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「ジゼルの気持ちはどうなんだ、肝心なのはそこだろう。俺だって気持ちが自分に向かないのに無理強いするような馬鹿じゃない。諦めるかどうかは別としてな」
「――クラウス」
「俺はジゼルが好きだ」
陽の光ある外で見るクラウスの瞳の蒼には薄いすみれ色が混じっている。綺麗で濁りがなく、ジゼルを映す瞳。
「ジゼルしか愛していない、この先もジゼルしか愛せない」
想い焦がれる声音が低く鼓膜を揺らす。
そんな声を向けられてジゼルはどうすればいいのか、まるで分からない。
身体が動かない、のに、震えだけが走りそうになった。
「俺に娶られてくれ」
何度も聞いていたはずのことば。何度本気にせず流したかしれない。
今は分かる。彼が本気で本心から言っているのだと。
ジゼルの視界に入る顔、耳に届く声、手を掴む手――全てがジゼルに訴えかけてくる。伝えてくる。
「ジゼル」
「……ま……って」
何も言えないから。
何を言うべきなのか分からないから。
こうなるのが嫌だった、言われる前に言おうと思っていたのに。
ジゼルは今日クラウスに会って、どうしようとしていたのだったか。
長く生きられないかもしれないと気がついてしまったから、そのことを話しにきた話して分かってもらおうとしていた。
クラウスのこれからを考えると自分はふさわしくないと思った。彼は公爵家の人間だ。不安材料しかないジゼルより誰かがいるものだと知っている。ジゼルの気持ちだけの問題ではないから、それだけではどうにもならないから――ジゼルの、気持ちだけでは――
「……」
ジゼルは引き剥がすようにクラウスから目を離すことができ、目を伏せた。
嗚呼どうしよう。
「――クラウス、離して」
「絶対嫌だな」
「お願い」
「そのお願いは聞いてやれない」
掴まれている手が妙に熱くてジゼルが一旦冷静になろうとすることを妨げるから、一度離してほしい。
触れられていると落ち着かなくてこの距離で見上げる目は近すぎて――為す術なく飲み込まれてしまいそう。
「なあジゼル、その顔して嫌いだって言われても俺はへこむどころか追いかけ続けることになる」
見透かされている気がしてジゼルは顔ごと限界まで伏せて隠す。
手を引っ張っても取れない。
「ジゼル、何が嫌だ? 何を心配しているんだ?」
「だから、」
「先に言っておくと長生きできない可能性の件はなしだ」
だから、さっきからそれが一番重要だと言っているのに。
「どうしてそれを受け入れてしまうの……?」
「受け入れないなんて選択肢がない」
あの親にしてこの子ありだ。いやもっとだ、親の上を行き過ぎる。
迂闊に自分から口を開けば何を言ってしまうか分からない。ジゼルは唇を噛んで黙りこくるしかなかった。
このまま過ぎ去ってくれるはずもないのに。
「……仕方ないから、ジゼルの言うとおり命が短いかもしれないと仮定するか」
「……?」
手のひらを返してどうしたのだ。突然の仮定に限界まで俯いていたジゼルは疑問に思い顔を上げた。
不意打ちで強い蒼に射ぬかれてたじろぎ下を向こうとする、のに手から離されたそれがジゼルの頬を包んでしまう。
次は頬が熱を持つことをジゼルは自分でありありと感じて、ますます熱くなる。
「じゃあその残りの命と時間、俺にくれよ」
待って。
「そのときまで俺の隣で生きてくれ」
言わないで。
「駄目か?」
――駄目じゃない。
だって当の昔にジゼルの望みは露にされていたのだ。まだ呪いが身にあったとき、他ならぬクラウスによって。
【誰かと一緒に時間を生きたい】
そして異なる人に問われた。呪いが解けたそのとき誰と歩むことを望んでいるかと。
