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第3話



                 〜〜Welcome to New World〜〜


 視界一杯に広がる輝きが収まったと感じた次の瞬間に見えたのは、中空に浮かぶ俺の体よりも巨大な歓迎のメッセージだった。


 自分がどこにいるのか、周囲の状況を確認しようと思ったが、俺の意思と反して視線が動くことはない。見えているのはどんどん近づいてくる巨大なメッセージと、後方へ流れく光の煌めき。


 そのメッセージと激突する——と思ったが、何の感触もなく俺の後ろへと突き抜けて行った。


 光の渦の中を進んでいる——そう感じた瞬間、俺の体が光の玉? のような球体になっていることに気づいた。


 巨大なメッセージに続いて前方から新たなオブジェクトがいくつも流れてきた。何かのメーカーロゴ——? この全球型筐体を製造したメーカーだろうか? それとも、俺の予想通りこれはVRゲームの筐体で、そのソフトのパブリッシャーやデベロッパーのスタジオロゴだろうか?


 全く見覚えのないロゴが最初のメッセージと同じように俺の体——光の玉を突き抜けていく。


【身体情報の登録が完了しました】

【脳波コントロールシステムとのリンクを確認……接続を完了しました】


 突然聞こえてきたのは機械的な声色のアナウンスだ。そして、耳はないけど聞こえてくる声と同じメッセージが視線の先に浮かび上がった。


【外部オペレーションシステムとのリンクを確認……接続を完了しました】

【声紋チェックとアカウント情報を登録します。この情報は後から変更する事が出来ません。正確な情報をゆっくりと声に出して登録してください】

【あなたの氏名は?】

「角田二郎」


 突然始まったアカウント登録に少し面食らったが、声に出せと言われれば出すしかない。


【性別は?】

「男」

【生年月日は?】


 誕生日や血液型、利き腕や出身国の情報など、問われるままに答えていきながらも、俺の体である光の玉は光の渦を突き進み、その終着点らしき壁が見えてきた。


【声紋登録が完了しました】

【アカウント登録が完了しました】

【パートナーとのリンクを確認……登録完了】

【ようこそ、新世界“メビウス”へ。あなたの冒険に賞賛と栄冠の光が降り注がん事を】


 光の渦を進みきり、到着点にそびえ立つのは巨大な壁と門だ。


 壁には何かの螺旋模様——メビウスの輪? いや、人の遺伝子情報ゲノムに似た模様がびっしりと書き込まれ、それが蠢くように回転していた。

 その回転をいつまでも見続けてしまいそうな感覚を一瞬覚えたが、中央の門が動き出してその先に広がる闇色が姿を現した。


 俺の体——の球体はまだ自分の意思で動かすことができない。門が開ききったところで光の玉はその闇色の中に真っ直ぐ沈み込むように突き進み出した。

 光に包まれていた視界が闇色一色に染まり、止まることなく進む光の玉が門の反対側へと通過した。


「ここは……どこだ?」


 門の先と繋がっていたのは、暗い洞窟の中に作られた小さな祭壇の上だった。


 灯りはないのだが、真っ暗というわけではない。まるで闇色のベールが掛かったように視界がくぐもっているが、隅々まで見通す事ができた。


「ここは地下迷宮メビウスの最下層、始まりの祭壇です」


 思わず溢れた俺の呟きに誰かが答えた。


「だ、誰だ?!」


 どこに目があって口がついているのかも判らない光の玉を回転させて周囲を見渡すと、少し離れた中空にピンク色の小球が浮いていた。


「小桜です、角田先輩。ここではサナって呼んでくださいッ」

「サナ……?」

「そうです、ここは地下迷宮メビウス——仮想世界創造シミュレーターによって作られたゲーム世界です」

「仮想世界……やっぱり、VRバーチャルリアリティゲームってことか……それで、これから何を?」


 俺の予想通り、全球型筐体はゲーム筐体だったようだ。それにしても、視界に映る暗い洞窟には作り物だとは到底思えないリアルさがあった。


「まずはアバターを作ります。事前にメビウスの管理システムによって身体情報が登録されていますので、身長は変更できません。視線の高さが変わるとVR酔いしやすいので——」


 早苗ちゃんの言葉に従いながら、このメビウスというゲーム世界で活動するためのアバターを設定し始めた。


 アバターの基本数値である身長は本体の数値、逆に体重はランダムで設定されるらしい——性別に肌や目の色、髪色や髪型は自由に変更できるそうだ。声色は素の声か、ピッチを自由に変更ができる。

