ロッペンハイマー再襲撃 ――第一撃は、夜回りから
夜の外周路。
村を囲う簡易的な木の柵の外側には、開拓途中の剥き出しの土と、深く暗い森の境界線が横たわっている。
その「境目」を、二つの異質な影が音もなく歩いていた。
一人は、ぼろぼろの黒いローブを夜風にたなびかせる骸骨の騎士。
もう一人は、顔を不気味な仮面で覆い、身の丈ほどもある杖を携えた小柄な死霊術師。
――アーヴァインと、ネロ。
二人の周囲には、明かりなどない。死者に光は不要だからだ。
静かで地味な夜回り。だが、生者よりも鋭敏な二人の感覚は、闇の向こうから染み出してくる「濁り」を正確に捉えていた。
「……来たな」
アーヴァインの顎の骨が、カチリと微かな音を立てる。
それは歓喜ではなく、侵入者を排除せんとする冷徹な意志の表明だった。
ネロは応えない。ただ、手にした漆黒の杖を地面へ静かに突き立てた。
――コツ。
その微かな振動に呼応し、月明かりも届かぬ土の下から、白い指先が、そして虚ろな眼窩が次々と浮かび上がる。ネロが使役する、物言わぬ庭師にして衛兵――骸骨兵たちだ。
同時に、森の縁が爆発するように波打った。
■ 濁流の如き先遣隊
現れたのは、汚濁にまみれた緑色の肌を持つ小鬼の群れ。
魔導士協会が放った使い捨ての駒――「印刻ゴブリン」の集団である。
彼らの首元には、無理やり魔力を流し込むための赤い術印が浮かび上がり、その瞳は恐怖と狂気で混濁していた。
手には錆びた剣や不揃いな棍棒。数は、およそ八十から百。
統制された動きで、波のように村へと押し寄せる。
「……数は?」
ネロが、仮面の奥から低く、硬い声で問う。
「百に満たん。だが――」
アーヴァインの眼窩に灯る青い燐光が、群れの後方、闇に溶け込む影を射抜いた。
「後ろに、魔力で糸を引く“指揮者”がおる。あれは……魔導士の番犬か」
その言葉を合図に、ゴブリンたちが一斉に吠えた。
理性を剥ぎ取られた獣の絶叫が、夜の静寂を切り裂く。
■ 第一接触
「――配置、前列固定」
ネロの淡々とした指揮に応じ、十数体の骸骨兵が白骨の盾を隙間なく並べ、防壁を築く。
そこへ、狂乱したゴブリンたちが激突した。
ガキィィィンッ!
硬質な衝突音と、生々しい肉の潰れる音が夜に響く。
盾を叩き、爪を立てるゴブリンたち。だが、死霊の壁は一歩も退かない。
「……浅い」
アーヴァインが、その膠着状態の中へ悠然と足を踏み出した。
揺れるローブ。その腰には、普段は抜かれることのない、古びた、しかし気高さを失わない一本の剣。
アーヴァインは、愛おしむようにその黄金色の柄に触れた。
■ 呼びかけ:古の誓い
「――来い」
剣に語りかける。
それは命令ではなく、かつての戦友を呼び戻すかのような、深く、慈しみに満ちた響き。
「久方ぶりだが……力を借りるぞ。守るべき者が、できたのでな」
――キィィィィィィィンッ!
剣が応えた。
激しく、しかし澄んだ共鳴音が、戦場に響き渡るゴブリンの怒号を圧して広がっていく。
鞘の中から溢れ出したのは、夜の闇を黄金色に塗り替えるほどに眩い、神聖な魔力の光。
次の瞬間、世界が光に呑まれた。
■ 装着 ――黄金の帰還
剣が、砕けた。
否――物理的な制約を脱ぎ捨て、光の粒子へと解けたのだ。
その黄金の奔流が、アーヴァインの枯れた身体へと怒涛の勢いで流れ込む。
――カァンッ!
まず、剥き出しの胸郭。
骸骨の肋骨を包み込むように、複雑な幾何学的模様を刻んだ胸部装甲が、磁石に吸い寄せられるように形成される。
――ガシャリッ!
左右の肩。
猛々しい獅子の意匠を持つ肩甲が、強固な結合音を立てて固定される。
続いて腕。指の一節一節に至るまで、流れるような曲線美を持つ黄金の籠手が覆っていく。
腰、脚、膝、脛。
失われていた「騎士の威容」が、パーツ一つ一つが重なり合うたびに、アーヴァインの魂に重みを戻していく。
最後に。
――カンッ。
角を思わせる鋭利な意匠を持つ黄金の兜が、上空から落ちるように降り、骸骨の頭部を完璧に覆った。
完全装着。
纏っていた黒いローブは、内側から溢れ出す圧倒的な魔力に耐えきれず、弾け飛んで夜風に散った。
そこに立っていたのは、月明かりを反射して燦然と輝く、伝説級の黄金鎧を纏った骸骨騎士。
右手には、すでに一振りの巨大な黄金の剣が握られていた。
■ 威圧:沈黙する戦場
「…………ッ!」
押し寄せていたゴブリンたちが、一斉に動きを止めた。
知性を持たぬはずの彼らの本能が、目の前の存在を「敵」ではなく「天災」であると認識したのだ。
「……相変わらず、派手だね。アーヴァイン」
ネロが、呆れたように、しかしどこか満足げに呟く。
「……必要だからな。この輝きは、警告だ」
黄金の騎士は、重厚な金属音を響かせて一歩踏み出す。
そして、無造作に、黄金の剣を横一文字に振るった。
――ゴゥゥゥンッ!
それは「斬撃」というよりは「空間の圧殺」だった。
巻き起こった凄まじい風圧だけで、前列にいた十数体のゴブリンが、木の葉のようにまとめて吹き飛ぶ。
肉が砕ける鈍い音と、遅れてやってくる悲鳴。
「侵入を確認。ここより先は、我らが主の庭だ」
アーヴァインの声は、兜の奥で反響し、重々しく響いた。
剣先が、森の奥に潜む「指揮者」を真っ直ぐに指す。
「退け。さもなくば、骨も残さん」
――魔物たちは、背後の指揮者による「死の術印」に縛られ、退くことができない。
だが、その背後に潜んでいた魔導士兵たちの気配が、明らかに動揺し、後退を始めたのをアーヴァインは見逃さなかった。
「……逃げるか。賢明だな」
ネロが、仮面の奥で口角を吊り上げる。
「追う? 骨を拾ってきてもいいよ」
「否。知らせるために、一人は残す」
黄金の剣が、収束された魔力の光を帯びる。
「この村は、もう貴様らの庭ではないと……身をもって教えてやる必要がある」
夜の戦いは、まだ始まったばかりだった。
だが、最初に放たれた「第一撃」は、魔導士協会の慢心を根底から叩き潰すには十分すぎる威力を持っていた。




