ニートな女神と初めてのおじいさん
ログアウトして一旦現実へと戻ってきた私。
すぐにゲーム機の電源を切り頭から外すとベッドから起き上がろうとした。
だけども……
「うっ!、立ちくらみが」
私は慌てて倒れないようにベッドの上に手をついた。
ああ、やっぱりこっちに戻ってきてすぐに体を動かそうとするとこうなるのか。
酔うというか、ゲーム内での体の感覚といくぶんかズレがあるからな。
「……ふう。収まったか」
私は上着を軽く羽織ると、部屋の鍵と洗濯かごだけを持って洗濯室へ向かった。
今朝にはあったヤリーロのパンツが消えていたので、あいつが気づいて拾ったのだろう。あるいは大家さんか他の住人に見つかって捨てられたか。できれば後者であってくれた方が私的には良い。
ていうかあんなもの、もう2度と見たくはないからね。おぞましい。
私の洗濯物はちゃんと洗濯、脱水、乾燥を終えて洗濯機の中にあった。
確認してみたがとくに下着等がなくなっているということはなかった。
そうして洗濯機の中から洗濯物を全部持ってきたかごに取り込み、洗濯機内に取りこぼしがないことを念入りに確認してから私は洗濯室を出た。
靴下を片方だけとか、洗濯物を忘れてしまうことよくがあるんだよね。
洗濯かごを両手で抱え得ながら階段を上がり自室の前へとたどりつき、いったんそこで洗濯かごを置いて部屋の鍵を開けてから私は自室へと戻ってきた。
それで、まあその後は洗濯した衣類をまたタンスやクローゼットにしまいこみそこで終了。
私のやるべきことはなくなった。
「あー、5時前か。夕飯どうすっかなー。あんまし早く食べても夜小腹すいて食っちゃうんだよね。よし、またゲームして適当にモンスター倒したりしてレベル上げするか」
私はそう言いながら再び頭にゲーム機を装着しベッドの上に横になる。
うーん、そうだな。明日にはもう第2階層へ行ってもいいかもしれないな。
ただ、その前にマロンちゃんたちに第一回目のアイテム納入を済ませておきたいんだけど。
<第1階層:始まりの街>
ということで私はまず、いつものなじみの武器屋へ向かった。
理由は単純で、私が降ろしたアイテムの売れ行きを確認しておきたかったからだ。
なんか、この街で唯一の装飾品が買えるお店として有名になっちゃって全然隠れた名店じゃなくなっちゃってしまったことに少しだけ罪悪感を感じてもいるんだよね。
もちろん店側としては、というかあのおじいさんはそんなこと関係なしに店に訪れるプレイヤーが増えたことと、高額で売れる商品が定期的におろされることで大満足してるんだろうけど。
「いらっしゃい。おお、お前さんか」
「ええ。今はお客さんは?」
「ああ、さっきまでいたがもう帰って行ったよ」
「そうですか。それは良かった」
私がこの店にレアアイテムを卸していることを、他のプレイヤーに知られたらそれこそ大変だ。
私の、なんか知らんけどレアアイテムでも100パーセントの確率でドロップするこの異常な恩恵の効果なんて、知られただけで大きな反響呼ぶことまず間違いないだろう。
まあ、さっき勢いで李ちゃんには軽く本当のこと言っちゃったけど。
「あ、また売れたんですね。装飾品」
「ああ、おかげさまでな。それで今日は何を持ってきてくれたんじゃ?」
「いえ、今日は卸しにきたわけじゃないんです。というか、逆に何を仕入れたらいいか聞きに来たというか」
「なるほど。そうじゃな、やはり狼のストラップと耐毒の指輪が売れておる。守りの指輪も売れるには売れているのじゃがな。少々値段を高めにしすぎたのか。だから少し値下げしたら飛ぶように売れたのう」
私は装飾品のアイテムが飾られているボードを見たが、たしかに守りの指輪もかなり売れて数が減っていた。
いや、っていうか狼のストラップと耐毒の指輪もう売り切れてるじゃないか。
ウサギのお守りは、ああでも前より1個だけ減ってるみたいだけど。やっぱり不人気なのか。
「いや、お嬢さんのおかげで本当にもうけさせてもらった。ありがとう」
「いえ、私は別にそんなつもりは……あ、じゃあ狼のストラップと耐毒の指輪を仕入れておきますね」
「仕入れておくって、まさかお嬢さん今から行くつもりかね?」
「はい。そのつもりでしたけど?」
