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魔法の使えない魔法使い  作者: 記角麒麟
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リューカpart4 弟子入り

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

「お願いします!」


 その日の夕食の席。

 そこには、少女が青年に、頭を地面に擦りつけて土下座している姿があった。


 フォームは全くもって正しくないのだが、そんなことを言っても仕方がない。だってここは異世界なんだもの。


 いや、これをそもそも土下座と呼ぶべきなのか。

 名付けるなら、そう――天変地異土下座(笑)である。


「……うん、取り敢えずご飯を食べてからにしようか」


 彼は苦笑いを浮かべると、少女――リューカ・ウィザーティカに席に戻るように指示を出した。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 時は、それから数時間前にまで遡る。


 その日の昼下がりの事だった。

 何もすることがなくて暇だった私は、庭の方から聞こえてくる話し声に興味を持った。


(誰と話してるんだろう?)


 何となくそんな疑問を持った私は、木枠に嵌め込まれたスライド式の窓を開いて、階下に望む庭に視点を移した。

 するとそこには、三人ほどの人影が見えた。


 一人は黒髪を纏めた、長身の男。もう一人は明るい茶髪の少女だった。


「……?」


 その人影に何処か見覚えがあると感じた私は、ジッと目を細めてその容姿を注視する。


 不意に、二人の視線がぶつかった。

 それは、さも気配を感じて何となしに見上げてきたかのような、そんな仕草であった。


「「あ」」


 視線が交わり、思わず二人とも声を出す。

 見下ろしたその顔には見覚えがあった。

 今朝、散歩に出かけた際に出会でくわした不審者その二である。(ちなみにその一は少女の方だったりする)


「あん時の生意気なガキ!」


 見上げた男の顔が驚きに彩られ、次いで眉が不快気に顰められた。


 驚いた私は、そのまま隠れるようにして、外から死角になる位置に体を滑り込ませる。

 追いかけるように、茶髪の少女の叱咤する声が聞こえた気がしたが、私の頭はそれを処理しない。


(どうしてここがわかったの?

 もしかしてつけられてた?)


 私は少し怖くなって、無意識に隠れる場所を探した。

 怒ったあいつが、もしかするとこの部屋まで乗り込んでくるかもしれない。

 そう思うと怖くてたまらなくなり、膝がガクガクと笑い出すのだ。


「隠れないと……!」


 直感でそう判断した私は、そういえばここは、屋根裏部屋へ続く部屋だったと辿が言っていたことを思い出した。


(確か屋根裏部屋に行くには……)


 何かのためと言って辿が教えてくれた方法を思い出して、私は屋根裏部屋へと続くハシゴを下ろすギミックを作動させる。

 このギミックは魔力を必要とせず、ただ歯車と滑車の組合せによる簡単なものだったので、魔法の使えない私にも十分に作動させることができた。


 私は急いでハシゴを登ると、傍らに設置されたレバーを引いてハシゴを引き上げる。

 ハシゴの足場がそのまま天井の木目に同化して、そこに上へと続く通路があった痕跡を覆い隠した。


「……」


 ハシゴを引き上げると同時に、湿っぽい埃が舞って、屋根裏部屋に夜の帳が降ろされる。

 この部屋には窓がない。

 窓がないので、外から屋根裏部屋があることに気づくことはない。


「けほっけほっ……」


 私は小さく咳き込むと、手探りで壁際まで移動して、壁に埋め込まれている、掌より一回りほど大きなパネルを見つけ出して、それを小さく押し込んだ。


 パチリ、と何かが嵌め込まれる小さな音がして、小さな太陽が、夜の帳を払拭した。


 夏の海の色をしたアマゾナイトが、明るい光を部屋一面に振りまくと、床に堆積した埃が目立った。

 壁際に押しやられた棚や、床に積み上げられた箱の中から覗く宝石類の入ったケースが、日差しに反射する水面のようにキラキラと輝いている。


「……」


 しばらくの間、そんな光景に私は見惚れていた。

 宝石の魅せる輝きが、私の恐怖心を洗い流してくれる。

 いつしかあの人から逃げようとしていたことさえも忘れてしまった私は、宝石の入ったケースへと近寄っていった。


「綺麗……」


 宝石のケースには、宝石の名前と幾つかの項目が記されたラベルが貼られていた。


「クンツァイト……?」


 その中のうちの一つを手に取ってみる。


 薄いピンク色をした、まだ加工されていない綺麗な宝石だ。


 そこには、クンツァイトという宝石の名前と、『アンカット・ルース・エンハンスメント・トリートメント』という項目の一つが丸で囲まれている欄、そして魔法的効果や用途などが事細かに記されている。

 ケースの蓋には複雑な魔法陣が描かれていた。


(確か、元々下の三階は倉庫部屋なんだっけ)


 何の倉庫か今まで気にしたこともなかったけれど……。

 もしかして、辿は宝石商なのかな?

