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(7) 釣り上げた『さかな』はデカかった……


 ――と、ここで話が終われば美談で済んだのだろうが、現実はよくわからない奇縁を引き寄せるものだ。


 子供たちを横一列に並ばせて簡単な授業を終わらせてしばらく。

 簡単な『給食』も終え、ようやく肩の荷が下りたとばかりに解散させようとしたところで、とある男性と目が合った。


 本人も、まさかここで会うとは思ってもみなかったのだろう。

 お互いの顔を認識して声が被さったのは偶然ではないはずだ。


 やけにくたびれたシャツとボサボサの黒髪。

 野暮ったい感じの服装でいかにも貧民街の住人に相応しいガラの悪そうな雰囲気で誤魔化しているが、


「ちょっとお待ちになって――」

「待てと言われて待つ馬鹿がいるかマヌケめってなにをぅぉぉぉおお――っ!?」


 即逃走を図ろうとする殿方の足首に投げ輪の要領で紐を絡ませてやれば、見事に長身の男を逆さづりが完成した。


 情けない悲鳴が貧民街に木霊するが今はどうでもいい。

 ここ数日で鍛えられたサバイバル技術がこんなところで実を結ぶことになろうとは。

 人間、一度はやってはみるものだ。

 というわけで――


「ここで一体何をしているのですか殿()()?」


「それは俺のセリフだこの女狐!? 貴様こそここで何をしている!?」


「あらあら、いま殿下の命を握っているのわたくしですよ? 質問を質問で返すのはルール違反じゃありませんこと?」


「だから貴様には関係のないことだと。というかいいから縄を解いて下ろせって――こら女狐、子供たちをけしかけてくるんじゃない!? コラ、やめろ子供たち。気軽に人の顔を木の枝でつつくでない!? 危ないから見世物ではないのだぞちょっと、やめろといっておろうがあああああああああああああああッッ!!」


 そうして子どもたちの総攻撃を受けてしばらく。

 タロットの吊るされた男(ハングマン)よろしく、ようやく縄から解放された殿下は子供たちの玩具と化していた。

 もはや抵抗することを諦めているのか。次期国王候補だというのに貧民街の子供たちにいいようにやられているさまは愉快を通り越していっそ清々しい気分にさせてくれる。


「なるほど、わたくしが子供たちに勉強を教えていたのはこの瞬間を見るためでしたのね」


「なわけあるか!! なんだこの殺気全開の子供たちは!? 貴様、ここで一体何を教えているのだ!?」


「それはもちろん人攫い対策に魔導武術などを少々――」


「少々どころではないわバカ者め!! 貴様、王国の秘儀をなんと心得ている。その武術を教わるためにどれだけの騎士が騎士団長に教えを乞うていると思っているのだ!?」


 そんなことわたくしの知ったこっちゃありませんわ。

 それより――


「わたくしの質問に答えてくださいます?」


「だったらこの子らをどうにかしろ!?」


◇◇◇

 

