第5話
【guest036:1】
【guest012:始まった!】
【ゴン左ェ門:生足オクトきたー!】
【guest1052:こんにちはー】
【guest885:きたー】
【みのり:オクトさんきた】
【明雲:きたああああああ】
【guest3345:今度こそ第七層クリアだ】
配信のスタートを知らされたのと同時に、視界の左下に視聴者からと思われる多数のコメントが流れ出した。次々に新しいコメントが表示され、コメントウィンドウが止まることなくスクロールし続けている。
ゲームプレイ映像を配信するというアンダーグラウンドな遊びは徐々に一般化し、諸所の問題を抱えながらも大きくその価値やコミュニティーを広げてきた。
今では企業もその存在を暗黙という一言で無視し続けることが不可能となり、むしろ新タイトルの宣伝材料として利用し、ハード自体にも配信機能が備わるようにまでなった。
その流れはこのメビウスにも導入され、アミューズメント施設に設置されている筐体はもちろん、世界各国の大学・私立高校に提供された筐体からも配信が自動的に行われている。
その模様は世界的なゲーム配信ブームを支えている『Justice.TV』に集約され、人気チャンネルには数万人もの同時視聴者数を記録している。
常時配信されているチャンネル数は四桁にも及び、各チャンネルが最速踏破を目指して鎬を削り、お互いの進行状況を確認し、攻略の参考にし、視聴者たちは10億ドルをかけた賞金レースに熱中していた。
中には最速踏破とは無縁のエンジョイ配信も存在し、他にも何度も死に戻りをしながら様々なスキルや武器の性能を実際に確かめる研究・解析配信など、メビウスの遊び方は無限大とも言えた。
「煮卵TV始まりましたッ!」
サナちゃんが元気一杯に飛び回り、オモチャのマイクでポーズを決めながら、一瀬副会長が向けるカメラに向かって話し始めた。
「メビウスの最速踏破を目指していたオクトですがッ! 第七層で残念ながら死亡し……ここ、第一層の“始まりの祭壇”まで戻ってきましたッ!」
煮卵TVとは、鵺耶ちゃんたちのグループが配信しているチャンネルの名前だ。二田万高校の音の響きをもじって名付けたらしいが、この配信——もしかして人気コンテンツなのか?
【g:七層は惜しかったな】
【又宗:さて】
【g:すでにガチャはやった感じかな】
【g:オクトの横にいるのは何?】
【g:相棒どうした?】
【g:あの噂は本当だったか】
【sasaki:オクトだけで上がれるのか?】
【g:いや、さすがに新パートナーくるでしょ】
滝のように流れていくコメントの全てを読むことはできないが、視聴者の話題が鵺耶ちゃんのパートナーについて話し合っているのは判った。
しかし、その|パートナー(俺)は鵺耶ちゃんの横にこうして立っているのだが、見えていないのかな?
「さて、皆様もご存知かもしれませんが、長らくオクトとパートナーを組んでいたΔ(デルタ)ドライブが脱退し、別のグループへと移籍しました……」
Δ(デルタ)ドライブっていう人が、俺の前に鵺耶ちゃんと組んでいた人か……その人も二田万高の生徒らしいが、誰なのかは聞いていない。
【g:あいつは裏切り者】
【ゴン左ェ門:カメラ、もっと下からのアングルを!】
【g:あいつはもう応援しない】
【g:俺にオファーきていないんだけど?】
【ミナト:新しいパートナーも♀がいい】
【g:♂は“のけ”】
【g:あのイケメンはない】
いやいや、新パートナーはここにいるんだけど……。
コメントの流れを見ると、全く俺のことが目に入っていないようだ——。
「——俺も映ってるんだよね?」
なんだか心配になってきて小声で鵺耶ちゃんに確認したが——。
「もちろん映っているわよ。それに、私たちの声は流れていないから小声にならなくても大丈夫」
「そ、そうなんだ……」
それで、これからどうするのか? そう鵺耶ちゃんに聞こうとした瞬間、早苗ちゃんのカメラが俺の正面を捉えた。
「それではここで、新しいパートナーを紹介しますッ! 角煮先輩ですッ! ささっ、マイクをオンにしましたので、一つご挨拶を——」
