ダンピールの少年 -ミンジュンの店にて-
ミンジュンの店は、朝から良い匂いがしていた。
焼き油と香辛料、それに米の炊ける匂いが混じって、空腹を素直に刺激してくる。
「はい、そこ気をつけてね」
メアリーが皿を運び、魚先生はカウンターの上で味見役を気取っている。
「うーん、やっぱ朝は濃い味よね。脳が起きるわ」
「先生、それほぼ昼か夜の感想ですよ」
そんなやり取りをしていたところで――
店の扉が、こんこん、と控えめに叩かれた。
「おや?」
ミンジュンが顔を上げるより先に、扉が開く。
「朝からすまんの」
「ヨハンさん、ボミエさん!」
メアリーがぱっと顔を輝かせた。
そして――
その二人の後ろに、もう一人。
年は十一ほどの少年。
淡い色の髪に、赤みのある瞳。
背筋が不思議とまっすぐで、店の中を静かに見渡している。
「……お邪魔します」
少し低く、落ち着いた声。
ヨハンが帽子を取って言った。
「紹介しよう。
こやつがアルスじゃ」
アルスは一歩前に出て、軽く頭を下げる。
「アルス・ヴェスパー=ローグフェルトです」
一瞬、店の空気が止まる。
メアリーが首を傾げた。
「えっと……アルスくん?」
「はい」
少し迷ってから、アルスは続けた。
「……僕は、ダンピールです」
その言葉に、ミンジュンが一瞬きょとんとした。
「だ、ダンピール?」
「吸血種と人間の混血、です。
もっとも……自覚はあまりありませんが」
淡々とした説明。
怖がらせるつもりも、同情を引くつもりもない口調。
メアリーは数秒考えてから、
「……えっと、血とか吸うんですか?」
「いいえ。
食事は普通です。……たぶん」
「たぶん!?」
その瞬間――
「へーぇ、ハーフなんて珍しいなぁ」
どこからともなく、間の抜けた声。
続いて、ドアが勢いよく開いた。
「そんなことはどうでも良くて!」
「さぁ今日も婆さんの奢りで食いまくるぞー!」
「おうよ!
……ここの飯、なかなかいけるもんな!!」
サジとカエナが、ずかずかと店に入ってくる。
「ハァーーーー!!?」
アンリが後ろから現れ、杖で床をドンと突いた。
「ワシは奢るなどとは一言も言っておらんぞ!!
誰が言い出したんじゃ誰が!!」
「え、昨日の空気的に?」
「そうそう、婆さん太っ腹だし」
「減らず口を叩くでない!!」
そのやり取りに、店の中が一気に騒がしくなる。
「うわ……」
アルスが、ぽつりと呟いた。
「……賑やかですね」
「でしょ!」
メアリーが笑う。
「ここ、いつもこうなんです!」
「違うニャ!
今日は特別うるさいニャ!!」
ボミエが耳を伏せながら突っ込む。
ミンジュンは苦笑しつつ、料理を並べ始めた。
「まぁまぁ、とりあえず座って下さい。
朝ご飯、出来てますよ」
皿が並ぶ。
キムチ、焼き魚、スープ、白いご飯。
「うわぁ……」
メアリーが目を輝かせる。
「アルスくん、これ辛いから少しずつね」
「……ありがとうございます」
アルスは箸を取り、少しだけ口に運んだ。
「……辛いですね」
「でしょ?」
「でも……」
ご飯を一口。
「……悪くないです」
「評価が渋いニャ!!」
「もっと喜べんのか!!」
「いや、今のはかなり高評価だと思います」
魚先生がくすっと笑った。
(……うん、この子)
(夜を知ってるけど、
ちゃんと朝の席に座れる)
店の中は、
アンリの怒鳴り声と、サジとカエナの笑い声、
メアリーの楽しそうな声で満ちていく。
その中心で、アルスは静かにご飯を食べていた。
――初めての、
「ただの朝食」みたいに。




