ニートな女神と初めての花火大会
本編内、花火大会は始まりませんが、始まる直前まで行きます。
私は祭りに行く時間までまだ少し余裕があったので、仕方なしにスマホをいじることにした。
それにしても下界の人間たちは、なぜスマホなどを作ったのだろうか。
いや、携帯電話というのが出来た理由であればわかるのだ。遠く離れた場所にいる人間にいつでも連絡が取れるという持ち運び可能なアイテムということで、たしかに携帯電話が下界で完成した時、神界でも携帯電話は爆発的に売れた。
だけどもそこからわずか数年で携帯電話はさらなる進化をとげて世にスマホが誕生した時には、神界の神々も下界の人間たちの科学技術の進歩と、飽くなき探求心・好奇心に感心を通り越して呆れ返ったものだ。せめてスマホが完成するのがそれからあと10年後くらいだったなら神たちもまあ妥当なところかと思ったかもしれないが。
「人間たちはすごい。昔は人間たちが神様に敬意を払っていたけど、今では逆に神様が人間たちに対して敬意を払っているって、駄菓子屋のばあちゃんが言ってたな」
それでさえ私が子供の頃の話だったけど。
近年では人間たちは神様への敬意や信仰心を失くしつつあると神界のとある人間評論家が前にニュースで言っていたな。
今でもその風潮は変わることなく、下界の人間たちにその存在を完全に忘れ去られたことで消滅してしまう神も毎年徐々にではあるが増加傾向にあるそうだ。
なんて、実は私もけっこうやばいんじゃないのと思うこともあるんだけど。
「うーん。でも実際のどころどうなんだろうな。私って下界の人間たちの間じゃどのくらいの知名度があって、どのくらい信仰されているんだろう」
アストレアという女神の名前を知っている者がゼロになった時は、私も他の神々に漏れず消滅してしまうことになるのだが、あるいは存在自体は認知されていても神として認められなくなったり、信仰心が限りなくゼロに近づいたりしてもやばいらしい。
「でも、自分で言うのも難だけどかなりマイナーな方だと思うんだけどな」
そういえば少なくとも私の知る範囲では、最近神が消滅したという話は聞かないな。
ヤッフー知恵袋を見て回っても出てこないし、ググっても情報はないから本当にいないんだろう。
もっとも、神が消滅する原因は何も下界の人間たちに起因しているものばかりというわけではないのだけども。
朝起きて箪笥の角に小指をぶつけた衝撃でうっかり消滅してしまった神もいたし、長年付き合っていた恋人に突然別れ話を切り出されたショックで消滅してしまった神もいる。
ちなみに、そういう人間が関係しない理由で消滅した神の存在は、神界での消滅と同時に下界でもその存在の一切が消えてなくなるのでたぶん今その神様の名前をここで言っても誰もわからないだろう。
ただし神界にいる神々の記憶の中には残っているから。
「ああ、私もいつかパルフェやカトリールみたいに消えちゃう日がくるのかな」
私はもういないかつての知り合いの神のことをそこで思い出した。
ただ、きっとそれはすべての神が抱いている思いなのだろう。
すべての神は、いつか必ず消滅する日が来るのだ。
なぜなら神々の存在の源となる人間が、滅亡する可能性がゼロではないから。
いつになるのかはわからないけど人間が下界から消え去る時同時に今いる神もすべて消えてなくなる。
ただ、その時に神界も同時に消えてなくなるのか、あるいは世界が再生して再び人間か、それと同等の知能を持つ新時代の生物たちが神の存在を産みだした時までにまた元の何もない野原に戻って神界という世界自体は残るのか、それは長年論議されてきたらしいけど未だに答えは出ていない。
「神は人間がいなければ存在できないが、人間は神がいなくても存在できる。という考えを神々は受け入れなくてはならない、か。……たしか、ロキが言ってたっけ」
ロキは「遊戯」を司る神で神界一のお調子者、トラブルメーカーでよく問題を起こしては牢にぶちこまれて謹慎処分になっていることで有名な神だが、神界に今いる神たちの中で神と人との関係性についてもっとも詳しいと言われている神でもあった。
イタズラ好きでよく他の神にちょっかいをかけては怒った神を見てゲラゲラ笑ってるような変わり者だったけど、意外にも神々の間では親しまれているのはあいつの無邪気さ故か。
まあ、私から見たら邪心の塊なんじゃないだろうかと思うけど。
だって他人の者でも普通に盗っていくし、女神の更衣室にカメラしかけて盗撮した写真を高値で男神に売りつけたりして、それで結局すぐにばれて本人は牢獄送りになったのはいいけどその後で写真を買った男神と盗撮された女神たちの間で諍いが起きて、ああ、あの時はまじでやばかったな。
ちなみにロキは、現在も牢獄の中に幽閉中の身だ。
何をやらかしたについては、私ももう知らない。でも今回はちょっと長いかな。
あいつは女神に対してのセクハラ案件が多いから女神たちにはすごく嫌われてる。
神界にいる女神たちでロキに着替えを覗かれていない女神はいないとさえ言われてるけど。
「その唯一の例外がここにいるんだけどね」
そう、なぜか私だけは一度もロキに着替えを覗かれたこともスカートをめくられたことも、盗撮も痴漢も窃盗の被害にも合っていないのだけど。いや本当に一度も何もされていないのだ。
もしかして私、ロキに本当は男なんじゃないかと思われてるのでは?