 目鼻立ちや眉などのバランスも変更できるのだが、ランダムに決められた体重の結果を見た瞬間——ダメだこれは……どこを弄ってもギャグになる。


 そう直感で感じ取り、ほとんどデフォルト——俺の素顔のままで決定した。


 最終的に出来上がったアバターは、黒目黒髪の身長一八三cm、体重は九十九kgという大台の一歩手前。


 ふっくら丸々としたおなかの巨漢デブ、まるでオークが立っていると見まごう如き巨体が俺のアバターとなった。


 まぁ、いいか……このゲームがどういうものかちゃんと判ったら、もう一度作り直せばいいし……二年間の昏睡で痩せ細ろえた体は数カ月程度のリハビリではベスト体型に戻るはずもなく。


 仮想世界の中だけは、逆に丸々とした体も悪くないかもしれない。


「アバターが決まったところで、次はプレイヤーネームの入力をしてください。重複するネームは使えませんし、実名も避けるようにしてください」

「オーケー、そこはオンラインゲームの基本だな」


 さて、プレイヤーネームは重要なポイントだが、RPGやMMOなどで主人公やキャラクターメイキングで作り出した自分の分身に名付けるネームはいつも決まっていた。


「え〜と、か——く——」

「え? 角田先輩、本名入れるんですか?」

「ん? まさか、そんなネット素人ではないよ」


 とはいえ、定番のネームは氏名をもじって作ったものだし、いつもはキャラクターの性別を女にしてアバターの尻やパンツの出来具合を観察し、その出来栄えからゲームタイトルの優劣を品定めするパンツソムリエとして仲間内では密かに信頼されていた。


 いや、仲間といってもネットの繋がりだけで、どこのどなた様かもわからない間柄だが——今回のアバターは女ではなく男を選んだ。


 だって早苗ちゃんが横にいるし……鵺耶ややちゃんの手伝い——ここまで来ればそれが何かなのかは想像がつくけど、その横に立つアバターが女では……変態だと思われちゃう!


 ということで、男に決めたわけだ。


「——に——ちゃん」

「ちゃん?」


 あ、いつもの流れで名前を打ち込んでしまった。


「先輩……自分の男性アバターにちゃん付けするんですか?」


 浮遊するピンク色の小球から発せられる早苗ちゃんの声が、機械を通していても判るぐらいに冷えた声色になっていた。


「ま、まさか……ちょっと打ち間違えただけだよ。メビウス内で文字入力するのにまだ慣れなくて、え〜と……角煮……先輩っと」


 いつも使っていたネームは『角煮ちゃん』だったが、それを『角煮』じゃちょっと味気ない。かと言って『角煮さん』じゃおっさん臭いし、『角煮くん』じゃ——ゆるキャラみたいだ。


 ということで、さっきから何度も言われている“先輩”っていうワードを付けた——うん、これなら締まりがいい。


「“角煮先輩”って……あぁ、角田二郎の“角”と“二”で“角二”……先輩ですか、漢字は海外ウケもいいですし、料理名は意味も判りやすいし悪くないかもしれません」


 海外ウケ? このメビウスというゲームは、海外とのマルチプレイが前提のゲームなのだろうか? そうなるとMMO(大規模多人数同時参加型オンライン)RPGかMO(複数プレイヤー参加型オンライン)RPGだろうか……。


 MMORPGやMORPG——いわゆるネットゲームは何タイトルかプレイした経験がある。それほどのめり込むことはなかったが、ほどほどに楽しみ、熱中し、許した。


 アバターメイキングの全てを入力し終えて最終決定ボタンを押すと、第三者視点で見えていたキャラクターモデルが消え失せ、俺の体であった光の玉の輝きが一層強く煌めくと——。


「おーすごい、このメビウスってVRゲームすごいな、バイザー越しのグラフィックとは思えないリアリティーが……」


 光の玉だった俺の体が設定したばかりのアバターに変化し、見下ろす白い腹に太い足……プニプニの二の腕を掴み、ひねり、腹の脂肪を寄せて伸ばして、パチンッと一叩き……。


「リアリティー、有りすぎない?」


 俺が知っているVRバーチャルリアリティといえば——見える体は両手のみ、視界はバイザー越しに見えるグラフィックで自由度が低く、酔いやすい。


 なのにこのゲームは二の腕の感触も腹の脂肪のブヨンブヨンさも、はっきりと“感触”として実感できる。


「サナちゃん、このゲームは一体——」


 この疑問に答えられるのは早苗ちゃんしかいない——そう思い、俺の横で浮いているはずの早苗ちゃんへ視線を向けると、ピンク色の小球がグニャグニャとスライムのように歪み、捻れ、伸縮を繰り返して何かを形作っていく。


「角煮先輩、私のアバターは桜色のピクシーにしましたッって、どうかしましたか?」


 そしてピンク色の明滅を数度繰り返して姿を現したのは、桃色の短髪にワンピース、背中には半透明の四枚羽をパタパタと動かしながら浮遊する体長二〇cmあるかどうかの妖精だった。