おじいさんはそれで少し驚いたような顔をしたけどすぐに微笑むと頷いた。
「いや、わしも長いことこの街で武器屋をやっておるが。なんていうかお嬢さんはもう本当に規格外じゃな。普通はこんな会話せんし、いやすることもないだろうに」
「なんのことですか?」
「仮にもレアアイテムだというのにお嬢さんはそれをまるでそこら辺に生えている薬草かなんかと同じぐらいの気軽さで仕入れてくると言う。今までもお嬢さんと話していてもう慣れたつもりじゃったが、改めて思ったよ。お嬢さんはすごいな」
「いや、私は別に。ただ、神様の恩恵の効果で運が良くなってるだけですし」
「おお、そういうことじゃったのか。なるほどな、それなら納得じゃわい」
そういや、おじいさんに私がどうやってレアアイテムを手に入れてるのか詳しくは言ってなかったっけ。
倒したら落ちたので、って最初は言ったような気もするけど今考えたらそれもおかしいよな。
「じゃあおじいさん。仕入れに行ってきますけど、数はそこまで期待しないで下さいね。あと、お金の準備はちゃんとしておいて。今回は相応の値段で買い取ってもらいますから!」
「ああ、わかっておるよ。あまり無茶はせんでもいいぞ。本来であればこの店にはなかったはずの商品なんじゃからな」
「ええ、わかってます」
私はそう言うと一礼しておじいさんの武器屋を後にした。
うーん、でもどうしようかな。狼のストラップを落とすレッドウルフは夜にならないと出てこないし。
だからまずは森へ行ってビッグポイズンスパイダー狩りをしなきゃなんだけど、でもあいつ一体倒すのにけっこう時間かかるんだよね。行けて3体か、頑張れば4体というとこかな。
「一体倒せば耐毒の指輪が4つ手に入るとして12個。1個何Gで売れるやら」
そしてビッグポイズンスパイダーを何体か倒して外に出たら時刻は夜になっているだろう。
そうなれば場所を変えて今度は平原でレッドウルフ狩りだな。こっちは比較的短時間で数が手に入ることだろう。
というか、もう今の私ならレッドウルフなど秒殺できるだろうし。
――それから2時間後。森林エリアにて――
私は本日5体目となるビッグポイズンスパイダーとの戦いに勝利すると、20個目の耐毒の指輪を回収した。
実はこの森のビッグポイズンスパイダーの穴についてだが、まずは1度どこかの穴から落ちた先でビッグポイズンスパイダーを倒す。そして現れた縄梯子で地上に帰ってきてから数分の時間をおいて、最初に落ちた穴とは別の穴に飛び込んだらやつは復活していた。
ただ、穴の下に群生していた毒草や毒消し草は最初に落ちた穴で全部拾ったら、2回目以降の穴では復活していなかったから、きっとこれは1度街に戻るか、あるいは復活するまでの時間の感覚がモンスターのものよりも長いのかもしれなかった。
で、私がどうしてたった2時間という時間の中であのビッグポイズンスパイダーを5体も、というか5回も倒せたのかと言うとである。
ぶっちゃけ、なんか弱かったんだよね。ビッグポイズンスパイダー。
いや、たしかに前にも2度ほど倒してはいたし、行動パターンももう覚えていたから余計にそう感じたのかもしれないけど。
「でも、絶対に私が強くなってるってことでもあるんだろうな」
たとえばただの火炎斬りで、一撃でビッグポイズンスパイダーの体力の大ケージを4割削ったほど。
それは最初に戦って倒した時よりも私のレベルが上がっているということも理由の1つだし、装備やスキルも強化されていることも間違いではないんだけど。
なんていうのかな、もう戦いに慣れたというか。動きが洗練されてきていたと私は思った。
これは決して過信ではなく本当にそうだと思えるのだ。
もはや剣と盾の扱いに関して私は、すくなくとも素人のレベルは超えているだろう。
まだ、達人と呼べるような域にもいないことはたしかだろうけど。
「ふーむ。まあ、耐毒の指輪はこんなところでいいか。じゃ、平原に行ってレッドウルフ狩りに行こうっと」
私は1人穴のそこでそう言いながらも縄梯子を伝って地上へと戻って行った。
――そしてそこからさらに2時間後。草原エリアにて――
うん、皆の誤解ないように言っておくと、今私がいるのは草原ね。平原じゃなくて。
え、どうして草原にいるんだ。お前さっき平原に行くって言ってたじゃないかって?