ジャジャーン! とでも効果音が鳴り響いたかのように小さな手を差し向けて俺を紹介し、その手の平からは紙吹雪とカラーリボンのエフェクトが飛び出した。
“ご挨拶を”と言われても、こっちは緊張で背筋がいつも以上に張って呼吸は荒くなるし、胸がモヤモヤして吐き気らしき不快感を感じる——視界の隅でスクロールする視聴者のネームを見れば、guestに続く数字が五桁に突入していた。
こういったゲーム配信を見たことがある者ならば、その数字が何を表しているのかはすぐに想像がつく、アカウント登録をした視聴者は自分で名前をリネームできるのだろうが、そうでないものには共通のネーム“guest”に統一される。
その後ろにつく数字は、コメントが流れているチャットルームに同時接続している視聴者の個別番号として順番に振られていく数字に間違いない。
guestの後ろにつく数字が五桁ということはつまり、今現在この“煮卵TV”を見ながらコメントを打っている視聴者数が、万越えしているということだ。
「か、角煮ですっ。よ、よろしくお願い、しますっ!」
【g:キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァ!!!】
【g:それプレイヤーだったの?!】
【g:チュートリアルの棒立ちモブかと思ってた】
【g:デブw】
【春巻:せ、先輩ッ!】
【g:オーク過ぎんだろ】
【g:どう見てもモンスター】
カメラに向かって頭を下げても、流れるコメント欄は視界の隅に浮いている——すごい言われようだ。
「今日からは以前より要望のあった初心者向けのレクチャーを取り入れながら進める。角煮先輩が第三層に到達する頃には、初心者から立派な上級者に成長しているだろう」
頭をあげると、今度は鵺耶ちゃんがカメラに向かって堂々と話し始め、コメントの流れがさらに加速し出した。
そのほとんどが、ファンがアイドルに声援を送るようなコメント——というか、絶叫みたいなものばかりだ。
「というわけで、先に進めるぞ。サナ、あとはよろしく」
鵺耶ちゃんはそれだけ言うと早苗ちゃんのカメラからフレームアウトし、先へ進み出した。
「はい、了解しましたッ! ということで——煮卵TVはオクト・角煮先輩のコンビで最速踏破目指して進めていきますッ!」
【ゴン左ェ門:カメラ! オクトちゃんが映ってないよ!】
【g:がんばえー】
【g:三層まで行ければ確かに上級者だな】
【g:オクトがいれば余裕だろ】
【g:二層で詰まっているグループが多いしな】
【g:初心者レクチャーとかいらね】
【g:いやいるだろ】
【g:煮卵TVはトップグループから脱落だな】
【g:このオーク、大鎌持ってるぞ? 初心者が扱うには難易度高くね?】
コメントの流れを読みながら鵺耶ちゃんのあとを追ったが、新パートナーの加入には賛否両論あるようだ……。
「この配信はサナちゃんに任せっぱなしでいいの?」
「プレイヤーが実況する配信チャンネルも数多いけど、煮卵はサナとリンに任せてるの。Δ(デルタ)も配信には興味なかったからね。開始と終わりに挨拶するのもたまによ」
そういうものなのか……ゲーム配信は大きく二つに分けることができる。様々な条件をつけながら真剣にゲームクリアを目指すガチ系と、視聴者とともに楽しみながらプレイするエンジョイ系。
俺はどちらかといえばエンジョイ系のプレイヤーだと思っているのだが、鵺耶ちゃんと離脱したΔ(デルタ)ドライブはガチ系のプレイヤーらしい。
それに——話の流れやコメントの雰囲気から、第三層まで行ければ上級者……にもかかわらず、鵺耶ちゃんは第七層まで上がった経験を持つ。
それはつまり、鵺耶ちゃんが最上級プレイヤーの一人だということだ。
「これから実際に戦闘チュートリアルをしてもらうわ。メビウスの戦闘がどういうものか、没入型仮想世界での戦闘がどういうものか、まずはそれを体験してもらう」
初期武器のガチャを行なった広場の先にも、同じ広さの円形広場が広がっていた。だが、その場所の雰囲気はだいぶ違う。
