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インヒューマニック  作者: ワタリ
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―――3X67年5月28日15時06分

 ボルツがフーリエを屋上から落として会場が盛り上がり、そこからひと段落ついたとき、エータは自分達に近づく存在に気づいた。

 エータが振り向くと露骨に視線を逸らすために、その者が怪しいのは見るものが見ればすぐにわかるだろう。ほかの客と同じように目の前にあるモニターを見ていれば一般客に紛れることもできただろうに。

 エータは、この場に居ては人混みに紛れて攻撃される可能性、いざ戦闘状態になっても応戦し辛いことを考えて、会場から抜け出すことを選択。

「おい、いくぞ」

 エータの突然の提案に、イプスは疑問を持つ。

「まだボルツは試合をしてる最中だよ?」

「もうボルツの勝ちで間違いないだろう。いいから、出るぞ」

 そう強く言われると、イプスも従うしかない。

 エータはイプスの手を引きながら観客席を後にした。

「ボルツの大馬鹿者が。やはりあの女に裏切られてるではないか」

「どうかしたの?」

「いや、気にするな。それより、ここから動くなよ」

 そこは、大きな広間の中央に時計台があるところで、遠くまで見晴らしがよく、敵の接近に気づきやすいようになっていた。むろん、それなりに他人の目があるので、無茶はしないだろうが、人がごった返す観客席でこちらに近づこうとしてきた者だ。用心するに越したことはない。

 案の定、衆人観衆の中、明らかにこちらを見てくるコートの男が一人。

 エータは銃を引き抜き、身構えた。

 すると男が手を挙げた。それを合図に、四方八方から同じようなコートを着た男が出てきた。

 エータは戦闘用の手足を付けているわけではない。本人が護身のために、ある程度戦うための術をボルツから教わった程度である。そのため、これほどの人数を相手にすることは厳しいだろう。

 エータも銃を向けて牽制するが、相手としては自分が撃たれたくはないから真っ先に出ようとはしないというだけで、エータが誰かを撃てば、その瞬間に飛び出してくるのは間違いないだろう。

 エータは考える。やつらは自分が死ぬのは怖いが、他人に見られるのを恐れていない。つまり、いざとなれば身の安全が確保される人間。バックにシャルルの大きい組織がついているからこそできる手だといえる。しかし、先日の市場で襲ってきた者達は違った。隠れて、他の者にその行為を見られるのを嫌っていた。これはいったいどういうことだ?

 相手の所属、金銭状況を推測することは、相手を買収する際に有効である。まともに戦っても無駄だと考えたエータは交渉でどうにかする方に考えをシフトしていた。

 だが、これだけの人数がいると、こちらの提案に応じようとする者が出ても、それを引き留める仲間の目がある。だが、何か言わなければいずれ決心した者達が攻めてきて終わりなのだ。

 エータはまず探りを入れることにした。

「なぁ、おまえ達はなぜ私達を襲う必要がある。金か?」

「悪いが、交渉には応じない。こっちは、命がかかってるんでね。その子を渡してくれれば仕事は終わる。その子もこっちで手厚く保護するんだ。問題ない」

「何が問題ないだ。ロリコン野郎のおもちゃになるのは目に見えてる」

「どうやら何か勘違いしているようだが、こっちも仕事なんでね……」

 男は、静かに走り出した。

 エータはそれを一発で確実にしとめて、周りを威嚇し「おまえ達も前に出ればこうなるんだ」と、示す必要がある。

 すぐさま照準を相手の額に合わせ、引き金を引く。

 狙い通り、弾は相手の額めがけて直進した。だが、相手もこの道のプロだ。そのまま撃たれるはずがない。走り出してすぐに、エータの銃がこちらを狙い始めたと認識し、右手を斜めにして顔の前に突き出す。

 すると弾は右腕に弾かれ、横に逸れる。

 弾の当たった勢いで袖がめくれて、右腕が露わになる。それは、肘から下がすべて1つの刃物になっていて、大きな鎌のようになっていた。先まではちょうど人間の指先ほど距離がありであり、根本の部分は肘を立てると刃の部分が少し飛び出るようになっていた。

 彼が一発目をやり過ごしたことにより、他の者達も前進を開始。

 エータは半分パニックになりながら銃を撃つが、そんな状態では当たる物も当たらなくなる。結果、目の前まで敵の接近を許してしまった。

 敵の腕の鎌を鋼の腕で防いだが、力負けしたエータは地面に倒れ込んでしまう。

 そして、念のためにエータの腕を切り落とそうと鎌の腕を振り上げた時、空から飛んできた何者かが男の顔面に蹴りを入れた。

「な~んか人だかりができてると思えば。いったいどうなってるのよ」

 そこに立っていたのは、この状況の原因であるファラデーだった。

「お前、私たちを売っておきながらよくもノコノコと出てこれたものだな」

「はぁ? 今助けてあげたでしょ。敵を呼んだ本人がわざわざ助けると思う? どう考えてもアタシのせいじゃないってば」

「確かにそうだな。それに、今は話している余裕はなさそうだ」

 そういいながらエータは自分に襲いかかってきた敵を蹴りとばした。

「それもそうね」

 一人で戦わなければならない状況が二人になったというのは大きく状況が変わる可能性がある。だが、二人とも戦闘力に爆発的な威力はない。エータはモチロン、ファラデーも逃げが専門で、多数を殲滅することを得意とはしていない。

 結果、すぐにイプスは捕獲用の網にかけられ、連れ去られてしまった。

 二人ともそれほど大きな怪我は負っていないが、ファラデーの背中に付いているジェットエンジンが片方傷つけられたのが痛かった。これでは逃げる敵に追いつくことはできない。

 少し時間がたつと、十分な距離を稼いだと判断したのか、ファラデーとエータの包囲網は解かれた。

「私たちを殺さないとは、ずいぶん舐められたものだな」

 エータの挑発に、男は眉一つ動かさずに答える。

「殺さないどころか、大怪我もさせるなと言われているんでね。すぐにボルツのところに連絡がくるだろう。運が良ければさっきの子も返すことができる。大人しく待つことだな」

 エータには彼の言うことの意味があまり理解できなかった。彼らは、いったい何のためにイプスを誘拐したというのだろうか。だが、そんなことよりも今はボルツにこの事をなんと言えば良いのか、考えても答えは出なかった。

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