もちろん私は行ったよ。平原にもさ。ただ、ね。
まさかわずか2時間でレッドウルフに20回も遭遇することになろうとはね、予想してなかった。
いやなんかもうね、普通のワイルドボアと同じレベルで遭遇するというか、きっと私のレベルが高いことも原因の1つだったんだろうけど。
そのフィールドエリアに登場するモンスターの平均レベルよりも、プレイヤーのレベルが高い場合はやはり出現するモンスターのレベルも上になるのだけど。
平原でもっともレベルが高いモンスターといえばもちろんエリアボスのレッドウルフなわけで。
それにもとより、レッドウルフは普通のウルフを倒すたびに出現率が上がっていくらしいから。
あの、なんていうかね。私が平原を普通に歩いてるじゃん。それで目の前に高レベルだけど普通のウルフが同時に4体も出てきてそれを私は瞬殺するじゃん?
そしたら次の戦闘はもう100%と言っても良いレベルでレッドウルフが出てくるわけ。
それで、私はそのレッドウルフも予想通り秒殺できた。
片手剣術のスキルレベルがⅢに上がったことで新たに覚えた水流斬り。
レッドウルフの弱点は水属性と氷属性だというが、どっちかというと氷よりも水の方がさらに弱点っぽいみたいで。
「でもまさか、水流斬り1発で倒せるなんてな。もうチートが過ぎるぜ」
それでである。私は時間にまだ余裕があったので平原で20体目のレッドウルフを倒して20個目の狼のストラップを回収すると草原へと場所を移した。
狙いはもちろんビッグホーンラビットである。より正確にはそれが落とすウサギのお守り。
うん、まあ今はあんまり売れてないっぽいけどもしかしたらこれからブームがくるかもだし?
「私はもう外しちゃってるけど。装備の効果以前に普通にかわいいと思うんだけどな。最近の女の子はウサギとか嫌いなのかな。それともまだ値段が高くて容易に手が出せないのか」
理由は色々考えられるけど実際のところはわからない。
でも、もしかしたら案外このビッグホーンラビットと戦って見て、強くてトラウマにはならないまでもその影響でウサギ人気が落ちたのかもしれないな。
私は、ウサギと言わず動物は全般的に好きなんだけど。
「あ、でも爬虫類系はあんまり好きじゃないかも。蛇とかも、小さいのなら可愛いと思うんだけどでかいのはまじで勘弁だし」
小さいころはよく地元にあるペットショップの前を通りかかるたびに犬や猫を見て飼いたいなと思っていたのだが、母親がそのどちらもアレルギー持ちなせいで結局買えなかったんだよね。
まあ、今の私にはアストというペットがいるんだけど。
「あ、そういやアスト。最近全然餌やれてなかったな」
私はそこで思い出し、さきほどの森林エリアでもいくらかトレントを倒して手に入れた赤い木の実を消費しようとアストをアイテムボックスから出してみた。
のはいいんだけどね、ああ、やっぱりちょっと不機嫌というか最近あまりかまってなかったからちょっと拗ねていた。
「ホホゥ」
「ご、ごめんって。あ、ほら木の実。たくさんあるから今日はもう全部食べていいよ」
いつもであれば不測の事態にそなえて私は手に入れた何かのアイテムが完全になくなることがさけているのだけど、でも赤い木の実ってアストの餌にしか今のところ使い道ないし別に問題ないよね。
「ホホゥ?」
「うん、本当。全部食べていいから。だから機嫌直して。ね?」
「ホォーホォー!」
良かった、どうやらアストの機嫌は直ったみたいだ。
でも、これからはあんまり放置というか、たまにはこうして構ってあげないと本当に嫌われてどこかに逃げて行ってしまいそうだな。
ああ、ちなみにペットについてだけど。アイテムボックスの中に収納してる限りは餌を与えなくても死ぬことはない。
自分の家とか買って、その家の中で放し飼いにしてる場合などは別で現実世界ほどではないが定期的に餌をあげないと徐々に弱っていき死んでしまうらしい。
餌をあげる間隔はその動物の種類によるらしいけど、たしか鳥系は3日に1度だったっけ?
