4、下士官たち
「だったらなんとかせい。それとも何か?貴様、もし何かあればまた自分が指揮を執ればいいなどと考えている訳じゃないだろうな」
聞きようによってはえらく物騒な事を口走る上官に乃木は苦笑で答える。
「勘弁してください。あんな無茶苦茶な事、頼まれたってお断りですし、やれと命じられても二度とできません」
「当たり前だ。もし次にあんな状況に追い込まれたら、俺も貴様も間違いなく二階級特進して英霊の仲間入りだ」
曹長は顔を顰めて吐き捨てた。悪い記憶が蘇ったらしい。乃木も同じ気持ちだ。
「はい、そうならない事を祈っております――ただ、偉い人たちはそうは思っていないかもしれませんね」
「敗残兵があのまま内地に残られたら色々と困るんだろう」
言わせるな、と言わんばかりに曹長は吐き捨てた。内心を表すように指を焦がさんばかりに短くなった煙草を足下の煙缶に投げ込む。
「でなきゃ、やっと一度全滅して再編かなったばかりの部隊を戦地送りにはしないだろう」
「連隊長殿が名誉挽回の為に率先して売り込んだという話は聞きました」
二本目の煙草を咥えた曹長に、乃木は自分のライターを差し出す。ついでに自分の胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。
「ふん、だったら自分で来いってんだ。見ず知らずの砂漠に置き去りにされて沖合いにはアメ公の空母がぎっしり。おまけに帰りの船は無し。あの野郎、俺たちを売って幾ら懐に入れやがったんだろうな」
内地に残った連隊長の横領の真偽はともかくとして、乃木たち一千名の兵士の派遣と引き換えに、日本が多額のオイルマネーと石油を得たのは間違いない。彼らの祖国にとって、派兵は有効な外貨獲得の手段であった。
「救いは例の『衛』部隊が投入されているって事ですかね。本当に回収の見込みさえなければ虎の子の撫子は出さないでしょうし」
「それだけ石油が欲しいんだろうよ。一昨年に一戦交えて以来、御国の石油の備蓄量は深刻な状況だ。いよいよ追い詰められて俺たちが玉と砕けたところで、世界が注目している中でアメちゃん相手に渡り合えれば、格好の宣伝になる。たとえ虎の子の〝撫子〟を数人犠牲にしたとしても、惜しくはないんだろうよ」
「本当にあの〝撫子〟というのは戦力になるのでしょうか?先日、たまたま彼女たちを目にしましたが、どう見ても普通の少女にしか見えませんでしたが」
「俺だって噂程度にしか知らねぇよ。それにおまえ、噂なんてのは嘘と本当がない交ぜになってるもんだ。鵜呑みにすりゃ馬鹿を見るし、無視したら痛い目を見る。まぁ、今の俺たちにはあのお嬢ちゃんたちが正真正銘の化け物である事を祈るだけだろ」
乃木は天井に向けて深々と紫煙を吐いた。煙が、窓を越えて晴れ渡った青空に流れ去るのを見送る。
「――まったく、聞いているだけで頭が痛くなります」
「ちったぁ気合入れ直す気になったか」
「そうですね。ですが、曹長殿ももう少しの間、小隊を寛大に見守ってください。ある意味、少尉殿も自分らの巻き添えを食ったようなものですし。二十歳そこそこの若者が、部隊経験も殆んどないまま、約三十人近い部下の生命を預かる羽目になってしまったんですから」
曹長は鼻から煙を盛大に放出しながら乃木を睨んできた。
「ふん、そんな事言ったってよ、少尉殿と貴様だってそれほど年も違うまい。奴さんも好きで志願して将校様になったんだ。今さら文句は言えまいよ」
乃木は苦笑しながら煙草の吸いさしを煙缶に投げ捨て、鉄帽を被り直した。
「曹長殿、大丈夫ですよ。なんだかんだでドンパチを一度経験したら一皮剥けますから」
曹長は3本目の煙草に火を点けていた。
「だといいがな。一皮剥ける前に白木の棺に直行する奴なんてザラだぞ、乃木よ」
乃木はその問いかけに答えなかった。敬礼と共にその場を辞去した。