「はぁーあ。……よし。浴衣に着替えなきゃいけないしもうそろ支度始めるか」
私はそこでスマホをいじるのをいったんやめるとベッドから立ち上がった。
浴衣の着方について昨日ミナカタさんに丁寧にレクチャーしてもらったんで大丈夫だ。
今から支度して部屋を出て、バスに乗ってまた祭り会場まで行けば7時過ぎには会場につけるだろう。
私は面倒だと思いつつもてきぱきと服を脱いでまた昨日の浴衣に着替えると財布とスマホ、部屋の鍵だけを持って部屋を出た。
出る前にLINNEのメッセージでヤヌスに今から会場に向かうと送っておいたらすぐに既読がついて了解という返事が返ってきたけど、あいつは今何してるんだ?
まあ、それは後で聞けばいいか。
――神界夏祭り会場――
というわけでやってきた祭り会場、祭り最終日の今日も多くの神たちで賑わってた。
今日は昨日のMOIRAIのライブのように大きな催し物とかないけど、祭りの最後に花火大会があるからから昨日よりも若干家族連れや若いカップルの姿が多い。
高校生たちがグループを作っているのをよく見かけたし。ああ、やっぱり学生っていいな、なんて。
いや、私もつい数年前までは学生だったはずなんだけどな。社会に出てからニートになると時間ってものすごく早く過ぎ去っていくんだよ、ほんとに。
『会場ついた。どこにいる?』
私がそうメッセージを送るとヤヌスはなんと10秒で返信してきた。
『もういるよ?』
私はその返信の速さにも驚いたけど、返ってきたメッセージの内容にも驚いた。
というか、意味がわからない。
「は?、いるってどこに?」
私がスマホ画面から顔を上げて周囲を見渡そうとしたところで突然後ろから声をかけられた。
「ここだよ!」
「うわぁぁぁぁおおぅ!?」
私はそれで驚いてバッと振り向いたら、そこには昨日と同じ作業着を着たヤヌスが立っていた。
「おまっ!、おまっ!!、ちょっ!、ふざけんなし!」
私はなぜか少しにやけ顔のヤヌスに会って1番にそう言い放った。
いやだって、もう今のは完全にアウトだろう。え、何、どこのホラー映画だし。
「いつから?……え、ていうかなんで?」
私はヤヌスに当然の疑問をぶつけてみた。
もしもヤヌスが会場近くのバス停の停車場で待っていてくれたのならまだここまで驚きはしなかっただろうけど、でも会場に入って少し歩いたところで私がスマホを取り出しメッセージを送ったタイミングで、なぜそんなに都合よく後ろに……え、まさか?
「まさかお前、ずっと私のこと待ち伏せてたんじゃないよな?」
私が不機嫌さ全開にしてそう尋ねるとそこでようやくヤヌスが答えた。
「もちろん違うよ。そろそろ着く頃かと思って親方に言って仕事抜けて来たところでちょうどアストレアの姿を見かけてさ。声をかけようと思った時にLINNEのメッセージが来たからそれでちょっと驚かせようかな、なんて思って」
「いやまじで驚いたし!、今年一驚いたし!」
ちなみに季節はまだ夏であり、これから秋冬で今日以上に驚く出来事がないとは断言できないけど、まあ、おそらくないだろう私の場合は。
「ご、ごめん。まさか僕もそこまで驚くとは思ってなかったし。……うん。怒ったのならほんとにごめん」
ただ、ヤヌスはこういう時ほんとに真摯に謝ってくれるやつだということも私はわかっていた。わかっていたけんだけども。
「だが許さん!」
「えええぇぇぇ!!」
そう、私はむしろそれを利用してやろうと考えるタイプの悪女だったのだ。
「私を驚かさせたお詫びに今日も飯おごれ」
私はヤヌスにそう言ってやった。すると不安そうにしていたヤヌスは何故か嬉しそうな顔になって。
「あ、うん。もちろんそのつもりだったよ。いやぁー、驚いた。今のはほんと驚いた。アストレアなら許してくれると思ってたからほんとに」
「おい、それはどういう意味だ?、ああん?」
「え?」
「お前まさか私には何やっても後でちゃんと謝れば許してもらえるとか思ってるんじゃないだろうな?」
「え、違うの?」
おい!、おいヤヌスよ!