クラウスはためらいなくジゼルに歩みよりためらいなく手を掴み触れる。臆面もなく数々のことばを向けてくる。そのたびにジゼルは引きずられてしまいそうな感覚に陥る。心を引っ張られる。
【クラウスと一緒の時間を。一緒に歩み生きていきたい】
ここまでジゼルの心を引っ張ってまた諦めきれなくさせるのか。ジゼルはこんな身で欲張ってしまう。クラウスは受け入れてくれる。
普通に考えて駄目だと判断できたから理性を張って話をしにきた。
それなのにそれでいいと言ってくれる。言ってしまう。
途中から固く築いてきたはずの壁は壊されて本心が剥き出しにされて湧き出てきて、どうやって収めればいいのか分からなくて。一度離れて立て直したいのにできなくて抑えようがなくて。
ジゼルはクラウスが好きだ。
ジゼルはひどいことを言い続けてきたきたはずだ。流して断り拒絶。クラウスがジゼルのためにしてくれていたことも知らずに感情的なことばを叩きつけたことだって最近はあった。
それにも関わらず、クラウスは変わらない。
この人と歩んでもいいのだろうか。
「……なんで泣くんだよ」
泣いていないといつかのようにジゼルは頬に流れるものがあることを否定する。
わずかに滲む目の前でクラウスの表情が弱り、陰った。
「なんでそこまで頑なになる? 俺の言葉は信用できないか?」
違う。
クラウスに誤解させているとジゼルは分かって、もはや目も喉も熱をもって否定しようとした声が出なかった。とにかく違うと伝えるために首を横に振った。
違う。もう自分の気持ちを否定しようがなくごまかしようもなく、そうする必要がないから、誤解されないように。
流れているものが涙であるのなら、これは――
「……ジゼル?」
ジゼルの様子に困惑していることが手に取るように分かる。
もう少しだけ待って。
今まで長く長く待たせているけど。
ちゃんと伝えるから。
息を吸う。
少し落ち着くから。
そうしたら声が出る。ほら。
クラウス、あなたと歩んでもいいのだろうか。
この期に及んで思うことは、積み重ねてきた年によりついた癖と思ってもらうしかない。
それでももう、尋ねることは止めた。許しを得ることも。
クラウスのこれまでのことばがその『証』だ。彼だけでなく周りが皆皆、しり込みするジゼルに道を作ってくれた。障害をなしとしてくれた。ジゼルはもう何も恐れなくてもいいのだと、気にしなくていいと態度で示してくれていた。
「クラウス」
素直になり心のままに生きられるのなら、そうしようか。そうしてみようか。
ジゼルはクラウスの頬に手を伸ばし、触れる。
「あなたのことが好き」
気持ちはどうなんだと聞かれたからジゼルは言ったのに、それを聞いたクラウスがみるみるうちに驚いた表情をした。
ジゼルとしては意味が分からない、分かっていたのではないのか。
まぁいいかとジゼルは今まで言わなかったことを伝え続ける。
「あなたに巡り逢えて良かった」
共に歩みたい人。
愛しい人。
「あなたの隣に、いたいの」
許してくれるかしら、最後には聞いてしまった。
触れた頬は温かく、見つめる蒼の瞳は綺麗で、ジゼルは全てを解き放った今目に映るすべてが触れるものが愛しくて仕方ない。
彼が愛しくて。
ジゼルが微笑むと、
「……許すもなにも、いてくれって言っているだろう」
しばし動きを止めていたクラウスが片手で頬に触れているジゼルの手を掴み引いた。
「俺と出逢ってくれてありがとう」
お礼を言うのはジゼルの方だというのに、ジゼルを包むように抱き締めたクラウスはそう囁いた。
ジゼルも身を寄せてクラウスの存在を感じ囁きを耳にして思わずにはいられなかった。こちらこそ出逢ってくれてありがとう、と。
――長くこの身を呪っていた神よ、これだけは感謝したい。彼と巡り会えた長い時の中の一つの奇跡を。