この前商店街で野菜ジュースの材料を買った時についでにあのアストを買ったペットショップにもたちよっておじさんに色々とペットのこと、詳しく聞いたはずだったんだけどもう忘れてるみたいだ。
「ああ、そうか。家なぁ。私もいつかどこか気にいった階層や街があればマイホームを買ってみるか」
だいぶ前にも1度だけ言っただろうけどこのゲームでもプレイヤーは自分の家、ホームを購入することが出来る。
大きな街に必ず不動産屋があってそこでホームの購入や引き払いが出来るのだ。
注意点として、プレイヤーが持てるホームの数には上限があるそうだけど、詳しくは知らない。
そして始まりの街にも不動産屋はあるらしいけど、どこにあるのかも知らないんだよね。
「っていうか家ってどのくらいの値段なんだろう。一応銀行に10万の貯金はあるけど。……そうだな、今後の参考のためにも明日の朝、ちょっと探して見てみるか」
「ホホゥ!」
そして、私が持っていた木の実を全部食べ終えたらしいアスト。
てか、お前ってこんなに大食漢だったっけ?、なんか前は少し食っただけでもうお腹一杯になってたと思ったんだけど。レベルがあがって成長したら1度に食える量も増えるのかな。
アストのレベルは今回の餌やりでさらに上がった。
具体的には2つほど、6から8へと上がりそれに伴い能力値も上がった。
レベル8のアストの能力値はこんな感じだ。
HP:80 MP:65
STR:15
VIT:6
AGI:21
ING:20
DEX:5
LUX:13
「うーん、やっぱり全体的に低いな。夜目のスキルは大いに役立ってるんだけど」
私は、出来ればアストももっと強くなってフィールドで一緒に戦えるレベルになればいいと思っていたのだけどこの調子じゃそれは絶対に無理だな。
VITが6しかないって、とてもこの先の階層のモンスターとやりあって無事で済むとは思えない。
ペットは死んだらそこで終わりなんだから。慎重に育てなければ。
「よし、それじゃあそろそろ街に帰っておじいさんにアイテム卸しに行くか」
「ホホゥ」
私はアストをアイテムボックスの中に戻すと街へ向かって歩き始める。
ああ、でもビッグホーンラビットも10体しか狩れなかったな。もっと時間を有効に使えばもう少し行けたかもしれないけど。
<第1階層:始まりの街:おじいさんの武器屋>
おじいさん絶句。いや、まあわかってたけどね。
こうして武器屋まで戻ってきてから私も気づいたよ。あ、これやりすぎたなって。
「えっと、耐毒の指輪と狼のストラップは20個ずつ。それとウサギのお守りが10個、です」
おじいさん放心状態。あ、これもしかして逝っちゃったかな?
「おじいさん。おじいさん!」
「え、あ、おお。ああ、うん」
「おじいさん。それで買取の方は?」
「ああ、そうじゃな。そうじゃな……いや、わしもまさかたったの4時間ちょっとでここまで……」
「うん。あの、私もちょっと。調子に乗っちゃって。あ、お金が足りないなら別に安くても」
「いや、大丈夫じゃ。そうじゃのう、まず1個の売値を1つ1つ決め手行くか」
「そうですね、そうしましょう」
そしてそれから私とおじいさんの協議の結果。それぞれのアイテムの売値はこのようになった。
狼のストラップ:1個1500G(お店での売値は2000G)
ウサギのお守り:1個1000G(お店での売値は1500G)
耐毒の指輪:1個3000G(お店での売値は4000G)
そこで気づいたのは、前に来た時よりウサギのお守りが値下がりしてること。
やっぱり不人気なのかな。でも、そんなことよりもこれ。本当にこの売値でいいのだろうか?