 だって、いっぱい宝石があるんだし。

 普通の人はこんなに宝石が買えるはずないもの、きっと彼はお金持ちに違いない。

 宝石を売って、買ってする宝石商……。


 ……んーん、そういえば至高の魔法道具職人マギクラフターと名乗っていたような気がする。


 じゃあ、この宝石は魔具の部品なのかしら?


 そんなことをツラツラと考えながら、しかし私の目は目の前にあるキラキラと輝く宝石に釘付けになっていた。


「私の、したいこと……」


 ふと、昨晩彼に言われたことが、脳裏に掠めていった。


(今、私は何がしたい?)


 ケースを割らないように、そっと元の位置に戻しながら、私は目を閉じる。


(私は、この宝石をさわりたい。

 自分の手で、形を変えて、もっとキラキラにしたい。

 自分だけの宝飾品を作ってみたい)


 自問自答し、私は今の心を確かめる。


(幸いにも、彼はマギクラフターだ。

 魔法道具職人というのが、いろんな宝石を扱って、いろんなものを作る人だと言うなら――)


 そこから先は、自分で改めて確かめるまでもなく、自明の理として、そこにあった。


 故に、私は敢えて口に出した。


「私は、魔法道具職人マギクラフターになりたい……!」


 リューカはそう呟くと、決心した様に目を爛々と輝かせて、拳を握りしめた。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 結局、あの二人がこの隠し部屋にやって来ることはなく、辿が夕食に呼びに来るまでずっと、彼女は屋根裏部屋でそこにあった本を読み耽っていた。


 読んでいたのは、宝石に関する手書きの解説書。

 宝石の名前や性質、魔法的効果、用途に、宝石の処理の仕方や手入れの仕方などが、宝石一つにつき数十ページにも及ぶ解説が記されている本である。


 それらを読み進めていくうちに、彼女は段々と理解していくのだ。


(これ……読むだけじゃ覚えられないわ……)


 何せ量が多すぎる。

 一度読んだきりじゃ、とても覚えられるものではなかった。


(今日の夕ご飯時にでも、おねだりしてみようかな)


 それから暫くして、辿が夕食の用意ができたと呼びに来た。


「イタダキ……マス」「いただきます」


 彼に倣って、両手を合わせて食事前の挨拶をすると、私は彼の様子をうかがいながらスプーンを手に取った。


 今日の夕飯はオムライスというモノだった。


 玉子の黄身のふわとろの食感に舌鼓を打ちながら、さてと先程決めたおねだり……いや、弟子入りの件について考え始めた。


 始め、言い出すタイミングをどうしようかと考えながら、彼の時々してくる質問に、ところどころ上の空になって答えていた。


 どういう風に言えばいいだろう?

 最低限、礼儀は守るべき。

 なら、頭を下げないと。

 でもそれでもちょっと物足りない気がする。


 ……そういえば、よくあの人が「床に這いつくばれ」みたいな言動をしていた気がする。


 ……頭を床にこすりつけて平伏せば完璧?


 そうよ。

 そういえば東大陸から来たお客さんも、確か床に足をたたんで頭を深く下げていた気がするわ。


 うん、きっとこれが一番正しい礼儀作法なのよ。


 あ、でもそうするとお腹を隠してしまう。

 それは急所を見せて相手に敵意がないことを示すことに繋がらないわ。


 なら、仰向けになって膝を畳んで……頭はそう、床に押し付ければ……。


 そうやって色々と熟考に熟考を重ねた結果、もはや意味の分からない体制が、彼女の頭の中に構築されていた。


 かたり、と不意に少女が立ち上がる。

 その様子に怪訝な眼差しを向ける辿だったが、少女は気にせずに彼の真横の、少し空いたスペースの床にしゃがみこんだ。


 そして――


「お願いします!」


 ――話は冒頭に戻るのであった。


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