「いや……まあ、違わないけど」
お前私のことよくわかってんな。だいたいそうだよ。私って基本細かいことは気にしないタイプだし、何かされても向こうがちゃんと謝ってきたなら大抵のことは許す。そこで許さないとまた面倒なことになるってわかってるから。
「良かった」
ヤヌスは私の答えに心底安心したようだけど、でもなんか釈然としないな。
「お前、普段からそういうことよくしてるの?」
そういうこと=他人をからかったり驚かせたりとかいうこと。
「まさか、普段は滅多にしないよ」
「じゃあなんで私にしたし!?」
「いや、それはだって……アストレアだから?」
「なんだそれ、理由になってないし!!」
あ、でもそういえば私って学生時代もよく友達にいじられること多かったな。
なんか、そう。やっぱり私って何言われたり何されても基本は許しちゃうから、周りの皆も安心していじれるというか……自分で言うことでもないか、それ。
「もう、次やったら絶交だからな。絶交!」
そう言って結局その次も同じことやられても本当に絶交したことなんて1度もないのだけど、まあこういう場合の定型句だと思って皆使ってるよね。特に小中学生はなにかあるたびに絶交絶交って言ってさ。
え、そんなこともない?
「わ、わかったよ。もうしないから」
ただ、ヤヌスのような割と真面目タイプに対しては言わない方がいいかも。
後で絶対に落ち込むし、本当に2度としてこなくなるから。
いや、2度としてこないのはいいことなんだろうけどもさ。
「……ごめん、ちょっと言い過ぎたかも。……あ、そろそろ移動しない?」
よくよく考えればここは祭り会場の往来の真ん中だった。
今の私たちのやりとりを見てなんだ痴話ゲンカかと周囲の視線を集め始めていた。
「あ、うん。じゃあ行こうか」
「ああ、まず飯な」
というわけで私たちはとりあえず今の話はもう終わったことにしてその場から逃げるようにして立ち去ったのだった。
……で、その後のことについてはまた少しダイジェストでお送りしよう。
フランクフルト、ヤキソバ、ゲソヤキ、タコヤキ、オコノミヤキなどの屋台を回って全部ヤヌスの奢りでそれらを買うとまた昨日と同じ飲食スペースで2人椅子に座り買った物を食べた。
「そういえば昨日はデザートとか、甘いもの系統はあまり食べなかったな」
食べ終わったあたりで私がそう言うとヤヌスはじゃあ今日はそれも食べようと言った。
そして容器を片づけてから私たちはまた食べ物屋を見て回る。
え、そんなに食べて回ってたら太るんじゃないかって?、うるないな。デザートは別次元腹なんだよ。
「ヘスティアちゃん」
「あ、アストレアお姉ちゃん今日も来てくれたの?」
「うん」
もちろんヘスティアちゃんのやっているパンの屋台にも行った。
えっと、たしか昨日は私はストロベリー味で、ヤヌスは何味食べたんだっけ?
あ、やばい。昨日の出来事のはずなのにもう記憶が曖昧だ。
ヘスティアちゃんのやっているお店の屋台で売っているふんわりパンという菓子パン。
味は4種類でシュガー、シナモン、チョコレート、ストロベリー。
昔からちょっと気になってんだけどシュガーとシナモンって何が違うんだろうか。
見た目はまあ、同じ粉っぽい何かでシュガーはつまり砂糖なんだけど。
そういえばシナモンってなんなんだろう。意外と知らないな、これ。
「ヘスティアちゃん、シナモンって何か知ってる?」
私はヘスティアちゃんに聞いてみた。いや、さすがに知らないかなヘスティアちゃんまだ子供だし。
「え、セイロンニッケイっていう木の皮をはがして、乾燥させて作った香辛料だよ」
知ってた!?、しかもだいぶ詳しく知っていたよ!?
