28、受信
町屋の言葉はこの件に関して町屋や乃木が事実上フリーパスで対処できるようになった事を意味していた。隠蔽も偽装も思いのままだ。
「了解であります。お疲れさまでした」
労いの言葉をかけた乃木に、町屋は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「軍曹、貴様の思い通りだな」
「もう少し難航するかと思いましたが、随分あっさり決まりましたね。さすがは小隊長殿です」
乃木自身は中隊長あたりが出張ってくると思っていた。事が大本営直轄部隊の指揮官の自決や軍事機密の破却に関する事柄の処理だけに、さすがに放任されるとは思ってはおらず、中隊長を味方に抱きこむ方法を幾つか思案していた所だった。
「正直なところ中隊長もその上も、それどころじゃないというのが本音だろうな」
町屋の表情は強張ったままだった。
「やはり、相当叩かれてますか?」
「大隊本部がほぼ全滅だ。大隊長殿以下、殆んどが戦死された。急遽、大使館付武官の島野大佐が指導という形で指揮権を引き継ぐらしいが、今のままではどうにもならん」
被害は甚大だった。
これまで防空戦闘の指揮管制を一手に担ってきた『栄』部隊は、隊長である篠塚少佐以下、防空指揮官の山倉准尉以下の要員の半ば以上と、MC4Iシステムの根幹を為す五式特指揮管制装置を失い、継戦能力を失っていた。
瓦礫の山から辛うじて回収できたのは三人の重傷者と五人の遺体、そして奇跡的に損傷を免れた背負い式の野戦通信機一つに過ぎなかった。
彼らの上級部隊である第七十八義勇独立大隊もまた、壊滅していた。
〝ウイッチ・トライアル〟作戦の成功が報告された直後、多国籍軍は投入可能な航空兵力のほぼ全てに出撃を命じた。これに対し、〝エイジス〟の統制を失った防空部隊は大混乱に陥り、まともに応戦もできないまま、大打撃を蒙っていた。
その中で多国籍軍の重要攻撃目標の筆頭に掲げられた日本兵たちの司令部が無事に済む筈もなかった。
この一戦により、事実上、首都エドゥーラ上空の制空権は一挙に多国籍軍の掌握する所となったのだった。
多国籍軍総司令部が既に、勝利に乗じて待機させていた地上部隊に前進命令を下達したという情報が日本軍にも伝わっていた。
「――なるほど」
戦況の説明を聞いた乃木は納得した。今の彼ら日本兵は軍事的に半身不随になっているのだ。そんな中で、いくら大本営の肝煎りとはいえ、壊滅した一部隊の処遇などかまっていられる訳がなかった。
機密保持の為に通信指令室ごと器材の爆破処分を進言した町屋の主張があっさり許可されたのもその為だ。下手をしたら数時間後に、アメリカの戦車がこの基地に到達してしまう。
「爆破の後は、うちの中隊は大隊の残存部隊と合流後、エドゥーラに退く。いや、うちだけじゃない。残存部隊は全てエドゥーラに退くことになる」
当然だった。
元来、この通信施設に彼らが布陣していたのは、『栄』部隊がこの施設を利用して指揮を執る為だったのだ。それができなくなった以上、ここに留まる理由はない。
その時、少し離れた所で松本軍曹と話していた志摩伍長の志摩伍長の背負った無線機が何かを受信した。無線機の向こうで女らしき声が符丁を告げ、応答を求めている。
ハッとした顔で松本が無線機に近づき耳をそばだてる。志摩が無線機に向かって何かを訴えている。
町屋と乃木もその深刻な様子に気づいた。
志摩の背負っている無線機は、指令室から回収してきた『栄』部隊のものである。
元来、軍の無線機は部隊ごとに個別の周波数帯が割り当てられている。志摩が応答している所をみると、先の通信は間違いなく彼ら宛てに送られてきたものなのだろう。
勿論、エドゥーラの防空に関する指揮管制を行なっていた彼らは、必然的にあちこちの部隊から通信が入っていたが、それも時間を追うごとに減少していた。
理由は三つ。多国籍軍の電子攻撃により現在は部隊間の通信が困難な状況に陥り、また多国籍軍の攻撃により展開中の部隊そのものが数を減らしていた。また、それらの問題を乗り越えて辛うじて通信が入ったとしても今や『栄』部隊には、それに対応すべき力は残されていなかった。
そうした状況下で、ピンポイントに彼らに通信を試みる部隊がある事に、乃木は疑問を覚えていた。
乃木たちの視線の先で、志摩伍長は必死に呼び出しを続けた。どうやら通信が繋がったらしく、幾つかのやりとりが交信される。
必死に鉛筆でメモを取っていた志摩が、安堵の溜め息を洩らす。松本軍曹と何か話し合い、こちらを見やる。
どうやら何かこちらに伝えたい事があるようだ。
「町屋少尉殿、少しお話があるのですが」
松本が口を開き、近づいてくる。
唐突に爆発が起きたのはその時だった。




