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魔法の使えない魔法使い  作者: 記角麒麟
9/13

タドルpart3 迷宮の怪物

「仮……って、どういうことですか?」


 模擬試合が終わって、少しした頃。

 辿は先程の彼の評価の理由を尋ねていた。


「迷宮攻略に挑むにはまだ早いってことだ」


 オッサンは簡潔にそう答えると、ポケットからタバコを取り出して煙をふかし始めた。


 漂ってくる煙臭さに咽て、辿は数歩ばかり後ずさる。

 そんな彼の様子を視界の端に捉えながら、オッサンは続けて言った。


「考えても見ろ。

 迷宮の怪物が、全部人の形なわけ無いだろ?

 鳥とか牛とか蛇とか、そんな奇抜な形した奴ら相手に戦うんだ。

 普通の対人戦での技量なんぞ、ほとんどアテにならん」


「……たしかに」


 言われて、たしかにその通りだと自覚する。

 そもそも、魔物というのが普通の生き物と同じような生体構造をしているとは限らない。

 もしかすればスライムのように不定形だったり、空気のようにそもそも物理攻撃すら通らない奴らもいるかもしれないのだ。

 そう考えると、高が対人戦等のスキルなんてアテにはできないというのも納得できる。


 と、そんな時だった。


「ギルマス、こんな所にいたんですか!」


 一人の中年頃の男性ギルド職員が、訓練場に訪れてきた。


(ギルマス……?)


 はて、誰のことだろうか?


 辿は周囲を見渡してみるが、それらしい人影は見当たらない。

 もしかして高等な隠密テクニックでも使って隠れているのか。


 そう思って少しばかり期待に満ちた心持ちでいると、それの返答は案外近いところから聞こえてきた。


「おう、何だ?」


 呼びかけに答えたのは、先程まで対話をしていた、のオッサンだった。

 しかし、次に放たれた職員の言葉は、それよりも更に驚く内容だった。


「東の街門近くで、ブラックマウスと思われる魔物の目撃情報が入りました」


「ブラックマウス……ってぇと、あれか。でっかい黒いやつ」


「はい、でっかくて黒いネズミです」


 それを聞いたオッサン、もといギルマスは、ふむと荒く剃り残した顎髭を手でこすりながら暫く考える素振りを見せると、ちらりとこちらの方に視線を寄越した。


 辿は、なぜだかその仕草に何か嫌な予感を覚えた。


 そして、その予感は見事に当たることとなった。


「よし、ついでだ坊主。

 ブラックマウスを討伐しろ。

 出来たらこのあとに控えてある筆記試験の試験料を半額にしてやる」


「え、筆記試験!?」


 筆記試験あるの!?

 聞いてないんだけど!


 ギルマスの言葉に二重に狼狽える辿。

 そんな様子の彼に、ギルマスは怪訝に眉を顰めると、ふかしていたタバコを吐き捨ててグラウンドに擦りつけながら答えた。


「あ?言ってなかったか?

 迷宮攻略するなら、最低限の魔物の知識がなきゃ受け入れてくれねぇんだよ。

 討伐部位とか素材とか。そういうモンを売って、攻略組は金稼いでんだから当たり前だろうが」


 何言ってんだコイツ?みたいな目で見下ろす厳つい顔のオッサン。


 ……まあ、よくよく考えてみれば、そりゃそうだな。うん。

 狩人だって、その動物の特性とか、何が食べられるとか、何が何になるとか知らないと仕事にならないと思うし。


 辿はそんなことにも気が付かなかったことに肩を落とした。

 そんな彼の側に、いつの間にかやってきていたオリバーが肩をトントンと叩きながら小声で囁いた。


「(ドンマイ、タドル!)」


 ちょっとだけ心に傷がついたのは、けっして俺のMEN(メンタリティ)が低いせいではないだろう、きっと。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 そういう訳で辿は現在、ギルマスと共に東門近くの街路を探索していた。

 ちなみにオリバー達は危険だということで、ギルドの待合室で待機している。


「あの、ギルマス。

 一つ聞きたいことがあるんですけど」


「あ?何だ坊主。

 怖気づいたか?」


「いえ、そうじゃなくて」


 オッサンはガハハと豪快に笑いながら、辿の背中をバシバシと叩く。

 しかし、そんな彼の対応をサラリとスルーすると、辿は単刀直入に尋ねた。


「ブラックマウスって、どんな魔物なのか、少し気になりまして」


 辿はそう言うと、オッサンは顎髭を掌でゴシゴシと擦りながら簡潔に答えた。


「なぁに、見ればすぐわかる」


 彼はそう言うと、それきり何も言わずに探索を再開し始める。


(見ればわかるって、そんなアバウトな……)


 そんな不平不満を心の中で愚痴りながら、辿はギルドで話していたことを思い返した。


 曰く、黒くてデカいネズミだそうだ。


 この世界のネズミが、一体どんな風体をしているのかとか、魔物の持つ基本的な能力だとか。そういったものを一切知らない自分からすれば、見ればわかるなんてアバウトな返答は、ちょっと困るものだ。


