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17th lap 白竜財団の影

 楽しい晩餐も終わりの時間を迎える。


 カナード王子が侍従に帰りの支度をさせ、それから席を立ってクルスに手を差し出した。


「では、また会おうクルス殿。例の件はオレの方でも調べておく。わかったら連絡しよう」

「はい、ありがとうございます」


 王子の手を、強く握り返すクルス。


 例の件、つまりアルマの謎についてだ。彼女が属性を持たず生まれてきたことについて。王族であるカナードならば、いろいろと調べる手立ても豊富なのだろう。


「それからレジエッタの件もな」

「は、はい……」


 カナードの言葉に、今度は気後れしてしまう。


 王子とその侍従は、別れの挨拶を済ませたあと、そのままホテルの最上フロアへと向かっていった。今夜はそこに宿泊するということらしい。

 このホテルも、クルスの時代にはなかった高層建築物だ。最上階からの眺めは、さぞ良いのだろうなと思う。


「おいしいご飯でしたね」


 ホテルを出て、夜のリュートシティを歩きながら、アルマが言う。

 街燈が街を明るく照らし、夜だというのに道はずいぶんと明るい。


「当分ああいうのは無しだけどな」

「それに、いきなりカナード王子に会えましたね。好調な滑り出しですよ」

「それは……そうだなぁ」


 レジエッタの話も聞くことができた。確かに、目標に大きく近づいてはいる。


 だが、レジエッタはやはりレースを見ていた。こちらの勝利を喜んでもくれた。どうやら、嫌われてしまったわけでは、ないらしい。

 クルスにとっては、それらが一番の朗報であったのかもしれない。


「嬉しいですか?」

「えっ」

「顔がにやけてますよ」

「マジか」


 慌てて顔のあたりに触れるクルス。アルマに言われた通り、口元が気持ち悪いくらいに緩んでいる。

 そんな様子を見て、アルマは嬉しそうに笑った。


「このまま順調にいけば、クルスさん、会えますよレジエッタさんに!」

「そ、そうかなぁ」

「そうですよ! そのためにわたし、がんばりますからっ!」





「実に収穫の多い三日間だった。なぁ、コンスタンツェ」


 ホテルの部屋で椅子に腰かけながら、カナード王子は満足げにつぶやく。

 侍従はその言葉に対し、特に感動をあらわにすることなく、


「殿下がそう感じられるのなら、そうだったのでしょう」


 と頷いた。


 彼女のそっけない態度はいつものことなので、カナードも取り立てて気には留めない。


 この周辺一帯をおさめる辺境伯はレースを通じた友人だ。毎月、パブリックレースが開かれるたびに、こうして王都から足を運ぶ。そのたび、レースの良し悪しについて辺境伯と熱く語り合うのだが、今回のレースは幾ら語り合っても時間が足りなかった。


 それに、あのレジエッタが興味を示したクルスという騎手だ。


 彼も好青年だった。話して良かったと思う。


 伝説の竜であるレジエッタは、カナードにとって幼少期からの憧れだった。だが、王立公園の渓谷に引きこもりっぱなしだった彼女は、滅多なことでは人に心を開かない。

 これまでの王立公園の管理者たちも、レジエッタとの交流に関しては匙を投げていた。カナードは何度も何度も、風が吹き荒れる危険な渓谷に足を運び、レジエッタとの会話を試みた。


 政治家に向かないカナードが、王族としてなし得た一番の功績は、レジエッタとの会話を成立させたことだろう。


 そのレジエッタがレースを見に来て、そして、お気に入りの騎手まで見つけた。


 カナードからしてみれば、それが嬉しくて仕方がない。


「クルス殿であれば、あのレジエッタと言葉を交わすことも叶おうよ……と、考えるのは、名前に引っ張られすぎだろうかな。コンスタンツェ?」

「殿下がそうお考えになるのなら、そうなのでしょう」

「おまえはいつもそればかりだな。まあだからこそ気にしないが」


 改めて、実に収穫の多い三日間だった。


 これで、この喜びにケチをつける白竜財団とかいう連中がいなければ、もっと良かったのだが。


 カナードはそこまで考えて、首を横に振る。


 あんな連中のことはもう良いだろう。出資は断ったし、あそこまで手ひどく追い出したのだ。さすがにもう、関わることもあるまい。





「――こちらです」


 部下の持ってきた記録映像が、映晶鏡に表示される。


 対して期待もせずにそれを眺めていたのは、白衣を身にまとった壮年の男だった。神経質そうな顔に、真鍮縁の眼鏡。研究職を取りまとめる立場にあるこの男だが、最近は八方ふさがりの憂き目に合っている。それが、この男の機嫌をさらに悪くしていた。

 白竜財団――男が研究者として所属しているこの団体は、ある目的のために、多数の商会や貴族などが出資してできたものだ。だが、研究が行き詰ってくると、共同出資の額が減っていき、今は雀の涙ほどの資金でしか活動できていない。


 結果、外部からの出資に頼らざるを得ない歪な状態が発生したが、それも、本日打ち切られた。


 今後、どうしていけば良いか。そこに男が頭を悩ませていたときに、部下が映像を持ってきたのだ。


 ぜひ見て欲しいと、そう言われた。


 いったい何が映っているのやら。男の冷めた目が大きく見開かれるまで、たいして時間はかからなかった。


『真っ先に飛び出したのは、“白い超新星”アルマファブロス! アルマファブロスが前に出たぞーっ!』


 映し出されていたのは、ドラグナーレースの映像だ。集団の中から飛び出して先頭を飛行する飛竜の姿に、男は見覚えがあった。


「バカな……。アルマファブロスだと……!?」

「ええ、そうなんですよ!」


 部下が嬉しそうな声をあげる。


あの・・アルマファブロスです」

「どこかで野垂れ死にしたと思っていたが……」

「間違いありません。それだけじゃない、たかがレースではありますが、確実に成果を出している」


 白衣の男はため息をつき、椅子に背中を預けた。


「出資を渋りだした役員どもへの、交渉材料にできると……?」

「そうです! それに、こいつは想定以上の実力を発揮していますよ」

「なるほど……」


 男は、しばらく映像を眺めている。白磁の甲殻に身を包んだ飛竜、アルマファブロスは、過激な競り合いの末、レースを1位でゴールする。過激な成果を期待する役員たちが、これで満足するとは思えないが、確かに、交渉材料にはなる。


「アルマファブロスの今の居場所を突き止めるよう、兵隊たちに連絡をしておけ」

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