「おじいさん、でもこれじゃあもしも1個でも売れ残ったりしたら大損ですよ?」
「いや、いいんじゃよ。さっきも言ったが元々はうちの店にはなかった商品。それに、わしは言うほど儲けを気にしてはおらんからな」
「そ、そうですか?」
この値段設定を聞く限りとてもそうは思えないのだけど。
「わしはな。店に来る客たちが新しい武器や防具を買っていった時に見せるあの自身に満ち溢れたわくわくしているような無邪気な、それでいて純粋なあの顔が好きなんじゃ。なんと言っても武器屋は武器と人とが出会う場所じゃからな」
なるほど、たしかにそう言われるとその気持ちはわからなくはない。
というか、きっと他の武器屋を営んでいる人たちも少なからずそういった気持ちは持っているはずだし。もっというなら他の店でも同じことが言えることもあるだろう。
「とくにお嬢さんが仕入れてくれたこれらのおかげでこの街でも装飾品が買える店ができたということの意味は大きい。もっとも、しばらくは商品の入荷はないようじゃがな」
「え?」
「お嬢さん。近いうちに第2階層へと進むのじゃろう。お嬢さんの顔と、そしてその装備を見てわかったわい。そのドラゴンの装備をしているということはつまり、この階層のダンジョンのボスであるドラゴンを倒したということじゃろうからな」
私はそれを聞いて正直驚いていた。
いや、たしかにおじいさんの言う通りだったけども。
「欲を言えば引き留めて、また定期的にこうしてアイテムを納入してほしいのじゃがな。さすがにそれは野暮じゃろう。お嬢さんにはお嬢さんの冒険があるだろうからの」
「あ、あはははは。すみません実はその通りなんです。実は明日にでも第2階層に行こうかなって考えていて。なので今日はお別れの挨拶もかねてここに来たんです」
「そうじゃったのか。それは、また寂しくなるのう」
「ええ、そうですね。私も、おじいさんとは結構仲良くなったつもりでしたけど」
「ほっほっほ。わしもじゃよ」
そして、それからもいくつかの言葉を交わした後で、私はおじいさんから先ほど納入したアイテムの代金、しめて10万ゴールドを受け取るとおじいさんに聞いた。
「あ、そうだ。おじいさんの名前ってなんていうんですか?、今までずっとおじいさんって呼んでましたけど名前をお聞きするのはこれが初めてだったかなと」
「おお、そうじゃったか。ああ、そういやわしもお嬢さんの名前を聞いてなかった」
私たちはそこで2人して笑いあった。なんだろう、今まで何度もお世話になったはずの人なのにお互いにまだ名乗ってもいなかっただなんて。なんて滑稽な話だ。
「あははははは。私、玲愛っていいます」
「そうか。わしの名前はバイロンじゃ。いや、それにしてもおかしな話じゃったな」
「ええ、本当に」
私たちは再度笑いあう。そして訪れた別れの時、私は最後にこう言った。
「それじゃあおじいさん。あ、バイロンさん」
「いや、もうおじいさんでいいぞ。いまさら名前で呼ばれても違和感しかない」
「……ですね。おじいさん、今まで本当にお世話になりました。また、気が向いたら第1階層に戻ってきます。その時はまたこの店にもよって、今度はもっと大量にアイテムを仕入れてきますよ」
「おお、それは本当かい。じゃあそれまでわしも長生きしとらんとな。わっはっはっは」
「ええ、本当に。お体にはお気をつけて」
「ああ、お嬢さんもな。わしはお嬢さんなら第2階層でも、いやさらにその先の階層でもうまくやっていけると信じておるからな」
「……ありがとうございます。……あの、それじゃあ本当に。さようなら」
「おお、またのおこしをいつでもお待ちしてますぞ」
そして私は店を出た。別に今生の別れってわけじゃない。それにこれはゲームの中の話であのおじいさんのゲームの中だけに存在するキャラクターの1人に過ぎない。
そんなことはわかってるのだけれども、でもそれでも人との別れはどうしようもなく寂しさがこみあげてくるものだ。
「…………さて、お次は薬屋さんかな。そういや私、あの薬屋のイケメンお兄さんの名前も知らないや」
私は鼻をすすると武器屋の前から歩き出し薬屋へと向かった。
次回、玲愛はお世話になった薬屋にも最後の訪問をするために立ち寄ることに。
そして次々回。第1階層編が本当に終わります。いや、まさかこんなに長くなるとは筆者も想定外でした。
え?、もとはと言えばお前が余計なエピソードを入れまくったせいだろうって?
…………それは言わないで。うん、本当に反省してますから、もう。
で、ですね。次々回の後で1話だけ、というか本当はもっと速い段階でも1回入れようと思っていたのですが玲愛の現在持っているスキルの一覧や、効果などをまとめたものを掲載しようかなと。
読者のかたももう増えすぎてそんなスキルあったっけ?、いつどこで手に入れてたん状態になっている方も多いと思うので。
ええ、実は筆者自身がまさに今その状態なわけです(笑)
なので整理のために。1話、そういうのを入れる予定です。