(願わくば、この世界のネズミも、地球と同じ形でありますように……)


 意味のないお願いを頭の中で呟きながら、辿はギルマスの後をついて歩いた。


 暫くして、東門街付近の商店街についた。

 先程までは目撃情報のあった人民街を探索していたのだが、一向にそれらしい痕跡が見当たらなかったからだと思う。


「……おかしいな」


 オッサンはポツリと呟くと、顎髭を手で擦った。


「どうしたんですか?」


 訝しく思った辿は、そんな彼に質問を投げかけた。


「いやな。

 あれだけ大きければすぐに見つかると思ったんだが……」


 辿はその回答を聞いて、思わず「え……」と声を漏らした。


「それって、どれくらいの大きさ……なんですか?」


 デカイネズミって言ってたけど、それって「ネズミにしてはデカイ方だ」って意味……だよな?


 そんな疑問を抱きながら彼に質問をする辿だったが、しかしそんな希望はスッパリと切り捨てられた。


「んー……、大体、七、八メートル位かなぁ……」


「ファッ!?」


 七、八メートル!?

 それ、絶対ネズミ違うでしょ!?

 きっと別の何かだって!!


 くっ……そぉぉぅ……。


 何がデカイだけのネズミだ!

 地球史上最大種のジョセフォアルガチシアの二倍くらいあるじゃねえか!


(……待てよ?

 もしかしたらネズミというのも違うのかもしれない)


 たしか絶滅した動物の中に、夜明け巨大ワニというのがいた気がする。

 初めあれを見たとき、ワニというよりむしろネズミじゃね?という感想を覚えたことを思い出した。


 夜明け巨大ワニ――たしか、何とかスクス……エオティ……あ、そうだエオティタノスクスと言うやつだ。

 分類状はげっ歯類ではなかった気がするが、見た目は完全にネズミだった。

 ワニとネズミを足して二で割ったみたいな奴だ。


 たしか、全長六メートルくらいだった気がする。


 と、そんな時だった。

 商店街の奥の方から、なんだか騒々しい気配が近づいてきたのだ。


「何か騒がしいな」


 ギルマスは目を眇めると、遠くの方を注視する。

 見れば、仄かにその瞳の色が変わっているのがわかる。

 何かのスキルか、魔法だろうか?


「……行くぞ坊主。

 見つけたかもしれん」


 彼はそう言うと、人の波に逆らいながら商店街の街道を歩き始めた。


 段々と騒ぎが大きくなる。

 人の悲鳴や怒号、子供の泣きすさぶ声がごたまぜになって、商店街はパニックに陥っていた。


「グルアァァァ!!」


 やがて、全身を突き抜けるような、重い咆哮が聞こえて、ヤツの行く手にあった障害物――露天や人の波が盛大に吹き飛んだ。


「ぐっ……!?」


 吹き飛ばされそうになるのを、必死に踏ん張ってこらえようとする。

 しかしその咆哮は凄まじく、どうしようとも辿の足は宙に浮いてしまった。


「っと!」


 慌てて、ギルマスが俺の肩を引っ掴んで吹き飛ばされないように地面に固定する。


「無事か坊主?」


「ええ、何とか。

 ありがとうございます」


 あれが、ゲームとかで言う「吹き飛ばし」という効果なのだろうか?


 あの咆哮は危険だ。

 吹き飛ばされて壁にぶつかって気絶でもしたら一貫の終わりだろう。


 辿はゾクリと背筋に悪寒をはしらせながら、しかしいざという時にはギルマスがいるということで、なんとか戦意喪失を免れる。


「いいか坊主。

 あれが魔物だ。迷宮にはあんなのがごまんといる。

 しかもあれで結構弱い方だ」


 ギルマスはニヤニヤしながらこちらを向いた。


 ヤツの全長は大体六メートルほど。

 全高は三、四メートルくらいだろうか。


 そんな奴がごまんといるのが迷宮だ。

 こいつでも最弱の部類に入るというのが迷宮だ。


 迷宮とはまさに魑魅魍魎、悪鬼羅刹の伏魔殿。


 彼は辿にそう伝えているのだ。

 それはつまり、これよりも巨大で、これよりも凶悪なのがもっともっと待ち受けているという話である。


 そんな彼の主張に、辿は震えを隠せなかった。


 平和ボケした日本の、一学生に過ぎなかった自分が、ただの夢やロマンで語っていたものが、真逆こんなに恐ろしいものだったとは、考えもしなかったからだ。


 しかし、今ならわかる。


 これは、命懸けの職種なのだということが。


「なんだ、坊主。

 もう怖気づいたのか?」


 笑いながら、ギルマスが尋ねてくる。


 しかし。


「いいえ、そんな事はないですよ」


 それ以上に自分の中に滾るものがあった。

 これ以上にないたかぶりがあった。


 それ以上に自分は、この非日常な体験に、ロマンに、打ち震えていたのだ。


「俺、やります。

 迷宮攻略目指します!」


「よく言った!

 気に入ったぜ坊主!」


 辿はそう叫ぶと、懐からギルドに借りてきたナイフを取り出して構えるのだった。


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