十二種の武器カテゴリーのスロットマシーンが収まっていた小扉の位置には蒼い炎が煌めく松明が掲げられ、薄暗い広場内に蒼い光が差し込み揺らいでいた。
大勢に見られているという緊張もあるのだが、初めての戦闘を前にして思わずブロンズサイスを握る両手に力が入る。
「中央にチュートリアル用のエネミーが一体出現するから、それを好きなように攻撃してみて」
してみて——と言われても、まだ何もいないのだが。
とりあえず中央に向かって歩を進めると、何もいなかった場所の床から光の線が照らされ始め、一体のエネミーが姿を現した。
「リ、リアルだな……」
その姿は180cmを超える俺の身長よりもさらに大きな体躯を持った、犬頭の人型モンスターだった。
筋肉が隆起した上半身は毛むくじゃらでパンパンに膨らみ、対照的に細く見える下半身には薄汚れたジーンズを穿き、手には竪杵に似た棍棒を持っている。
鋭い牙が並ぶ大きな口からは臭そうな涎が滴り落ち、獰猛な光が宿る赤い目は呼吸するように細く、大きくを繰り返してこちらを見ていた。
正直言って、顔怖い——着ぐるみっぽく見えないし、本当に狼の頭を持った人が立っているような現実感がそこにあった。
「そのエネミーは動かないから、自由に切り刻んでいいわよ——と言いたいところだけど、まず覚えて欲しいのはエネミーに攻撃がヒットする感覚と、視界の右下にあるスキルスロットの発動練習をして欲しいの」
「スキル?」
次々に新しいことが押し寄せてきて、今俺が立っている場所がVRゲームの中だという感覚がどんどん薄れていく。
それでもMMOやMOのゲーム画面で散々見てきたスキルスロットらしき四角形が視界の右隅に並んでいるのを見ると——やはりこれはゲームなのだと、そう改めて認識することもできた。
スキルスロットの数は空白を含めて二つ。そのうちアイコンが埋まっている一つに視線を集中させるとスロットの枠表示が強調表示され、次に説明文が展開されて埋まっているスキル名が表示された。
「メビウスの武器には最低二つのスキルスロットがあるの、そのうち一つは固有スキルで埋まり、もう一つにはドロップしたり競売所で落札したスキルメモリーを指すことで自由にカスタマイズすることができるわ」
鵺耶ちゃんの説明を聞きながら、ブロンズサイスの固有スキルの説明文を読む——。
《ストームサイス》:攻撃力二〇〇%の切断属性ダメージ 硬直時間:五秒 クールタイム:二〇秒
大鎌を横回転させながら前方に投げる。
なるほど……。
そのあまりにもゲーム的なスキルと説明文が妙に心を落ち着かせてくれる。
「それで、どうやってスキルを使うわけ?」
「発動の仕方は二つ。目標に視線を集中させてスキル名を宣言するか、スキルスロットに視線を集中させて、枠が強調表示されたら瞬きをするの、それで自動的に体が動いてスキルを発動するわ」
な、なるほど……なんとも中二的な発動方法と、没入型仮想世界らしい発動方法だ。
「この硬直時間ってのは何?」
スキルの説明文に書かれたクールタイム——これは再びスキルが使用可能になるまでの時間を示していると判るのだが、硬直時間という言葉には馴染みがない。
「それがメビウスの肝というべきところよ。スキルを放つ時のモーションはキャンセルが効かないの。硬直時間はその全体時間を示していて、時間が長いスキルほどエネミーの攻撃に対して無防備になるわ」
「《ストームサイス》の硬直は五秒のようだけど、威力や効果が高いものほどこれが高いってことね」
「そういうこと、さすがに理解が早いわね。硬直とクールタイムが短いスキルを連続して叩き込むか、安全を確保して時間がかかる高威力スキルを放つか、そのバランス取りがメビウスの面白いところであり、パートナーとのコンビネーションが要求されるところなの」
「なるほど……」
木偶の坊状態のエネミーに近づき、まずはブロンズサイスの曲線刃を引っ掛けるように横振りした。
エネミーの横腹に刃が触れる瞬間——その衝撃に備えて長柄を握る手に力を入れたが、曲線刃は胴体を通過する確かな感触だけを伝えて反対側へとすり抜けた。
