそう?」

「はい」


 アルマがはっきりと頷き、クルスは、彼女の座る椅子の対面に腰を下ろす。


 目の前で、アルマは大きく深呼吸をした。それから、金色の瞳はまっすぐにクルスを見据える。そこにはもう怯えはなく、ただはっきりと、事実だけを告げる覚悟が宿っている。

 やがて、アルマが口を開く。


「わたしが生まれたのは、暗くて冷たい、水の中でした」


 彼女が口にするのは、竜の生誕として、いや、あらゆる生物の生まれ方として、異常極まりない光景。


「そこにはわたしの生まれを見届ける親の姿はなく、祝福する精霊の気配はなく、代わりに白衣を着た無数の人間が、歓喜に満ちた瞳で、ガラス越しにわたしを見つめていました」


 アルマが語り始めたとき、テーブルの上に置いたコンソールが起動し、彼女の取得しているスキルの一覧が表示される。

 固定スキル<????>が開示される。条件を満たしたのだ。

 クルスはそれを見て、わずかに目を細めた。


 <人造竜種>。それが、アルマの取得しているもうひとつの固定スキルの、正体だ。





「送られてきた資料は見たよ、プロフェッサー」


 財団の構成役員であるその富豪は、片眼鏡モノクルの向こうから冷たいまなざしを、白衣の男へと向けている。

 その場で男を睨みつけているのは、ひとりではない、名だたる貴族や商会の主など、有力者が顔を連ねて、その場にいる。


「だが、我々のオーダーは、駆けっこの得意な竜などではない。これが件の失敗作だとして、我々財団に見せて何をしてほしいというのかね」


 我々財団、と来たものだ。


 白衣の男は奥歯を噛む。白竜財団の実質的な中枢は、もはや自分たち研究チームだ。ここに雁首揃える役員どもは、研究にカネと口を出してくるだけの連中でしかない。


「(白竜財団は私だ。私こそが白竜財団なのだ……!)」


 口をあけて上を見ていれば成果が出ると思っている俗物どもめ。


 あの過剰にスペックが低く、スキルのひとつすら満足に習得できなかったアルマファブロスが、たかがレースとは言え優勝できたことの意味さえわからないというのか。あれは間違いなく進歩している。研究施設にいたころは満足に見られなかった成長の兆し。

 それはすなわち、『アルマファブロスが失敗作ではなかった』ということの証左に他ならないというのに。


「会議中失礼します、プロフェッサー!」


 扉を開けて、部下が入ってくる。その瞬間、役員たちの鋭い視線が、一斉にそちらへ飛んだ。

 プロフェッサーはため息をつく。


「なんだ、あとにしろ」

「それが、至急お耳に入れたいことが……」


 部下は小走りでプロフェッサーに近づき、そして耳打ちをする。

 その報告を聞いた途端、プロフェッサーはまずは驚き、そして次に、湧き上がる歓喜に身を震わせた。


「は、はははははは……!」

「どうしたのかね、プロフェッサー」


 こぼれ出る高笑いに、役員たちの目は冷ややかだ。だが、そんなことはもう気にならない。

 プロフェッサーは役員たちに振り返り、言った。


「アルマファブロスを監視中の兵隊たちから報告が入りました。あれは間違いなく我々の望んだとおりの成果を出しつつある」

「……というと?」

「P因子の計測が確認できたようです」


 役員たちの間でどよめきが広がる。プロフェッサーは口元を吊り上げ、両手を広げた。


「ここまでくれば成功も目前です。これまでに蓄積した研究データと、アルマファブロスの身柄。そして、ほんの少しの予算さえあれば、すぐにでも白竜財団結成当初の悲願に手が届く! さぁ!」


 やがて彼らは、少しずつ手を挙げ、出資額についての申し出を始める。

 止まっていた時が動き出す。白竜財団は動き出す。プロフェッサーは多幸感に包まれたまま、目の前で口をあけるカモ達を眺めていた。

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