「あれ、間違ってた?」
いや、間違ってるかどうか私はそもそも知らないから聞いたのであって。
「い、いや。ま、間違ってないよ。よく知っているね、ヘスティアちゃん」
「うん。よくパンの味付けに使うしそれくらいは誰でも知っているよー」
「う、そ、そうだね」
マジで?、知らなかったのって私だけなの?
え、皆はシナモンって何なのか今のヘスティアちゃんほどではないにせよ説明できるの?
よし、後でヤヌスに聞いてみよう。
「それよりお姉ちゃん。パンの味はどうする?、それと、今日はお姉ちゃん1人なの?」
「いや、今日も昨日と同じ。ほら、あそこに」
「あ、ほんとだ。昨日と同じお兄さんがいる。やっぱりお姉ちゃんたち付き合ってるの?」
「付き合ってないって。あ、ごめんね。えっと、じゃあチョコレートとシナモンひとつずつ頂戴」
「うん、わかった」
私は注文を終えて少ししてからヘスティアちゃんにチョコレート味とシナモン味のふんわりパンをもらうと、代金を支払ってから待っていてくれたヤヌスの元へ戻る。
「ごめん、待たせた」
「ううん、全然。それにしてもすごく繁盛してるね、ここ」
そう、ヤヌスが言ったようにヘスティアちゃんのパン屋台は大盛況で長蛇の列が出来ていた。
菓子パンだから小さい子供連れのお客さんや女神が多いのはわかるけど。
あの、明らかに1人で来てるっぽいおっさん達はあれだな、パンよりもヘスティアちゃんの姿を見に来たに違いない。……ロリコン共め。
でもまあその気持ちはわからなくもない。ヘスティアちゃんはまだ子供だけど将来も絶対可愛い女神になるだろうことは同性の私の目から見てもわかるし、もちろん今もすごく可愛くて何よりも健気で優しい良い子だからね。私と違って……いや、余計なお世話だし。
「アストレア、どうしたの?」
「いや、な、なんでもないし。あ、それで味、お前の好みわからなかったからチョコとシナモン買ってきたけどどっちがいい?」
私が尋ねるとヤヌスは私に先に選ばせてくれたから。
「そう、じゃあお前こっちな」
と、シナモン味の方をヤヌスに押し付けた。
いや、別に私たちは付き合ってるわけでもないし。こういう時にお互いに半分こずつパンを千切って分け合って2つの味を2人で楽しむ的なイベントはない。
「ありがとう。へぇ、シナモン味か」
ヤヌスは私に手渡されたふんわりパンを受け取るとそう言って食べた。
私もチョコ味の方を食べたけどやっぱり美味しい。ストロベリー味も美味しかったけどチョコも普通にいけるな。
「シナモン味も美味しいね。アストレアの方はどう?」
「うん。美味いけど。あ、そうだヤヌス」
「うん、なに?」
そして私はヤヌスに聞いてみた。
「お前シナモンって何か知ってる?」
これでもしもヤヌスが知っていたら私は今日帰ってから割と本気で泣くつもりだ。
「え、シナモンが何か?、砂糖……は、シュガーだもんね。えー、なんだろう」
よし!、いいぞヤヌス。やはりお前は私の友達だ。
「アストレアは知っているの?」
お、逆に聞いてきたな。ふふふ、それならば教えてやろう。
「もちろん知っているよ。シナモンっていうのはな……あれ?、なんだったっけ?」
私はついさっきヘスティアちゃんに聞いたばかりのことをド忘れした。
「え?」
「あああ、そう、そうだ。木の皮だよ。何ていう木か忘れちゃったけど木の皮を、乾燥させた香辛料?、だったかな」
私は思い出してそう言ってみたがそれさえ正しいのか不安だった。
それなのにヤヌスは私の答えを聞いて感心したかのようにこう言った。
「へえ、そうだったんだ。アストレアは物知りなんだね」
う、ヤヌス。お前それ本気で言ってるのはわかるけど今はちょっとやめて。
……くっそー。後でもう1度ちゃんと調べて覚えよう。あと、記憶力鍛えよう。うん、ほんとに。
ふんわりパンを食べ終えた後で私たちはワタアメを買って食べた。
本当は他にもまだ食べたいものがあったんだけど今日は昨日より遅くに来たからな。
「あ、最後にあれ食べたい。リンゴ飴」
「ああ、それならあっちだよ」
ちなみにヤヌスの方はもうお腹いっぱいだったようでリンゴ飴は私だけが買った。
そしてリンゴ飴を買ったところで時刻は午後9時前。あと30分ほどで花火が始まる。
「そろそろいいかな。アストレア、それ食べながらでいいからこっち来て」
「え、なんだヤヌス?」
そしてそこで私はヤヌスにふいに手をつかまれるとそのまま夏祭り会場の外へと連れ出された。
「え、会場出ちゃったけどもう帰るの?、花火見て行かないの?」
正直私は今日はそれを1番の楽しみにしていたんだけど。
というか昨日の夜は最後まで見て行くってLINNEでやりとりしたような。
「いや、見に行くよ。だからこっち」
「あ、おおおい!、ひっぱるなって」
というかヤヌスお前、今ふつうに私の手を握ってるけどそれ、大丈夫なのか?