 その可愛らしいに目を奪われるが、昔話や伝承に出てくるピクシーとは明らかに違う点が一つ——。


「か、可愛いアバターだねサナちゃん。だけど、その手に持つマイクは……なに?」 


 そう、ピクシーのアバターで目の前に現れた早苗ちゃんの手には、ファンタジーな生物には全く不釣り合いな物が——インタビュアーが持つようなマイク——のオモチャみたいのが握られていた。


「これですか? これは配信用のマイクですよ。これで角煮先輩の活躍を全世界に実況配信するんですッ!」

「は?」

「このメビウスはゲーム内配信機能が備わっていて、外部オペレーターが配信者として帯同できるんですッ!」

「は、配信者?」

「そうです。あっ、会話も配信できますけど、会長は基本的に会話を流さない配信形態にしているので、そこは安心してください」


 安心って——鵺耶ややちゃんの手伝いって、一緒にこのメビウスってVRゲームをプレイすることだと思っていたけど、異常なほどにリアリティーのあるゲーム世界に配信って——一体何をやらせるつもりなんだよ。


「この“始まりの祭壇”は配信できない場所なのでまだしていませんが、そこの扉を越えたら配信が始まります。なので……」

「なので?」


 状況が一つ一つ明らかになっていくが、俺を見る早苗ちゃんの顔——というか、動きがどことなく恥ずかしそうな——あまり俺のことを直視したくない——とでも言いたげにピクシーの羽を動かし、空中を上下に動きながら視線を逸らす。


「……まずは、初期装備の服を着てもらえますか?」


 その一言に、俺自身が今どういった格好をしているのかを改めて自覚した。


 白いパンツ一枚に素っ裸——それが今の俺の姿。視線を合わせずに向かい合う早苗ちゃんとは、まさにオークとピクシー、変態と幼女、変質者と通報する|JC(女子小学生)である。


「どどど、どうやって初期装備を着ればいいのかな?!」


 思わずどもりながらステータスの開き方を聞いた。開け方は簡単、視界の隅に浮くように見えているシステムアイコンを押すイメージで触れるだけだ。

 アイコンを押し込むと目の前に半透明なウィンドウが出現し、そこにMMORPGなどで見慣れたステータス画面が表示されていた。


「なるほど……ゲームだと判る画面を見ると安心するな……」


 浮き上がるウィンドウに指を当てると、その部分に波紋が立ってウィンドウに触れていることが判った。

 表示されている項目は非常にシンプルだ——HPヒットポイントMPマジックポイント、そして攻撃力に防御力の基本的な四項目——少ないな、もっとSTRやDEX、INTやLUKなどのステータスが羅列されているかと思ったが、そういうのは見当たらない。

 逆に目立つのは火・水・地・風・光・闇の六属性の攻撃値と耐性値。今は全てが0%と表示されているが、このステータスを見ればこの“メビウス”というVRゲームがどういった方向性なのかすぐに判った。


「レベル制じゃなく、スキル制か……」

「そうですッ、メビウスは完全スキル制を謳ったVRバーチャルリアリティH&Sハックアンドスラッシュゲームで、LVという概念が存在しない、スキル熟練度と装備によるブーストのみで冒険するゲームなのですッ!」


 H&Sは好きなゲームジャンルの一つだ。自動生成されるダンジョンに何度も挑み、敵を倒しドロップした武具で自分のキャラを強化していく。

 ゲームタイトルによっては入手した武具を他のプレイヤーを相手に売買し、ゲーム内通貨やRMリアルマネーで取引できることも多い。


 早苗ちゃんのアバターであるピンクのピクシーが俺の周囲を飛び回り、意気揚々とメビウスについて説明していく。

 それを聞きながら、ステータス画面から連結しているアイテム欄や設定欄、スキルやコミュニティー機能を確認し、最後に押しても開かない競売所とガチャという項目に触れた。


「そこはまだ解放されていないです。でもすぐに使えるようになりますので、まずは着替えて先に進みましょう」

「凄いな……着替えも姿も、ワンタッチで完了か……」


 アイテム欄にあったのは[ロングTシャツ]のみ、それを指先でドラッグしながらステータス画面の装備欄にドロップすれば、瞬時に素っ裸だった俺の上半身が真っ白なロングTシャツ姿へと変化した。

 裾が長いため太ももの半分くらいまで伸びているが、その下の太い脚を見ると、これはこれで変態にしか見えない。


 まぁ、しょうがないか……。


 装備品はこれしかないのだから、俺がこんな変態スタイルをしていても、それは俺のせいではないのだ。


 そう自分に言い聞かせ、“始まりの祭壇”と早苗ちゃんが言っていた石畳の祭壇から降り、その先に見える大きな扉へと向かって歩き出した。




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