そして、攻撃がヒットしたことを示す鮮血らしき赤い光の筋が噴き出し、俺の体は不愉快な強制力を感じることなく横振りからブロンズサイスを回転させ、エネミーの巨躯を縦に分断する振り下ろしの一撃へと移行していた。
「これは気持ちいいな!」
それがリアルな犬頭の人型を切り刻むという、猟奇的行動を実行した直後の感想だった。
「スキルも試しておいて」
満面の笑みを浮かべていた俺の姿に、鵺耶ちゃんは薄紫色の髪を後ろにかき流しながら自分の視界に浮かんでいるであろう右下のスキルスロットに向けて指を差し、ちょんちょんと可愛らしく中空をノックしていた。
確かに——エネミーを斬る感触だけを楽しんでもいられない。エネミーを正面に捉えながらも、視界の右下にあるスキルスロットに視線を集中させて瞬きを一つ。
瞼を閉じて、開く——その瞬間、全身が淡い光を纏って意識とは関係なく動き出した。
一歩踏み込んで軽く跳躍しながら一回転、その勢いからブロンズサイスを投擲すると——突き出した手の少し先でコマのように水平回転しながら僅かに前進してエネミーの胴体を斬り刻み、握っていないにも関わらずその感触が全身を駆け抜ける。
そして、水平回転するブロンズサイスは中空を後退しながら俺の手の中に戻ってきた。
瞬きからここまで約五秒——その間、俺の体はブロンズサイスを投擲した体勢で固まっていた。
これがスキルの硬直時間なのだろう。僅かな時間とはいえ、スキル攻撃を外した場合や複数の敵に囲まれている時に体が長時間硬直するようなスキルを放てば、攻撃対象以外から袋叩きにされるのは目に見えている。
スキルの当て方、使い所もよく考えて使わなければならないようだ——いやしかし。
「スキル攻撃も気持ちいい……」
違和感なく繰り出した必殺技! とも言うべきスキルには、現実では体感できないような爽快感があった。この攻撃を木偶の坊ではなく、実際の戦闘中に繰り出したらどれほどカッコイイだろうか——。
「瞼でスキルを発動する場合、自分の正面にしか出せないから注意して、動き回るエネミーにスキルを当てるには、相手に視線を集中させてロック——体の外側がうっすら赤く光ったところでスキル名を宣言した方が誘導が利いて命中率が上がるの、覚えておいて」
「中二病スタイルの方が実用性が高いとか、このゲームの開発者は世の若者を確実に殺しにきているな……」
鵺耶ちゃんの説明を聞きながら後方に視線を向けると、早苗ちゃんと一瀬副会長のカメラがバッチリ俺を捉えていた——と、一瀬副会長の天使アバターがレンズの向こうから顔を出し——。
「シャツ一枚だけのデブゥがお腹を揺らして“ストームサイス”なんて言ってしまうのは、正直申し上げて——犯罪です」
——と呟いた。
【g:リンちゃんそれ言っちゃダメ!】
【惨禍:このゲーム、中二病を患うほど強くなるからな……】
【g:そろそろ先進まない?】
【g:いいなぁ、俺もやりてぇ〜!】
【山さん:腹減った】
【g:明日お台場行ってやってこよ】
【g:犯罪ぃぃぃ!】
【g:貴重なリンさんのツッコミ】
【彩雲寺:大鎌は扱い難しい、サブに何を選ぶのかな】
一瀬副会長の呟きと共に加速していくコメントの流れに、ここまで全てを配信されていたのだと思い出す——ちょっと恥ずかしい。
「コメントが気になるのなら、ウィンドウの左上に非表示に切り替えるアイコンがあるから押すといいわよ。戦闘中にコメントが目に入ると判断遅れることがあるし」
「ちょっ、そういうのあるなら先に言って!」
鵺耶ちゃんが言った通り、コメントウィンドウの左上にはPC画面で見慣れた格納アイコンが小さく表示されていた。
すぐさま格納アイコンをタッチし、視界の外へと隠して見えないように操作した。
これで少しは緊張がほぐれるだろう——。
一つ大きく深呼吸をし、俺と鵺耶ちゃん、それとオペレーターの早苗ちゃんと一瀬副会長の四人は、チュートリアルを行なった広場から先に進み、いよいよメビウスの本攻略をスタートさせた。