いや、もちろん私たちは付き合ってるわけではないからヤヌスがいいなら私も……良くはないけども。
でもヤヌス、お前ってこんなに積極的に動くやつだったの?
「ちょっと、どこに行くんだよ」
「いいからついてきて」
私はヤヌスに手を引かれるままにヤヌスについていくと、そこは夏祭り会場から歩いて20分ほどの場所にあるとあるタワーマンションだった。そしてそのマンションの中に入って(セキュリティーとか大丈夫か?)エレベーターに乗せられてヤヌスが屋上階のボタンを押したところで私はようやく理解した。
「ヤヌス、なんとなくお前の考えはわかった。けどこのマンションって」
「大丈夫。ここは屋上には誰でも出入り自由なんだ」
「いや、それもあるけどさ。お前……」
私がその先を聞く前にエレベーターは屋上にたどり着いた。
そしてエレベーターの扉が開かれると屋上には誰もいないようだった。
「良かった。誰もいないみたい」
「いや、ヤヌス。お前さ……」
私の言葉を遮るようにしてまたヤヌスは私の手をとって屋上の端まで私を連れて行く。
そこからはちょうどさっきまで私たちがいた夏祭り会場が見えて。
つまりはこれから始まる花火大会を見るには絶好の位置取りだったわけで。
「お前、事前にここ調べてたのか?」
「うん。っていうか知ってたんだけど」
「でもマンションの住人とか」
「大丈夫だよ。実はこのマンション、来月には取り壊されるんだ。だから住人はもう全員退去済み」
ああ、だからさっき玄関をノーチェックで素通りできたのか。
だけど来月には取り壊されるってことはこのマンションの屋上から夏祭りの花火大会を見れるのは正真正銘今年が最後ってことなのか。ヤヌスのやつよくこんな場所知ってたな。
ただ、それにしてもこれって。
「いいのか、お前」
「え、いいのかって、何が?」
「いや、だってお前さ。こういうのって普通はさ…………いや、やっぱなんでもないわ」
「そう」
夏祭り。花火大会。2人でこっそり会場を抜け出して2人きりになれる場所で花火を見て楽しむ。
それってさ、下界の少女漫画や青春アニメやなんかだとさ。つまりはもうすでに付き合ってる男女の間であるイベントなんじゃないか?
いや、あるいは付き合う前の段階だとその時に男が女に……告白する流れになったりとか?
……いや、ないない。何度も言うけどそれはない、と思うけど。だけども……
「いやぁ。それにしても他に誰もいなくて良かった。ほら、アストレアは神が多いところは苦手だっていうから」
私はそんなことを普段と同じトーンで言ってのけるヤヌスを見て思った。
お前、まさか今日この後で告白とかしてこないよな?
<神々の紹介>
〇ロキ
下界では北欧神話に登場する神で「遊戯」を司る。
邪神であり、遊戯というというよりは悪戯を司る神として知られ、あるいは策謀の神とも。
神界ではよく女神にセクハラまがいのこと、あるいはもうガチでセクハラをしてはその度に訴えられて裁判にかけられては有罪判決を受けて牢に幽閉されている。(現在も幽閉中。)
女神たちから最も嫌われている神の一柱であるが、別にちょっかいをかけるのは女神だけというわけでもなく誰かれ構わずよくイタズラを仕掛けては怒られている。
しかし観察眼は鋭く、特に神や下界の人間たちのことはよく見ておりその内情にも詳しい。
捉えどころのない性格をしているとよく言われているが、実は何も考えていないだけなのではないかと言われることもあり誰も彼の本質を見抜いたものはいない。
自称神界一のトリックスターである。
なお、遊戯を司る神だけあってゲームの類は基本何でも得意だが、テレビゲームは苦手らしい。