 と今もおもちゃとして弄ばれている子供たちを引きはがしてやれば、満身創痍のグラン殿下がまるで腰痛に呻く老人のように地面に這いつくばりうめき声をあげるところだった。


 国のトップ候補を痛めつけた子供たちは、解放された殿下に興味を失ったのか。

 わたしが先日戯れに作ってやった自然公園の遊具に夢中だ。


 約一週間の短期間コースで見知らぬ相手をここまでボコボコにできるとは恐れ知らずって怖いと痛感させられるばかりだが


「うん、どうやら基礎は完璧にマスターしたようですわね。これなら今度はもっとエグイ角度で人体を抉る方法を教えてもよさそうですわね」


「いや、よさそうですわね、じゃないわ貴様!? 貧民街の子供たちになに物騒なこと教えているのだ。どうせ教えるのならもっとこう、他に教えることがあっただろうが!!」


「こんな物騒な街中だからいつ悪漢に襲われてもいいように色々と仕込んで差し上げましたのに何て言い草でしょう。どうやらキリシュタリア王国もこれまでのようですわね」


「なぜ俺がそこまで言われねばならぬのだ!? 相変わらず礼儀がなっていないな貴様!?」


 そう言ってヤレヤレと首を横に振ってやれば、正面から疲れたようなため息が返ってきた。

 それで――


「いい加減、高貴なる御方がなぜこのような貧民街にいるのか聞いてもよろしいですの?」


「くっ、忘れていなかったか。このままどさくさに紛れて逃げようとしていたのに……」


 ふっ――、この権謀、策略に長けたわたくしがむざむざ他人の弱みを逃がすと思いますの?

 せっかくおいしいカモ、じゃなかった。ネタが転がり込んできたんですのよ? 

 それこそ逃がすはずがないでしょう。それに――


「未来の王となる御方が淑女を前に尻尾を巻いて逃げるなど。王家の威信に関わりますわよ?」


「それはこちらのセリフだ放蕩娘め。アリュミナル家の屋敷が焼けたとは噂で聞いたが――まさか貴様、いい歳の淑女がこんな粗末な路地で一晩明かしているのではなかろうな?」


「しょうがないじゃありませんの。お金がないんじゃ宿屋にも止まることができないんですから」


 そう言って素直に首肯してやれば、天を仰ぐように額に手を当ててみせる殿下の姿が。

 時折「四大貴族のプライド」とか「淑女としてどうなのだ」と殿下の口からうわ言のような言葉が聞こえてくれるが、そんなことどうでもいい。


 別に貴族としての誇りを捨てたわけではない。


 実際、知人を頼ればもっとましな借りぐらしができるのだが

 屋敷が何者かに燃やされた以上。わかりやすい場所に留まるのは危険だと思っただけだ。


 木を隠すなら森の中と言うが、森ごと炎上させられてはたまったものではない。

 そうなると必然的に追手の気配を感じやすい場所が絞られてくる――のだが。


(如何せん、不自由なことには変わらないんですわよねぇ)


 シャワーもなければ天井もない場所はいい加減うんざりだ。

 一応、貴族のレディとして生活魔法である程度の清潔感は保っているが、それにだって限界はある。

 

 やはりアリュミナル家の令嬢として、それなりに格式の生活を送るべきなのだ。


 見たところ護衛もいないようだし、気兼ねなく身代わりにするのにもちょうどいい。

 殿下なら気兼ねなく清々しい気持ちで巻き込める。

 たまには貴族らしい生活を送りたいと思うのも年頃の娘として当然のこと。

 と言うことで――


「な、なんだその上から目線の気持ち悪い笑みは。まさか貴様、この俺を脅す気ではあるまいなッッ!?」


 脅すなんてとんでもないございませんわ。わたくしはただ取引を持ち掛けているだけですわ。


「未来を期待されている殿下がこんな下町で夜遊びして、しかもその様子だと朝帰りですの? いいご身分ですわねぇ」


 さて貴方のかわいい部下たち。ひいては弟君がこの噂を聞いたらどう思うんでしょうね?

 するとタイミングよくわたしのお腹が盛大に鳴り、殿下の顔色がたちまち青くなる。

 そして――


「こうなっては背に腹は代えられませんわね。ねぇ殿下。特別にわたくしに夕食を奢る権利を差し上げてもいいですわよ?」


 そう言って迫るように艶やかな笑みを浮かべてやれば、

 逃げ場を失った『カモ』が一人、観念するようにがっくりと肩を落とし、

 第一王子グラン・キリシュタリア殿下の大きなため息が貧民街の片隅に響き渡るのであった。


続きは明日の昼12時に更新予定です!! 

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モチベ向上に繋がりますので、もし良ければ広告下にある☆☆☆☆☆評価や、ブックマーク等、応援いただけると嬉しいです…!!!
また、誤字脱字のご報告もありがとうございます。
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